2022/01/15 - 2022/01/16
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みーみさん
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今日はきしわだ自然資料館、自泉会館、岸和田城、五風荘、だんじり会館、
紀州街道本町の町並みなどをめぐりました。
お城あり、大きなお屋敷あり、洋風や和風の長屋あり、街道沿いの町屋あり、
近代建築あり、岸和田ってすごいわ~。
- 旅行の満足度
- 5.0
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宿泊したホテルルートインはバイキングの無料朝食のメニューが豊富で、おいしくいただきました。朝食会場の混み具合を部屋からチェックすることもできます。
チェックアウトが通常より、一時間遅かったので、大浴場で朝風呂に入ってのんびりしてから、また、バスで南海岸和田駅に向かいました。ホテルルートイン大阪岸和田 ‐東岸和田駅前/関西空港‐ 宿・ホテル
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きしわだ自然資料館を目指します。
途中、通りがかったのが、和田家住宅で、登録有形文化財に指定され、岸和田城周辺まち歩きマップにも載っています。
住宅なのでもちろん非公開ですが。 -
こちらは旧泉州銀行(現池田泉州銀行)本店です。
村野藤吾設計の銀行建築。 by みーみさん旧泉州銀行本店 名所・史跡
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イチオシ
ただならぬその佇まいの建物の設計者は村野藤吾。
建設は1959年と、戦後になりますが、壁面は全面花崗岩張りで、銀行本店として、上品な雰囲気を醸し出しています。
上部の連続窓がアクセント。村野藤吾設計の銀行建築。 by みーみさん旧泉州銀行本店 名所・史跡
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下部の窓には金属製の和風の格子が取り付けられています。
村野藤吾設計の銀行建築。 by みーみさん旧泉州銀行本店 名所・史跡
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そして、ポールの上には山羊の親子の像が。
大阪市内に、村野藤吾の作品で新大ビルというのがありましたが、そのビルの上階部分には羊の像がとりつけられていました。(現在は建て替えられて羊は地上に降りてきています)。羊やら山羊やら、どういった意味をもっているんでしょうか。村野藤吾設計の銀行建築。 by みーみさん旧泉州銀行本店 名所・史跡
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提灯屋さんがありました。
さすが、だんじりの町・岸和田です。 -
紀州街道に入ります。
紀州街道には城下町特有のクランク状のます形があり、これもまただんじり祭りでの見せ場の一つになっている場所です。
もっとも、現在のように、猛スピードでのやりまわしは比較的最近になって行われるようになったみたいですね。 -
紀州街道沿いに建つきしわだ自然資料館は旧寺田銀行(寺田財閥・堺寺田家)の外観をモチーフにした瀟洒な建物です。
ホテルルートイン大阪岸和田の宿泊者は、この自然資料館と、岸和田城、だんじり会館の無料入場券をもらえます。一枚の紙に三施設の入場券が印刷されていて入場の際にスタンプを押してもらう形です。きしわだ自然資料館 美術館・博物館
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岸和田の山、川、池、生物、植物などがジオラマやパネルで紹介されていて、
キシワダワニの化石やチリメンモンスターのコーナーなど、おもしろかったです。
日曜日ということもあって、子供連れのお客さんが多かったですね。きしわだ自然資料館 美術館・博物館
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市内の牛滝川の馬蹄形の蛇行のパネル展示ですが、このすごい蛇行、実際にも見てみたいな。
きしわだ自然資料館 美術館・博物館
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この施設の一つの特徴がはく製のコレクション。寄贈されたものですが、シロクマや虎など、現在はワシントン条約がありますから、今となってはある意味貴重なはく製が展示されています。
きしわだ自然資料館 美術館・博物館
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自然資料館の見学を終えて紀州街道を歩いていると、看板建築がありました。
書店のようです。軒下の装飾が目を引きます。 -
あ、、また、提灯屋さんがありました。
やはり、岸和田。 -
そして、こなから坂を上がって、昨日見学できなかった自泉会館に向かいます。
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こなから坂は、だんじりが駆け上がる、これまただんじり祭りの見どころとなる
場所です。
といっても、自分は実際にはだんじり祭りは見たことはありません。映像で見ただけですが・・・。 -
自泉会館は、日曜日でしたが、たまたま大ホールは使用されていなくて見学できました。
通常、土日は使用されることが多いので、今日は空いていてラッキーですね
と、係の方にに言われました。確かに。
中を見学されたい方は事前に見学できるかどうか、調べてから行くことをお勧めします。自泉会館 名所・史跡
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側面には、ベイウィンドウがふたつ。
ひとつは1,2階ぶち抜きで、もう一つは一階部分と二階部分に分かれています。
