2022/04/02 - 2022/04/03
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マリアンヌさん
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急に思い立ってやって来た熱海。土曜日の朝の予報では降水確率0%だったから傘を持って来なかったのに雨模様。
朝風呂に入ってレイトチェックアウトして、とりあえず起雲閣だけ見学しようと出かけました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝食は静岡県産の野菜、卵を使ったスクランブルエッグ、ミネストローネ、自家製ジャムにパン、パティシエ特製和三盆と丹那牛乳を使ったなめらかプリン、ヨーグルト。美味しく頂戴しました。
コーヒーはフリーだったのだけど作り置きだったのが残念。 -
なんと雨模様。降らない予報を信じて傘持たずに来ちゃった。
来宮駅までは予約制のバスで。 -
熱海駅のコインロッカーに荷物を預け、伊豆箱根バスで起雲閣へ。
開館時間は午前9時~午後5時
入場料は610円だった。 -
起雲閣は1919(大正8)年に別荘として築かれ、現在は非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘とならび、「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となっているそう。
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起雲閣は、神戸で船会社を開業し海運王と呼ばれた内田信也が、1919(大正8)年に建てた「湘雲荘」を、1925(大正14)年に、東武鉄道の礎を築いた根津嘉一郎が別荘として購入したものとのこと。
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内田 信也は、1880(明治13)年、旧常陸麻生藩士の家に生まれた。東京高等商業学校(現・一橋大学)を卒業、1905(明治38)年に三井物産へ入社、その後、神戸で内田汽船を開業した。1919(大正8)年、母親の静養の場所として起雲閣の母体となる「湘雲荘」を建設した。
その後、代議士となり、岡田内閣の鉄道大臣、東條内閣の農商務大臣、第5次吉田内閣では農林大臣など政界で活躍した。 -
根津嘉一郎は、1860年、甲斐国山梨郡正徳寺村に生まれた。根津家は雑穀商や質屋業も営む豪商だった。その後、東京へ進出し、甲州財閥を形成した。また、第一徴兵保険会社や帝国火災保険、富国徴兵保険など保険会社の資金を運用し、東京電燈の買収などに関っている。1905(明治38)年には東武鉄道の社長に就任した。資本関係を持った鉄道会社は24社に及び、東京地下鉄を造り上げ、これらの功績から、「鉄道王」と呼ばれるようになった。
1904(明治37)年以降、代議士にもなり、1922(大正11)年に旧制武蔵高等学校(現在の武蔵大学)を創立した。
そして1925(大正14)年には「湘雲荘」を内田氏から買い取った。 -
根津が死去した後は、1947(昭和22)年に、金沢でホテル業を営んでいた桜井兵五郎が買い取り、「起雲閣」という旅館を開業した。
主屋に当たる1階の「麒麟」は、三方が畳廊下に囲まれた10畳と8畳の和室で、床の間と付書院が配されている。目にも鮮やかな群青色の砂壁は、「加賀の青漆喰」と呼ばれ旅館になってから、桜井兵五郎氏が石川県出身のため、地元の技法で高貴な青色の壁に塗り替えられたといわれている。
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二階の大鳳へ。
当初、湘南荘として建てられたのは、木造2階建ての和館「麒麟・大鳳の棟」と木造平屋建ての「孔雀の棟」だった。
太宰 治が1948年(昭和23年)3月18日に訪れ「大鳳」に宿泊し、この前後3月7日から31日までの間、別館に滞在し「人間失格」を執筆したそう。 -
多くの著名人に愛された起雲閣別館は昭和63年取り壊されたそう。
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座敷から眺める風景が素晴らしい。
当時の職人が一枚一枚流し込んで作った窓ガラスはわずかに歪み、大正時代へと一気にタイムスリップ。入側造(いりかわづくり)と言うそう。この段差のなさが、広々とした空間を感じさせる要因となっているのでは?
