2021/11/09 - 2021/11/11
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ソウルの旅人さん
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「能登能登半島一周と金沢富山の旅 その1」の続き。
能登半島東半周と富山が行動範囲になる。
同行者が俳句を嗜むので、俳句を所々に挟んである。
表紙写真は見附島を望む日本海の朝日。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
見附温泉「のとじ荘」外観
-
ロビー
意識して人の姿を写していないが、平日にも拘わらず満室に近いと思われるほど館内
は混んでいた。
人気のある宿なのだろう。 -
廊下
高級感はないが、全体に品良く整えられ清潔感があった。
部屋のキーカードが2枚あったので、風呂に行く時も同伴者と一緒に出る必要がなく、各々が自由行動可能で便利だった。食事・風呂等もスムースに運営され、気持ちの良い宿だった。 -
宿の裏側(海側)
電気が付いているのが宿泊した部屋。
部屋からは能登半島東面日本海が一望され、右手直ぐに見附島が見えていた。 -
チェックインしてすぐに見附島を見に行く。部屋から歩いて2分。
迫力のある島だった。能登金剛のような岩場ではなく、砂浜海岸に近接して軍艦に見えるような巨巌は珍しいか。
【俳句 6】
暮早し俄に失する島の影 -
積石の通路があるので直下まで行けそうだが、最早夕刻なので本日は止め、明日の朝に歩いてみようと思っていた。
写真はないが、2階にある露天風呂からはこの島を直近に見る仕掛けになっており、風呂に浸かりながら見る暮れなづむ日本海と見附島は贅沢な経験だった。
【俳句 7】
冬凪げる海一望の露天風呂 -
夕食の「おしながき」
-
食前酒と光付と前菜
鮎・烏賊・蛸・栄螺 他 -
造里
カンパチ・鱸・鯛・甘海老・鮪 -
煮物 珠洲産鯛の姿煮
突然これが出て来て驚いた。通常は切り身と思うが、中くらいのお頭付きの鯛だった。これだけでお腹一杯になった。 -
酢の物 珠洲産鮑のサラダ盛り
この鮑が美味しかった。 -
台の物 能登牛しゃぶしゃぶ
昨年、鳥羽にて高価な松坂牛サーロインを食べた。
この能登牛はそれより数倍美味しかった。
食べきれない量を思いっきり食べ、久しぶりに食事の満足感を味わった。 -
夜の見附島
食事のあと散歩がてらライトアップされている島を見てきた。
【俳句 8】
漆黒の闇を打つ音冬の浪 -
就寝
強雨に始まり、この旅はどうなるか心配したが、後半は曇り空になって、能登の風景を堪能でき、満足な1日目になった。 -
2日目(11月10日)の朝
昨夜は早く寝た。5時に目が覚めた。
今回旅行の目的である見附島を背景にした日本海から昇る朝日を見に行く。
しかし、地面に水が溜まる程の雨が降っている。空の色は明るい部分もあるが、降雨の中で朝日を見ることは絶望的か。 -
見附島の朝日は超有名である。素人カメラマンが10人以上も雨の中、カッパを着込んで、三脚を立て、東の水平線を狙っている。
【俳句 9】
日の出待つ沖の彼方や冬の海 -
踏石が島へと続いているので直下まで行く積もりだったが、その石畳みは海水に洗われており、到底近寄れない。
-
薄着なので寒い。手が悴む。早朝に写真を撮る準備が出来ていなかった。
雨風は強くなったが、今少し待ってみる。 -
東の空が少し明るくなってきた。日が昇る東の彼方は晴れているのか。
雨降りなのに海中から昇る朝日を見ることが出来るか?