一階と二階に窓が分かれているのは、中に入ってわかったことですが、2階ギャラリーがあるためです。自泉会館 名所・史跡
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壁には壁泉が造られています。
ただ、水の出るライオンの頭部像はオリジナルではないようです。
そこだけ、色が違いますもんね。自泉会館 名所・史跡
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門扉から玄関ポーチまでのアプローチはまっすぐでなく、カーブしています。
玄関ポーチにはトスカーナ式の柱が6本、屋根を支えています。
建物はスパニッシュ様式で、スペイン瓦を葺き、外壁はクリーム色で明るい印象を受けます。自泉会館 名所・史跡
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ポーチから続く玄関は扉の上部に半円形のガラスがはめ込まれています。
自泉会館 名所・史跡
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イチオシ
玄関ホールに入ると目に入ってくるのがこの階段。
自泉会館 名所・史跡
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上部が半円形にカーブしています。
自泉会館 名所・史跡
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階段の上を見上げると、二階の会議室の、中央を軸にして回転する窓が見えました。
壁面はトラバーチンが使われています。自泉会館 名所・史跡
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そして、玄関ホール・階段で印象的なのが、色鮮やかなタイル。
3種類の模様のタイルが要所、要所に使われています。自泉会館 名所・史跡
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階段部分のタイル。
自泉会館 名所・史跡
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階段部分と呼応するタイル。
自泉会館 名所・史跡
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床は黒と白の擬石が市松模様に敷き詰められています。
自泉会館 名所・史跡
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上部には下部と同じ正方形のタイルではなく、細いタイルが使われています。
自泉会館 名所・史跡
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いよいよホールです。ホールへの扉の上にもタイルが。
係の方がカギを開けてくれます。通常なら説明もあるようですが、コロナ禍の現在は、自由見学で、係の方は玄関ホールで見学が終わるまで待っておられました。自泉会館 名所・史跡
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ホールには一部2階ギャラリーが設けられています。
天井の梁は木造に見えますが、実はコンクリート製で漆喰を塗り、彩色しています。自泉会館 名所・史跡
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2階ギャラリーに上がる階段はホールの室内にあります。
部屋の中に階段があるデザインは渡辺節設計の神戸住吉村の乾邸や、大阪の綿業会館でも使われているのを見たことがあります。
とても、ドラマチックな印象を与えますね。自泉会館 名所・史跡
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昔の写真をみていると、ギャラリーや階段の柵、手すり部分は、現在の木製のものとは違って、アイアンワークでできていたようです。
自泉会館 名所・史跡
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ギャラリーと反対側の壁には木製のペディメント装飾が付けられています。
自泉会館 名所・史跡
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イチオシ
中央にはタイルの美しい暖炉が設置されています。もっとも、これは装飾的なもので、実際に暖炉として使用できるようにはなっていません。
暖炉の右側には1,2階ぶち抜きの解放感溢れる背の高いベイウィンドウが、そして左側、木製のカーブした造作は2階ギャラリーとなっているため、ベイウィンドウは上下2カ所に分かれた形になっています。自泉会館 名所・史跡
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渡辺節の建物は重厚で、それでいて華やか、そして温かみがあって、しかも機能的で、大好きです。
でも、意外と残っている建物は少なくて、今回岸和田で、この自泉会館と、旧和泉銀行の2棟の作品を見れて、うれしかったです。自泉会館 名所・史跡
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さて、次は岸和田城を見学します。
猪伏山に建てられた城は別名千亀利城と呼ばれています。岸和田城 名所・史跡
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イチオシ
現在の天守閣は1959年に再建されたものですが、天守閣は1827年に落雷によって焼失したため、廃城令で取り壊されたのではありません。
岸和田城 名所・史跡
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今の天守閣は3層ですが、江戸時代のものは5層の雄大なものっだたようです。
