2017/04/05 - 2017/04/05
6位(同エリア37件中)
旅四郎さん
キューバに来て初めての夜行バスで移動。多少の不安はあったが、何とかサンチャゴ・デ・クーバに着けた。
4月5日(水)カマグエイのバスステーションを真夜中に出発してサンチャゴ・デ・クーバに向かう。
6日(木)早朝サンチャゴ・デ・クーバに到着。宿にチェックインして朝食後に市内散策。7月26日モンカダ兵営博物館を見学、アベル・サンタマリア公園からマルテ広場、ホセ・アントニオ・サコ通りを通ってセスペデス広場に向かう。途中でバカルディ博物館を見学。セスペデス広場ではキューバ歴史博物館を見学。北のペラレホにあるラム酒博物館を見学してから昼食。高台になっているチボリ地区に行ってルチャ・クランデスティナ博物館を見学し、カストロの家とパドレ・ピコを見てから宿に戻って休憩。旧市街に行って夕食。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4月5日(水)カマグエイのバスターミナルを真夜中の午前1時10分に出発。あまり眠れない中、バスの窓から外を見ると遠くの山から太陽が昇ってきた。サンチャゴ・デ・クーバはもうすぐだ。
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写真はサンチャゴ・デ・クーバのバスターミナル。ここに午前7時23分に到着。バスターミナルを出て、歩いて予約した宿に向かう。
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宿へ行く途中で満開の桜のような木を見かけた。後で調べるとフランボワイヤンという植物で、日本では火炎樹と呼ばれている。名前の通り燃え上がるように花が咲き誇っていた。
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バスターミナルから東に歩いて30分ほどで、ホステル・カサ・コンフォートに到着、すぐにチェックイン。
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部屋に荷物を置いて、2階の緑豊かなテラスでコンチネンタルブレックファーストの朝食。朝食が済んだら市内散策に出かける。
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まず、最初にモンカダ兵営に行った。ここは1952年のクーデターによって政権についたバティスタの兵営だった。1953年7月26日にカストロ率いる革命軍がモンカダ兵営を襲撃した。襲撃は失敗に終わったが、キューバ革命の始まった歴史的な場所である。
7月26日モンガタヘ兵営博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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現在は7月26日モンカダ兵営博物館になっている。博物館の入口になっている第3ゲートに現在も弾痕が残っている。
7月26日モンガタヘ兵営博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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この兵営は1854年に刑務所として建てられたもので、19世紀の終わりには、そこに駐屯する軍人、200人の囚人、およびその保守に必要な従業員が収容されていた。
7月26日モンガタヘ兵営博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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モンカダ兵営襲撃に至る経緯や殺害されたメンバーの写真、反バティスタ政権の組織である7月26日運動のユニホームや武器が展示されている。1960年には2000人の生徒を収容できる小学校になった。
7月26日モンガタヘ兵営博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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モンカダ兵営から少し歩くとアベル・サンタマリア歴史公園に出る。以前はサトゥルニーノ・ロラ市民病院があった場所で、現在は博物館、図書館、記念碑がつくられている。写真は記念碑として造られた立方体の噴水でアベル・サンタマリアが描かれている。他の面にはホセ・マルティ、正義を象徴する6本の銃剣、孤独な星と国歌の一節が描かれた4つの面で構成されている。
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マルテ広場は19世紀のスペインからの解放のために戦った最後の地域で、キューバの解放軍に奉献されたもの。高さ約20mの荘厳な柱の上にはフランスの革命家が着用したフリジアの帽子で飾られている。
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旧市街を貫く長い歩行者天国の遊歩道があるホセ・アントニオ・サコ通り。コロニアルな建物のレストランやショップが道の両側に立ち並ぶ。通りの名前になっているホセ・アントニオ・サコは19世紀の最も著名なキューバ人の一人で、奴隷制とキューバの米国への併合に反対し、キューバの政治改革を提唱した人物。
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ホセ・アントニオ・サコ通りを少し歩くと、写真の緑の建物が見えてくる。トマス・ロメイ自然科学博物館で、館内に入ると展示の入れ替えをしているのか、がらんとしていてワニの剥製が置いてあるぐらいで他に目立ったものはなかった。もちろん無料だったが、見る物が無いのですぐに出た。
