2021/11/29 - 2021/11/29
4位(同エリア151件中)
たびたびさん
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広島市の中心部から宮島へのルートは、公共交通機関なら、JRで広島駅から宮島口駅までが一般的。時間がかかってもいいのなら、広電の宮島線。車なら西広島から宮島街道を行くことになります。
今回の旅は、そのルートが対象。西広島から宮島までのエリアなんですが、一般的な観光客にとっては、やっぱり宮島の存在があまりにも大きいので、どうしても通過点みたいなイメージになってしまうのは仕方ないかもしれませんね。ただ、それでも己斐から、草津、井口、五日市、廿日市と広島市民にとっては何か親近感のある地名が続いていて、改めて調べてみると実はそれなりに歴史が刻まれていなくもないようで。それぞれ鎌倉時代くらいからの地名ということですが、名前の由来を少し紹介すると
己斐:神功皇后が長門の熊襲族征討に際してこの地に立ち寄ったとき、県主が大きな鯉を献上し、「鯉村」と称したというところから己斐に。
草津:古来、軍港であり、軍津(いくさつ)と呼ばれ、そこから変じて草津に。古くは白村江の戦いの際に使われたとも言われます。
井口:広島湾に突き出す半島であり、鈴ヶ峰が「猪の口」の形に似ていたからとも、古江の入り口「江の口」が転じたとも。
五日市、廿日市:これは市が立つ日からですが、特に廿日市は鎌倉時代の文献で既にその名が確認されていて、現存する最も古い「市」地名の一つだそう。また、宮島の後背地であり、西国街道で言えば広島宿の西隣りの宿でもあります。
まあ、広島市自体が中心地として歩み始めたのは安土桃山時代に毛利輝元が広島城を築いて以降。江戸期になり大規模な干拓が行われて、広島市街が広がったという歴史ですから、むしろ、こうしたエリアの方にこそそれ以前の古い歴史の名残りがあったりするのは意外でもなんでもないかもしれませんけどね。ただ、改めてですけど、やっぱりけっこうマイナーな旅であることは否めない。まあまあ、こんなところもあるんだなあくらいで受け止めてもらえればいいかなとは思います。
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このエリアで、まず紹介するのは国泰寺。己斐峠の天空に建つ雄大な寺です。
(なので、ここは自転車では無理。別の日にバスで訪ねたものですが、このエリアを代表するスポットであることもあり、冒頭に入れ込ませてもらいます) -
門前に国泰寺略記があって、それによると豊臣秀吉が朝鮮出征の途中、この寺に立ち寄り、恵瓊らと清遊。帰途の後、大伽藍を創建し、霊仙寺を改め臨済宗安国寺に。恵瓊を開基としたとありました。その後、関ヶ原の戦いで恵瓊は誅されますが、入封した福島正則は弟をこの寺に入れ、安国寺を国泰寺と改めます。この国泰寺は、秀吉の戒名「国泰寺殿前太閤相国雲山俊龍大居士」からつけたものであり、やはり、秀吉の寺ということは明確だと思います。
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ただ、恵瓊との関係をもう少し触れておくと
恵瓊は、通称、安国寺恵瓊。住持した寺が安国寺なので安国寺恵瓊なのですが、この安国寺は安芸安国寺の方。牛田にある不動院が元の安芸安国寺。安芸守護であった安芸武田氏の菩提寺で、恵瓊は安芸武田氏の末裔なんですね。安芸武田氏は毛利氏に滅ぼされているので、恵瓊からすれば毛利氏は仇敵ではあるのですが、ご存じのとおり、毛利氏の外交僧としてその能力を発揮。秀吉との仲介が成功した縁もあって、最後は秀吉の側近といった位置づけ。伊予で六万石の大名となりました。
広島の安国寺には、安芸安国寺と新安国寺があって、どちらも恵瓊と関係が深いので紛らわしいのですが、そういう違いのようですね。 -
その後の国泰寺ですが、藩政期は、浅野家の菩提所。第1次長州征伐の際には、幕府軍の総督府が置かれ、切腹した長州藩の3家老の首実検が行われたとも。
ANAホテルの前には、旧国泰寺愛宕池跡の遺構がありますし、少し南側ですが広島市内には国泰寺町という地名も残っています。ただ、原爆で大破し、今ではこうして己斐峠に移転することになったんですね。
ただ、さすが広島を代表する大寺。
境内からは、広島市街や広島湾を望む雄大なスケールの眺めが素晴らしいです。 -
共同墓地の方に移動すると
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正面には、五月丘の団地。広島市の周辺には、こうして山を切り開いた大規模な団地があちこちにあるんです。
広島市自体が干拓でできた街。平野がありませんから、干拓の次はこうして山を切り開くしかないんですよね~ -
共同墓地には、赤穂義士関係の一角があって、
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これは、大石蔵助の妻、りくと三男大三郎の墓。
広島浅野家は、赤穂浅野家の本家。赤穂事件では幕府との関係では赤穂浅野家と関係ないという立場をとっていましたが、義士が本懐を遂げ英雄化されると大三郎を広島藩士として召し抱える。それも、父、大石内蔵助と同じ禄、1500石での厚遇だったとか。なかなかの手のひら返しですね。 -
こちらは、秀吉と恵瓊の遺髪塚。
秀吉が亡くなると恵瓊はその遺髪をもらい受け、当時のこちら新安国寺と安芸安国寺の二か所に遺髪塚を作ったということ。恵瓊の遺髪塚も並んでいますが、秀吉への思いを貫くも、最後は関ヶ原の戦いに夢破れた恵瓊の足跡を象徴しているような気もします。 -
さて、ここからがチャリの旅。
旭山神社は、西広島駅からすぐの小山の上。 -
地元己斐では「鯉の神社」。神功皇后が三韓征伐の時、この地にあった船着場に立ち寄ったのを機に創建されたとも伝わります。
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で、その際、県主が神功皇后に鯉を献上したことから、この地を「鯉村」。それが「己斐」あるいは広島城の「鯉城」の由来であるというのは初めに触れたとおりです。
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また、その縁起のよさから、毛利元就が厳島の戦いの前にここで必勝祈願をしたとも。立派な鳥居をくぐって急な石段を少し上ると己斐の市街を見下ろす見晴らしのいい境内。よく整備されていて清々しいです。
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別れ乃茶屋は、そのふもと辺り。変わった名前でますが、元々は西国街道に通じる道と草津港に通じる道の分かれ道に建っていたということからであり、歴史ある茶店。今はパンやおにぎりを売っているお店になっています。
