2021/02/06 - 2021/02/06
134位(同エリア441件中)
zenkyou01さん
- zenkyou01さんTOP
- 旅行記421冊
- クチコミ2189件
- Q&A回答1件
- 430,862アクセス
- フォロワー38人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
町田市散策(3)野津田・小野路城 東京都町田市 全行程3時間52分 バス停野津田車庫→(4分)華厳院(7分)~(5分)野津田町小川の広場・民権の森公園・地神塔・鎌倉古道の碑(49分)~野津田公園(48分)~(15分)小野路里山交流館・小野神社(15分)~(11分)萬松寺・七地蔵・草木塔・万松寺谷戸・五輪塔(30分)~小野路城登城口(12分)~小町井戸・小野路宿通り・小島資料館(12分)~小野神社バス停
「日時」2021年2月6日
「アクセス」小田急線鶴川駅下車、バス停野津田車庫下車(所要26分)
「参考案内書」町田市散策マップ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
華厳院本堂 高野山真言宗の一寺、創建は不詳、本尊は不動明王です。石段を登り、門構えを通ると正面に本堂があります
-
華厳院宝篋印塔 古くて歴史を感じさせる宝篋印塔、五輪塔、他に、弘法大師像、聖観世音菩薩像、六地蔵、石造十三重塔等があります
-
野津田町小川の広場 野津田車庫バス停から南に行った鶴見川手前にある小さな芝生公園です。公園内には小さなビオトープがあります。ビオトープとは生物の生息場所を意味しますが、今では小魚、水草等を飼育する小さな水辺などをビオトープとも呼んでいる
-
民権の森公園 公園の一角にある町田牡丹園が有名です。鬱蒼とした森での中、鎌倉街道上の道が通っていて、看板が立っています
-
地神塔 もと高札場が建っていたところにあります。地神塔は地神信仰に基づいて、地神講によって造立された石塔です。小野神社入口でも同じ石塔を見ました
-
鎌倉古道の碑 所々で鎌倉古道の碑、標柱、標識を見ました。鎌倉古道は鎌倉時代の主街道で、三本の内、上の道は鎌倉からここ小野路を通り、埼玉、高崎を抜けて、信濃へ行く街道です。小野路は、江戸時代、東海道と甲州街道を繋ぐ脇往還として賑わいました
-
野津田公園わんぱく広場 スポーツ、レクリエーションを楽しむことが出来る町田市立総合公園です。陸上競技場、テニスコート、多目的広場、上の原グランド、芝生広場、森の中散策できる「こもれびの路」、湿生植物園、ばら園、わんぱく広場、村野常右衛門生家等多くの施設があります
-
村野常右衛門生家 生家は市有形文化財で、現在地に移築復元されたものです。大きくて立派です。村野氏は明治・大正時代の自由民権家で、衆議院議員を8期務めた政治家であり経済人でもありました
-
湿生植物園 花の季節にはカキツバタ、菖蒲、コガマ等が見られます。カモが十数羽浮かんでいました
-
小野路宿里山交流館 江戸時代、宿場として小野宿があり、そこにあった一軒の旅籠「角屋」を改修し、観光交流の拠点として整備したものです。交流スペース、土産物店、展示ギャラリー(土蔵内)、食事処等があります。土蔵内ではひな壇、人形が展示されていました
-
小野神社拝殿 創建は972年頃、小野篁の子孫武蔵国司小野孝泰がこの地に篁を祀ったのが始まりとされています。ご祭神は小野篁です。小野篁は平安時代前期の和漢に優れた学者で、学問の神様であり、菅原道真の先輩です。三蹟の一人、書家小野道風は篁の孫です。鳥居を潜り石段を登ると、左正面に拝殿、その奥に本殿があります。拝殿の右手に境内社の天満宮があります
-
小野神社拝殿の彫刻 拝殿向拝や蟇股の龍の彫刻、正面扉の彫刻は見事です
-
萬松寺本堂 臨済宗建長寺派の一寺、創建は1330年、開基は覚王等公、開山は滅宗宗興大和尚、本尊は薬師如来像です。石段を登り、山門をくぐると、右奥に立派な本堂があります。また境内には不動明王のお堂があります
-
七地蔵 六地蔵というのは、人は死後六道の境涯を輪廻転生すると言われ、この苦しみの輪廻に陥らないことを願うのが六地蔵です。よくお寺で六地蔵を見かけます。観光マップには六地蔵と表記されていますが、実際には七体ありました。お寺さんによっては一体増やし、ご利益を補強している場合もあるようです
-
草木塔 草木に感謝して、その成長を願って建てられた石塔です。初めてお目にかかりました
-
万松寺谷戸 以前は萬松寺の地所であったところから万松寺谷戸という名が付いている。谷戸とは丘陵地帯が侵食されてできた谷状の地形です。この辺りには多くの谷戸があります
-
道祖神 古く歴史を感じさせる五輪塔です。この道も古くからあったと想像できます。ただし、左端の道祖神は大正時代に再建されたと彫られています
-
小野路城に向かう道 鎌倉古道または古道の支道を歩いているのではないかと思います
-
小野路城登城口 標識は無いのでわかりにくいです
-
主郭跡に建つ鳥居と社殿 築城主は小山田有重、主な城主は息子小山田重義、築城年は1171~1174年と言われています。木段のある登城口から登る。登った先には鳥居と祠が建っており、ここが主郭跡です
-
主郭跡土塁 周囲には土塁、空堀、4郭跡、2郭跡、切岸、帯郭が見られます
-
小町井戸 登城口から西北に回り込んだところ(主郭下)に小町井戸というのがあり、小野路城の水源の一つと言われています。平安時代、小野小町が眼病にかかった折、この山に千日こもり、この水で眼を洗ったところ全快してという伝説があります
-
小野路宿通り 鎌倉時代は鎌倉古道、江戸時代は東海道と甲州街道を繋ぐ脇往還の宿場として小野路宿は栄えました。ここは江戸時代に宿屋、商店、高札場、仮牢等が並んでいた通りです
-
小島資料館 小島家は小野路宿の旧家の名主であった。今は資料館になっており、近藤勇と親交があったので、新選組に関する資料が豊富だそうです。コロナ禍の今、資料館は休館中です
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
24