【俳句 10】
夜明けより飛び交う鴉鴨の海 -
水平線にオレンジ色がさしてきた。
島の左側には海中に鳥居が設えてある。その真ん中が明るんでくる。 -
太陽の姿を見ることは出来ないが、オレンジ色辺りから昇っているようだ。
しかし、海岸は強い風雨で、傘をさしてカメラのシャッターをきることは出来なくなった。屋内に入らざるをえない。 -
部屋からの写真。
太陽は見えないが、東の水平線全体の明るさが増した。
【俳句 11】
鴨来たる軍艦島を寄辺とし -
部屋からの写真
地面が濡れているように、ここは今も雨が降っている。 -
大陽の姿は見えないが、益々,明るくなる。
-
部屋が1階なので松が視界を妨げる。
2階に上がる。 -
2階ラウンジから。
東の水平線の雲間から朝の光が降り注いでいる。
神々の降臨。 -
朝日そのものは見えないが、光線の降り注ぐ姿は神々しかった。
この姿をみて、古代の人々は神が地上に降りてきたと信じたに違いない。
【俳句 12】
束の間の朝日を拝し冬の海 -
20分後。
そのまま明るくなって太陽が顔を出すと思ったが、そうはならなかった。
光は縮小していった。
【俳句 13】
旅宿の島を間近に鴨浮かぶ -
一晩だけの旅の者にも拘わらず、想っていたより遥かに素晴らしい「美しきもの」を見ることが出来、その幸運に感謝した。
-
朝食
朝日を拝んだ後の食事は爽やかだった。 -
2日目の第一目標は「須須神社」
能登半島の北端にある。引き返すように宿から北方に向う。
その少し先にある最北端の禄剛崎灯台に行くが通常観光ルートであるが、この神社参拝を選択した。 -
須須神社入り口の鳥居から見える海
この神社は海岸の直近にある。
この頃から本降りとなり雨中の参拝となった。 -
神社参道入口
祭神は「美穗須須美命」である。異論もあるが、出雲の美保神社と同じとする研究者もある。この辺りは珠洲市であるが、この神名の「須須」から来たことは明白であろう。『須須』一族が齋き祀った神であるが、それは出雲と強い関係があったはずである。 -
本殿
午前8時半頃。誰もいない全くの無人の社。
海岸鳥居より本殿まではかなりの上りであるが、鬱蒼たる植物繁茂が著しく、周辺の景色は見えなかった。 -
雨は止まず、無人の神社はさすがに淋しい。
出雲の有名な国引き神話ではこの能登半島北端の「すすの岬」を切り取って、出雲半島の東側を創造したことになっている。その割り取られて湾になっている地形を見たかった。しかし、神社からは海岸線を展望出来なかった。 -
須須神社社叢
「千古の昔から神域として保護され、一万坪の鬱蒼たる原生林をなす・・・・」と説明されている社叢である。気比神社と同様の『神社の杜』である。ここは立入り禁止ではなく、ゆっくり散策したかった。 -
しかし、残念ながら雨が強く降っている。同行者は「何処行くの、早く出ましょ」と言うし、泥んこになりそう。サッと見回っただけにおわった。
-
珠洲焼館
雨の中を海沿いに下って珠洲焼館に行ったが、その現地写真がない。焼物の選定に執心して写真を撮ることを失念していた。
珠洲市郊外にあり、館内には制作者氏名が表示してある多数の珠洲焼が展示即売されていた。 -
私が購入した珠洲焼。
井下昌子氏の作品。
珠洲焼は「須恵器の系統を継ぎ、・・・幽玄ともいえる灰黒色の落ち着いた美しさを醸し出します。」と説明されている。須須神社に祀られている古代の人々が制作したであろう須恵器の系統をひく灰黒色の焼物は是非現地にて入手したかった。 -
左:ソウル仁寺洞にて購入した韓国現代作家制作の青磁
青磁の形姿と珠洲焼のそれは大変面白い対比をなしている。
日本の博物館でも韓国の博物館でも須恵器は多数展示してある。珠洲焼は須恵器に最も近い形姿で現在に残っている。 -
左:ソウルにて古物商から購入した「伝:19世紀の李朝白磁」
残念ながらこの白磁は偽物くさい。 -
左:ソウルにて古物商から購入した「伝:19世紀製造の李朝白磁」