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私は餡子餅を買いました。しっかりしたお餅につやのある甘さの餡子がほどよく包まれて味わい深い。これは、老舗ってやっぱり違うなという感じ。何でもないようでいてそれなりに貴重なお店だと思います。
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続いては、三輪明神 広島分祠。山の中腹にあって、大きな鳥居や本殿が下からでもよく見えます。
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自転車ではいけないので、古江駅から歩いて上ります。住宅地を抜けていくのですが、なかなか急な坂道です。
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建物はしっかりした鉄筋コンクリート造り。
風情はイマイチかもしれませんが、 -
本殿の大広間に上がって、少し休憩させてもらいました。
気持ちの良い空間です。 -
三輪明神から、山伝いに目指すのはゾーナ イタリア。
マンションの裏の細い階段を抜けて、今度は墓地の脇。 -
なんか妙な道なんですが、これが最短ルートなんですよね~
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しばらく不安になりながら歩きましたが、マリエール広島の結婚式場が見えてきて、ちょっとほっとしました。
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同じエリアの古田台の団地には、もう一つノートルダム広島という結婚式場もあって、この二つの結婚式場は宮島街道の方からもよく見えているんですが、こんなに遠いところだったとは。
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車だとこんな道なので、何のことはないんですけどね~
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イチオシ
さて、あれがゾーナ イタリアですね。このレストランは、縮景園のところにもあるのですが、やっぱり本店ですよね。
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予約はしていたのですが、まだ、開店していなくてしばし待機。
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いざ、店内へ。
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ほ~
こんなに広いんですね。 -
窓からいっぱいに日差しが入る明るい席からは、広島市街から広島湾を見下ろす景色が一望。何とも優雅じゃないですか。
確かにこれは評判通りですねえ。 -
ランチセットの方は魚のカルパッチョから始まって、
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前菜、
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パスタ、
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デザートとシンプルですが、
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それなりに変化もあってやっぱりさすがかな。
こんな場所なのに、この日もあっという間に満席。観光客には少しハードルが高いと思いますが、広島市民にとってはたまに息抜きしたくなる隠れた贅沢スポットになっているのかなと思います。 -
ここからは、西国街道に戻って、ひたすら自転車をこぎますよ~
鷺森神社は、草津市街の旧西国街道沿い。旧西国街道を進んでいると住宅地の中にぽつんと現れます。境内はちょっとした公園くらいの広さ。 -
本殿があけっぴろげな感じで建っていますが、これは被爆建物。爆風で壁が吹き飛ばされて、そのまま今に至っているようです。
ちなみに、この辺りで爆心地からは5キロ弱です。 -
始めに触れましたが、草津は軍(いくさ)の港につかわれたので「軍津(いくさつ)」と呼ばれ、それが「草津(くさつ)」に。そうやって千年以上もの歴史を持ち、広島湾に面した漁港でもあったその町起こしとして整備されたのが、草津まち歴史の散歩道。
旧西国街道を中心に、立派な構えの古刹や練り製品のお店なんかもあって、少し回ってみますよ~ -
小泉本店は、草津地区にある老舗の酒蔵。1830年頃の創業。小早川氏の一族で、毛利家の広島進出に伴い、三原市からこちらに移ってきたようです。
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厳島神社造酒所であり、明治18年には明治天皇の行幸の際、こちらで休息をされたとも。店の向かいにはそれを記念する石碑も建っていました。
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ただ、内部の見学はなし。悠々とした見事な瓦屋根とか外観を拝見して往時をしのびます。
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海蔵寺は、その裏手に建つ名刹。
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応永年間(1394年~1434年)に中国の僧、慈眼禅師が創建した曹洞宗のお寺です。
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毛利家家臣、草津城主児玉家、本家浅野藩の家老、東城浅野家の菩提寺であり、元治元年(1864年)、蛤御門の変の後、広島藩の仲裁により幕府と長州の談判がここで開かれたとも。
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墓所に回ると
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重厚な雰囲気ですが
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あの北条氏直や
