2015/12/23 - 2015/12/26
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tigerさん
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COVID-19 オミクロン株蔓延中、引き続き昔の旅行をまとめています。
今回はその第27弾(1/2)。(2022年2月記)。
仕事では、何度も足を運んだインドだったが、退職後に初めて行く観光旅行となった。
今回のツアーは、12か所の世界遺産を訪ねる7泊8日間のインド旅行。
(インドには、30以上の世界遺産が登録されている)
旅行記の前編は、西インドにある世界遺産の石窟寺院群。
旅行記の後編は、デリー近郊のゴールデン・トライアングルにあるの世界遺産を巡る旅。
タイトルの写真は、エローラ石窟寺院群のヒンドゥー教寺院「カイラーサナータ寺院」。
【旅程】★印が本編範囲
★【1日目】成田 ⇒⇒ デリー ⇒⇒ ムンバイ ムンバイ泊
★【2日目】ムンバイ観光 ⇒⇒オーランガバード オーランガバード泊
★【3日目】アジャンタ石窟寺院群、オーランガバード観光 オーランガバード泊
★【4日目】エローラ石窟寺院群観光、オーランガバード ⇒⇒デリー デリー泊
【5日目】デリー⇒⇒ジャイプール観光 ジャイプール泊
【6日目】ジャイプール⇒⇒ アグラ観光 アグラ泊
【7日目】アグラ⇒⇒デリー デリー観光 デリー⇒⇒成田
【8日目】⇒⇒成田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
【1日目】12月23日
成田 11:30発 AI-307便で、 デリーに 18:00着。
デリー 20:00発 AI-805便に乗継、ムンバイに 22:15着。
Air Indiaデリー便の機材はB787-8で新しい機材のはずだが、
Cクラスの内装は1世代前の古いもので、どうも古い内装の
使いまわしと思われる。
ひじ掛けの塗装は剥げ落ち、隣とのプライバシー配慮もない。
-
【訪問地と12の世界遺産】
ムンバイの世界遺産:
①チャトラパティ・シバージ駅
②エレファンタ石窟群 -
【1日目】「ムンバイ空港」
写真は、デリー経由で到着したムンバイ空港の
バッゲージクレームがあるフロア。
「ムンバイ」は、インド第一の商業都市、国際都市の為か、
デリーに比べて格段に綺麗な空港に驚いた。(信じられない!)
インド第2の都市で、以前は「ボンベイ」と 呼ばれていた。
-
【1日目】「ムンバイ空港」
荷物が揃うのを待っています。
このツアー参加者は、全部で31名という規模で、
2班に分かれて行動します。添乗員2名、バス2台。 -
【1日目】 「The Lalit Hotel」(ムンバイ)
旧「インターコンチネンタル・ザ・グランド」 -
【2日目AM】2015年12月24日(木)07:59(ムンバイ)
「チャトラパティー・シバージ駅」(世界遺産①:2004年)
イギリス統治時代の19世紀に建てられ、現在も現役の駅舎。
出張で訪れた2008年当時は、まだ
「ヴィクトリア・ターミナル」と呼ばれていた。
中に入ると薄暗い、外観とは異なりインド らしい雰囲気の記憶。
(今回は、道路の向かいでバスを降りて眺めて、終わり。) -
【2日目AM】「タージマハルホテル」
市内有数の、タージマハル(Taj Mahal)ホテルと
トライデント(Trident)ホテルがテロの標的となり、
銃で武装した複数の男が外国人宿泊客を人質に取った。
2008年11月27日未明に海軍の特殊部隊が突入し、
銃撃戦となり、宿泊客に被害者がでた。
立派な建物を見て、同じころに出張していたこともあり、
記憶がよみがえった。(私は、泊まってません。) -
【2日目AM】「 インド門」
ムンバイの港に面して立つ、高さ26mのグジャラート様式の門。
1911年の英国王ジョージ5世とメアリー王妃の訪問を記念して
建設がはじめられ、1924年に完成した。
門の先はアラビア海。 -
【2日目AM】「インド門」(ムンバイ)
エレファンタ島行きのフェリーや湾内観光船の発着所となったいる。
左手の建物は「タージマハルホテル」、
右側の高層ビルはその新館だったと思う。 -
【2日目AM】⇒⇒ エレファンタ島
インド門を離れると、ムンバイの街の一部が見えてきました。 -
【2日目AM】⇒⇒ エレファンタ島
小一時間ほどフェリーに乗ってアラビア海に浮かぶ
小島に向かいます。 -
【2日目AM】⇒⇒ エレファンタ島
カモメがエサを求めて、フワフワ・ヒラヒラ・ウロウロ。 -
【2日目AM】「エレファンタ島」桟橋
桟橋が少し長いので、移動用におもちゃのような電車が
有ります。エンジン駆動だったと思う。 -
【2日目AM】「エレファンタ島」桟橋
-
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
桟橋から階段を登ることになるので、
足元が不安な観光客は、これで、、、。
石窟群へ登る狭い参道の両側には、お土産屋の屋台が並ぶ。 -
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」(世界遺産②:1987年)
