2021/07/06 - 2021/07/09
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montarouさん
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梅雨期の7月6日から9日までの間、妙高の燕温泉の黄金の湯から戸隠神社に参り、翌日は絶好の天気で、志賀高原を越えて万座温泉の露天風呂に入り、8日は草津温泉を経て軽井沢に、9日に諏訪大社に詣でた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7月6日の朝に富山市を通過、途中の通勤渋滞の中で奇妙な車列を発見。国道8号線の神通川の橋の手前から、橋を越えて市内方向に降りるまで、本来2車線の線引きだが、車が3台、横並びの3車線で走っていた。ここの横並び体質は日本人の骨頂かな?
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途中の姫川でヒスイを探すが、無駄骨で、大金持ちになり損ねた。上越市で昼食。今年の冬も上越を通り、その時は恐ろしい積雪量だったが、今は嘘のように雪などなかった。それでも、周辺の山々の谷筋には残雪が見えた。ここから18号線に入り、関山で妙高高原公園線に換え、関温泉を越えて、さらに谷を登って燕温泉の黄金の湯に向かった。この辺りは超豪雪地帯で、平年の積雪量は2mを越える。このため雪崩避けの道路設備も大変だ。
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燕温泉の手前の関温泉は含鉄泉で赤い濁り湯というが、日帰り温泉だけなので、今回は遠慮した。燕温泉は関温泉から尾根と谷を越え、百mほど標高が高い1150mほどにある。自動車道の終点で、一般向けの駐車場は温泉街の入口の2百mほど手前で、無料で十台ほど停められる。そこから、すでに湯気を上げた小滝が見えた。
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燕温泉は数軒だけの小さな温泉地だが、瀟洒な宿が多い。
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温泉街の突き当りから、黄金の湯と河原の湯への歩道に分かれる。黄金の湯へは左側の階段を上り、舗装された坂道を上ると、5分ほどで露天風呂に着く。
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白濁した硫黄泉で、男湯と女湯に分けてあり、更衣用の開放の棚もある。湯は熱すぎず、適温で、周囲も綺麗に掃除されていた。先客からは、河原の湯の整備は不十分だったと聞いた。後から、若いパキスタン人夫婦と子供が来て、長時間、会話した。ここは無料だが、最高の露天風呂で満足したので、寸志を置いてきた。
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燕温泉から赤倉温泉に行く道路は不通であったので、関温泉まで戻って、赤倉温泉に向かい、18号線に入った。18号線で野尻湖を越え、信濃町から36号線で、戸隠神社奥社に向かった。戸隠神社は戸隠5社と呼ばれ、奥社に九頭龍社と天手力雄命社、中社、日御子社、宝光社の総称である。実質的な創建は、白山や立山信仰が盛んだった平安時代と思われ、自然崇拝を含む神仏習合である。5時少し前に到着、写真は奥社の鳥居で、奥社入口前の駐車場の料金が6百円と、やたら、高額だった。
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時々、小雨が降る中を、鳥居から奥社殿の約2kmを早足で歩いた。この参道の両側に並ぶ大きな杉の列は、本当に素晴らしい。
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写真は九頭龍社で、木々の隙間から戸隠山の竜の背ビレのような稜線が覗けた。戸隠山は北信濃に多い富士山型の山容と異なり、険しい起伏が長く続く岩尾根がある。これから竜の背を連想し、九頭龍神としたのかも知れない? 九頭龍はヒンズー教の乳海攪拌での大蛇ナーガに由来するとの怪しい説もあるようだが、確かに平安の初期にヒンズーのシバ神が伝えられていたこと、また山中での修行や沐浴の風習が日本の修験者と同じであることから、ナーガ由来説もあながち否定できない。
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写真は現代的な社殿で、祭神は天手力雄命とある。長野市の北方から日本海まで、標高2千mを越える火山が並んでいるが、この地域の堆積岩には海貝が含まれ、かつての海底火山であったと言われている。
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参道の大杉の根は互いに絡み合い、絞め殺すのではなく、時に支えあい、さらに大木になるのだろう。
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写真の戸隠中社は2年前の冬にお参りしたので、一時停車だけで済ませた。中社の鳥居前には、宿坊や美味しい蕎麦屋が多い。
