2020/11/20 - 2020/11/20
234位(同エリア672件中)
杏仁豆腐さん
秋も深まりました。
久しぶりに柴又を訪れました。
この日は、気温が23度くらいあり、曇り空ながらとても暖かくなりました。
人が少ない柴又。山本亭と帝釈天をゆっくりと散策することができました。
山本亭では、書院造の庭園を眺めながら、抹茶とお菓子をいただきました。
帝釈天で、彫刻ギャラリーを見学しました。
帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名です。
数々の装飾彫刻に圧倒されました。
晩秋の柴又②☆帝釈天 題経寺 邃渓園☆川千家☆2020/11/20
https://4travel.jp/travelogue/11662240
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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柴又公園駐車広場に車を駐車。
江戸川河川敷にあります。500円。
ガラガラでした。 -
土手を下ると山本亭です。
長屋門が見えます。 -
武家屋敷に見られる伝統的な造りです。
洋風の意匠を取り込んだ和洋折衷。 -
六角形のタイルが敷かれた床やステンドグラスの窓など、洋風の装飾が素敵です。
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長屋門
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旧玄関です。
山本亭が住居として使用されていた当時、客人は長屋門からこの玄関を抜け、右手奥の鳳凰の間へ案内されていたということです。 -
山本亭は、地元ゆかりのカメラ部品工場の創立者・山本栄之助翁の元自宅です。大正15年から昭和5年の間に増改築を重ねて現在の姿となった山本亭。昭和63年に葛飾区が取得し、平成3年に一般公開。米国の日本庭園専門雑誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」で毎年上位(2017年は3位)。
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鳳凰の間の窓。
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もともとこの土地は庄屋の鈴木家の土地で、1923年(大正12年)の関東大震災まで鈴木家はこの場所で瓦工場を営んでいました。現在の「山本亭」を構えた山本栄之助は、浅草でカメラの部品を製造する合資会社山本工場の経営者で、住居も浅草小島町(現在の台東区小島付近)にありましたが、関東大震災で浅草が被害を受けたため、柴又に移転しました。その際に鈴木家の瓦工場跡を取得し、移転しました。
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柿が生っています。秋らしい風景。
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見事な菊の花。
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防空壕
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秋の景色。
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この辺りだけでも、秋を十分に感じることができます。
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山本亭に入ります。
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入園料は、100円です!
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お洒落な照明です。
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苔玉
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暖かな秋の日
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日々是好日
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伝統行事の披露会や、琴の演奏会などが開催されたりします。
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贅沢な装飾です。
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廊下側から見ると。
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土蔵です。
山本亭内で最も古くに建てられた建造物とされています。二階建ての構造になっており、土を厚く塗って柱が外側に見えないようにした大壁造りの外壁が特徴です。 -
昔の電話
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花菖蒲
福田千惠作 -
旧玄関です。
山本亭が住居として使用されていた当時、客人は長屋門からこの玄関を抜け、右手奥の鳳凰の間へ案内されていたようです。黒玉石が敷き詰められた間口一間、奥行一間半のゆとりある玄関です。 -
鳳凰の間です。
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寄木を用いたモザイク模様の床、白漆喰仕上げの天井、ステンドグラスの窓が用いられた、山本亭唯一の洋間です。
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居宅です。
庭園に向かう見晴らしのよい、心安らぐ空間となっています。 -
ガラス戸やガラス欄間を多用することで開放感のある構造になっています。
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書院造の庭園は、山本亭の大きな魅力です。縁先に池を配し、背景には広がる常緑樹がきれいです。
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庭園を眺めながら、抹茶とお菓子をいただきました。
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風で揺れる木々。舞い落ちる木の葉。