シヴァ神の像が僅かに残る、古代ヒンドゥー教寺院の遺跡。
5世紀中頃から8世紀の中ごろに掘られた。 -
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
ポルトガル人が16世紀にこの島を発見して、
基地を作るために多くの寺院や彫刻が破壊された。
-
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
-
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
シヴァ3面上半身像(第1石窟) -
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
ガランとした、寂しい空間が残るだけ。 -
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
シヴァ神の像が僅かに残る。 -
【2日目AM】「エレファンタ石窟群」
大きな岩山に 7窟の寺院が掘られた。
1時間ほどの見学を終えて、フェリーでムンバイへ戻ります。 -
【2日目AM】
フェリーを降りて、空港へ向かう観光バスと待ち合わせ中。 -
【2日目AM】タクシー
タクシーは、インド国産と思われる小型で、
黄色と黒色の配色はどの町も同じような気がする。
ドアは当然、客が空けるのだが、ドアロックの構造が簡単で
車体側の出っ張った金物にグリースが塗ってあり、出張時に
白っぽいジャケットに茶色いグリースを付けてしまった。 -
【2日目PM】「ムンバイ空港」⇒⇒「オーランガバード」
ムンバイ・チエックイン・フロア
ムンバイを14:50発の予定が、16:00発と出発遅延。
インドでは、航空需要の伸びが激しく、
機材のやりくりが難しいらしい。 -
【2日目PM】⇒⇒ オーランガバード
「ムンバイ」から、400㎞ 程の位置にある、
「オーランガバード」へ移動
オーランガバードの世界遺産:
③アジャンタ石窟寺院群
④エローラ石窟寺院群 -
【2日目PM】「HOTEL RAMA INTERNATIONL」
1時間ほどのフライトで、
18時頃、オーランガバードのホテル着。 2泊します。
オーランガバードは、ムンバイから北東へ400㎞ほどの距離。 -
【2日目PM】「HOTEL RAMA INTERNATIONL」
-
【3日目AM】12月25日(金)「ビービー・カ・マクバラ」
オーランガバードの旧市街にあり、狭い街中を通りたどり着く。
有名な世界遺産「タージ・マハール」では、ありませんヨ!。
ムガール帝国の第6代皇帝アウラングゼーブの妃、
ディルラース・バーヌー・ベーグムの墓廟である。
息子のアーザム・シャーにより1650~1660年に建てられた。 -
【3日目AM】「ビービー・カ・マクバラ」(オーランガバード)
名前を翻訳すると「婦人の墓(Tomb of the Lady)」の意味だが、
タージ・マハールと似ているために「ミニ・タージマハール」とか
「貧乏人のタージ」と呼ばれている。
予算の都合でしょうか、大理石は10%、その他は漆喰でお化粧。
「タージマハール」は、全て大理石だったと思う。 -
【3日目AM】「ビービー・カ・マクバラ」(オーランガバード)
オーランガバードの人口は130万人、
内、3~4割がイスラム教徒。
建物は、イスラム教モスクそのもの。 -
【3日目PM】⇒⇒「アジャンタ石窟寺院群」
昼食後、バスで向かいます。
一応、アスファルト舗装の田舎道を移動。 -
【3日目PM】⇒⇒「アジャンタ石窟寺院群」
観光バスは、運転席と客席との間が仕切られています。
運転手と運転助手は冷房のない運転席側で仕事。
なぜ?なのか、ガイドさんに聞くのを忘れた。
(インド以外で見たことないと思うけど、、、) -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」(世界遺産③:1983年)
1819年、この辺りで「トラ狩り」をしていた
イギリス騎兵隊の若い士官に偶然発見され、
1,000年の眠りから覚めた。
この地は、海抜550mの「デカン高原」。
左手の樹木がある部分が、デカン高原を浸食したワゴーラ川。
-
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
デガン高原北西部に流れるワゴーラ川沿いに長さ600mに渡って
断崖を掘って作られたインド最古の仏教遺跡。
未完成を含めて29窟ある。
-
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
壁画は修復されていないのか、判然としない部分も有るが、
1,000年後の今も、残っていることに驚く。 -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
少し、拡大調整してみました。 -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
第1窟(6世紀に造営)にある「蓮華手菩薩」の壁画。 -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
天井画も綺麗に残っている。
