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2021.12.14ホテルの送迎バスに送られて伊豆急下田駅に10時30分に到着。荷物をコインロッカーに預けて、下田の街の散策を始めた。主な訪問地は稲田寺、宝福寺、了仙寺、長楽寺。黒船来航に関する史跡。ペリーロード付近の老舗喫茶店PEPEで昼食。昼食後、干物横丁を経て大川端通りを歩いて伊豆急下田駅へ。

下田の街の散策(幕末黒船来航の史跡を訪ねて)

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2021/12/14 - 2021/12/14

780位(同エリア1141件中)

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山帽子

山帽子さん

2021.12.14ホテルの送迎バスに送られて伊豆急下田駅に10時30分に到着。荷物をコインロッカーに預けて、下田の街の散策を始めた。主な訪問地は稲田寺、宝福寺、了仙寺、長楽寺。黒船来航に関する史跡。ペリーロード付近の老舗喫茶店PEPEで昼食。昼食後、干物横丁を経て大川端通りを歩いて伊豆急下田駅へ。

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
JR特急 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 2021.12.14朝、ホテル河内屋の客室からの眺め。

    2021.12.14朝、ホテル河内屋の客室からの眺め。

  • 湯けむりが絶えない湯雨竹小屋。

    湯けむりが絶えない湯雨竹小屋。

  • ホテル河内屋の廊下の展示。

    ホテル河内屋の廊下の展示。

  • フロント。右側は湯雨竹の模型。

    フロント。右側は湯雨竹の模型。

  • フロントの装飾。

    フロントの装飾。

  • ホテルの送迎バスに送られて伊豆急下田駅に。下田駅から本日の目的の散策が始まる。駅前からマイマイ通りを少し進むと右手奥まったところに稲田寺。<br />稲田寺は幕末開港時にロシア使節プチャーチンとの交渉にあたった川路聖謨が宿舎とした。また、いわゆる唐人お吉の恋人であった船大工鶴松の墓もここにある。

    ホテルの送迎バスに送られて伊豆急下田駅に。下田駅から本日の目的の散策が始まる。駅前からマイマイ通りを少し進むと右手奥まったところに稲田寺。
    稲田寺は幕末開港時にロシア使節プチャーチンとの交渉にあたった川路聖謨が宿舎とした。また、いわゆる唐人お吉の恋人であった船大工鶴松の墓もここにある。

  • マイマイ通りをさらに進むと右手に宝福寺。<br />宝福寺は1854年日米和親条約交渉時に日本側全権の本陣となった。また、1863年にこの寺に滞在中の山内容堂に、勝海舟が面会し、土佐藩脱藩中の坂本龍馬の許しこうて、その許しを得た。写真の右手前に立つ像は坂本龍馬である。また、唐人お吉の墓もこの寺にある。

    マイマイ通りをさらに進むと右手に宝福寺。
    宝福寺は1854年日米和親条約交渉時に日本側全権の本陣となった。また、1863年にこの寺に滞在中の山内容堂に、勝海舟が面会し、土佐藩脱藩中の坂本龍馬の許しこうて、その許しを得た。写真の右手前に立つ像は坂本龍馬である。また、唐人お吉の墓もこの寺にある。

  • 了仙寺。ペリーと幕府との交渉の場となった寺。日米和親条約の細かい取り決め、いわゆる下田条約がここで結ばれた。

    了仙寺。ペリーと幕府との交渉の場となった寺。日米和親条約の細かい取り決め、いわゆる下田条約がここで結ばれた。

  • 了仙寺。

    了仙寺。

  • 了仙寺。

    了仙寺。

  • 了仙寺の扁額。

    了仙寺の扁額。

  • ペリーロード。下田港から了仙寺までの情緒あふれるレトロな雰囲気の石畳の小道。<br />ペリーが下田港に上陸し、一行を引き連れて何度となく、了仙寺まで行進した道。<br />

    ペリーロード。下田港から了仙寺までの情緒あふれるレトロな雰囲気の石畳の小道。
    ペリーが下田港に上陸し、一行を引き連れて何度となく、了仙寺まで行進した道。

  • ペリーロード。

    ペリーロード。

  • ペリーロード。

    ペリーロード。

  • 石段の上に長楽寺。1854年日露和親条約がこの寺で結ばれた。

    石段の上に長楽寺。1854年日露和親条約がこの寺で結ばれた。

  • 長楽寺。

    長楽寺。

  • 昼食をとった喫茶店PEPE。外観がブーゲンビリアに覆われていた。

    昼食をとった喫茶店PEPE。外観がブーゲンビリアに覆われていた。

  • PEPEの内部。こじんまりしてなかなか雰囲気がよかった。

    PEPEの内部。こじんまりしてなかなか雰囲気がよかった。

  • 安直楼。いわゆる唐人お吉が1882年から小料理屋を営んだ建物。ただし、お吉は数年で店をたたみ、1890年には稲生川に身を投げて、そのはかない生涯を閉じた(48歳)。干物横丁への途中にある。

    安直楼。いわゆる唐人お吉が1882年から小料理屋を営んだ建物。ただし、お吉は数年で店をたたみ、1890年には稲生川に身を投げて、そのはかない生涯を閉じた(48歳)。干物横丁への途中にある。

  • 下田港。干物横丁から大川端通りに抜けた。大川端通りから見た下田港の風景。この後、伊豆急下田駅から伊豆踊り子号で帰途についた。

    下田港。干物横丁から大川端通りに抜けた。大川端通りから見た下田港の風景。この後、伊豆急下田駅から伊豆踊り子号で帰途についた。

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