2022/03/08 - 2022/03/11
4281位(同エリア4367件中)
のりじいさん
浅草です。このホテルはツリーの見える側のお部屋を取ってくれました。せっかくだからここがいいですね。今はバリアフリーでまるで自分の家に帰ってきたようです。油あげの入った味噌汁はまさに、家に帰った感じです。
このホテルの中で、テレビのニュースを見ていると、ロシア進攻について、東北大震災のころと重なってきます。すさまじいまでのロシアの攻撃は毎日心が痛みます。聞くところによると、キエフは歴史の有る街で好きな人もたくさんいる街だということです。
しかし、ロシア軍の猛火に会い、どのようになっているのでしょうか?日本政府が受け入れを表明したので、民間でも協力したいです。ウクライナ人の留学生とか労働者で日本を頼って来る人の受け入れをしたいです。
時あたかも、ちょうど11年前の東北大震災のころの受け入れを思い出しています。浪江町の4家族12名の受け入れを経験しました。2歳から小学生2名、大人10名、最高年齢は70代でした。きっかけは震災直後の30分後に「疎開しませんか」のメールを友人にしていたことでした。それを見た友人のご親族が東京経由で避難していてその後我が家に来られたということです。3月20日の夕方電話があったのが始まりでした。一番遠くからは遠野からのご家族でした。
いずれにしても、約2か月近く我が家での家族が増えました。当時は地元小学校の3年生のK君の里親でしたので、一挙に15名の大家族になったわけです。思うによく我が家の白い方の家で4家族12名が生活していたものだと感心したりしています。
時々、隣の母屋で、15人で、K君の名司会に拍手して「ふるさと」を合唱しながらの食事会をしました。「論語かるた」を隣の子供たちと一緒にしたり、老いも若きも一緒に「大縄跳び」をしたりして過ごしました。我々にはわからない苦しみや、故郷への思いがあったことでしょう。その後、会津、南相馬、いわきなどに帰られています。今は、中元お歳暮の交換で元気でいることを確かめています。昨年2歳のお孫さんが中学生になりました。
さて、我々としては、ウクライナ、ロシアに友人がいればその人と連絡したり、日本の内閣府などに日本を頼って来る人がいたら受け入れする家庭を仲介しますということを行動するのはいかがでしょうか?健康に笑顔で話しできることが一番の楽しみです。ニュースを見るにつけ、この思いは、日本にあっても、世界であっても、同じなのにという気がしています。人道回廊などといっていますが、ロシアが経済的に疲弊したら、ロシアからの難民もあるかも。
10日は雷門まで歩きました。雷門近くの友人の整骨院は留守で営業していなかったです。1時間くらい暖かいので、通りの散歩になりました。ここは都営浅草線を使うと、エアポートまでも一直線ですし、便利です。
こちらは天候が良くて、何をするにもいいですね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
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