石窟内は基本的に人工照明が無く、
ガイドがライトで照らしてくれる。
(多分、フラッシュが禁止だったのだろうか) -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
ガイドのライトが照らし出す部分を撮影。 -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
-
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
アジャンタ石窟寺院は、紀元前1世紀~に始まったが、
当時の王朝が滅び、途中で途絶えてしまった。
そして、グブダ朝期に再開され、5世紀中期から7世紀に
造営されたと言われる。
しかし、7世紀ごろからヒンドゥー教の台頭とともに仏教は衰退し、
アジャンターの石窟寺院も放棄され、生い茂る木々に覆い尽くされ、
忘れさられた。
そして、1000年後の1819年にイギリス兵士に発見された。 -
【3日目PM】第 「X 」窟「アジャンタ石窟寺院群」
ストゥーバ(仏塔)が設置されています。
第何窟だか、今となっては分からないので「X」窟とした。 -
【3日目PM】第「 Y」 窟「アジャンタ石窟寺院群」
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【3日目PM】第 「 Y」 窟「アジャンタ石窟寺院群」
この窟にもストゥーバ(仏塔)が設置されています。
ろっ骨のような天井が印象的。 -
【3日目PM】第 「 Y」 窟「アジャンタ石窟寺院群」
綺麗な彫刻が施されています。 -
【3日目PM】 第26窟「アジャンタ石窟寺院群」
この第26窟は、照明が施されています。
繊細な彫刻が施された柱が並ぶ。
岩山を掘り進んで、このような寺院を作り上げる
当時の信仰心に驚きます。 -
【3日目PM】 第26窟「アジャンタ石窟寺院群」
柱以外にも繊細な彫刻が残る。 -
【3日目PM】 第26窟「アジャンタ石窟寺院群」
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【3日目PM】 第26窟「アジャンタ石窟寺院群」
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【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
この窟は、掘りかけで終わっている窟。 -
【3日目PM】「アジャンタ石窟寺院群」
1時間半ほどの見学を終えて、オーランガバードの
ホテルへ戻ります。(2時間30分) -
【3日目PM】アジャンタ石窟寺院群 ⇒⇒オーランガバード
道路はアスファルト舗装ではあるが、ガタガタ道。 -
【4日目】12月26日(土)
今日は、エローラ石窟寺院群へ向かいます。 -
【4日目AM】12月26日(土)
「エローラ石窟寺院群」(世界遺産④:1983年)
デカン高原の岩山をくり抜いた34の石窟が約2kmにわたり連なる。
古代にインドに栄えた三つの宗教が、600年代から1000年代
にかけて、それぞれが100年以上の歳月をかけて作られた。
写真は、ジャイナ教窟(第30~34窟)へ向かうところ。
仏教窟 :5~7世紀 (1 ~12窟)
ヒンドゥー教窟 :7~9世紀 (13~29窟)
ジャイナ教窟 :9~10世紀(30~34窟)
1つの岩山に、正面に向かって右から、左手に
仏教窟 ⇒ ヒンドゥー教窟 ⇒ ジャイナ教窟と並ぶ。 -
【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
ジャイナ教窟は、第30~34窟。 -
【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
天井に綺麗な蓮のレリーフ。 -
【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「ジャイナ教寺院」(エローラ石窟寺院群)
「ジャイナ教」は「ヒンドゥー教」から、別れた宗教で
一番厳しい戒律があり、
肉は全部ご法度、ニンニク、玉ねぎもダメ、
ハエが口に入らない様にマスクをする、らしい。 -
【4日目AM】「エローラ石窟寺院群」(世界遺産④:1983年)
右側方向にある仏教寺院群(1~12窟)へ移動します。
見えているのは、一番人気! ヒンドゥー教寺院の
「カイラーサナータ寺院」、最後に見学します。
高さ約32m、幅約45m、奥行き約85mという規模。 -
【4日目AM】「仏教寺院群」
(エローラ石窟寺院群 世界遺産④:1983年)
「仏教」は世界で一番古い「ヒンドゥー教」から、別れた。
仏教は日本に、スリランカ ⇒⇒ 中国 ⇒⇒ 日本へと
5~6世紀に伝わった。
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【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
第10窟 -
【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
第10窟:ストゥーバ(仏塔)を有する寺院で、7世紀に造られた、