これを取り入れたのは、当時車椅子で生活していた実母に対する内田信也の思いやりと考えられているとのこと。
大正時代にすでに、バリアフリーの考え方があったとは、驚き。 -
左手には洋館、立派な庭園が望める。
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正面は旅館当時の宿泊棟。
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ちょっと見にくいですが、概要図です。
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根津嘉一郎により1932年(昭和7年)に建てられた洋館。
「玉姫」はダイニングルームとサンルームに分かれている。 -
英国風アンティーク棚も。
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灯りもガラスで雰囲気にあっている。
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天井全体がガラスで覆われ、アール・デコ調の花柄のステンドグラスで装飾されている。
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細かなところにも凝った装飾。
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サンルームだけに光が多く差し込む特殊なガラスを用いたそう。
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1枚ずつ焼かれたという色鮮やかな床のタイル。
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大きな窓から庭園を眺められて癒されるね。
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ダイニングルーム「玉姫」
一見するとイギリスの邸宅風だが、「喜」という文字や獅子頭などをあしらった中国風の装飾、折り上げ格天井、蟇股(かえるまた)などからは、日本の建築様式もうかがうことができる。
蟇股とは、和様建築で梁や頭貫 (かしらぬき) 上にあって、上の荷重を支える材のことで、 蛙股とも書くそう。 -
灯りも和洋折衷っぽくて凝っている。
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天井の金唐革紙(きんからかわかみ)について
金唐革紙のルーツは17世紀半ばの江戸時代日蘭貿易によってヨーロッパから伝わった金唐革。宮殿や寺院などの壁や天井に使われていた装飾革は日本では「舶来の革」という意味で「金唐革」と呼ばれるようになったそう。革に型押しや彩色の施された大変豪華な品物を高価ながらも煙草入れや手箱などに使われ珍重していたそう。 -
壁に京都龍村の獅子柄が施されていた。
茶道で使う古帛紗の文様にも似たものがあるよね。 -
中世イギリスのチューダー様式の落ち着いたデザインでまとめられたリビング「玉渓」。
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暖炉の覆いにはサンスクリット語の飾り、入口の天井には茶室のように竹が用いられるなど、独特の空間となっている。暖炉脇の太い円柱は、古い寺か神社の柱とも江戸時代の帆船の帆柱ともいわれており、この柱と暖炉は、日本建築の「床の間」と「床柱」にも見立てることができるそう。
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暖炉は、インド・ガンダーラ風の仏像彫刻や中国風の意匠が施され、西洋と東洋が渾然一体となった不思議なデザインとなっている。
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暖炉に釈迦三尊とは不思議な感じ。西欧でいう聖母子とか受胎告知っていう雰囲気かな。
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柱や梁は、名栗(なぐり)仕上げという日本古来からの技術で加工されたもの。
釿(チョウナ)と言う道具を使い、独特の削り痕を残すで、木の目を読み、振り下ろす力の入れ具合を均一に保たなければならない難しい技だそう。
灯りも素敵。 -
光を受けたステンドグラスが美しい。
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窓から庭園を堪能できる。
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左手は、旅館になってから建てられた宿泊棟。
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宿泊室は展示室となっている。
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三島由紀夫が新婚旅行に訪れたり、志賀直哉、谷崎潤一郎、山本有三、太宰治などにも愛され、文豪が執筆のため長期に滞在した記録も多く残されているとのこと。
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ちょっとお部屋にお邪魔して・・・
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お庭の景色をゆったり眺められる。
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1階の3部屋が展示室として開放されている。
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考えることは皆同じなのか観光客が文筆家気分でソファに座る(笑)
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落ち着いた旅館らしい造りの部屋だね。
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昭和4年(1929年)に根津嘉一郎が最初に建てたのが「金剛」で、さまざまな色の石で築いた暖炉があって、それを取り巻く柱や梁は、床、壁、天井など至るところにまで配慮が行き届いている。
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私好みのトールペイントっぽい家具が置かれていた。
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根津嘉一郎が蒐集した日本・東洋の古美術品コレクションは根津美術館に保存されているくらいだから美意識の高い方だったのでしょう。
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応接間「金剛」の暖炉周りの化粧梁には、ダイヤ、ハート、スペード、クラブの模様の螺鈿で装飾され、中国風の飾り窓と相まって異国情緒が漂う。
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これが中国風の飾り窓。
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何やらアイアン細工の窓が・・・
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その窓は、ローマ風浴室だった。
アール・デコ調のステンドグラスから光が降り注ぐ神秘的で開放的なまばゆい空間。
