2021/12/02 - 2021/12/04
4444位(同エリア8876件中)
もっちさん
この旅行記スケジュールを元に
加藤神社からの大天守・小天守。
熊本大地震から大天守・小天守が6月に復興、また来年は宇土櫓が解体されるということで急遽熊本行きを決めました。
また合わせて続100名城の八代城、前年の球磨川氾濫から復興しつつある人吉城にも登城してきました。ただ人吉へは鉄道が復旧しておらず、高速バスを使用しての訪問となりかなり厳しいスケジュールとなりました。
12/2 熊本着(水前寺公園)
12/3 八代、人吉
12/4 鞠智城・熊本城
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- JALグループ
-
PCR検査で陰性を確認。
熊本行の飛行機予約の時間を最終便にしていたことに予約後に気付く・・。
早めに羽田に到着して変更していただきました。
テイクオフしたらしばらくして、丁度富士山がこんなに綺麗に見えました。
この日はお天気が良く、かつ空路が太平洋側の空路で海岸線が瀬戸内海付近までずっと確認できました。
海岸線沿いに日本1周とかしたら、地理の勉強になりそうですね。 -
熊本空港は改装中で、配管がむき出しでした。(ラウンジは流石に違いましたが)
空港から花畑バスターミナルまで。前回熊本に来たときはここはちょうど建設中でした。とってもきれいでオサレな商業施設です。
2Fのバスの案内所の方もてきぱきしてましたよ。 -
この下通のアーケードは便利でした。
このアーケードですべて済んでしまう感じ。
今回は熊本グルメも楽しみたいと思います。 -
ホテル到着後、15時過ぎに下通アーケードの熊本ラーメンの黒亭さんへ。
ちょっと豚骨特有のにおいがありますが、焦がしニンニクがいいアクセントになってます。 -
実は中途半端な時間に熊本に到着してしまい、、これから熊本城に行ってもね・・、ということで水前寺公園にやってきました。富士山を模した築山があります。
熊本城には観光客が多かったのですが、ここはガラガラ。熊本城と少し距離があるのでスルーされてしまうのかな? -
観光客は少ないのですが、鯉が沢山。
水深が浅いですね。 -
鴨もたくさん!
-
黒亭でラーメン食べて水前寺公園行って2時間後、今度は紅蘭亭で太平燕。
もっとスープが澄んでいると思ったけど、そうでもないのね。
ここはちょっと高級感がありますね。
暖かいウーロン茶がポットでサーブされます。
天草のデコポンのジュースがおすすめということでそちらもいただきました。 -
翌日は八代・球磨から戻って、菅乃屋さんに。
平日でしたが、念のため予約していきました。
お店の電話の内容聞いてたら、土日は予約でいっぱいとのことなので、やっぱり予約したほうがいいですね。
いただいたのは熊本馬焼コースなのですが、当たり前ですがメニューほぼ全てに馬肉が使用されており、注文後に私はそんなに肉を食べれないということを思い出しました。。 -
馬刺し3種。
ここまでは良かったのですが。 -
メイン時にはすでにギブアップモード。
馬肉はさっぱりしててヘルシーだそうですが、私にはきつかった(菅乃屋さんですので品質はお墨付きだと思います)。
もう焼肉を受け付ける胃ではないのです(号泣)。 -
3日目は午前中に続100名城である、鞠智城(きくちじょう)と、熊本城に。
鞠智城は通町筋のバス停から菊池プラザで下車。
ガイドブックにタクシーで5分、と記載があったので、「これなら歩けそう」と歩き出してしまった。。 -
歩けど歩けど全く到着の気配なし。しばらくして民家もなくなり段々山道に。国道なのでトラックの通過が多かった。これなら大人しくタクシーにすれば良かった(菊池プラザにはタクシーが常駐してます)。
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こちらが鞠智城のシンボルである八角形鼓楼。3階建てです。
中には入れません。
鞠智城は大野城、基肄城(きいじょう)と共に続日本紀に記載されてます。
白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗れた大和朝廷が防衛のために作らせた城の1つです。この鞠智城はその中でも一番南にあるお城とされてます。 -
いくつか建物が修復されてます。
実際は70棟を超える建物があったことが分かってます。
大和朝廷は本当に唐新羅連合軍に対して危機感を持っていたんだなと思います。
島国で良かったね。 -
八角形鼓楼の礎石たち。
奥の温故創生館にスタンプが鎮座しております。
展示物もなかなか良かったですよ(ビデオがちょっと・・・)
2階からは全景が確認できるようになってます。
帰りも歩いて菊池プラザまで戻りました(下りだったので若干楽でした)。 -
通町筋のバス停で下車していよいよ復興された熊本城に。
目抜き通りからみえる天守っていいですね! -
と、その前に清正公にご挨拶せねば。
清正は、秀頼と家康の会見に秀頼の列席後、熊本城で倒れたと言われてます。清正と浅野幸長がほぼ同時に倒れているところから毒殺もられたのでは?と思ってます。 -
確かに大天守・小天守は復興しましたが、勿論石垣などはまだまだです。
日本の城郭としてはおそらく江戸城に次ぐスケールだと思いますので、復興には相当の年月がかかると思います。 -
特別公開の有料ゾーンはこのように通路がめぐらされております(石垣の復旧が終了していない為、通路がないと危ないです)。
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数寄屋丸二階御広間。ここも復元したのですが、震災でこのように・・。石垣上段には地割れが生じてます。
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大天守・小天守を見守ってきた大銀杏。
(なお、この銀杏は雄木なので実は付けないそうですよ)
清正公が「この銀杏の木が大きくなったころに大きな戦いが起こる」、と仰せになったそうです(=西南戦争)。 -
おおお~!シャープでいいね!
フインキとしては松本城ににてますね(豊臣系のお城は黒がメイン=防火の為)。 -
本丸御殿大広間(闇り通路)。
地下通路て珍しいです。 -
石垣にはネットがかけられてます。
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防振の為か、天守内部はこのようになっております。
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大天守まではエレベーターがあります。
天守内部は他の再建天守と同様、資料館です。
(もともと熊本城天守は西南戦争直前の火災で焼失してます) -
大天守からは中岳からの噴煙が確認できました。
写真真ん中の白い箇所。
係員の方曰く、今日は噴煙量が多いです、とのこと。 -
だた、眼下にはまだまだ石垣の崩落が確認できます。
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宇土櫓までやってきました。
江戸時代から築城当時の姿を保っている唯一の多重櫓です。3重5階地下1階のつくりで天守に匹敵する規模と構造のため、第三の天守とも呼ばれ、天守のない時期は仮の天守としての役割も担っていました。
宇和島城天守、丸亀城天守など、他の重文天守よりも大きいのではないかな。 -
なんだか、宇土櫓は健気にも、でも一生懸命立っているような気がして宇土櫓見た途端、鼻水が止まらなくなりました。
江戸時代から西南戦争をくぐり抜けてずーっと熊本を見守ってきたんだよね。
お城は大好きですが、特に戦いをくぐり抜けてきた建造物はこみ上げるものがあります。 -
撮影ポイントの加藤神社から撮影。
右から宇土櫓、大天守、小天守。 -
戌櫓。こちらも解体ですかね。
-
KKRホテル側からお城をあとにしたのですが、崩壊した石垣もこのようにキチンと保管されてました。
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長塀(重文)で242メートルあるそうです。
ここで3往復すれば1キロジョギングできますね。壮観でした。 -
最後に西南戦争で籠城を絶えた谷干城にご挨拶して熊本城見学は終了。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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