インドチャイティヤ建築の最高峰と言われる。
ろっ骨状の天井面は、アジャンタと同様である。 -
【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
第10窟:ストゥーバ(仏塔)の前には、脚を開いて座る仏像。 -
【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
中には仏像が残る程度で、装飾の無いがらんとした遺跡。
修行や生活する空間だったのかも知れない。 -
【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
ところどころに、仏像が祀られている。 -
【4日目AM】「仏教寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」
(エローラ石窟寺院群 世界遺産④:1983年)
ヒンドゥー教寺院群(13~29窟)では、
「カイラーサナータ寺院」(第16窟)が、ピカイチです。
高さ約32m、幅約45m、奥行き約85mという規模。 -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
石窟寺院は岩山を掘り、窟内の造作が中心で、
外観は入口の装飾のみというのが一般的であるが
ここ カイラーサナータ寺院 は、建物の外観までも
削り出すという特異な発想である -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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イチオシ
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
高さ約32m、幅約45m、奥行き約85mという規模。
石窟寺院は岩山を掘り、窟内の造作が中心で、
外観は入口の装飾のみというのが一般的であるが
ここ「カイラーサナータ寺院」 は、建物の外観も
削り出すという特別な寺院である -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
この寺院だけは、天井部分が残らないくらい大規模な寺院と
なったのだろうか?。
それぞれの、建物の内部の彫刻が施されている。 -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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イチオシ
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
完成まで、想像できない位の年月がかかったに違いない。 -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
基壇部には「宇宙を支えるゾウ」の群れ。 -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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イチオシ
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
インドでは、人口12億人のうち、
ヒンディー 60~70%
イスラム 20%
キリスト 5%
(仏教、ジャイナ、シーク、ユダヤを合わせて5%) -
【4日目AM】「カイラーサナータ寺院」(エローラ石窟寺院群)
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【4日目AM】遠景「カイラーサナータ寺院」
石窟は、岩山の中に掘り進んだ構造となっているが、
この寺院だけは、外側も内部も両方を掘り上げたものと
なっており、大きな特色がある。
ヒンドゥー教窟群(7~9世紀)は、13~29窟も存在するが、
この「カイラーサナータ寺院」のみの観光で終了。
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【4日目AM】昼食
エローラ石窟寺院群の中で、昼食を頂き、
オーランガバードから空路、デリーへ移動します。 -
【4日目PM】空路「デリー」へ移動。
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【4日目PM】19:13 デリー上空
オーランガバードから、デリー空港まで、所要2時間。 -
【4日目PM】「HOTEL DWARKA」(デリー)
22時頃、ホテル投宿。 -
【4日目PM】「HOTEL DWARKA」(デリー)
明日から、「デリー」、「ジャイプール」、「アグラ」の
ゴールデン・トライアングルにある世界遺産を巡ります。
旅行記の後半編をご覧ください。
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旅行記グループ 2015年 インド 12の世界遺産
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