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6日は長野市泊まりで、翌7月7日の朝は何時ものようにオランチェに向かう。9時の開店だが、既に多くの人が集まっていた。今の季節はブルーベリー、プラム、アンズに定番のキノコ類で、贈り物用に送付、アンズは高価だったので買わずに、昼食用はプラムとした。
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下界は曇天だったので、次いで中野市のいきいき館も訪れた。アンズが多少安かったので購入したが非常に酸っぱい。国外の干しアンズとは全く違った。ここでは一房三千円超のシャインマスカット、また珍しい真竹のタケノコも売っていた。ここは人が少ないが、今日の販売品はオランチェより良かった。
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イオンで昼食弁当を購入し、志賀高原に上る。朝は曇っていたが、驚くことに志賀レークホテル前では、ほぼ快晴となった。西館山も東館山も良く見える。平生の行いの悪い私にも、神がほほ笑んだようだ。
ついでながら、子供時代のいじめや、漫才師時代のユダヤ問題発言でオリンピック関係委員から罷免された人があるが、女性問題でオリンピックの重要委員を辞任した人間が名誉最高顧問になったとの噂もある。仮に事実なら、権力者を優遇し、前2者はお払い箱、その下の下層庶民はカスかゴミにすぎないのが日本かな? -
写真は平床大噴泉、下層庶民も熱気を溜めて爆発するかな? 多分、関西の小松左京の小説のように萎んで沈没するのだろう。
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横手山のゲレンデ
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熊の湯方向をのぞむ。梅雨時期とは思えない好天気。
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北アルプス、後立山の白馬三山(白馬岳、爺ヶ岳、白馬槍)。
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渋峠で昼食、その後、日本国道最高地点の標高2172mから、側面から蒸気を吹き出す白根山をのぞむ。
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芳ヶ平湿原、遠方の町が草津温泉、奇跡的な好天。
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蒸気を吹き出す白根山
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草津と万座温泉への曲がりくねった下山路
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白根山の周囲には多数のシェルターがあり、火口は入域禁止で、道路上での停車さえも禁止だった。
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白根山に登れないので、万座高原ホテルに向かう。ここには7つの露天風呂がある。すべて硫黄泉だが、4つの源泉から引いているので、濁り具合や酸性度がそれぞれ異なる。pHは2前後で、硫化水素が飽和していてもpH4程度だから、少し硫酸が含まれているのだろう。
露天風呂への、カメラ持ち込み禁止なので写真はない。ここで、ゆっくり3時間ほどお湯に浸かって、駄弁っていた。 翌、7月8日、悪天の再来。朝にプリンスホテルの露天風呂に入り、ついで万座空噴と万座しぜん情報館を訪れる。ただし万座しぜん情報館を見る価値は小さい。 -
ガスで見通しがきかないので、道路をゆっくり下り、草津温泉の湯畑に向かった。駐車場がないので、饅頭を飼って15分ほど停めさせてもらって、湯畑を一周した。湯畑は素晴らしいが、それで十分だった。
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天気が悪く、標高1000m以上ではガスで視界が悪く、時々小雨。諦めて下道で軽井沢に降りた。翌7月9日も、曇り時々雨、何処にも寄らず、諏訪神社に向かった。
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諏訪神社の創建は、かなり古いと言われている。古事記には、天照大神が地上の国を得るために、建御雷に命じ、国を譲れと大国主を脅迫した、とある。大国主の次男の建御名方は国譲りに反対し、建御雷と戦ったが、負けて諏訪に逃げた。そして諏訪の神になったと言う。古事記に記載がある事実は、天武時代に諏訪が日本の中央部や北東日本への入口として、重要な土地であったことを示唆する。
ただ残念なことは、諏訪湖が既に汚れていたことである。少し汚れた諏訪湖の出口を見てから帰路についた。
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