幕末、吉田松陰が大阪沿岸の警備状況を視察するために岸和田にやってきて、松陰逗留の地跡が史跡となっていますが、確かに、天守閣からは大阪湾が見渡せます。御三家の紀州家へと続く紀州街道も城下を通り、様々な意味でこの岸和田は重要な場所だったのでしょう、それゆえに5万3千石の石高でありながら、大規模な天守閣を構えたのかもしれません。岸和田城 名所・史跡
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天守閣の屋上にあったジオラマ。
やはり、堀もずいぶん埋め立てられたしまったんですね。岸和田城 名所・史跡
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展望台からは、360度の景色が見渡せます。
堀の向こうに見えるお屋敷と森が、後で訪ねる五風荘です。岸和田城 名所・史跡
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天守閣の展示は藩主岡部氏に関するもの、岸和田の農業や漁業に関するものでした
が、撮影は禁止でした。最上階の展望台からは重森三玲作の八陣の庭を一望できます。岸和田城 名所・史跡
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八陣の庭を地上から見たところ。
奥にある櫓の建物の中では「蛸地蔵」のビデオが見れますよ。
1584年の岸和田合戦。岸和田城は雑賀衆や根来衆に攻められて落城寸前。そこへ大蛸に乗った一人の法師と無数の蛸が現れ敵を倒し、城の危機を救いました。後日、堀から傷を負った地蔵様が見つかり、天性寺におさめられました。それが「蛸地蔵」です。岸和田城 名所・史跡
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明治時代になって、櫓や門などはすべて破却されたので、オリジナルで残存しているのは、石垣と堀ということになります。堀もずいぶん埋め立てられたようです。
現在は櫓や櫓門なども再建され、石垣も補修の跡が見えます。岸和田城 名所・史跡
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堀の周囲には遊歩道が設けられており、石垣など、ぞんぶんに眺められるようになっています。
岸和田城 名所・史跡
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搦め手の石垣には階段がありました。
ここから舟で出入りしたんでしょうか。石垣と堀の間には犬走が設けられており、
階段といい犬走といい、防御上はあまりよくないような気がするんですが。岸和田城 名所・史跡
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遊歩道を歩いて、五風荘にやってきました。
五風荘は寺田財閥の堺寺田家(寺田銀行、寺田紡績=テラボウ・現在ユニチカのグループ会社)の別邸として建てられたお屋敷です。。五風荘 名所・史跡
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今は和食料理のレストランになっていますが、庭園は一般開放されています。
五風荘 名所・史跡
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回遊式日本庭園で、茶室もありました。
五風荘 名所・史跡
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邸宅も現存。
五風荘 名所・史跡
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この十三石の塔は1264年、近江源氏の佐々木氏の供養のために建てられ、その後織田信長によって安土城へ、さらに豊臣秀吉によって大阪城へと運ばれた由緒
ある供養塔です。五風荘 名所・史跡
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イチオシ
庭園からは岸和田城が見えます。
五風荘 名所・史跡
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イチオシ
昭和4年から10年かけて造ったお庭は2400坪。
回遊式庭園なので、いくつもの橋を渡って、散策を楽しみました。五風荘 名所・史跡
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五風荘が建っている場所は元は岸和田城内で、新御茶屋跡に建てられたと説明にありましたが、「新」ということは、「新」でない御茶屋があったのか、そもそも御茶屋って何なのかという
説明がなくて、よくわからなかったのですが、どうやら藩主の別邸だったようです。五風荘 名所・史跡
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巨大な沓脱石。
五風荘 名所・史跡
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「まち歩きマップ」に「大正時代の洋風集合住宅・マンサード長屋」という
見どころポイントがありました。
腰折れ屋根の洋風の長屋が今も現役で残っていました。 -
城の南側に当たるこのエリアは江戸時代、武士の住居が集まる場所だったそうで、
今も住宅地となっています。 -
だんじり会館にやってきました。
紀州街道の町屋が再現され、江戸、明治時代のだんじりが展示されています。岸和田だんじり会館 美術館・博物館
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イチオシ
間近にだんじりの超絶技巧の細かい彫刻を見ることができます。
マルチビジョンに映し出されるだんじり祭りの映像は迫力いっぱい!
