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写真は本郭跡にある腰越城趾の説明案内です。<br /><br /><br />この説明案内によると、腰越城城主の山田伊賀守直定は松山城の上田氏の家老でした。<br /><br />この城は、槻川(つきかわ)が大きく回り込んだところの山の上にあり、三方が川に囲まれていて天然の要害と言えるものであります。そして、西の郭、二の郭、本郭、その他、明示はされていませんが、複数の郭(くるわ)、及び、土塁、堀切(竪堀含む)等を持つ、典型的な戦国期の山城で、さすが、松山城:上田氏の家老の城です。<br /><br />しかも、その多くの遺構が失われずに残っています。<br /><br />ただ、分からないのは、城の構えが小川町側からの攻撃に備えているのに、城主・城兵が平時住んでいた根古屋は反対側の東秩父村側にあるのです。こちらから攻められたら、西の郭があるので、まったく守れないということではないでしょうが、どう守るつもりだったのでしょう。<br />

腰越城趾探訪

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2021/03/11 - 2021/03/11

95位(同エリア254件中)

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自炊おやじさん

写真は本郭跡にある腰越城趾の説明案内です。


この説明案内によると、腰越城城主の山田伊賀守直定は松山城の上田氏の家老でした。

この城は、槻川(つきかわ)が大きく回り込んだところの山の上にあり、三方が川に囲まれていて天然の要害と言えるものであります。そして、西の郭、二の郭、本郭、その他、明示はされていませんが、複数の郭(くるわ)、及び、土塁、堀切(竪堀含む)等を持つ、典型的な戦国期の山城で、さすが、松山城:上田氏の家老の城です。

しかも、その多くの遺構が失われずに残っています。

ただ、分からないのは、城の構えが小川町側からの攻撃に備えているのに、城主・城兵が平時住んでいた根古屋は反対側の東秩父村側にあるのです。こちらから攻められたら、西の郭があるので、まったく守れないということではないでしょうが、どう守るつもりだったのでしょう。

  • 総合福祉センターのパトリアの駐車場に車を止めて、東秩父方面を見ると腰越城趾があると思われる小高い山が見えます。<br /><br />この駐車場に車を止めて出発です。

    総合福祉センターのパトリアの駐車場に車を止めて、東秩父方面を見ると腰越城趾があると思われる小高い山が見えます。

    この駐車場に車を止めて出発です。

  • 小川町から東秩父村の向かう県道脇に腰越城趾の案内があります。この案内は小さく、しかも、城趾に向かう道は細く、まるで民家に入るようにみえます。そのため、この県道を車で通っても気がつきません。

    小川町から東秩父村の向かう県道脇に腰越城趾の案内があります。この案内は小さく、しかも、城趾に向かう道は細く、まるで民家に入るようにみえます。そのため、この県道を車で通っても気がつきません。

  • 民家の先、柵の跡があります。昔は、「腰越城趾入り口」という案内があったと想像します。

    民家の先、柵の跡があります。昔は、「腰越城趾入り口」という案内があったと想像します。

  • 左手に水の流れで削られた跡かもしれませんが、水が流れていない深い沢のある平坦な道があり、気持ちよく歩いていき、ほどなく、分岐が出て来ます。<br /><br />標識はしっかりしています。ここから先は、私の嫌いな階段です。この階段は石や木で、土留めされています。<br /><br />この階段を数えたら、約120段ありました。

    左手に水の流れで削られた跡かもしれませんが、水が流れていない深い沢のある平坦な道があり、気持ちよく歩いていき、ほどなく、分岐が出て来ます。

    標識はしっかりしています。ここから先は、私の嫌いな階段です。この階段は石や木で、土留めされています。

    この階段を数えたら、約120段ありました。

  • 十数分で平らのところにでました。ここから官ノ倉山方面のハイキングコースがあります。この平らなところは説明がありませんけれども、何らかの郭(くるわ)だったと思われます。<br /><br />写真をもっと後ろに下がって撮れば良かった。この写真では広さが分からない。<br />

