2019/08/27 - 2019/08/27
102位(同エリア688件中)
Tomさん
2019年8月20日(千歳発)~9月7日(千歳着)の間、スコットランドとイングランドを旅行したときの記録です。
PCがクラッシュして、写真の復元に手間がかかったり、前回のアップ(2020年1月頃?)後投稿意欲が減少したこともあったりで、情報としては古いものになります。また、写真の一部が復元できなかったりで、皆さんの役に立つような投稿にはならないかもしれません。
8月27日はスカイ島のB&Bを出発し、ダンヴェガン城やアーマデール城に立ち寄り、フェリーに乗ってマレーグに上陸しました。そして、そこを素通りして、グレンフィナンからフォートウィリアムのB&Bという約210kmの行程でした。26日午後からの天候が回復することもなく、この日も雨が降ったり止んだり。途中の景色ももやで霞んで良い写真が撮れなかったのは昨日と同じ。ちょっと無理な行程だとは分かっていましたが、天気にも見放され、今後なかなか行けないだろうと思うととても残念です。
表紙の写真はもやに霞むダンヴェガン城です。こんな天気の中をドライブしたという証拠としてアップしました。城の輪郭を認識してもらえるでしょうか。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 船 レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日からドライブ後半。
スカイ島のB&Bから約210kmの行程。初めから1泊でスカイ島を堪能するのは無理とは分かっていましたが、スカイ島を訪れるなら最低2・3泊は必要だということを痛感。 -
小雨が降る中、ダンヴェガン城を目指して出発。ダンヴェガン城は700年以上に亘ってこの地域の有力氏族マクロード氏の所有。
途中、「妖精の橋」に立ち寄る。昔マクロード家の族長が妖精と結婚し、何年も幸せに暮らしたが、別れなければならなくなり、この橋で分かれたと言い伝えられている。 -
これが橋の全景。ぶよのような小さな虫が無数にいて、外に長く出ているのは困難だった。
妖精が族長と別れる時、彼に旗を渡したとされる場所でもある。その旗はダンヴェガン城の中に保管展示されている。 -
もやの中に煙るダンヴェガン城。ヴューポイントから撮影。晴れていれば良い写真が撮れたのに・・・
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城は個人の持ち物なので、別途入場料(1人£11)が必要。
近くの道路を挟んだ向かいに駐車場があり、乗用車なら30台程度駐車できる。 -
城の見取り図。建築学的には各年代の様式が残っているそうだが、その方面の知識がほとんどなく、豚に真珠の状態。
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正面入り口ドアから入るとこの階段がまず目に入る。2階に上がり吹き抜けになっている部分から階段を撮影。
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ほぼ同じ場所から2階の一部を入れて階段を撮影。
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書斎。700年以上も同じ氏族が城を所有していることはかなり稀であるとのこと。
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ダイニング・ルーム。
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寝室には違いないが、どういった寝室なのかは失念。
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居間らしき部屋。チェス盤があるということは家族がここで寛ぐのだろう。一般公開している時間帯は非公開の別な部屋で過ごしているはず。
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「妖精の旗」
これに因んだ伝説はいくつかあり、妖精が氏族長と別れる時「妖精の橋」で渡したとされるもの。
別な伝説では、マクロード家に嫁いだ妖精が男の子を生んだが、人間界から去らねばならず、残した子に緑の旗を授けたというもの。
緑の色は変色してしまったが、赤い糸の刺繍は部分的に残っている。
この旗を残す時妖精は、マクロード家が困難に陥ったとき3回に限りこの旗を振れば逆境を克服できると言ったとされる。詳しいことは忘れたが過去にこの旗が振られたのは2度だそうで、あと1回だけ振ることが許されていることになる。4回目以降は何度振っても何の力も発揮しないという。 -
マクロード家の家宝が展示されている部屋へとやってきました。
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フローラ・マクドナルドのコルセットです。
彼女は若僭王(ボニー・プリンス・チャーリー=チャールズ・エドワード・ステュアート)の逃走を助けたことで有名。 -
フローラ・マクドナルドの肖像。
若僭王の逃走を助けた後、政府軍に捕まりロンドン塔に送られたが恩赦によって釈放される。その後夫と共にアメリカに渡るが、アメリカ独立戦争のあおりを受けて財産を失くす。そしてスカイ島に戻り68歳の生涯を閉じた。 -
若僭王ボニー・プリンス・チャーリーの肖像。
1745年、第2次ジャコバイト蜂起を扇動したが、翌年のカローデンの戦いで敗走。這う這うの体でフランスに逃げ帰り、その後はイタリアなどで淫蕩生活を送ったらしい。 -
若僭王の頭髪が入っているロケット。
写真では分からないが、いわゆる金髪の部類。
1746年の戦い以降、スチュアート朝の復活を目論む大きな事件はなくなった。 -
フローラ・マクドナルドのものだったピンクッション。
円形の刺繍は誰が最初に署名したかを隠す連判状を模してカローデンの戦いで戦死した人々の名を刺繍したもの。 -
マクロード家の宝の一部。上下両方とも杯だが、詳細は忘れてしまった。
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これも家宝の「ダンヴェガンの剣」。
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次の目的地、アーマデールへ向かう途中。
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同じくドライブ途中の風景。
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アーマデール城に到着。
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マクドナルド氏の所有だったが、今は廃墟。
