レンヌ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
5月15日、モンパルナスからTGVに乗ってレンヌへ向かった。<br />長距離電車での旅行は何年ぶりだろう。<br />2019年12月に計画していたアルザス旅行は歴史的な長期交通ストによって実現せず、その翌年からはコロナウイルスの感染拡大で、旅行どころか人と接することも避けてきた。<br /><br />この間、日本とフランスを何度か往復したけれど、旅する心地とは程遠く、決まったルートを辿るだけの、ほぼ通勤通学に近い移動という感覚だった。<br /><br />フランスでは、3月14日からワクチンパスも屋外のマスク着用も不要となった。公共交通機関だけがマスクを義務付けられていたが、それも5月15日迄となった。<br /><br />レンヌからまだ見ぬモン・サン・ミシェルへ、さらにはサンマロへも回ってみようかな、と気持ちはあれこれ膨らみ、大まかな計画での出発となった。<br /><br />有名なモン・サン・ミシェルへ行ってみようと思い立ったのは、バカンス明けのこの時期なら観光客も少なかろうと見込んでのこと。アジアからの観光客が大挙して押し寄せてくるのも、まだもう少し先だろう。<br />それと、坂道や階段続きの場所には、行ける内に行っておこうというあまりポジティブではない理由がある。<br />ここのところ、若い頃に痛めた右膝が長時間の歩行に抵抗をみせるようになってきたので、いずれは行きたくても無理になってくるかも知れない。<br />そんな、甚だ面白くない事情もあってのことだ。<br /><br />さて、数年ぶりの電車旅は、到着から帰途まで我ながら呆れるほどの間違いの連発で、旅のセンサーは完全に壊れていた。<br />

モン・サン・ミシェルへ行こうと家を出たけれど... 間違いだらけの旅の顛末

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2022/05/15 - 2022/05/16

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ばねお

ばねおさん

5月15日、モンパルナスからTGVに乗ってレンヌへ向かった。
長距離電車での旅行は何年ぶりだろう。
2019年12月に計画していたアルザス旅行は歴史的な長期交通ストによって実現せず、その翌年からはコロナウイルスの感染拡大で、旅行どころか人と接することも避けてきた。

この間、日本とフランスを何度か往復したけれど、旅する心地とは程遠く、決まったルートを辿るだけの、ほぼ通勤通学に近い移動という感覚だった。

フランスでは、3月14日からワクチンパスも屋外のマスク着用も不要となった。公共交通機関だけがマスクを義務付けられていたが、それも5月15日迄となった。

レンヌからまだ見ぬモン・サン・ミシェルへ、さらにはサンマロへも回ってみようかな、と気持ちはあれこれ膨らみ、大まかな計画での出発となった。

有名なモン・サン・ミシェルへ行ってみようと思い立ったのは、バカンス明けのこの時期なら観光客も少なかろうと見込んでのこと。アジアからの観光客が大挙して押し寄せてくるのも、まだもう少し先だろう。
それと、坂道や階段続きの場所には、行ける内に行っておこうというあまりポジティブではない理由がある。
ここのところ、若い頃に痛めた右膝が長時間の歩行に抵抗をみせるようになってきたので、いずれは行きたくても無理になってくるかも知れない。
そんな、甚だ面白くない事情もあってのことだ。

さて、数年ぶりの電車旅は、到着から帰途まで我ながら呆れるほどの間違いの連発で、旅のセンサーは完全に壊れていた。

  • 新装なったモンパルナス駅。<br />駅構内は時々、近道として利用させてもらっているが、ここからの電車利用は何年ぶりだろう。

    新装なったモンパルナス駅。
    駅構内は時々、近道として利用させてもらっているが、ここからの電車利用は何年ぶりだろう。

  • おそらく、最後にTGVを利用したのは2016年のことだったと思う。<br />その当時には無かったが、今はホーム上に自動改札ゲートが設けられている。

    おそらく、最後にTGVを利用したのは2016年のことだったと思う。
    その当時には無かったが、今はホーム上に自動改札ゲートが設けられている。

  • 乗車チケットのQRコードをスキャナーにかざして、読み取るとゲートが開く仕組みである。<br />中にはまごつく人もいるが、ゲート横に待機している係員がフォローしてくれる。

    乗車チケットのQRコードをスキャナーにかざして、読み取るとゲートが開く仕組みである。
    中にはまごつく人もいるが、ゲート横に待機している係員がフォローしてくれる。

  • 9時59分発TGV INOUI 8083。<br />出発35分前には、すでに発車ホームの案内表示が出ていた。<br />これだけ時間があれば、長いホームを走らずに余裕をもって自分の車両に辿り着ける。<br />

    9時59分発TGV INOUI 8083。
    出発35分前には、すでに発車ホームの案内表示が出ていた。
    これだけ時間があれば、長いホームを走らずに余裕をもって自分の車両に辿り着ける。

  • 5番線ホーム。<br />行き先案内と、車両位置が表示されている。<br />サンマロ行きとブレスト行きの連結編成のようだ。

    5番線ホーム。
    行き先案内と、車両位置が表示されている。
    サンマロ行きとブレスト行きの連結編成のようだ。

  • 一等車の2階席を予約しておいた。<br />乗車した11号車はちょうど連結端の車両だったようで、やがてやってきた警乗の警察官たちが斜め後ろに席を占めた。<br /><br />パリを出ると間もなく田園風景で、あまり変哲のない景色が続くが、久々の電車旅の身には新鮮に映る。<br />天気も良く、風力発電の風車たちが、まるでこちらに向かって「いってらっしゃい」と言わんばかりの表情に見えた。<br /><br />

    一等車の2階席を予約しておいた。
    乗車した11号車はちょうど連結端の車両だったようで、やがてやってきた警乗の警察官たちが斜め後ろに席を占めた。

    パリを出ると間もなく田園風景で、あまり変哲のない景色が続くが、久々の電車旅の身には新鮮に映る。
    天気も良く、風力発電の風車たちが、まるでこちらに向かって「いってらっしゃい」と言わんばかりの表情に見えた。