これは19世紀に韓半島の地方窯で作られた本物だと信じてる。
全く異なる焼物であるが、素朴な感じは似ている。 -
左:国内で購入した「白磁壺」
素姓不明も、李朝白磁であると専門家に検定してもらった。
半信半疑であるが・・・・。 -
珠洲からの次の目的地が七尾近くなので、海岸縁から離れ、半島中央部のドライブになった。雨が降ったり、時には青空が見えたりの典型的な北陸の天気だった。
-
途中に「のと里山空港」があったので寄ってみた。
-
上の写真の2分後。
いきなり雷がなり、大雨になった。車から出ることは出来ず、駐車場から空港ターミナルに行くことを断念する。外観をみただけ。
【俳句 13】
度々の時雨に合うも能登の旅 -
「のと里山空港」からは無料の自動車専用道である「のと里山海道」にはいる。
別府岳サービスエリアに立ち寄った。 -
ここには能登半島の東海岸線中央部を一望できる展望台(スカイデッキ)が設けてある。少し雨が降っており景色が見えるとは思えないが、一応その展望台まで行って見た。誰もいない無人の展望台だった。
-
展望台への入口
降雨中にすれば遠方まで視界が開けているか。 -
別府岳は能登半島の中央部。そこから東方面を望んでいる。
能登半島東面は中央部が大きくくびれた湾になっており、その中に能登島がある。中央の海は七尾北湾、右側は能登島、左側は半島の北側。 -
左側の景観
今迄走ってきた半島の北方にあたる。 -
右側の景観
中央が能登島、その右の海は七尾西湾、その奥の陸地は七尾市。 -
七尾西湾
中央の橋が能登島大橋、手前の橋は中能登農道橋。能登島は2本の橋にて半島と繋がっている。
天候が悪くてもこれだけの景観を見せてくれた。秋晴れの青空なら絶景だろう。 -
七尾市の少し北側に中島町がある。そこにある「久麻加夫都何良加志比古神社」(くまかぶとあらかしひこじんじゃ」が目的地である。
このように長たらしく万葉仮名にて名前を記載する神社は能登に多い。出雲・飛鳥にも少数だが存在する。 -
特に何かがある神社ではないが、能登に行くときは訪問したかった。
-
ボランティアと背中に印刷してあるジャンパーを着た地元の人々がおられた。この神社のことを研修・勉強しているように見えた。
-
境内は余り広くない。特別な杜があるわけでもない。
しかし、万葉仮名にて神社名を表記するこの神社が極めて古い歴史を持っていることは間違いない。実情は知らないが、地元の人々がこの神社を盛り立てようと活動し、現在もその土地と密接な関係を保持しているようにみえた。
【俳句 14】
密やかに古社を灯して実万両 -
30年前に読んだ金達寿の本に印象深く記された場所だった。能登に行くならば必ず寄ってみたかった。長年の宿題を果たした気分だった。
【俳句 15】
銀杏散る古き社を明るめて -
中島町から能登島に向う。
別府岳パーキングより見えていた「中能登農道橋」である。
相変わらず降雨。 -
農道である。
-
能登島に入る。
-
能登島に来たのは「橋を渡ること」と「この古墳を見る」ためだった。
能登半島は古墳の集住地である。多数の神社があることを含め、古代の能登が人口の多い住みやすい地域だったことが判る。
誰一人いない。同行者は「雨が降ってるのでパス」と言って車に残っている。一人で古墳まで向った。 -
須曽蝦夷穴古墳
道路から離れた少し小高い丘上にあるので車がなければ訪問出来ない。金達寿が来た時は崩壊寸前だったが、きれいに整備され良好に保存されていた。 -
二つ並んだ横穴式古墳である。
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説明板
詳細はこの説明板を参照ください。 -
右側の横穴
-
左側の横穴
おそらく夫婦の墓だろう。 -
印象深かったのはそこから望まれる正面に展開する海の景色だった。本日は雨で視界がきかないし、植物繁茂著しく視界を狭めているが、この墓が出来上がった時は能登の海が前面に望まれる立地だった。