床に敷かれているのは木の温かみを利用したウッドタイルで、そこに温泉が流れることで床暖房効果が得られるとのこと。 -
ガラスのアールが美しい。
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こちらの棟も旅館時代のもので、旧大浴場から見た庭園。
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庭から見た旅館時代の建物。
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「孔雀」は内田信也が母の居室として建て、当初「麒麟」と隣接していたが、2度の移築で現在地に至っているそう。
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「麒麟」と同じように、座敷の周りを畳廊下が取り囲む入側造(いりかわづくり)で、比較的地味なつくりだが、部分的に竹や漆塗りの木材を使用するなど、落ち着いた雰囲気のなかにも上品な演出が施されている。
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1958年(昭和33年)三島由紀夫が新婚旅行で宿泊したという「孔雀」(「玉渓」との説もあるそう)。
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枝垂れ桃が美しい。
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喫茶室やすらぎ。
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ちょっとアール・デコ風。
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抹茶とお菓子をいただきました。
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庭園は、池泉回遊式庭園。雨だったけど傘をお借りして見学。
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洋館の外観。異なる様式が混在する建物内部とは対照的に、外観は洋の部分が最小限に抑えられてる。和洋折衷な建物も絶妙なバランスとなっている。
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競売にかけられていた起雲閣を、現在は市民たちで作り上げたNPO法人が指定管理者として委託を受け管理運営しているそう。女性が管理者代表とのこと。スタッフの方々は、館内の案内役としても活躍している。
説明を受けながら色々と話し込みました。 -
敷地内の日本庭園に据えられた巨大な岩は、根津が熱海梅園で見つけたもので、重さは20トン以上だそう。ソリに載せて2か月かけて運搬したそうですが、根津も自ら加わり、祭の山車でも引くように、庭師と力を合わせて運んだそう。
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NHKの連続テレビ小説「花子とアン」では、九州の石炭王である嘉納伝助の屋敷として、テレビ映画「人間失格」の撮影もされたそう。
古くは溝口健二監督の「雪夫人絵図」も撮影されたそう。 -
蔵のたたずまいの企画展展示室。
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起雲閣からバス停まで小雨降る中小走りで・・・
バスで熱海駅周辺へ。
すごい行列が出来ていて、熱海プリンって流行ってるのね! -
いちごBonBonBERRY、この店可愛いからチェックしてたんだけど、やっぱりすごい行列。あきらめた。
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それでこちらのカフェでランチ。
https://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220502/22029733/ -
タイルがお洒落なキッチン。
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古いマンションをリノベ的な感じ。
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ハンバーガー、ポテト、クランベリーソーダ。美味しかった。
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窓から海が見える。晴天だったら青いのにね。
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可愛いお店が多い観光地あるある。
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結構、若者が溢れてて驚いた。
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2軒目のカフェ。雰囲気が良かったので、少し待って入店。
https://www.cafe-kichi.com/ -
二階の席へ。
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古民家をセンスよくアレンジ。
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橙ホワイトショコラージュをオーダー。
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ちょっとまったりした時間を過ごしてから新幹線で帰途へ。
プチ癒し旅となりました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- mistralさん 2022/04/12 22:28:15
- 起雲閣。
- マリアンヌさん
こんばんは。
起雲閣に行ってらっしゃったんですね。
写真が綺麗ですね。
雨模様で新緑が一層イキイキと映えていて。
特に玉姫のサンルーム
帰ってきて旅行記にしようとしたら、思っていたよりも
写真を撮っていなくて、自分ながらがっかりでした。
その点、マリアンヌさんはバッチリでした。
ガラスも床タイルも、そうそう、そうだった!と思いました。
タイルの色彩、素敵でしたね。
近場なのに素晴らしい建物と出会えて
私は熱海をすっかり見直してしまいました。
mistral
- マリアンヌさん からの返信 2022/04/13 11:23:45
- RE: 起雲閣。
- mistralさん こんにちは。
突然、出かけたので後からそう言えば mistralさん起雲閣に行かれていたなぁと。
予習できたのに(;_:)
写真は、ここ数年の国内旅ではスマホで済ませてしまってます。
いいカメラが欲しいと、海外で撮りたいなら慣らしていかないとと思いつつモチベーションが上がらず今に至っています。
玉姫のサンルーム、思いの外素敵で驚きました。
細部にわたり贅が尽くされていますよね。美的拘りもすごかったんでしょうね。
東京に近い熱海は昔から成功者の別荘が沢山建てられていますものね。
不確かな記憶なのですが、秘書時代、担当役員が会合&ゴルフで起雲閣に行ったことがあるような気がします。当時そいうった会合、多かったですものね。
近場ですし、もっと別荘公開して欲しいですね(笑)
mistralさんの滋賀旅、いいなぁと拝見していました。滋賀、行ったこと無いのですよ。
鹿児島旅にもお邪魔しますね。
マリアンヌ
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