  • 定刻の11時25分にレンヌ着。<br />途中、ル・マンに停車しただけで、約1時間半の電車旅はあっという間であった。<br /><br />今日は日曜日。<br />乗降客以外の姿は少なく駅構内は閑散としていた、<br />駅構内にある、モン・サン・ミシェル行きのバス発券所KEOLISも休みであることは承知していたので、「le Paris-Brest」の横を下り、真直ぐにバスターミナルへ向かった。<br /><br />レンヌからモン・サン・ミシェル行きのバスは一日3便ある。<br />乗車を予定していたのは、11時45分発の最終便だ。<br /><br />バスの発車予定時刻の10分以上前にはターミナルに着いたのだが、肝心のバスが見当たらない。<br />電光表示板を見ても、モン・サン・ミシェル行きの表示がない。<br />一台だけ停車していたバスの運転手に声をかけたが、やはり違うという。しかもここはローカル路線の発着だというではないか。<br />それでは、ここ以外に別にターミナルがあるのか?<br />駅構内の案内所で聞いた方が良いとのことで、やむなく駅に戻り、SNCFの案内所に向かったがここも休み。<br />誰かに聞こうにも人が疎すぎてつかまらない。<br />やむなく待合室に居た人に聞くと、確かではないがやはり先ほどのターミナルだろうという返事。<br />バスターミナルに引き返してみると、もう一台到着していた別のバスの運転手に聞いてみた。<br />モン・サン・ミシェル行き? 分からないと言う。<br />ターミナルを見渡しても、乗客の姿はほとんどない。<br />世界に名だたる観光地のバス発着場なのに? 何だか疑問に思えてきた。<br />もしかしたら、コロナ以降に変更でもあったのだろうか。<br />他にバスの発着所があるかと尋ねると、向こうにもあるという。<br />その教わった通りに行ってみたら、そこは完全に市内の路線バスの停留所だった。<br /><br />再びターミナルに戻り、今度は目の前の自転車置き場へ行って、中にいた係員の青年に声をかけてみた。とても親切な青年でわざわざターミナルまで出てきて、ここがモン・サン・ミシェル行きのバス乗り場で間違いない、乗車券は駅構内のKEOLISで買えばよい、と教えてくれた。<br />日曜日なのでKEOLISが休みであることは別として、間違いなく確実な情報だ。<br /><br />ただ、時計をみるとすでに12時を回っている。ターミナルには一台のバスもない。バスを待っている人すらいない。<br /><br />落ち着いて考えれば妙な事に気づきそうなものだが、11時45分発という数字が頭にインプットされていて、それ以上に考えが及ばない。<br />行ったり来たりしている内に、バスは出発してしまったのだ、と判断せざるを得なかった。<br />

    定刻の11時25分にレンヌ着。
    途中、ル・マンに停車しただけで、約1時間半の電車旅はあっという間であった。

    今日は日曜日。
    乗降客以外の姿は少なく駅構内は閑散としていた、
    駅構内にある、モン・サン・ミシェル行きのバス発券所KEOLISも休みであることは承知していたので、「le Paris-Brest」の横を下り、真直ぐにバスターミナルへ向かった。

    レンヌからモン・サン・ミシェル行きのバスは一日3便ある。
    乗車を予定していたのは、11時45分発の最終便だ。

    バスの発車予定時刻の10分以上前にはターミナルに着いたのだが、肝心のバスが見当たらない。
    電光表示板を見ても、モン・サン・ミシェル行きの表示がない。
    一台だけ停車していたバスの運転手に声をかけたが、やはり違うという。しかもここはローカル路線の発着だというではないか。
    それでは、ここ以外に別にターミナルがあるのか?
    駅構内の案内所で聞いた方が良いとのことで、やむなく駅に戻り、SNCFの案内所に向かったがここも休み。
    誰かに聞こうにも人が疎すぎてつかまらない。
    やむなく待合室に居た人に聞くと、確かではないがやはり先ほどのターミナルだろうという返事。
    バスターミナルに引き返してみると、もう一台到着していた別のバスの運転手に聞いてみた。
    モン・サン・ミシェル行き? 分からないと言う。
    ターミナルを見渡しても、乗客の姿はほとんどない。
    世界に名だたる観光地のバス発着場なのに? 何だか疑問に思えてきた。
    もしかしたら、コロナ以降に変更でもあったのだろうか。
    他にバスの発着所があるかと尋ねると、向こうにもあるという。
    その教わった通りに行ってみたら、そこは完全に市内の路線バスの停留所だった。

    再びターミナルに戻り、今度は目の前の自転車置き場へ行って、中にいた係員の青年に声をかけてみた。とても親切な青年でわざわざターミナルまで出てきて、ここがモン・サン・ミシェル行きのバス乗り場で間違いない、乗車券は駅構内のKEOLISで買えばよい、と教えてくれた。
    日曜日なのでKEOLISが休みであることは別として、間違いなく確実な情報だ。

    ただ、時計をみるとすでに12時を回っている。ターミナルには一台のバスもない。バスを待っている人すらいない。

    落ち着いて考えれば妙な事に気づきそうなものだが、11時45分発という数字が頭にインプットされていて、それ以上に考えが及ばない。
    行ったり来たりしている内に、バスは出発してしまったのだ、と判断せざるを得なかった。

  • こちらがそのバスターミナル<br />翌朝の撮影だが、当日のターミナルの状態もほぼ似たような、あるいはもっと人が居なかった状況だった。

    こちらがそのバスターミナル
    翌朝の撮影だが、当日のターミナルの状態もほぼ似たような、あるいはもっと人が居なかった状況だった。

  • さて、どうするか<br />ちょうど、写真右手に写っている旅行者が、まるでその時の自分のように見えてくる。<br />キャリーバッグを片手に駅前を見回して、さあどうしようかと思案している姿だ。<br /><br />最終便に乗り損ねた以上、当然予定を変更しなくてはならない<br />レンタカーという手もあるが、そもそも免許証を持参していない。<br /><br />予定をたてなおすにしても、どのように組み立てようか。<br />ここはまず、腹ごしらえをして考えよう。<br />

    さて、どうするか
    ちょうど、写真右手に写っている旅行者が、まるでその時の自分のように見えてくる。
    キャリーバッグを片手に駅前を見回して、さあどうしようかと思案している姿だ。

    最終便に乗り損ねた以上、当然予定を変更しなくてはならない
    レンタカーという手もあるが、そもそも免許証を持参していない。

    予定をたてなおすにしても、どのように組み立てようか。
    ここはまず、腹ごしらえをして考えよう。

  • 時間に急かされ、あちこち動き回って少々くたびれたが、それ以上に腹が減って来た。<br />駅前で賑わっていたレストランに入店。<br />店内は大入り満員状態で。天気も良いので外のテラス席に陣取った。<br />隣席の客が食べていた皿がいかにも美味しそうに見えたので、あれは何か?と聞くとカルパッチョだという。<br />躊躇なく同じ品を注文。そしてワインも忘れずに<br /><br />しばらくすると、店内からゾロゾロと30人ほどの観光客らしき一団が出てきて、バスターミナルの方向へ向かっていった。<br />こんなところで団体観光客とは珍しいな、どこへ行くのだろう、と眺めていた。<br /><br /><br /><br />

    時間に急かされ、あちこち動き回って少々くたびれたが、それ以上に腹が減って来た。
    駅前で賑わっていたレストランに入店。
    店内は大入り満員状態で。天気も良いので外のテラス席に陣取った。
    隣席の客が食べていた皿がいかにも美味しそうに見えたので、あれは何か?と聞くとカルパッチョだという。
    躊躇なく同じ品を注文。そしてワインも忘れずに

    しばらくすると、店内からゾロゾロと30人ほどの観光客らしき一団が出てきて、バスターミナルの方向へ向かっていった。
    こんなところで団体観光客とは珍しいな、どこへ行くのだろう、と眺めていた。



