2022/03/03 - 2022/03/04
391位(同エリア956件中)
napaさん
川廻しとは湾曲した川をトンネルなどを掘って短絡し、元の河床を利用して新田開発する方法で、房総南部特有にみられるものです。洞窟を通って川が流れるという特異な風景にもひかれましたが、昔の人の努力の跡がどうなっているのか気になって、いくつか遺構を訪ねてみました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨日泊った大多喜の大屋旅館、母屋は築137年の登録有形文化財
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上総中野駅でいすみ鉄道と小湊鉄道の乗り換え。地図で見るとひとつながりの鉄路となっていて共通の駅なのに、それぞれの方向からやって来たレールは車止めで終わっているのが印象的でした。
いすみ鉄道の前身の旧国鉄木原線は名前の通り木更津から大原へ、小湊鉄道は安房小湊まで延伸する計画だったので、もし完成していれば上総中野は二つの路線が交差する駅になっていたのでしょう。 -
月崎駅に到着。駅構内には何本もの桜の古木があって、半月もすれば桃色の駅となることでしょう
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苔むした駅構内の建物
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周囲に数軒しか民家のない駅の正面に伸びる細い道を選び、車両が通行することがあるのだろうかというような寂れた林道へ。程なく笹やぶの中に降りていく小道を見つけました。
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川の流れが川廻しのトンネルを抜けるときに響くゴーゴーという水音を頼りに歩くとありました。洞窟を抜けて川が流れる特異な風景。
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耕作する人もなく藪になった古川。
湾曲した川を短絡することで新たにできた川の流れが新川、水が流れなくなった部分は古川と呼ばれています。古川は元の河床になりますが、流れを変えた後も大規模な客土や整地など多くの労働力を投入しなければ耕作できなかったのではないでしょうか。 -
道ばたにあった墓石、天保十一年(1840年)の文字が読み取れます。
川廻しは江戸時代に盛んにおこなわれたそうです。 -
高台から見下ろした新墾地跡。
ここはこのあと訪ねる浦白川のドンドンによってできた新墾地で、かなり規模の大きなものですがそれでも竹やすすきに覆われ山に還っているようです。 -
小さな踏切を渡って、月崎駅からの舗装道に合流します。
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永昌寺トンネル
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観音掘りと言われる古くからの掘り方で、坑口が将棋の駒のような五角形をしています
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つるはしの跡でしょうか
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永昌寺トンネルを抜けてすぐ、林の中の踏み分け道を降りて、浦白川のドンドンにより新田開発された田んぼだったと思われるところを過ぎます。
川廻しは莫大な労力を要した土木事業ですが、谷底の新墾地は日当たりが悪く、それでも少しでも田畑を増やそうとしたのでしょう。 -
浦白川のドンドン
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400カ所を越えるという川廻しの多くは無名ですが、ここは固有の名前がついているだけに規模も大きく、トンネルの高さは10m、長さは100mを超えます。掘った土砂を運び出すのも大変、どれくらいの人数で何年かかったのでしょうか。
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第二柿木台トンネル
川廻し以外にも房総半島南部には素掘りのトンネルがいくつも残っています。 -
第一柿木台トンネルの前の石仏群
1899年頃に掘られたトンネルより古く、中央の供養塔には寛政5年(1793年)と刻まれています。その当時はこの道も往来が盛んだったのでしょうか。 -
第一柿木台トンネル
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石仏のあった竹林を振り返って
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やはり観音掘りです
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白梅の花が満開の農村地区を歩いて駅へ向かいます
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飯給駅に到着。普段は車での移動ばかりですが、あえて公共交通機関と徒歩の旅、1時間に1本の列車を待つのも楽しい時間です。
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素朴な駅舎。地域の人たちが手入れしているのか、花が植えられたプランターが並んでいます
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列車がやってきました。
小さな旅もおわり。
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