2021/03/25 - 2021/03/25
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minaMicazeさん
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3月25日に、館林市の「茂林寺」へ、枝垂れ桜を見に行きました。枝垂れ桜は見頃終盤で、散り始めていました。(2021.05.10.記)
近くの茂林寺川の土手では、早咲きの桜は見頃終盤で散り始め、ソメイヨシノは3分咲きくらいでした。
「茂林寺」に関しては、茂林寺のホームページを参考にしました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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群馬県館林市の「茂林寺」に、やってきました。綺麗な青空の日に来たかったのですが、今年はいろんな花の開花が早そうなので、とにかく来られるときに、と思って来てみました。
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曹洞宗のお寺「青龍山茂林寺」は、 応仁2年(1419)から約600年の歴史があり、江戸時代には三代将軍家光から二十三石四斗余の朱印を下賜されています。
写真は応仁2年(1468)に建立された「総門(通称:黒門)」です。 -
そして、「茂林寺」は、「分幅茶釜」の寺として知られています。
開山とされる大林正通が諸国行脚の折、伊香保山麓で守鶴という老僧と出会い、館林へ伴いました。守鶴は、自ら持ち込んだ茶釜を、福を分け与える「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かるとした寺伝があります。これを基に、お伽噺「分幅茶釜」が作られ、広く知られることになりました。 -
守鶴は、熟睡しているときに、うっかり正体(狢、狸の説もある)を現わしてしまい、寺に居られなくなって、飛び去ります。これが寺伝の中の、タヌキとの結びつきです。
写真は、参道の中程にある「山門(通称:赤門)」です。元禄7年(1694)の建立です。 -
山門を通り抜けると、正面に本堂が見え、その右手前に枝垂れ桜が見える(はず)なのですが、左側から木が倒れていて、枝垂れ桜を隠しています。
倒れた木は枯れているようなので、いずれは撤去されると思います。 -
なので、もっと近づかないと枝垂れ桜が見えないのですが、そうすると近すぎて、全体を撮れません。
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本堂の前で撮りましたが、曇ってて背景が白くて、サクラの花が(咲いてるのに)よく見えません。
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枝垂れ桜、咲いてはいますが、すでに散り始めています。
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花は残っていますが、下から見上げても、背景が曇り空なので、映えません。
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イチオシ
枝垂れ桜の向こうに見えるお社は、守鶴和尚を祀った「守鶴堂」です。
守鶴和尚は、歴代の住職に役僧として仕えました。「分幅茶釜」をもたらしたと伝えられ、鎮守大菩薩として祀られています。 -
散り進む枝垂れ桜です。
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枝垂れ桜の下から見た「山門」です。
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イチオシ
曇った日の桜って、白黒写真みたいです。
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散り残った花を見上げてみた、枝垂れ桜です。
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綺麗な花が残っていますが、背景には青空が欲しいですね。
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境内に咲いてた別の花(シラン?)と、タヌキの像です。中央奥は枝垂れ桜です。
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参道に並んだタヌキ像の後ろには、小さなサクラが咲いています。
何年か前までは、ここにソメイヨシノの立派な木が4本くらいあったのですが、カミキリムシに取り憑かれて伐採されました。 -
境内の端に咲いてたスイセンです。
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「茂林寺」の東側、駐車場の近くのサクラの下から見た「茂林寺沼」の方向です。
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その更に東にあるサクラです。ほぼ散り終わっていて、かろうじて数輪が散り残っていました。「茂林寺」の枝垂れ桜が満開の頃に、このサクラも満開になるのですが、今回は、訪れるのが遅すぎたようです。
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さらに東には「茂林寺川」があり、その土手にサクラ並木があります。
写真の右の土手はソメイヨシノで、3分咲きくらいです。左には何種類かのサクラが並んでいますが、ほぼ見頃過ぎでした。
( おしまい )
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