  • 食事をしながら、旅の修正案をあれこれ頭の中で検討した。<br />結論として、この日はレンヌ泊として翌朝一番のバスでモン・サン・ミシェルに行き同地泊。そして明後日はサンマロに出て、そこから帰路につくという考えがまとまった。<br /><br />もともとキャンセル無料のホテルを、本日モン・サン・ミシェル、明日をレンヌと仮予約しておいたので、その順序が逆になったということだ。

    食事をしながら、旅の修正案をあれこれ頭の中で検討した。
    結論として、この日はレンヌ泊として翌朝一番のバスでモン・サン・ミシェルに行き同地泊。そして明後日はサンマロに出て、そこから帰路につくという考えがまとまった。

    もともとキャンセル無料のホテルを、本日モン・サン・ミシェル、明日をレンヌと仮予約しておいたので、その順序が逆になったということだ。

  • レストランの隣が、まさに明日の宿泊予約を入れておいたホテルだった。<br />デザートを注文して届く間に、明日の予約を本日の宿泊に替えてもらおうとホテルに行ったのだが、あいにく本日満室とのこと。<br />これはちょっと予想外の回答だった。<br />とりあえず、明日の予約分はキャンセルした。

    レストランの隣が、まさに明日の宿泊予約を入れておいたホテルだった。
    デザートを注文して届く間に、明日の予約を本日の宿泊に替えてもらおうとホテルに行ったのだが、あいにく本日満室とのこと。
    これはちょっと予想外の回答だった。
    とりあえず、明日の予約分はキャンセルした。

  • 席に戻ると、締めのデザートに頼んだカフェ・グルマンが届いた。<br />なんだこりゃ? まるで子供騙しのような内容でちょっとがっかりした。<br /><br />さて、今日の宿泊先を確保しなければならないが、先ほどのホテルとは反対隣に別のホテルがある。つまりこのレストランは2つのホテルに挟まれているのだ。<br />そのホテルの名前 Kyriadを眺めて少々思案した。<br />以前に別な場所で利用した経験から、このチェーンホテルにはあまり好印象を持っていない。<br />他に適当なところはないかとネットで検索し、比較してみたが駅近で料金の安いのはここがヒットする。<br />一晩寝るだけなので予約を入れた。<br />目と鼻の先のホテルをネットで予約するのも妙だが、今はこの方法が一番合理的で確実なのかもしれない。<br /><br />

    席に戻ると、締めのデザートに頼んだカフェ・グルマンが届いた。
    なんだこりゃ? まるで子供騙しのような内容でちょっとがっかりした。

    さて、今日の宿泊先を確保しなければならないが、先ほどのホテルとは反対隣に別のホテルがある。つまりこのレストランは2つのホテルに挟まれているのだ。
    そのホテルの名前 Kyriadを眺めて少々思案した。
    以前に別な場所で利用した経験から、このチェーンホテルにはあまり好印象を持っていない。
    他に適当なところはないかとネットで検索し、比較してみたが駅近で料金の安いのはここがヒットする。
    一晩寝るだけなので予約を入れた。
    目と鼻の先のホテルをネットで予約するのも妙だが、今はこの方法が一番合理的で確実なのかもしれない。

  • 予約を入れ、その5分後にはホテルのフロントに現れるというのも我ながらおかしいが、ホテル側も14時過ぎに予約客が来ることを予期していなかった様子でフロント係員が戸惑った様子だった。<br /><br />さて、それでも部屋の準備ができたというので案内された部屋へ行ってみると、なんと窓がない!<br />これはたまらんと、フロントに引き返したら受付係員が交代していた。<br />とにかく窓がない部屋など論外だ、できれば街を眺められる部屋に替えて欲しいと少々強談判。<br />応対したインド系のマダムは困った様子であったが、あれこれ調整しながら何とか別の部屋を用意してくれた。<br />明日、モン・サン・ミシェルへ行くことを告げたら、時刻表やコピーした資料なども渡してくれた。なかなか親切ではないか。<br /><br />このホテル、いろいろな映画作品を内装のモチーフにしているようで、あらためて案内された部屋はシャーロックホームズの部屋だった。

    予約を入れ、その5分後にはホテルのフロントに現れるというのも我ながらおかしいが、ホテル側も14時過ぎに予約客が来ることを予期していなかった様子でフロント係員が戸惑った様子だった。

    さて、それでも部屋の準備ができたというので案内された部屋へ行ってみると、なんと窓がない!
    これはたまらんと、フロントに引き返したら受付係員が交代していた。
    とにかく窓がない部屋など論外だ、できれば街を眺められる部屋に替えて欲しいと少々強談判。
    応対したインド系のマダムは困った様子であったが、あれこれ調整しながら何とか別の部屋を用意してくれた。
    明日、モン・サン・ミシェルへ行くことを告げたら、時刻表やコピーした資料なども渡してくれた。なかなか親切ではないか。

    このホテル、いろいろな映画作品を内装のモチーフにしているようで、あらためて案内された部屋はシャーロックホームズの部屋だった。

  • シャーロックホームズは別として、角部屋で2方向に大きな窓があり、窓シャターを開けてみたらバルコニーまでついている。やはり言ってみるもんだ、と大満足。<br />と同時に湧いてきた疑問。<br />先ほどの部屋、窓がないと思ったが、あるいは窓はあったのかも...<br />窓がないのではなく、完全にシャターが閉じられ、カーテンが下りていたので壁に見えただけなのかも知れない。<br /><br />あの人の良さそうなインド系のマダムが困った顔をして、それでも客の要望に応えようと、一つではなく、二つ窓のある部屋を用意してくれたのかも知れない。<br />何だかそのように思えてきた。<br />そうなると自分はまるで単なるクレーマーではないか。

    シャーロックホームズは別として、角部屋で2方向に大きな窓があり、窓シャターを開けてみたらバルコニーまでついている。やはり言ってみるもんだ、と大満足。
    と同時に湧いてきた疑問。
    先ほどの部屋、窓がないと思ったが、あるいは窓はあったのかも...
    窓がないのではなく、完全にシャターが閉じられ、カーテンが下りていたので壁に見えただけなのかも知れない。

    あの人の良さそうなインド系のマダムが困った顔をして、それでも客の要望に応えようと、一つではなく、二つ窓のある部屋を用意してくれたのかも知れない。
    何だかそのように思えてきた。
    そうなると自分はまるで単なるクレーマーではないか。

  • 部屋に荷物を置いて、午後はレンヌの街の見学に出かけた。<br />フロントのマダムには、少々恥ずかしい気持ちを抱えながら、とてもとても満足していることを告げて..<br /><br />駅前から続くジャン・ジャンヴイエ通りAv. Jean Janvier。<br />ブルターニュの玄関口でもあるレンヌはもう少し大きい街を想像し、人の往来もあると思っていたのだが、日曜日ということもあってかどこも閑散としている。<br />あるいは駅周辺よりも旧市街の方が賑わっているのかも知れない。

    部屋に荷物を置いて、午後はレンヌの街の見学に出かけた。
    フロントのマダムには、少々恥ずかしい気持ちを抱えながら、とてもとても満足していることを告げて..

