2004/03/08 - 2004/03/08
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alchemistさん
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1982年に訪れたミラノのシメトロ・モニュメンターレ(ミラノ記念墓地)。
アートと認められる墓標しか建てられないという、密集した彫刻の森のような公園墓地だ。
2004年にイタリアのデザインスタジオ訪問でミラノに立ち寄った際、会社の同僚のF君と一緒に再訪した。
ちょうどスギ花粉の季節とあって、花粉症のF君には悪いことをしてしまった。
さらに、2006年には妻を伴っての初めてのイタリア旅行の際にも訪れている。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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地下鉄でガリバルディ駅に出て、歩いてミラノ記念墓地へ。
入口に大きくそびえるのがファメディオと呼ばれる建造物。
この墓地はマシアチーニという建築家の代表作とされる。
この墓地の評価が高かったことから、彼は北イタリア各地で葬式の建物や教会の建設や改修に取り組み続け、死後はこのミラノ記念墓地に埋葬されている。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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1867年に作られたこの墓地は、カトリックに限らず、プロテスタントもユダヤ教も、あるいはそれ以外の宗教も受け入れており、当時先進的だった火葬施設も備えている。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ファメディオの3つの入口の上部のファサードには、金色で彩られた壁画が掲げられている。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ファメディオの両翼から回廊が始まっており、ここには著名人や、社会への貢献が評価された人が葬られている。
最初に埋葬されたのは小説家のアレッサンドロ・マンゾーニ。
他にも、詩人、オペラ歌手、サッカー選手、作曲家、歴代ミラノ市長などが葬られている。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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1804年ナポレオンはサン・クルー勅書を発して,公衆衛生の観点から墓地は街の外に設けられるべきと定めた。当時彼の支配下にあったイタリアにもこのルールが適用された。
これをきっかけにボローニャ、ブレーシア、ヴェローナ、ジェノア、トリノ、ローマなどさまざまなイタリアの都市が墓地の整備を始めた。
ナポレオン没落後のミラノはオーストリアのハプスブルグ家が統治したため、墓地整備が遅れたが、オーストリア退場後、ドゥオーモの整備やガレリアヴィットリオエマヌエーレの建築とともにこの墓地の建設が始まった。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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墓地の中には個人の墓と家族共同の墓とが混在している。
たとえば右側にあるのはレオニーノ家の家族墓と思われる。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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家族墓の集まるゾーンもある。
このような礼拝堂形式の家族墓はラテン語で小さな家を意味する「エディクラ」と呼ばれる。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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レヴィ家のエディクラはずいぶん近代的なデザインだ。
ここにもダヴィデの星があった。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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見学ポイントのお墓のガイドがあった。
知った名前があるかと思い眺めてみたが、残念ながら見つからなかった。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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特徴的な墓碑を見ていこう。
最初に出会ったのがダビデの星を掲げたユダヤ教のゾーン。
これは夫婦墓だが、夫のユージェニオは86歳、妻のエルネスタは81歳で亡くなっている。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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対になった二つの墓。
夫婦かと思って見てみると、どちらも女性のようだ。
はて、この二人の関係やいかに?ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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回廊になんともシュールな墓があった。
骸骨が墓碑になっている!
顔をよく見ると茨の冠をかぶったキリストかもしれない。
なぜ十字架じゃないのだろう?ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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両手を大空に挙げ何かを祈る男。
礫岩の上に立っている。
イエスの山上の垂訓がモチーフと考えたいがどうだろう。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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肩を落とした天使。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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背中に羽の生えた天使が一生懸命墓石に墓碑銘を刻んでくれている。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ユダヤゾーンにあるこの墓の主であるミラン・ミツコ・コンドッティは若くして亡くなった医師。
近代的な病院で病める人につくす人生を夢見ていたようだ。
亡くなったのは1919年。まさにスペイン風邪が猛威を振るうさなかである。
墓石の上部には感染症の蔓延に打つ手を持たず、ひざまずいて打ちひしがれる天使が、側面にはスペイン風邪に罹患した老人や親子の群像が配されている。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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星の中に記されたロシア文字をスマホの翻訳アプリで確認すると、モスクワ生まれのユダヤ教徒のPKIITさんのお墓かな。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ここの墓地では子どもも重要なモチーフだ。
ペレグリーニ家の前のこの男の子の悲しげな表情がいとおしい。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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悲しげな表情といえばこの女の子もそうだ。
抱えているボールは何だろう。
サッカーボールにしては小さいようだが。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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この子は生まれたばかりに赤ちゃんのようだ。
石の中から今まさに生まれたところだろう。
首には母親のものだろうか、十字架のネックレスがかかっている。
もしかしてお産で命を落とした母親のお墓?ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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こんな孫が墓参りしてくれると嬉しいよね。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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戦争で亡くなったジュゼッペ大尉の墓。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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何だろうこの兵士は。首がひしゃげ肩は大きな岩石に押しつぶされている。
頭部を守るためのヘルメットは膝のところに転がっている。
まるで事故現場を再現したかのような生々しさだ。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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亡き夫の墓を訪れた未亡人だろうか。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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キリストだろう、7頭の羊と足元には牧羊犬が寝そべっている。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ピラミッド型のシンプルな墓。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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ロダンの考える人が何かに気付いたのだろうか。
それともウォシュレットで洗浄中なのだろうか。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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これも演劇的な場面が切り取られている。
階段の上から傲然と見下ろす男の視線の先には階段から落とされたらしきもう一人の男が。
いったい何があったのだろう。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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遠くからもそれとわかる印象的な塔。
螺旋状に昇っていく坂道に穿たれた窓に聖書の場面が表現されている。
おそらくは、自ら十字架を背負いゴルゴダの丘を昇るキリストがモチーフなのだろう。
上部に至りキリストは十字架にかけられている。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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2頭の牡牛を使い鋤で畑を耕している2人の農民は青銅の彫刻で、
その背後には赤い大理石で目をつむった若者がいる。
はて、なにを表現しているんだろう。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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墓は緑に覆われ、可憐なピンクの花の咲く鉢が置かれている。
やすらぎに溢れた墓だ。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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嘆く女性。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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幼い子二人を連れて、遺された若き妻が墓参に来ているようだ。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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愛し合った二人。
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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「みんな死んでしまった・・・」
悲しむ女性の前に置かれた3点の写真は、この墓に眠る家族なのだろう。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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おおなんとアクロバティックなバランス。
奥には若き男の死を悼むふたりの女性。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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十字架を手に愛犬をいとおしむ半裸の男は誰?
ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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これも不思議なシチュエーション。
十字架上のキリストは平に置かれ、杖を突き額に手を当てた男が近寄ろうとしている。
さほど高級とも思えない衣類と肩から下げた鞄。
おそらく旅人なのだろう。
さてその意味は???ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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眩暈がするほど次から次にユニークな墓が現れる。
キリスト教をはじめ宗教の基本的知識に乏しいため、何を表象しているのか、図像学上どんな意味を持つのかがよくわからない。もっと勉強しなくちゃな。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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2004年と2006年の2度にわたり訪れたシメトロ・モニュメンターレ(ミラノ記念墓地)。
隠れたミラノの観光名所だ。ミラノ記念墓地 散歩・街歩き
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