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山中鹿之助の娘盛江の墓があって、ちょっとびっくり。
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本堂の裏手には、
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イチオシ
元禄年間に作庭された石組の庭があって、これもなかなか。これももう一つの見どころとなっています。
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続いての草津八幡宮は、草津の市街を見下ろす高台。
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イチオシ
鳥居をくぐって
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地崩れを防ぐコンクリート工事が施してある斜面に続く
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しっかりした石段を
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しばらく上がった先が
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境内です。
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古来よりこの地区の総氏神。武神、勝運の神様、八幡神と宗像三女神も合わせてお祀り。
青銅葺き屋根の本殿もなかなか見ごたえがあると思います。 -
これは、坂井屋。地元でも老舗の練り製品のお店。小さなお店かと思いましたが、奥は工場になっていてたくさんの人が作業していました。
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さっそく名物の「がんす」をいただきました。がんすは魚のすり身のおいしさとしっかりした味付けはおやつにもなる。広島人にとっては珍しいものではないですが、やっぱりおいしいひと品です。
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少し進んで、浄教寺。市街にある浄土真宗のお寺なんですが、竜宮式の山門を入るとこれはすごい。
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樹齢300年と言われる臥龍松(黒松)が左右に枝を伸ばして、
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それぞれが20mもあるんですね。本当に長~いです。
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イチオシ
京都の善峯寺の遊龍の松と比べるとどうでしょう。少し枝が細いのはありますが、もしかして長さだけならこっちの方が長いかもしれません。一見の価値ありの松ですね。
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教専寺も浄教寺と並ぶ古刹。
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前面に四本の柱をそろえた立派な本堂に
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見どころは経堂の
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コテ絵。
まあ、微妙と言えば微妙ですが、これも往時の草津の隆盛を伝える一つです。 -
亀康という暖簾のお店も練り製品のお店ですね。
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のれんを入るとそこはそのまま加工場というか作業場でした。
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声をかけてこちらでも広島名物のがんすを購入。
改めてですが、がんすというのは、揚げかまぼこの一種。唐辛子のピリッとした味もあって、独特ですよね。昔は瀬戸内海で取れた太刀魚なんかを使っていたようですが、今は北海道産のスケトウダラとか。しかし、練りの技術があるので草津ではこうしたお店がいくつか残っているのだそう。ちょっとお勉強もさせてもらいました。 -
そのまま、草津漁港へ。草津市街からひょこっと海岸端に出たところ。広島市中央卸売市場の敷地ともつながっていていますが、まあ、広島市中央卸売市場の方がこの草津漁港があるのでここに進出してきたんでしょうね。
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イチオシ
海に向かうとその先には宮島もよく見える。港内では釣りを楽しんだりしている人も見かけました。一角に草津かき小屋があって、港を眺めながら食事ができますので、是非どうぞ。
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で、これが広島市中央卸売市場は、草津漁港を控え、商工センターの一角を占めるので、なるほどという立地なのですが、観光客が訪ねるには最寄りの新井口駅から。ただ、これが相当の距離があって、歩くのはかなり大変です。
市場内の名物食堂、天狗家とか。面白いグルメもあるんですけどね。 -
宮島街道に戻って、これは小西屋商店。青い看板が目立っていて、ここも練り製品のお店。
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いただいたのは、大崎水産製の焼きちくわ。まあ、普通のちくわだろうと思っていましたが、なんか味わいがしっかりしていて、魚の旨味も濃いような気がしました。おいしいです。
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井口に入って、もう少しグルメ探索。
マルコは、アルパークから続きの商店街。チョコレートの専門店で、白を基調とする外観とか -
何ともあか抜けてスタイリッシュな店構えです。
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チョコはナッツやベリーを大胆に練り込んだビジュアル系なんですが、カカオの効いた濃厚なチョコ味がまたたまりません。突然変異のような進化系かな。いいお店です。