    駅前から続くジャン・ジャンヴイエ通りAv. Jean Janvier。
    ブルターニュの玄関口でもあるレンヌはもう少し大きい街を想像し、人の往来もあると思っていたのだが、日曜日ということもあってかどこも閑散としている。
    あるいは駅周辺よりも旧市街の方が賑わっているのかも知れない。

  • 途中で見かけた、国立ブルターニュ劇場。<br />外観だけの印象はあまり面白味の感じられない建物だ。

    途中で見かけた、国立ブルターニュ劇場。
    外観だけの印象はあまり面白味の感じられない建物だ。

  • しばらく進むと、ドレフュース事件を解説する掲示があった。書かれてある内容をみて思い出した。そうだ、レンヌはドレフュース事件の再審の舞台だった。1899年の再審から120年の記念的行事がここレンヌで執り行われたことが分かった。<br /><br />日本でも公開されただろうか、2019年のロマン・ポランスキー監督の「余は弾劾す(J&#39;accuse!)」あるいは「オフィサー・アンド・スパイ」の題名の映画だが、まさにこの事件を正面から取り上げた作品であった。<br /><br />1894年、陸軍参謀本部付きのドレフュス大尉がドイツのスパイとして逮捕され、軍法会議で軍籍を剥奪されて悪魔島への終身流刑となった。<br />ところがその有罪の証拠に疑問を持った情報部長のピカール中佐が調査を進め、やがて軍内部の真犯人を突き止めた。<br />この事実をピカール中佐は軍上層部に具申するも、逆に軍の威信を傷つけるものとされ、情報部長を解任され左遷された。<br /><br />

    しばらく進むと、ドレフュース事件を解説する掲示があった。書かれてある内容をみて思い出した。そうだ、レンヌはドレフュース事件の再審の舞台だった。1899年の再審から120年の記念的行事がここレンヌで執り行われたことが分かった。

    日本でも公開されただろうか、2019年のロマン・ポランスキー監督の「余は弾劾す(J'accuse!)」あるいは「オフィサー・アンド・スパイ」の題名の映画だが、まさにこの事件を正面から取り上げた作品であった。

    1894年、陸軍参謀本部付きのドレフュス大尉がドイツのスパイとして逮捕され、軍法会議で軍籍を剥奪されて悪魔島への終身流刑となった。
    ところがその有罪の証拠に疑問を持った情報部長のピカール中佐が調査を進め、やがて軍内部の真犯人を突き止めた。
    この事実をピカール中佐は軍上層部に具申するも、逆に軍の威信を傷つけるものとされ、情報部長を解任され左遷された。

  • ナショナリズムと反ユダヤ主義の気運が高まっていた当時の社会的状況を背景に、確たる証拠もないままにユダヤ人であるという理由から軍上層部がドレフュス大尉を犯人に仕立て上げたということが事件の真相であった。しかも、軍は自らを正当化するために証拠を捏造するなどの隠蔽工作まで行っていた。<br />

    ナショナリズムと反ユダヤ主義の気運が高まっていた当時の社会的状況を背景に、確たる証拠もないままにユダヤ人であるという理由から軍上層部がドレフュス大尉を犯人に仕立て上げたということが事件の真相であった。しかも、軍は自らを正当化するために証拠を捏造するなどの隠蔽工作まで行っていた。

  • 作家エミール・ゾラはこの事件を深く掘り下げ、大統領に宛てた公開状「余は弾劾す(J&#39;accuse!)」を新聞紙上に発表し、事件の不当性と関与した将軍たちを名指しで非難したため、陸軍から告訴されて1898年に有罪とされ、ついには亡命を余儀なくされた。<br /><br />1899年8月にはレンヌで軍法会議の再審が開始され、1894年の終身流刑判決は破棄されたもののドレフュスは再び有罪とされ10年の禁固刑で収監された。<br />フランス社会はドレフュス派と反ドレフュス派に二分され、やがて、共和派がドレフュスの救済に動き、1900年に大統領特赦によって出獄することができた。<br />しかしこれはあくまで有罪に対する恩赦の形であったため、釈放後もドレフュスは身の潔白を訴え続けていった。<br /><br />そして1906年7月に、ドレフュスの有罪判決は「過誤、過失によって下されたものであった」として破棄され、ついに無罪判決が下った。<br />ドレフュスは軍籍に復し、少佐に昇進し1909年に引退した。<br />真犯人を突き止めたピカール中佐は准将、少将となり、やがて陸軍大臣となった。<br />

    作家エミール・ゾラはこの事件を深く掘り下げ、大統領に宛てた公開状「余は弾劾す(J'accuse!)」を新聞紙上に発表し、事件の不当性と関与した将軍たちを名指しで非難したため、陸軍から告訴されて1898年に有罪とされ、ついには亡命を余儀なくされた。

    1899年8月にはレンヌで軍法会議の再審が開始され、1894年の終身流刑判決は破棄されたもののドレフュスは再び有罪とされ10年の禁固刑で収監された。
    フランス社会はドレフュス派と反ドレフュス派に二分され、やがて、共和派がドレフュスの救済に動き、1900年に大統領特赦によって出獄することができた。
    しかしこれはあくまで有罪に対する恩赦の形であったため、釈放後もドレフュスは身の潔白を訴え続けていった。

    そして1906年7月に、ドレフュスの有罪判決は「過誤、過失によって下されたものであった」として破棄され、ついに無罪判決が下った。
    ドレフュスは軍籍に復し、少佐に昇進し1909年に引退した。
    真犯人を突き止めたピカール中佐は准将、少将となり、やがて陸軍大臣となった。

  • エミール・ゾラの名を校名にしたリセ(lycée Emile-Zola)。ここにドレフュス事件のパネル展示があった。<br /><br />身を危険にさらしながらドレフュス事件の不正義を社会に訴え続け、亡命までせざるを得なかったゾラは、最終の無罪判決を聞く前の1902年に不慮の死を遂げているが、その勇気と信念はフランス社会に学ぶべき教訓として受け継がれている。<br /><br />「人間らしく正義を貫くこと。それはいつの時代にあっても、あらゆる人々の責務である」と、ゾラが読者である青年たちに向けた言葉は、ドレフュス事件を考えることの意味を示している。<br />

    エミール・ゾラの名を校名にしたリセ(lycée Emile-Zola)。ここにドレフュス事件のパネル展示があった。

    身を危険にさらしながらドレフュス事件の不正義を社会に訴え続け、亡命までせざるを得なかったゾラは、最終の無罪判決を聞く前の1902年に不慮の死を遂げているが、その勇気と信念はフランス社会に学ぶべき教訓として受け継がれている。

    「人間らしく正義を貫くこと。それはいつの時代にあっても、あらゆる人々の責務である」と、ゾラが読者である青年たちに向けた言葉は、ドレフュス事件を考えることの意味を示している。

