2022/04/01 - 2022/04/01
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koumeさん
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年に一度8時間だけ出会うことのできる桜を眺めに、宇治へ出かけてみました。
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防衛省陸上自衛隊宇治駐屯地に到着。
この日4月1日17:30から19:30までの二時間と翌日9:30から15:00まで実質7時間半だけ、桜と出会うために一般開放されます。
ここ二年コロナ禍で開催されませんでしたので、貴重な機会となりました。 -
入場に際しては、全員体温検査が実施されました。
宇治駐屯地は、中部方面区内(愛知県から山口県まで)の需品、火器、弾薬、車両、化学器材、施設器材、通信器材及び衛生器材の調達、保管、補給、整備等が任務とされているようです。
陸上自衛隊に所属していますが、海上・航空自衛隊に対する、車両・施設器材の保安検査及び一部の補給整備業務支援なども行われているようです。 -
施設内の桜は、この日に合わせたかのように満開で来場者を迎えてくれました。
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旧給水塔・展望台。
この施設は明治27年11月に大阪陸軍砲兵工廠宇治火薬製造所として設置されました。
日露戦争が始まったのが明治37年ですから、この赤煉瓦の建物もその歴史を目にしていたのでしょうか。 -
こちらの桜は紅枝垂桜でしょうか。満開まではもう少しという感じでした。
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敷地内にはとても高い塔も立っていました。
電波塔かな? -
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板張りの外壁にレトロ感を味わうことができます。
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若い血潮の予科練の七つボタンは桜に錨…
海軍飛行予科練習生の詰襟制服のボタン章は桜と錨ということですね。
日本においては、軍隊と桜は縁が深いのでしょうか。
国花だから?
『散る桜 残る桜も 散る桜』
特攻隊員の多くが、辞世の句としてこの句を残しているなんて、あまりに悲しい話も残されています。 -
「学徒出陣が始まった昭和18年当時、北海道大学の総長(今の学長)が、戦地に向かうの学生に向けて発した言葉『科学に国境はない。されど科学者には祖国がある。』。これは戦争の不条理(=良識や理性の法則に反すること)を訴えようとされたのではないだろうか」(小梅パパうんちくを語る)
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「でも当時高等教育機関に席を置けた者は、一握りの恵まれた家庭の子弟だけ。それ以外の若者はさっさと戦場に送られ、多くの人が尊い命を落としている。戦争なんて、不条理の連鎖、塊りでできている」(小梅パパさらにうんちくを語る)
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食堂も開放されていました。
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メニューを見ると居酒屋っぽい。
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桜のライトアップ。最新の照明機器よりもアナログな提灯の灯りのほうが風情を感じるように思うのですが。
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続々と花見客が押し寄せます。
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こちらは赤レンガ倉庫のようです。
この辺りは通行できません。 -
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陽がずいぶん落ちてきました。
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こちらは学校の教室のようなレトロな建物。
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この日の一般公開はあと一時間ほど。
それでも名残りの夜桜を目当てにまだまだ多くの方たちが訪れて来られていました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 唐辛子婆さん 2022/06/15 11:21:45
- 宇治ってすてき
- koumeさん
唐辛子婆です、こんにちは。
ご訪問ありがとうございました。
自衛隊の桜の美しさもさることながら
こんなレトロな建物が今も使われていることに驚きました。
最近「京都ぎらい」という本を読みました。
嵯峨で育ち現在は宇治に住むという著者が若き日に
洛中の人に馬鹿にされたのを悔しく思ったことからはじまっているこの本。
宇治のことはあまり書かれてなくて残念に思っていました。
koumeさんによって宇治への扉が開かれた思いです。
唐辛子婆
- koumeさん からの返信 2022/06/15 15:05:15
- RE: 宇治ってすてき
- 唐辛子婆さま こんにちは
こちらこそいつもありがとうございます。
洛中(上京区、中京区あたりでしょうか)の人たちからすれば、御所より北に暮らしているのは京都人じゃない(本気でそんなことを仰る方に出会ったことはありませんが(笑))という話があるようです。すなわち北区に住む私どもは、当然京都人ではないということになっちゃいます。
しかし元をたどれば京都は広大な湿地帯で、今の二条城あたりに御所ができた当時、湿地の畔の上賀茂や右京区の松尾大社周辺にはすでに人々が暮らしていたのですから、その方たちからすれば、洛中で暮らした人々は新参者かな?
応仁の乱で洛中が焼け野原になったわけですから、戦乱が治まって、何処からか京都に集まって来た方たちによって作られた町が、いわゆる洛中ということになるのでしょうか。
今の伏見区の地域が京都市に編入される際、そこに住む人々が集落ごとに、京都市に入るか宇治市に編入されるか選ばれたという話があります。
ご承知のとおり、宇治市には平安時代(西暦1052年)に藤原頼通開基により創建された平等院や神社建築としては最古とされる本殿を有する宇治上神社など、京都市内に見劣りしない歴史を持っています。
koume
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- じんべいさん 2022/05/08 21:10:04
- 夜桜は提灯が良い
- koume様、はじめまして。
いつもいいねをありがとうございます。
初めてコメントさせていただきます。
貴重な場所での公開。建物も歴史を感じるもので良いですね。
桜と兵隊。それを思うと切ないものがあります。日本人の心の拠り所の一つでもある桜。入試で桜散るを使ったりしますよね。今も使われるのかな。そんなことまで色々考えさせられてしまいます。
不適合の烙印を押されるのも辛かった時代。母の一番上の兄は病弱で不適合を受けたため、鍛錬して合格し命を散らせてしまったそうです。
提灯はやっぱり風流ですね。優しい明かりで浮かび上がる桜が素敵でした。
今後ともよろしくお願いいたします。
じんべい
- koumeさん からの返信 2022/05/09 08:36:39
- RE: 夜桜は提灯が良い
- じんべい様 おはようございます。
こちらこそいつもありがとうございます。
わが家では、主人の父親の長兄が学徒出陣で海軍の船に乗っていたようです。
次兄は勤労動員で福島県の工場で働いていました。。
末っ子の父親は、親戚筋の島根県へ勤労動員の招集が学校に来る直前に疎開して、それを免れたと聞いております。
幸いみな無事に終戦を迎えることができました。
その後の後は、弟(四男)、父(三男)、次兄、長兄の順に亡くなりました。
四男は、生まれたときに母が亡くなり男所帯のなかで育てられたのですが若くして病で命を落とすことになってしまいました。
人生とは不思議なものです。
残る桜も散る桜
koume
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