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ドローレス広場では1776年までは農産物が販売される市場だった。緑豊かな公園の中央の噴水には写真の1868年の戦争で戦った有名な愛国者フランシスコ・ビセンテ・アギレラの記念碑が建てられている。ドローレスはスペイン語で「悲しみ」を意味する言葉で、近くに悲しみの聖母教会がある。
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写真は州政府宮殿だが、折衷様式の建物で1926年に発足した。ファサードはコリント式の柱をベースにした古典的な構成。
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州政府宮殿の前に、溝付きのコリント式の柱が印象的なバカルディ博物館がある。1899年に当時の市長エミリオ・バカルディの主導で設立された。バカルディはラム酒の有名ブランドで、ラム酒工場を営んでいたバカルディの創業一族が住んでいたネオクラシカルな邸宅。
バカルディ博物館 史跡・遺跡
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2階は芸術の展示で、19世紀から20世紀初頭のスペインのルネッサンス、バロック、ネオクラシックの作品が展示されている。キューバを代表するウイルフレッド・ラムとルネ・ポルトカレロの作品も展示されている。
バカルディ博物館 史跡・遺跡
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3階は考古学に関する展示。カリブ海地域の文化に関するもので、装飾品、偶像、変形した頭蓋骨、狩猟や漁撈、儀式用の道具などが展示されている。
バカルディ博物館 史跡・遺跡
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1階は歴史の展示で、コロンブス以前の先住民の文化や文物、奴隷貿易の時に使われた武器や残忍な道具が展示されている。聖戦士からマンビ(スペインと戦ったキューバのゲリラ独立兵士)に変身したサンティアゴ・アポストルの像も展示されている。
バカルディ博物館 史跡・遺跡
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1階には19世紀のスペインからの独立の際に活躍したホセ・マルティやカルロス・マヌエル・デ・セスペデス、アントニオ・マセオなどのキューバの国民的英雄たちに関する展示が興味深い。
バカルディ博物館 史跡・遺跡
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少し歩くとセスペデス広場がある。1868年にキューバ独立のために戦った英雄カルロス・マヌエル・デ・セスペデスの名を冠した旧市街の中心となる広場。広場の中央にはセスペデスのブロンズ彫刻の胸像がある。
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広場の北側に市庁舎があり、1959年の革命直後にフィデル・カストロ前議長がこの建物のテラスで勝利演説を行った。当時を知るキューバ国民にとって忘れがたい場所だ。
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広場の南にはカテドラルがある。1526年に最初の教会が建てられ、海賊の略奪やハリケーン、地震による被害で何度も再建された。現在のカテドラルは1922年に建てられ、2015年に修復が終わった。ファサードは2つの新古典様式の塔が両側に配置され、中央に翼を広げた大天使を見ることができる。この日は残念ながら閉まっていて中に入ることができなかった。
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広場の西側には赤瓦の屋根と木造のテラスが印象的なベラスケスの家がある。建物の表面は細かく磨かれた石積みのアシュラーの壁が特徴的。現在はキューバ歴史博物館として使われている。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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サンチャゴ・デ・クーバは1515年にスペイン人のディエゴ・ベラスケスによって建設された。館内に入ると、1階には写真の金の鋳造に使われた製錬炉の跡が残されている。ここで加工された金は延べ棒にして本国スペインに送られた。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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アンダルシア様式のこの家はキューバで最も古い建物といわれている。1階は商業用の施設になっていて貿易センターとして機能していた。床はイタリアン大理石で覆われている。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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中庭は後に追加されたもので古い井戸がある。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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2階に上がると、ダークウッドのバルコニーにはセロソというアンダルシア風の木製装飾が施された格子細工の窓があり、キューバの強烈な太陽の光を遮る役割をしている。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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2階はキューバの征服者で、初代知事だったベラスケスが9年間住んだ。写真はリビングルームで、天井はボートの形をした船底天井になっている。杉の天井には装飾的な彫刻が施され、アンダルシア様式の建築の影響が顕著に見られる。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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リビングルームには植民地時代に使っていた家具や調度品とともに、写真の外敵防御のために据えられた家庭用の大砲が目を惹く。2階の各部屋にはフランスの磁器、スペインの陶器、ムーア風の装飾品などが飾られている。改修工事の後、1970年に博物館としてオープンした。