古代の墓はこのような場所を選んで設営されている。 -
能登島の車窓風景。
島ではあるが、古代には充分な生活空間だったはずである。 -
能登島と半島を繋ぐメイン橋はこの能登島大橋。
この橋が出来て島内には水族館やその他の観光施設が多数出来て、人気観光地になっている。 -
平日の午前中であるが、車の数は少なかった。右は七尾北湾、左は七尾西湾。青空が写っているが、橋上は雨が降っている。
-
橋上から右側の景色。
和倉温泉。
特に興味は無いが、加賀屋はここにある。 -
かなりの強雨だが、上空には青空が広がっている。これが北陸の時雨である。40年前の記憶が生々しく蘇った。
【俳句 16】
忙しなき雲の去来や能登時雨 -
半島に戻る。
七尾から氷見に行く。少し遠いのでカーナビ設定にしたのが大失敗だった。七尾ー氷見間は自動車路の「のと里山海道」が開通しているのだが、カーナビが古いため旧道の「田鶴浜氷見線」を案内した。山越えの大変な道だった。30分以上の遅延。 -
氷見市は「能登」ではなく最早「越中」である。
山越えのつづら折り道を通って、やっとの思いで氷見に辿り着いた。
記憶に残っている氷見とは全く違っている。 -
ごちゃついた漁港だったのに、美しく整備された海浜公園になっていた。
氷見から少し南になる雨晴海岸へ向う。 -
今回の旅行目的のひとつは富山に寄ることだった。40年前に富山転勤にて3年半を過ごした。その時に見た富山の景色をもう一度見たい。
雨晴海岸はそのひとつ。ここからは立山連峰を見事に眺めることが出来る。
「雨晴海岸道の駅」に着いたが、この天気である。道の駅内部からの写真のとおり、この時は一番雨が激しかった。 -
傘をさしても濡れる程の雨降り。
雨晴海岸とはよくも名付けたと思う。今晴れていても、すぐ雨が降り出す。その逆もあり。ここの11月の天気予報は”曇り、時々雨、ときには晴れ、ときには雹、雷に注意”である。
遠方は青空が見えているので少しすれば晴れてくるかもしれないが、立山連峰を見ることは出来ないだろう。40年前に食べた懐かしい氷見うどん(乾麺)を買っただけだった。 -
道の駅を出て、外からの雨晴海岸。好天ならこの海越しに立山連峰が連なり、壮大なパノラマを見せてくれるのに、なんとも如何せん。
-
雨晴海岸から新湊港に行く。
我社の施設があったので、新湊にはよく行ったが、ここも全てが変わっていた。会社の知人から聞いて承知していたが、本当にこんな帆船が泊り、大きな橋が出来ている。私の知っている新湊には似つかわしくない。
【俳句 17】
木枯しにうなるマストや海王丸 -
海王丸。
立派な帆船である。この時は車から降りることも困難なほど風雨が強かった。
びしょ濡れになってこの写真をとった。 -
新湊大橋。
広い公園になっているが、歩いては出られないので、車にて公園を一周する。
新湊は観光地ではなく、産業港だった。この恐ろしく立派な橋は東西を結んでいるが、産業上の利便性が大きく向上する立地とは思えない。
本当に新湊は観光地に変身していた。 -
新湊大橋を渡る。風雨キツし。風で飛ばされそうな気がした。
-
新湊は富山県の北西部になる。ここから富山市郊外の国道8号線を通って、富山県の東南部になる馬場島まで一気に走った。
天気が良ければ富山市内から立山連峰は見えるのだが、この天気では全く見ることが出来なかった。 -
馬場島は剱岳西面の麓にある。山奥といっても過言ではない山中である。
市街地を抜け、伊折峠を越えて、剱岳から流れ出している早月川に向う。曇り空になっていたが、剱岳の姿を見ることは出来ないと諦めていた。 -
早月川左岸に入った時、一瞬我が目を疑った。昨日降った新雪を被った剱岳の姿が見えつつある。あれは確かに「剱の大窓」だろう。剱岳の勇姿を見ることが出来るか。
以下次編に続く。
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