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比較的新しい(15世紀)城だが、1855年の火災により放棄された。
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城の裏側から撮影。
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小径を行くとアーマデールに関する小さな博物館があった。特に興味を引くものは見当たらなかった。
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城から車で数分のところにあるフェリー・ターミナル。
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降りてくる自動車は対岸のマレーグから。
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フェリーには予約が必要。
インヴァネスのホテルでこの日のチケットを予約。予めフェリー会社のURLを調べておいてネットで予約しておいた。その予約番号を示しチケットを入手。
フェリー会社のURL: https://www.calmac.co.uk/ -
そして、隣のこの建物で遅い昼食(ハンバーガーと飲み物)を購入し、乗船までの待ち時間中に食べる。
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チケットはこんな具合です。
一番上が購入者用の控え、次の2つがドライバーも含めた人数分の乗船券、最後が自動車の運送チケット。
大人1人片道3ポンド、自動車 6mまで1台 片道 約10ポンド -
自動車を船体に入れたら、乗客は上のデッキや客席に行く。
デッキから昼食を購入した建物方向を撮影。 -
スカイ島、アーマデールを出港し対岸のマレーグ港へ。
離岸から接岸まで25分の航海。その前後の所要時間を合わせると最低1時間半は必要。 -
マレーグ港に近づいてきたので、車で旅行の人は全員自分の車に乗って下船を待つ。
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マレーグからグレンフィナンへ向かう途中、鉄道橋を潜り抜ける。
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写真では水蒸気の煙しか見えないが、途中、偶然、映画「ハリー・ポッター」でボグワーツ特急として使われた列車「ジャコバイト号」がフォート・ウィリアムからマレーグへと走行しているのに出くわす。出会った時間と照らし合わせるとその列車に間違いない。
「ジャコバイト号」運行会社のURL: https://westcoastrailways.co.uk/jacobite/steam-train-trip -
絵葉書を転写。
グレンフィナン高架橋とジャコバイト号。
この位置から写真を撮るのはけっこう苦労があると思われる。グレンフィナン高架橋 建造物
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同じく絵葉書を転写。
別な位置から高架橋を撮影したもの。
この橋も「ハリー・ポッター」で使われた。
左奥に見えるのはシエイ湖。 -
シエイ湖畔にあるグレンフィナン記念塔。
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高架橋近くのビジター・センター。
駐車スペースを探すのに苦労。時期が悪ければアーカート城みたいに諦めて通過しなければならなかったかもしれない。 -
グレンフィナン記念塔へ。
この塔は第2次ジャコバイト蜂起(1745年)を記念したもの。
若僭王ボニー・プリンス・チャーリーが密かにフランスからここに上陸し、彼の軍旗を定めた場所。 -
彼は支持者と共にスチュアート朝の復興を期して蜂起。
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スコットランドは元々氏族間の争いが絶えず、ハノーバー朝、ジョージ2世治世下のイングランド政府側に与する氏族とスチュアート朝の復興を願う氏族とがあり、スコットランド全体が若僭王を支持していたわけではなかった。
対岸に見えるのはグレンフィナン・ハウスというホテル。 -
更に、ボニー・プリンス・チャーリーを支持するカトリック教徒と政府軍側を支持するプロテスタントによる宗教上の争いも背景にあった。カトリック側が支援を期待していたフランスも消極的な態度で軍を派遣することはなかった。
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絵葉書から転写。
スチュアート朝の復興を期して、親子2代(老僭王と若僭王)に亘った画策も(1715年と1745年が大きなもの)1746年のカローデンの戦いで潰えた。日本語では「王」という文字を使っているが王位に就いたわけではない。王位を主張していただけのこと。名誉革命(1688-1689)で追放されたジェームズ2世の子が老僭王(Old Pretender)で、その孫(Old Pretender の子)が若僭王(Young Pretender)。英語の方が分かりやすい。 -
27日の宿、フォート・ウィリアムの Myrtle Bank。ゲストハウスの類ではあるが、イン(旅籠)のような雰囲気。昔は2棟合わせの住宅だったような造り。1泊£100で現地で現金払いだったはず。
正面に見えるのが専ら客室への入り口、その隣、昔は居間だったような部屋がダイニング・ルーム。左に見える同じ造りの開口部が事務室と客室への入り口。駐車場は右側にある路地を行って、この建物の裏にあたる場所にある。 -
入り口から左側のリニ湾に続く入江を見る。この頃になると雨が上がって、曇天ではあるが遠くまで見渡せるように。
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同じ場所から右手にカメラを振る。良く手入れされた庭。
フォート・ウィリアムは、1689年名誉革命の結果王位に就いたメアリー2世の共同統治者ウィリアム3世に因んだ名前。 -
公道から入り口まで続く小径脇のバラ。
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入り口を背にして左にカメラを振ったところ。
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部屋はこんな具合。リゾート地にありながら、値段の割には満足のいくものでした。
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バスルームはこんな具合、バスタブなしで少し狭い感じがしたけど、とても清潔。
夕食後早々に就寝。
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