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もう一軒は、自分を誉めようという変わった名前のパン屋さん。この辺りでは今大人気のパン屋さんなんだそうで、確かにお客さんが次々やってきます。
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いただいたのは、塩パン。ちょっと半信半疑だったのですが、しっかりとした食感に小麦の香りもちゃんと感じます。意外に個性があるし、このタイプの塩パンとしてはかなりのレベル。いやいや、これはなかなかのお店です。
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この辺りは、商工センターを作るのに造成された埋め立て地。ちょっと面白い公園が二つあるので、それもご紹介。
まずは西部埋立第五公園。広島サンプラザに隣接していて、アルパークからも近いので、時々野外イベントなどにも使われます。 -
イチオシ
埋め立て地なので地形的な変化は少ないですが、それでも林のアンギュレーションは自然な感じ。そして、見どころはこの西部の門。力強いアートの作品です。
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もう一つは第二公園なんですが、ちょっと特別かな。
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イチオシ
小己斐島という小島が埋めたてられずに残されていて、何とも美しい眺め。島には、小己斐明神という小さな神社があって、平清盛が厳島神社を造営する際に、切り出した木をこの浜から送り出したのだとか。ということで、鳥居は宮島の方を向いています。
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だんだん五日市に近づいてきまして。
ファインデイは、地元では圧倒的な人気を誇るドーナツ屋さんです。 -
ドーナツを見た瞬間から、ちょっとオーラがあって、これはものが違うなと言う感じ。
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イチオシ
このビジュアルもどうですかあ。
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口にするとシュガーのコーティングとか、オレンジピールとかがしっかり。メリハリが効いているんですが、それ以上にここのドーナツはドーナツの基本がすばらしい。油でしっかり揚げていて、その油がドーナツの生地に沁み込んでいるんですが、それがまた豊かな味わいにつながっているんです。ドーナツでこんな感じの豊かな味わいはあんまり経験がないですね。正直、ちょっと衝撃を受けました。店員さんの応対も余裕があって名店の雰囲気。すべてがすばらしいお店です。
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すぐそばにあるもう一軒は、スウィンギング バード キッチン。ちょっとおしゃれな焼き菓子のお店。こちらも、地元でかなり人気のお店です。
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ケーキやマフィンにスコーン、クッキーとかあれこれあって迷いましたが、スコーンにしてみました。
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ただ、スコーンってなかなかおいしいのはないので、半信半疑でしたが、なるほどね。このスコーンはしっとり感もあるし、ベリーの華やかなおいしさが加わって、これはスコーンの域を超えているかも。なかなかのお店です。
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元気が出たところで、宮島街道をさらに進みますよ~
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宮島線も走ってますが、この八幡川を越えると五日市です。
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五日市の名所の一つは、海老山公園。下から見えた公園のような場所へはすぐに辿りつけたのですが、
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その奥がまだまだあって、頂上にはそれなりの長い階段。
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それを登り詰めると視界が一気に広がる展望所がありました。
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広島湾から
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少し陰になってますけど宮島の方まで。なかなかの眺め。
海老山公園に来たなら、やっぱりこの展望所まで登らないと意味がないかなあと思います。 -
その北側に回ったところが塩屋神社。こじんまりと建っていますが、ただ、歴史は古く、推古天皇26年(618年)頃の創建とも。ケヤキの大木と
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その奥に建つ朱色の本殿が美しくて、かつては海に面していたよう。そう考えるとけっこう雰囲気はあると思います。
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五日市にはコイン通りという広島造幣局のある商店街があって、けっこう活気があるんですよね。少し、気になっていたお店とかをチェックしますよ。
ちいさなおはぎ屋は、マスコミにも取り上げられることがある名物店。 -
イチオシ
9種類のおはぎがあって迷いますが、ここは基本のつぶあんのおはぎ。水分をけっこう含んだ柔らかめの餡子はすっきりした甘さ。半殺しのご飯もお米の味わいが素直です。やっぱり専門店は違うなあと実感です。
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そして、これが広島造幣局。造幣局は、全国に三か所あって。大阪と埼玉、それにこの広島です。
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展示室はこの一部屋だけなので、大阪や埼玉と比べると規模はかなり小さいですが、それでも敷地内はゆったりとしていて整備が行き届いていますね。