  • リセ・エミール・ゾラの先にあるヴィレーヌ川(Vilaine)とエミール・ゾラ河岸

    リセ・エミール・ゾラの先にあるヴィレーヌ川(Vilaine)とエミール・ゾラ河岸

  • 川のたもとには、何世紀にもわたってこの街を二つに分けていたヴィレーヌ川の治水事業と、かって国内がドレフュス派と反ドレフュス派に二分された出来事をなぞらえている文章が掲げられていた。<br /><br />

    川のたもとには、何世紀にもわたってこの街を二つに分けていたヴィレーヌ川の治水事業と、かって国内がドレフュス派と反ドレフュス派に二分された出来事をなぞらえている文章が掲げられていた。

  • ゾラの名は全国各地にさまざまな形で残されているのだろう。<br />パリには、15区にエミール・ゾラ大通りがあり、通り沿いのPlace Alfred Dreyfusには、ゾラのレリーフと献辞が記されている。

    ゾラの名は全国各地にさまざまな形で残されているのだろう。
    パリには、15区にエミール・ゾラ大通りがあり、通り沿いのPlace Alfred Dreyfusには、ゾラのレリーフと献辞が記されている。

  • こちらは、パンテオンに納められているのゾラの棺<br />まさにパンテオンの一員にふさわしい存在だと思う。

    こちらは、パンテオンに納められているのゾラの棺
    まさにパンテオンの一員にふさわしい存在だと思う。

  • エミール・ゾラ河岸沿いのレンヌ美術館。<br />フランスの地方都市の美術館というものは結構あなどれない存在だ。<br /><br />受付で簡単な質問に答えたらなぜか入場無料、日曜日だったから?

    エミール・ゾラ河岸沿いのレンヌ美術館。
    フランスの地方都市の美術館というものは結構あなどれない存在だ。

    受付で簡単な質問に答えたらなぜか入場無料、日曜日だったから?

  • 順路に従って考古学エリアから見学を開始。<br />エジプトからギリシャ、ヨーロッパ、アフリカまで幅広く発掘品が展示されている。<br /><br />こちらはテーベの墓地遺跡から発掘された棺。<br />

    順路に従って考古学エリアから見学を開始。
    エジプトからギリシャ、ヨーロッパ、アフリカまで幅広く発掘品が展示されている。

    こちらはテーベの墓地遺跡から発掘された棺。

  • ギリシャのロードス島から出土した壺や花瓶など<br />ルーヴル美術館のボリュームにはただただ圧倒されるばかりだが、こうしてコンパクトにまとめてもらえると鑑賞する側も丁寧な態度になってくる。

    ギリシャのロードス島から出土した壺や花瓶など
    ルーヴル美術館のボリュームにはただただ圧倒されるばかりだが、こうしてコンパクトにまとめてもらえると鑑賞する側も丁寧な態度になってくる。

  • 子供のミイラ?MOMIE D&#39;ENFANT<br />これらは、いずれもルーヴル美術館からの寄託となっている。

    子供のミイラ?MOMIE D'ENFANT
    これらは、いずれもルーヴル美術館からの寄託となっている。

  • 絵画作品は16、17世紀のものが充実しているようで、印象に残った作品をいくつか掲げてみたい。<br /><br />16世紀オランダの画家アブラハム・ブルーマールト Abraham Bloemaert (1566 - 1651) の作品「サント・マドレーヌ Sainte Madeleine」<br />

    絵画作品は16、17世紀のものが充実しているようで、印象に残った作品をいくつか掲げてみたい。

    16世紀オランダの画家アブラハム・ブルーマールト Abraham Bloemaert (1566 - 1651) の作品「サント・マドレーヌ Sainte Madeleine」

  • 16世紀初頭の「聖母子像Vierge à l&#39;Enfant」<br />

    16世紀初頭の「聖母子像Vierge à l'Enfant」

  • オランダの画家ヴァン・ホントホルスト van Honthorst(1590-1656)の「聖ペテロの否認」(1620 )<br />

    オランダの画家ヴァン・ホントホルスト van Honthorst(1590-1656)の「聖ペテロの否認」(1620 )

  • さて、この美術館の最大の看板作品はなんといってもジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour (1593 - 1652) の「Le Nouveau-Né(新生児)」であることに誰も異論はないだろう。<br /><br />遠方からわざわざこの作品を鑑賞するために訪れる人もいるというのに、ちょっと考えられないほど見学者がいない<br /><br />作品の鑑賞前にこの意外な光景に驚かされる。<br />心ゆくまでどうぞ、と作品の前にはベンチまで用意されていた。

    さて、この美術館の最大の看板作品はなんといってもジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour (1593 - 1652) の「Le Nouveau-Né(新生児)」であることに誰も異論はないだろう。

    遠方からわざわざこの作品を鑑賞するために訪れる人もいるというのに、ちょっと考えられないほど見学者がいない

    作品の鑑賞前にこの意外な光景に驚かされる。
    心ゆくまでどうぞ、と作品の前にはベンチまで用意されていた。

  • 聖母マリアがイエスを抱いている「 Le Nouveau-Né(新生児)」<br />ラ・トゥールの代表作であると共に17世紀フランス絵画の代表的存在。<br /><br />

    聖母マリアがイエスを抱いている「 Le Nouveau-Né(新生児)」
    ラ・トゥールの代表作であると共に17世紀フランス絵画の代表的存在。

  • ランス美術館からの期限付き寄託作品を見ることができた。<br />現在、ランス美術館は改装工事中で、収蔵作品を他館に貸し出しており、その中でも17世紀の傑作8点が、レンヌ美術館に展示されている。<br /><br />こちらは、フィリップ・ド・シャンパーニュ Philippe de Champaigne(1602-1674)の作品 「ハーバート・ド・モンモールの子供たち Les enfants de Habert de Montmor 」(1649)<br />7人の子供たちを見事に描き分けている。<br />この中にひとりだけ女の子がいるのだが、それがどれか分かるだろうか。<br /><br />

    ランス美術館からの期限付き寄託作品を見ることができた。
    現在、ランス美術館は改装工事中で、収蔵作品を他館に貸し出しており、その中でも17世紀の傑作8点が、レンヌ美術館に展示されている。

    こちらは、フィリップ・ド・シャンパーニュ Philippe de Champaigne(1602-1674)の作品 「ハーバート・ド・モンモールの子供たち Les enfants de Habert de Montmor 」(1649)
    7人の子供たちを見事に描き分けている。
    この中にひとりだけ女の子がいるのだが、それがどれか分かるだろうか。

  • こちらも、ランス美術館からの作品<br />ジャック・ブランシャール Jacques BLANCHARD (1600-1638)の作<br />「クレオパトラの死 La mort de CLÉOPÂTRE」<br /><br />

    こちらも、ランス美術館からの作品
    ジャック・ブランシャール Jacques BLANCHARD (1600-1638)の作
    「クレオパトラの死 La mort de CLÉOPÂTRE」

  • 18世紀のフランスの画家ジャン・バティスト・グルーズ Jean-Baptiste Greuze (1725-1805) の作品。<br />「Tête de jeune fille」<br /><br />