ベラスケスの家(キューバ歴史博物館) 建造物
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ラム酒博物館の入口にはラム酒の蒸留器が置かれている。折衷様式と新古典様式の混在した2階建ての建物で、広い廊下と美しい庭園がある。
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博物館の建物には2人の有名なキューバ人が住んでいた。1人は1889年に知事であったキンデラン・ムゾで、自分の住居として建設した。その後、元バカルディ飲料・酒類会社の財務担当者であるマリアーノ・ゴメスが住んでいた。6つの部屋があり、さまざまなコレクションが保管されている。
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第1室はサトウキビから砂糖の製造、第2室はラム酒の製造、第3室はラムボトルのコレクション、第4室は中庭に工場の機械や古樽が展示され、第5室は瓶詰めのプロセス、第6室はサンティアゴ・デ・クーバのラム産業の歴史、工場モデルと現在までの業界の発展を紹介している。
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キューバ革命後、バカルディはプエルトリコに亡命し、ここにラム酒の技術を移した。キューバではラム酒の名前がハバナ・クラブに変えられた。写真は博物館内にあるハバナ・クラブのボトルで作ったオブジェ。
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ドローレス広場のそばにあるドン・アントニオで昼食。
ドン・アントニオ 地元の料理
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サンドイッチとキューバ産ビールのクルスタルを注文。料金はcuc5.10で1cuc=110円で換算すると約560円。
ドン・アントニオ 地元の料理
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チボリ地区に行ってルチャ・クランデスティナ博物館を見学。1956年にグラマン号でカストロやゲバラ、7月26日運動のメンバーがキューバに上陸した。政府の目をそらすために待機していた革命兵士たちが警察署を襲撃した。
ルチャ クランデスティナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館は2つのフロアで構成され、4つの常設展示室がある。革命に関する資料とその中でサンティアゴ・デ・クーバの役割を紹介している。フランク・パイスとセリア・サンチェスが革命的闘争において果たした役割や7月26日運動のメンバーが使用した文書、写真、衣服、所持品などが展示されている。
ルチャ クランデスティナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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建物はもともと19世紀初頭にプレバロック様式で建てられ、さまざまな家族が住んでいたが、1940年代に中等教育機関として使用された。1950年代に警察署として建てられたが、襲撃によって木造部分は焼失した。残った石積みの壁を使って建てられた建物が博物館になった。写真は博物館の美しいパティオだが、政治文化的活動に使われる。
ルチャ クランデスティナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館は高台にあるので、2階に上がるとバルコニーからは港や市街の素晴らしい景色が見渡せる。
ルチャ クランデスティナ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルチャ・クランデスティナ博物館の前には、少年時代の1931~33年の間にカストロが住んだ家が残されている。一般公開されていないので、中には入ることができない。
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ルチャ・クランデスティナ博物館から東に少し歩くと、コロニアルな家々に囲まれたパドレ・ピコ階段がある。チボリの丘へと続いており、高台になっていることが実感できる。この階段は1899年に造られ、全部で52段あり、4段13ブロックと12の踊り場の組み合わせになっている。
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散策を終えて宿に戻る。少し休憩してから旧市街へ向かう。ドローレス広場の近くにあるラス・エンラマドスのテラス席で夕食。
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豚肉のグリルとキューバ産ビールのクリスタルを注文。料金はcuc5.50。
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