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それに広島造幣局は貨幣の材料である銅やニッケルを溶解炉で溶かす最初の工程から、コインの模様をプレスする最後の工程までの一貫製造を行っている唯一の造幣局。
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分業で成り立っている他の造幣局とは違います。
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造幣局の裏手すぐにあるのが、チョコレートの専門店、カカオ果。名前からしても、小さなお店なのかなと想像していましたが、周囲は高い塀で囲まれて、なんと料亭みたいな構えでびっくりしました。
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店内で、二番人気という抹茶チョコのケーキを選んで、
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そこからはセルフサービス。
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奥の庭に面した離れのような部屋でいただきます。
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チョコが濃厚だし、サイズも大きいので、味わいとしてはヘビーな感覚。皆さん、持ち帰りの人がほとんどですが、確かにこれなら家で少しづつ食べた方がいいような。一気に1個を食べるのはちょっときついかもしれません。
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そして、最後のエリア。廿日市に入ります。
桜尾城址は、廿日市市街からだと一段高い場所。現在は、桂公園として運動場のようにきれいに整備されています。 -
厳島の戦いの際は、その前哨戦ですでに毛利方の手に落ちた城。厳島の戦いの後方を守る位置づけだったそうです。
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厳島の戦いでは、奇襲戦法により毛利元就軍が大勝利。自害した陶晴賢の首実検はここで行われたのだそうです。
なお、桂公園の名前はこの時の城主、桂元澄の末裔である明治の元勲、桂太郎が土地を購入し寄付したことから。なかなかの縁ではあるものです。 -
市街に入って、これは廿日市天満宮。
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本殿は市街を見下ろす小高い山の上。
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山門を入って
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周囲の崖を覆う厚いコンクリートが
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ちょっとインパクトありですね。
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上りきった境内は限られた広さですが、
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そこからだと
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廿日市市街や宮島がよく見渡せてなかなかの眺めです。
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蓮教寺は、その隣り。廿日市天満宮を見上げる場所。ただ、廿日市天満宮と直接の関係はないようです。
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浄土真宗本願寺派の寺で、寛政年間、浄土真宗で教義にかかる騒動が起きた際、本山に出向きこれを正したといった歴史も紹介されていました。
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また、本堂の前のソテツは立派ですが、津和野藩船屋敷にあったものを移したということです。
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廿日市駅の北側に回って、こちらは、ある曹洞宗のお寺、洞雲寺。参道から山門の辺りはまだ新しいような感じでしたが、実はなかなかの歴史がありまして。
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創建は、長享元年(1487年)。厳島神社の神主であった藤原教親が開基。
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その後、大内氏、陶氏、毛利氏の保護を受け、厳島の戦いで敗れた陶晴賢はこの寺に葬られているんです。
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裏山の墓地に入って少し上ったところに
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陶晴賢の墓がありました。
また、先ほど触れた桜尾城の城主、桂元澄の墓もあるはずなんですが、それはよく分かりませんでした。 -
続いては、少し離れますが、速谷神社。廿日市ではこの神社が一番有名かな。
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ちなみに、安芸国の一宮は厳島神社ですが、速谷神社は1700年あまりの歴史を持ち、古くはここが一宮だったというほどの神社なんですね。
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今は交通安全祈願の神社として有名で、車のお御祓いならここという感じでしょう。
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活気を感じるのはそれもあってですよね。
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だらだらと坂の道路を上がった先に白い大きな鳥居。そこから振り返ると遠くに瀬戸内海も見渡せて、ロケーションの良さも素晴らしいです。