    十数分で平らのところにでました。ここから官ノ倉山方面のハイキングコースがあります。この平らなところは説明がありませんけれども、何らかの郭(くるわ)だったと思われます。

    写真をもっと後ろに下がって撮れば良かった。この写真では広さが分からない。

  • この不明な郭跡から、本郭に登るところに、どうみても堀切だと思われるくぼみがあります。これが、ここの場所が郭であったと想像するものです。きっと、城から打って出るとき、ここで隊列を整えたのではないでしょうか。<br /><br />または、敵が、ここまで来ると、上から弓矢で狙い撃ちしたことでしょう。すなわち、馬止の役目を果たしたのではないでしょうか。<br />

    この不明な郭跡から、本郭に登るところに、どうみても堀切だと思われるくぼみがあります。これが、ここの場所が郭であったと想像するものです。きっと、城から打って出るとき、ここで隊列を整えたのではないでしょうか。

    または、敵が、ここまで来ると、上から弓矢で狙い撃ちしたことでしょう。すなわち、馬止の役目を果たしたのではないでしょうか。

  • 現在地の案内です。この案内図をみても、何らかの郭ということが想像できます。この先、何カ所か現在地を記した配置図があり、どこにいるかが分かって、ありがたいです。

    現在地の案内です。この案内図をみても、何らかの郭ということが想像できます。この先、何カ所か現在地を記した配置図があり、どこにいるかが分かって、ありがたいです。

  • この郭と思われるところから、また、階段の登りです。まだ、こうも階段が続くと思うと嫌になってしまいます。しかし、急な階段登りは、ここまでです。ここを登り切ると、左右に道が分かれますが、右に行くと戻りますので、左に行きます。<br /><br />この先、正規の周回ルートは、木が朽ちているので通行止めです。それで、同じ道を往復することになります<br />

    この郭と思われるところから、また、階段の登りです。まだ、こうも階段が続くと思うと嫌になってしまいます。しかし、急な階段登りは、ここまでです。ここを登り切ると、左右に道が分かれますが、右に行くと戻りますので、左に行きます。

    この先、正規の周回ルートは、木が朽ちているので通行止めです。それで、同じ道を往復することになります

  • 写真は振り返ったところです。<br /><br />ほどなく、堅堀跡があります。<br /><br />ここから先は城趾らしく、各郭跡や堀(堅堀)が続きます。また、この先、下は民家(民有地)なので、進まないでくださいとの案内が複数あります。この案内がないと、そこが道のように見えて迷い込みそうになります。<br />

    写真は振り返ったところです。

    ほどなく、堅堀跡があります。

    ここから先は城趾らしく、各郭跡や堀(堅堀)が続きます。また、この先、下は民家(民有地)なので、進まないでくださいとの案内が複数あります。この案内がないと、そこが道のように見えて迷い込みそうになります。

  • 横堀と土塁です。道は、堀の中を歩きます。

    横堀と土塁です。道は、堀の中を歩きます。

  • 土塁の上には、土塁を守るためなのか、それとも城全体を守るためなのか、かわいい石祠(せきし)がありました。

    土塁の上には、土塁を守るためなのか、それとも城全体を守るためなのか、かわいい石祠(せきし)がありました。

  • ほどなく、広い郭跡にでます。囮小口(おとりこぐち)だそうです。囮小口に続く堅堀を乗り越えると小口になります。

    ほどなく、広い郭跡にでます。囮小口(おとりこぐち)だそうです。囮小口に続く堅堀を乗り越えると小口になります。

  • 手前が小口です。囮小口より狭く、ここが小口とは思わず通り過ぎて、再度、確認のために来ました。

    手前が小口です。囮小口より狭く、ここが小口とは思わず通り過ぎて、再度、確認のために来ました。

  • 小口の先、う回路と表示してあったので、まっすぐ進むと道がなくなりました。<br /><br />この城趾の案内で、う回路と表示してあるのは、現実には、「その方面をすすめ!!」です。そのうち道が整備されれば、本当に、う回路となるでしょう。