    18世紀のフランスの画家ジャン・バティスト・グルーズ Jean-Baptiste Greuze (1725-1805) の作品。
    「Tête de jeune fille」

  • ジョヴァンニ・ロタ Giovanni Rota(1800-1877 )の「モナリザ Joconde」<br /><br />先日(5月29日)、ルーヴル美術館の「モナリザ」がクリームパイで襲撃される事件があったが、防弾ガラスで守られていたおかげで作品の損壊はなかった。<br />こちらは防弾ガラスもなく、警備員も居らず、無防備な状態で展示されている。<br /><br />ダ・ヴィンチの作品と並べて展示したら趣向もあって面白かろうに、と勝手なことを思ってしまう。<br />

    ジョヴァンニ・ロタ Giovanni Rota(1800-1877 )の「モナリザ Joconde」

    先日(5月29日)、ルーヴル美術館の「モナリザ」がクリームパイで襲撃される事件があったが、防弾ガラスで守られていたおかげで作品の損壊はなかった。
    こちらは防弾ガラスもなく、警備員も居らず、無防備な状態で展示されている。

    ダ・ヴィンチの作品と並べて展示したら趣向もあって面白かろうに、と勝手なことを思ってしまう。

  • ジョルジュ・ルオー Georges ROUAULT(1871-1958)<br />Homo homini lupus または( 絞首刑の男 Le Pendu )

    ジョルジュ・ルオー Georges ROUAULT(1871-1958)
    Homo homini lupus または( 絞首刑の男 Le Pendu )

  • マルセル・グロメール Marcel Gromaire (1892 - 1971)<br />「砂浜の遊び Les Jeux sur la Plage」(1927)

    マルセル・グロメール Marcel Gromaire (1892 - 1971)
    「砂浜の遊び Les Jeux sur la Plage」(1927)

  • ピカソの1928年の作品<br />「入浴者 Baigneur」

    ピカソの1928年の作品
    「入浴者 Baigneur」

  • 2時間以上にわたってゆっくりと鑑賞ができた。これも地方美術館の魅力である。<br />しかも入館料がタダの上に、帰りに素敵なお土産までもらってしまった。<br />以前に同館で催された、ゴーギャンのブルターニュを描いた展示解説カタログなど2冊で貴重な資料だ。

    2時間以上にわたってゆっくりと鑑賞ができた。これも地方美術館の魅力である。
    しかも入館料がタダの上に、帰りに素敵なお土産までもらってしまった。
    以前に同館で催された、ゴーギャンのブルターニュを描いた展示解説カタログなど2冊で貴重な資料だ。

  • 美術館を出てもまだ陽は明るい。<br />この先、旧市街へ足を運んでも見所はあるのだが、疲れを感じてホテルに戻ることにした。<br />それにしてもこれだけの通りなのに人も車も随分と少ないものだ、と妙に感心してしまう。<br /><br />

    美術館を出てもまだ陽は明るい。
    この先、旧市街へ足を運んでも見所はあるのだが、疲れを感じてホテルに戻ることにした。
    それにしてもこれだけの通りなのに人も車も随分と少ないものだ、と妙に感心してしまう。

  • さて、ホテルに戻り、明日の宿泊予約を入れる前に天気を確認したところ、なんと曇り時々雷雨の予報だ。<br />雷雨のモン・サン・ミシェルは、眺めているぶんには面白いかも知れないが、その下に我が身を置いてみたいとは思わない。<br />ここは様子を見て、翌朝の状況で判断することにしたが、ここである事に気がついた。<br />ある事どころではない、大変な思い違いがあったことに気がついた。

    さて、ホテルに戻り、明日の宿泊予約を入れる前に天気を確認したところ、なんと曇り時々雷雨の予報だ。
    雷雨のモン・サン・ミシェルは、眺めているぶんには面白いかも知れないが、その下に我が身を置いてみたいとは思わない。
    ここは様子を見て、翌朝の状況で判断することにしたが、ここである事に気がついた。
    ある事どころではない、大変な思い違いがあったことに気がついた。

  • モン・サン・ミシェル行きのバスの最終便を11時45分と頭にインプットしていたのだが、これは入力間違いで、本当は12時45分であったという衝撃的な事実に気がついた<br /><br />思い返せば数々の事柄が、時刻間違いに符合する<br />ワトソン君ならずとも、口をあんぐりと開けて呆れるばかり<br />

    モン・サン・ミシェル行きのバスの最終便を11時45分と頭にインプットしていたのだが、これは入力間違いで、本当は12時45分であったという衝撃的な事実に気がついた

    思い返せば数々の事柄が、時刻間違いに符合する
    ワトソン君ならずとも、口をあんぐりと開けて呆れるばかり

  • 翌朝、正面に珍妙なレンヌ駅を眺めながら、今日の予定を考えた。<br />ついでに、飛行機が重なり合ってひしゃげているような、この駅の姿は決して「フランスの美しい駅」にランクインしないだろうと思って念のため調べてみたら、何と全国3千の駅から全国大会に出場した32駅に入っていた。<br />信じられない~<br />

    翌朝、正面に珍妙なレンヌ駅を眺めながら、今日の予定を考えた。
    ついでに、飛行機が重なり合ってひしゃげているような、この駅の姿は決して「フランスの美しい駅」にランクインしないだろうと思って念のため調べてみたら、何と全国3千の駅から全国大会に出場した32駅に入っていた。
    信じられない~

  • レンヌ駅のランクインも信じ難いが、それ以上に自身の思考力、判断力にも何か信じられない思いが出てきた。<br />そもそも気力がいまひとつ足りない。<br />こうした時は、いさぎよく撤退するのが一番、とモン・サン・ミッシェル行きを止めにして帰宅することにした。<br />モンパルナス行きのTGVを手配したが、数時間の余裕が出来たので駅周辺をぶらついてみた。

    レンヌ駅のランクインも信じ難いが、それ以上に自身の思考力、判断力にも何か信じられない思いが出てきた。
    そもそも気力がいまひとつ足りない。
    こうした時は、いさぎよく撤退するのが一番、とモン・サン・ミッシェル行きを止めにして帰宅することにした。
    モンパルナス行きのTGVを手配したが、数時間の余裕が出来たので駅周辺をぶらついてみた。

  • 駅頭には一握りのコクリコが咲いていた。<br />実は、この旅ではコクリコの群生にどこかで遭遇することを密かに期待していた。<br />ブルターニュに多くあるとは思えないのだが、それでもかっては至る所にあったのだからもしかしたらとの思いがあった。<br /><br />「君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟」の世界に自分はまだ出会えていない。<br />いつの頃からか耕作地や牧草地では、駆除されて多くを見なくなったという。復活保存運動までおきているくらいだから、いかに減少したかであろう。

    駅頭には一握りのコクリコが咲いていた。
    実は、この旅ではコクリコの群生にどこかで遭遇することを密かに期待していた。
    ブルターニュに多くあるとは思えないのだが、それでもかっては至る所にあったのだからもしかしたらとの思いがあった。