映像を見てるだけでも、ちょっと胸が熱くなってしまいました。
大工方と呼ばれる屋根の上にいる人はだた踊っているだけではなく、だんじりの方向を支持する重要な役目があるんですね。きっと一年中祭りの日のために身体を鍛えて練習しているんだろうなあ。もちろん大工方だけでなく、だんじりを引く,だんじり囃子を奏でる等、安全に祭りを終えるために多くの人が携わっているのでしょう。岸和田だんじり会館 美術館・博物館
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提灯と法被の展示。
町ごとにデザインが違う趣向を凝らした法被が並ぶ様は圧巻。岸和田だんじり会館 美術館・博物館
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昔の町並みが残る紀州街道の本町に向かいます。
これらの家はその紀州街道に面して建つ家の後ろ側の部分です。 -
これを見ただけでも、その家の規模などがよくわかりますね。
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紀州街道の町並み。
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イチオシ
特に古い町屋が続くエリア。
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円成寺は櫓が目を引く本願寺のお寺です。
紀州街道沿い、本町にある浄土真宗の寺院。 by みーみさん円成寺 寺・神社・教会
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ほとんどすべての町屋は今も普通に住まわれているので外観を見るだけですが、それ
ぞれの家の前には説明書きの立て札が建てられています。 -
そんな中、こちらの「まちづくりの館」は休憩所になっていて、トイレもあります。
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鉄筋コンクリートの建物だけど、2階部分は和風のデザインが取り入れられている
医院建築もありました。 -
紀州街道、本町のまちなみ。
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ほとんどが今も先祖代々の家に普通に住居として住んでいるところがすごいですね。
今は固定資産税や相続税など個人で大きな住居を維持していくのはたいへんな時代ですが、住んで代々伝えていけるのであれば、それが一番だと思います。 -
紀州街道付近には、さきほどの円成寺のほかに、光明寺、梅渓寺、天性寺とお寺が並び、寺町を形成しています。
そして、特に天性寺は「蛸地蔵」伝説で有名です。天性寺 (蛸地蔵) 寺・神社・教会
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日本一大きな地蔵堂です。
天性寺 (蛸地蔵) 寺・神社・教会
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南海蛸地蔵駅に向かいます。
途中あったのが三の丸神社です。藩主の岡部長泰が領民のために京都伏見から稲荷神を勧請し、そのお祭りで、殿様に民が色々な芸を見せていたのがだんじり祭りの起源という説もあるようです。三の丸神社 寺・神社・教会
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神社の前には「岸和田だんじり祭発祥の宮」と言う石碑も建てられています。
実際、明治維新ごろまでは三の丸神社にもだんじりの宮入りがおこなわれていたそうです。三の丸神社 寺・神社・教会
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蛸地蔵駅に向かう途中にある、まち歩きマップに載っていた「十六軒長屋」です。
大正末期の和風建築の長屋が今も住居などとしてしっかり使われています。 -
窓がアルミサッシに変わったり、石の門柱を作ったりと、多少は改変されていますが、16軒の長屋がず~っと続く様子はなかなかです。
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十六軒長屋。この棟は賃貸募集の看板が出ていました。
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南海電車・蛸地蔵駅に到着です。
名前からわかるように、駅から続く蛸地蔵商店街が蛸地蔵(天性寺)への参道にほぼほぼなっています。
大正時代に建てられた貴重な洋風駅舎で、屋根の形に呼応したような窓のデザインもすてきです。南海本線 蛸地蔵駅 駅
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イチオシ
そして、こちらの駅舎の一番のみどころはステンドグラス。
岸和田合戦の様子と、南海本線 蛸地蔵駅 駅
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蛸地蔵伝説の絵柄のステンドグラスがはめ込まれています
南海本線 蛸地蔵駅 駅
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暗くなって電気が入ったらさぞかしきれいでしょうね。
南海本線 蛸地蔵駅 駅
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