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もうひとつは、地御前神社。厳島の対岸に厳島神社の外宮として建てられた神社で、
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管弦祭の際の管弦船は、この神社を目指すことでも知られます。
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イチオシ
1760年(宝暦10年)に再建された本殿は、優雅な流造の堂々たるスケール。周囲は寂しげな場所ですが、ここだけは厳島神社の高雅な雰囲気が漂います。
これで一応、エリアの旅は終了。これから広島市街に帰ります。 -
帰り道は、宮島街道ではなく商工センターの道を選んだら、広島はつかいち大橋を通ることになりました。廿日市市と商工センターを結ぶ橋なんですが、広島湾岸にあって、長さ834m。
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また、船を通すための高さ21mが確保されたことから、壮大なベタ踏み坂となっています。歩道の部分もたっぷり幅があって、ちゃんと安全なのですが、この壮大なスケールを目の前にするとちょっと腰が引けてしまいますね。
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ゆるゆると遠くの景色を眺めながら
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おっかなびっくりで渡りましたが、
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この五日市メープルマリーナの眺めとかも、ちょっとした絶景ですよね。
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で、その先にこの旅の本当に最後の目的地。オタフクソースがやっているお好み焼館があるんです。
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広島はお好み焼きの街。お好み焼きのソースメーカーは何軒かあるんですが、オタフクソースはやっぱりぶっちぎりのナンバーワンですよね。
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そこがやっている広島のお好み焼の歴史やお好み焼きのソースのあれこれを紹介する資料館ですから、やっぱりそれなりの内容ですねえ。
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戦後の焼け野原の中から広島が復興した過程から始まって、
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現在の広島の元気の源の大きな力ともなっているのがお好み焼き。
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普段はそんなに意識していないことですが、ここに来ると改めてその大きさに気が付かされるような気がしました。
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広島にお好み焼きやカープがなかったとしたら、
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ずいぶんつまらない街になっていたのではないかと思います。
お好み焼きソースのパイオニアとして広島に大きな元気をくれたことに心から感謝を申し上げたいと思います。 -
ところで、一階のロビーには奥田小由女の美しいレリーフがあって、これももう一つの見どころ。
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先般、三次の奥田元宋 小由女美術館で、初めて奥田小由女の作品を拝見し、その独特の世界観に驚きました。原色を使った鮮やかな色調なんですが、メルヘンチックでもないし、宗教的な匂いがするわけでもない。どこまでも穏やかで平和な世界が表現されているように感じます。これもどこかで写真に収めて紹介したいなあと思っていたところなので、念願がかなって嬉しいです。
さて、以上で旧西国街道、宮島街道のチャリ旅は無事に終了。お疲れ様でした。
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この旅行記へのコメント (4)
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- satom4traさん 2022/05/23 10:20:15
- 昭和の45年から6年カープが初優勝まで井ノ口に住んでいた
- 懐かしく拝見しました。結構新しいのと意外に古くからあったのに、その当時行っていない所が多くて、素晴らしい旅行記を有難うございました。
- たびたびさん からの返信 2022/05/24 14:38:16
- RE: 昭和の45年から6年カープが初優勝まで井ノ口に住んでいた
- この旅行記では井口は真ん中辺りですね。少し古い時代ですが、その頃と変わったところはどうなんでしょうか。ショッピングモールで言うと、ジアウトレットとかレクトは最近できたので、当然変わっているところ。商工センター辺りももしかしたら少し整備が進んだかもしれませんね。
まあ、いずれにしても、いろいろほじくり出しての旅行記。コメントありがとうございました。
たびたび
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- 快特さん 2022/05/11 13:40:02
- この区間素通りでした
- ご先祖が 広島出身なので 年数回広島に行きます。
岩国から 広島駅/白島-白市のルートで 広島に行きます。40年くらい前
西広島駅から バスに乗り 己斐団地?に出かけたことが あります
- たびたびさん からの返信 2022/05/12 15:23:21
- RE: この区間素通りでした
- そうですか。素通りという感覚はその通りだと思います。
ただ、広島市の中心部から、西側、北側、東側を考えると西側は比較的親しみを感じるエリア。たぶん、広電が走っているからでしょうね。北側はアストラムラインだし、東側はJR。広電が走っていないと、中心部と違ってちょっと田舎だなという感覚になってしまう。そんな感覚かと思います。
たびたび
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