    「君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟」の世界に自分はまだ出会えていない。
    いつの頃からか耕作地や牧草地では、駆除されて多くを見なくなったという。復活保存運動までおきているくらいだから、いかに減少したかであろう。

  • 昨日は閉まっていたKEOLISのバス案内所にも立ち寄ってみた。<br />入り口近くに整理券の発券機があって、目的地をタッチすると整理券が出てくるようだ。

    昨日は閉まっていたKEOLISのバス案内所にも立ち寄ってみた。
    入り口近くに整理券の発券機があって、目的地をタッチすると整理券が出てくるようだ。

  • それでも発車までに時間があったので、東口に出てみたがまるで何もない。<br />東側から見ると、ひしゃげた機体のような駅の端に古い建物がくっついていた。<br />多分これが旧駅舎なのだろう。

    それでも発車までに時間があったので、東口に出てみたがまるで何もない。
    東側から見ると、ひしゃげた機体のような駅の端に古い建物がくっついていた。
    多分これが旧駅舎なのだろう。

  • やがて時間が近づき、ホームに降りると予報通りと言うべきか空は次第に暗くなり、雨もポツリポツリと落ちてきた。<br />やはり帰宅を選んで正解だったな、と妙な自己満足。<br />

    やがて時間が近づき、ホームに降りると予報通りと言うべきか空は次第に暗くなり、雨もポツリポツリと落ちてきた。
    やはり帰宅を選んで正解だったな、と妙な自己満足。

  • この日から公共交通機関のマスク義務がなくなった。<br />誰もマスクをしていない、おまけにおしゃべりに余念がなく昨日と今日ではまるで世界が変わったような印象だ。

    この日から公共交通機関のマスク義務がなくなった。
    誰もマスクをしていない、おまけにおしゃべりに余念がなく昨日と今日ではまるで世界が変わったような印象だ。

  • この旅の間違いははまだ終わっていなかった。<br />途中のLAVAL駅で乗り込んできた人が、そこは自分が予約している席だという。<br />そんな馬鹿な、だって二等車でしょ....!?<br />ここではたと、自分の思い違いに気がついた<br />そもそもTGVに「自由席」はないということをすっかり失念していた。<br /><br />そういえば、今、下車したばかりのマダムが手前のル・マンで乗ってきた時に、しきりとチケットと自分の顔とを見比べて、諦め顔で隣に座ったことを思い出した。<br />きっとル・マン - LAVAL間を自分が座っていた位置を指定していたに違いない。<br />なんということだろうか<br />途中、車内検札もあったのだが、座席を指摘されることもなかったので、気づきが遅れてしまった。<br /><br /><br />

    この旅の間違いははまだ終わっていなかった。
    途中のLAVAL駅で乗り込んできた人が、そこは自分が予約している席だという。
    そんな馬鹿な、だって二等車でしょ....!?
    ここではたと、自分の思い違いに気がついた
    そもそもTGVに「自由席」はないということをすっかり失念していた。

    そういえば、今、下車したばかりのマダムが手前のル・マンで乗ってきた時に、しきりとチケットと自分の顔とを見比べて、諦め顔で隣に座ったことを思い出した。
    きっとル・マン - LAVAL間を自分が座っていた位置を指定していたに違いない。
    なんということだろうか
    途中、車内検札もあったのだが、座席を指摘されることもなかったので、気づきが遅れてしまった。


  • パリに近づくにつれ、晴れ間が出てきたが、行きにみた風力発電の風車もなんだか力無く見えてきた。<br />おかえり~と、何だか右肩下がりのような感じだ。

    パリに近づくにつれ、晴れ間が出てきたが、行きにみた風力発電の風車もなんだか力無く見えてきた。
    おかえり~と、何だか右肩下がりのような感じだ。

  • 帰宅した翌日、どうにも身体が重い。<br />コロナに罹ったかと思ったが、症状的には合うような合わないような...<br />数々の失敗続きがよほど身に応えたのかも知れない、と自分のことながら他人事のように分析してみた。<br />18日はアパルトマンの内見を予約している。<br />愛着のあるモンパルナスだが、秋頃の転居を考えて物件探しをしていたら条件に合う部屋が見つかった。<br />パリの住宅事情は最悪だ。良い物件は早い者勝ちで決まってしまうので、即断即決が求められる。<br />家主の話では、内見の順位4番なので、先順位の内見者が希望すれば決まってしまうということだった。ダメ元で出かけたら、なかなかない物件で家主も日本人なら歓迎という。しかも電話で好感を持ったので、先順位者を内見させずに待たせているという。<br />いかにも商売上手な手法のようでもあるが、まんざら嘘では無さそうで7月入居で契約することに決めた。<br />さらに身体はすぐれず、それでも20日には契約に出向いていった。<br />契約を済ませ、安堵したためか、この夜から寝付く羽目になった。<br />完全にダウンして食事もできない有様になった。<br />ここ数十年風邪ひとつ引かなかったし、自分史上「寝込む」という事態が経験ないことなので、まるで勝手が分からぬ世界に迷い込んだような気持になった。<br />モン・サン・ミシェルを通り越して、いよいよあの世への旅になるかと、一時は大袈裟に覚悟を決めたが、幸い5日間ほど寝込んだ後、回復し、今ではすっかり元通りになった。<br />どうも今回の旅はここまで来てようやく締め括りとなった感じがする。

    帰宅した翌日、どうにも身体が重い。
    コロナに罹ったかと思ったが、症状的には合うような合わないような...
    数々の失敗続きがよほど身に応えたのかも知れない、と自分のことながら他人事のように分析してみた。
    18日はアパルトマンの内見を予約している。
    愛着のあるモンパルナスだが、秋頃の転居を考えて物件探しをしていたら条件に合う部屋が見つかった。
    パリの住宅事情は最悪だ。良い物件は早い者勝ちで決まってしまうので、即断即決が求められる。
    家主の話では、内見の順位4番なので、先順位の内見者が希望すれば決まってしまうということだった。ダメ元で出かけたら、なかなかない物件で家主も日本人なら歓迎という。しかも電話で好感を持ったので、先順位者を内見させずに待たせているという。
    いかにも商売上手な手法のようでもあるが、まんざら嘘では無さそうで7月入居で契約することに決めた。
    さらに身体はすぐれず、それでも20日には契約に出向いていった。
    契約を済ませ、安堵したためか、この夜から寝付く羽目になった。
    完全にダウンして食事もできない有様になった。
    ここ数十年風邪ひとつ引かなかったし、自分史上「寝込む」という事態が経験ないことなので、まるで勝手が分からぬ世界に迷い込んだような気持になった。
    モン・サン・ミシェルを通り越して、いよいよあの世への旅になるかと、一時は大袈裟に覚悟を決めたが、幸い5日間ほど寝込んだ後、回復し、今ではすっかり元通りになった。
    どうも今回の旅はここまで来てようやく締め括りとなった感じがする。

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この旅行記へのコメント (5)

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  • yoshiboさん 2022/07/14 09:29:25
    レンヌ & TGV
    初めまして、
    レンヌの紹介、特にドレフュス事件の説明 ありがとうございます。事件の事は知ってましたが、良く分かりました。