    小口の先、う回路と表示してあったので、まっすぐ進むと道がなくなりました。

    この城趾の案内で、う回路と表示してあるのは、現実には、「その方面をすすめ!!」です。そのうち道が整備されれば、本当に、う回路となるでしょう。

  • う回路の案内を登り切ると、西の郭になります。囮小口と同じくらいの広さです。<br /><br />この先、道が続いているので進んでみます。すると、山歩きしている人なら道と分かりますが、普通の人では道が分からなくなるほど、ハッキリとしなくなりました。<br /><br />しかも、道は二叉にわかれています。たぶん、里に続いているのでしょう。そうすると、また、登り返さなくてはいけません。それで引き返します。<br /><br />なお、囮小口 → 小口 → 西の郭 → 囮小口 と周遊します。<br />

    う回路の案内を登り切ると、西の郭になります。囮小口と同じくらいの広さです。

    この先、道が続いているので進んでみます。すると、山歩きしている人なら道と分かりますが、普通の人では道が分からなくなるほど、ハッキリとしなくなりました。

    しかも、道は二叉にわかれています。たぶん、里に続いているのでしょう。そうすると、また、登り返さなくてはいけません。それで引き返します。

    なお、囮小口 → 小口 → 西の郭 → 囮小口 と周遊します。

  • 写真は二の郭です。<br /><br />囮小口と小口の間に、二の郭・本郭に行く道があり、分かれ道を上がると、二の郭になります。写真奥から登ってきます。(振り返った写真です)<br />

    写真は二の郭です。

    囮小口と小口の間に、二の郭・本郭に行く道があり、分かれ道を上がると、二の郭になります。写真奥から登ってきます。(振り返った写真です)

  • 二の郭を上がると、案内図上には名前のない小さな郭です。ここではツツジを保護しています。<br /><br />

    二の郭を上がると、案内図上には名前のない小さな郭です。ここではツツジを保護しています。

  • ようやく、本郭に到着です。本郭なので広いです。<br /><br />新旧の案内板があります。古くて文字が読みづらい案内板は取り去れば良いと思います。

    ようやく、本郭に到着です。本郭なので広いです。

    新旧の案内板があります。古くて文字が読みづらい案内板は取り去れば良いと思います。

  • 本郭から小川町方面を望む。

    本郭から小川町方面を望む。

  • 本郭から東秩父村方面を望む<br /><br />帰りは、本郭に上ってきた道を戻って、パトリアに留めている車に着きました。<br /><br />

    本郭から東秩父村方面を望む

    帰りは、本郭に上ってきた道を戻って、パトリアに留めている車に着きました。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • 黒田(温泉)さん 2021/03/17 16:08:27
    素晴らしい!
    自炊おやじ様

    「腰越城趾探訪」を拝読しました。
    詳細を、よく調べて素晴らしいレポートになっておりますね!
    とても勉強になりました。
    ありがとうございました。

    ※「囮」---- の文字気読めなかったです。
    当初「文字化けの記号」なのかと思いましたが、ネットで、大きな文字の「教科書体の文字表記」の文字を見て、「おとり」だった、思い出しました。
    1か所「ルビ」を振って頂くか、「カッコ書き」して頂くと助かります!

    自炊おやじさん からの返信 2021/03/17 18:43:58
    Re: 素晴らしい!
    コメントをありがとうございます。

    囮小口に、早速、振り仮名を振りました。

    実は、最近、物忘れが激しくなり、纏めていたら、不明なところが出て来ました。それで確認のために、再度、訪れて、このレポートを完成しました。

    黒田(温泉)

    黒田(温泉)さん からの返信 2021/03/17 20:43:49
    Re: 素晴らしい!
    自炊おやじ様

    今晩は。
    ブログやホームページは、いったんアップしてから、見直しが重要ですね!
    「囮小口」のフリガナ、さっそくノ対応、ありがとうございました。
    只今拝見いたしました。

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