    さて、10月にモンサンミッシェルへいく予定です。バス乗場が分かりにくいと皆さんの旅行記で指摘されてますが、見つける事が出来るか心配です。

    TGVの席には自由席はないとの事ですが、私が6月に買ったレンヌまでチケットでは席を選ぶ画面が有りませんでした。通常3ヶ月前から発売なのに、こんなに早く買えたのも不思議です。その時、ちなみに帰りは買えませんでした。今月に入り帰りを買いましたが、座席を選択出来ました。
    4日前にe-ticketがメールで送られて来るので、それをプリントアウトしなさいと有りますが指定席に関しては記述が有りません。

    その辺の事情が分かれば、ご教示お願いいたします。

    今後ともよろしくお願いいたします。

    ばねお

    ばねおさん からの返信 2022/07/14 22:01:19
    RE: レンヌ & TGV
    yoshiboさん こんにちは

    10月にモン・サン・ミシェルへ行かれるとのこと、旅するにはとても良い時季ですね。

    さて、モン・サン・ミシェルへ到達していない私がお役に立つかどうかですが、お尋ねの件につきましては以下のように考えます。

    > バス乗場が分かりにくいと皆さんの旅行記で指摘されてますが、見つける事が出来るか心配です。
    ホームは地上にありますが、駅構内には平行移動ができません。
    一旦、階段やエスカレーターなどで上階に行き、いろいろなショップが入っている駅構内を突っ切る形で進みます。
    下車したホーム(あるいは線路)の位置をイメージして、これに沿って上階を進むという感じです。
    それほど広い構内ではなく、突き当たりに「le Paris-brest」と大きな店名があるカフェレストランがあります。
    その店の左横に地上階に通じる階段があります。
    階段を下ると、バスチケット売り場の「KeoLIS」があり、バスターミナルへ通じる出口があります。


    > TGVの席には自由席はないとの事ですが、私が6月に買ったレンヌまでチケットでは席を選ぶ画面が有りませんでした。通常3ヶ月前から発売なのに、こんなに早く買えたのも不思議です。その時、ちなみに帰りは買えませんでした。今月に入り帰りを買いましたが、座席を選択出来ました。
    > 4日前にe-ticketがメールで送られて来るので、それをプリントアウトしなさいと有りますが指定席に関しては記述が有りません。

    基本的にTGVは全席指定ということになりますが、3ヶ月前の発売は原則ながらもフランスというお国柄、あるいはその時点の状況(例えばストライキ、技術的問題等々)で多少前後することはあるようです。

    ただ、書かれている中で気づきましたのは、SNCF(フランス国鉄)の公式サイトからの購入ではなく、あるいは別サイト(例えばEurorailなど)からではないか、ということです。
    と言いますのは、SNCFの場合は購入手続きが完了すると即時にメールが来て、チケットが添付されています。
    これを印刷する、あるいはスマホでe-ticketとして使うは利用者の判断ですが、チケットにはQRコードが記されていてホーム入場時、車内検札時に用います。

    まだ、お手元にチケットが送信されていないとすれば、後日届くチケットには乗車号車(Voiture)と座席(Place)の表示があり、QRコードも付されているはずです。

    行きに座席選択画面がなかったのは、サイト側が「購入枠」を有してはいたものの、3ヶ月という公開前であったため座席位置までは押さえられなかった、という可能性もあります。
    この辺りの事情は、もっと詳しい鉄道ファンの方々が大勢いらっしゃるのでは、と思います。

    以上、多少のご参考になれば幸いです。

    ばねお

    yoshiboさん からの返信 2022/07/15 09:39:49
    RE: RE: レンヌ & TGV
    色々な情報ありがとうございます。

    モンサンミッシェルは一度行きましたが、小さな団体旅行でバスをチャーターして日本人のガイド付きでした。パリからモンサンミッシェルまで間断なく喋るガイドさんで楽しかったです。ご主人は銀行員で、義理のお父さんは日本の松下幸之助みたいな人で大きな会社の創設者だと自慢されてました。
    今回はフランスの美しい村を回ります。PCR検査の為、パリ滞在が必要で、余裕のある日にモンサンミッシェルへ行く計画をたてました。

    駅からの降りて、バス停までのご案内ありがとうございます。このご説明でバス停までの状況が目の前に浮かぶようです。本当にありがとうございました。

    TGVのチケットは、OUI.sncfで購入しました。購入後、メールにて確認書が送られてきて、それには以下の文書が入ってました。

    Your ticket will be sent to you by email 4 days before departure. You will be asked to show your ID and either your mobile e-ticket or a printed ticket before boarding. The ticket cannot be printed in a station.

    仰る通り、5月の段階では席がまだ不明、あるいは列車編成が未定で席を表示出来ないのかと想像します。

    兎も角、ストライキがない事を祈り、当日を迎えたいと思います。

    今後ともよろしくお願いいたします。



  • yunさん 2022/06/11 13:13:06
    シャーロックでも未解決
    体調ご回復て何よりです。

    短期間になんと多彩なあれこれの体験。
    旅行記で拝見する私達には、次から次への展開にすっかり引き込まれて読後の充実感大ですが、ご本人はさぞやお疲れになった事でしょう。

    今まで寝込む経験無し!とは、すごい健康体。
    5日間は今までの清算だったかも知れませんね。

    バス時刻、後から思えばなぜ気付かなかったか不思議。思い込みってどうして起きるのでしょうね。脳の仕組みは不可解なり。

    かたや、ドレフュス事件は意図的に人を陥れる人間の所業。これは脳ではなく、心の仕組みでしょうか?

    新たなお住まい、無事契約出来て良かったですね。7月転居とはこれから大忙しですね。
    新居で落ち着かれたら、改めてモン・サン・ミシェルへ。

    yun

    ばねお

    ばねおさん からの返信 2022/06/12 03:48:33
    RE: シャーロックでも未解決
    yunさん
    こんばんは

    足の捻挫も改善し、今日も元気に巡礼路を進まれたことでしょう。

    こちらは、さあこれから各地を旅しようと考えての第一歩がつまづいて転けてしまいました。
    旅の失敗というのは大小あれこれありますが
    今回の件は、どれをとってもお粗末過ぎて、自分をちょっと許せない気持ちです。

    脳の仕組み、心の仕組み
    yunさんの説明は分かりやすくて、とてもいいですね。

    寝込んだ > 5日間は今までの清算だったかも知れませんね。
    あの世とこの世の境目がチラッと見えたような気もしますが
    それが境目かどうか、ぜひ境目を越えた人の旅行記を読んでみたいと思いました。

    > 新たなお住まい、無事契約出来て良かったですね。7月転居とはこれから大忙しですね。
    秋に考えていた転居だったのですが、随分と前倒しになってしまいました。
    2018年にパリでの暮らしを始めてから(何と!)4回目の引っ越しです。
    いつの間にか荷物が増えて、今回初めて運送屋さんを依頼する羽目になりました。

    ばねお

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