いい風情です。 -
池の最も遠いエリアにあたる入江奥に滝が設けることで、庭園の奥行きの深さを演出しているそうです。
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コケ類保護のため、庭園の散策はできません。
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三つの柱時計は、友好都市である北京・ウィーン、柴又の現在の時刻を表しています。
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山本亭を出ました。
茶室があります。 -
山本亭から帝釈天に来ました。
二天門です。
明治29年、江戸期建築の最後の名匠と言われた、坂田留吉棟梁によって造りあげられた、総欅造りの豪壮な門です。
帝釈天の配下の四天王のうち、南方守護の増長天、西方守護の広目天を安置してあります。 -
二天門は、入母屋造瓦葺の楼門です。柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施しています。
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東京造園業組合創立60周年記念 草木供養之碑
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三つの柱時計は、友好都市である北京・ウィーン、柴又の現在の時刻を表しています。
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山本亭を出ました。
茶室があります。 -
山本亭から帝釈天に来ました。
二天門です。
明治29年、江戸期建築の最後の名匠と言われた、坂田留吉棟梁によって造りあげられた、総欅造りの豪壮な門です。
帝釈天の配下の四天王のうち、南方守護の増長天、西方守護の広目天を安置してあります。 -
二天門は、入母屋造瓦葺の楼門です。柱上の貫などには浮き彫りの装飾彫刻を施しています。
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二天門の脇にある、東京造園業組合創立60周年記念 草木供養之碑
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人類は平和で緑豊かな環境で暮らしたいものです。社会に見られる都市開発が日々と進み快適さ、利便性を求め、実益を優先して様々な建設工事が激増して居ります。此の事は其れなりに意義あるもので御座居ますが、其の都度多くの草木が失われ、やがて地球温暖化に繋がってしまいます。自然環境は守りたいものです。土の恵みを伝え、植樹する時も自分の心に木を植える事と思い、草木を愛し、現在ある緑の保全と、小さな緑を広げ緑に覆われた地球を創り出したいものです。祖の様な事を念頭において、建設事業に携わる東京造園業組合員一同は、草木に思いを起こし、感謝をこめて、心よりの草木供養之碑建立を決意致しました。なお僭越ですが、社会の皆々様にお呼びかけをして、御一緒に手を取り合って草木の大切さを語り合える場所にもしたいと思います。幸いにも東京都知事石原慎太郎様より題字の揮毫を戴き、その上柴又帝釈天題経寺住職望月日翔様、望月洋靖様の御厚情により、多年念願であった、緑を大切にするための草木供養之碑建立を達成する事が出来ました。
平成16年(2004)6月18日 東京造園業組合 -
大鐘楼
昭和30年、名匠、林亥助棟梁によって完成された総欅の大鐘楼です。高さ約15m、四手先の豪壮な桝組と木彫を施し、関東一の鐘楼と言われています。 -
手水舎
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瑞龍のマツ
「帝釈天」の名で知られる経栄山題経寺。その参道から二天門をくぐって境内に入ると正面に帝釈堂が建っており、その帝釈堂の手前、向かって左に生えているのが瑞龍のマツです。
幹は上方にまっすぐ伸び、大枝は北、南、西の三方に長く伸びています。そのうち西の枝は石畳に沿うように伸び、南北の枝は帝釈堂を守護するかのように庇の前に伸びています。その生き生きとした姿は、頭を空に向け、尾を西に伸ばして天に昇る「龍」のようです。
縁起によると、題経寺は寛永6年(1629)創建で、開基の日榮上人が柴又に寄った際、見事な枝ぶりのマツと、その下に霊泉が湧いているのを見つけ、この地に庵を設けたことがその始まりとされています。この時に日榮上人が見た木が、瑞龍のマツとされています。
瑞龍のマツは、帝釈堂正面と一体となって景観をなしており、また帝釈天題経寺の創建の由来を伝える銘木、巨木として重要です。 -
帝釈堂です。
内殿は大正4年(1915年)、拝殿は昭和4年(1929年)の完成です。内殿には帝釈天の板本尊を安置し、左右に四天王のうちの持国天と多聞天(毘沙門天)を安置します。 -
この日の帝釈天は、七五三のお参りの家族が一組。
訪れる人も少なく、静かでした。 -
彫刻ギャラリー・邃渓園の拝観に向かいます。
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回廊を渡り、彫刻ギャラリーへ。
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帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻で覆われており、中でも胴羽目板の法華経説話の浮き彫り10面が著名です。これは法華経に説かれる代表的な説話10話を選び視覚化したもので、大正11年(1922年)から昭和9年(1934年)にかけて、加藤寅之助ら10人の彫刻師が1面ずつ分担制作しました。
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1 塔供養図 序品
彫刻 金子光清 -
2 三車火宅の図 譬喩(比喩)品
彫刻 木嶋江運 -
3 一雨等潤の図 薬草喩品
彫刻 石川信光 -
羽目板の上方には十二支と天人、下方には千羽鶴が表されています。
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彫刻を保護するため、内殿は建物ごとガラスの壁で覆われています。
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4 法師修行の図 普賢菩薩勧発品
彫刻 横山光一 -
5 多宝塔出現の図 見宝塔品
彫刻 石川銀次朗 -
6 千載給仕の図 提婆達多品
彫刻 加府藤正一 -
7 竜女成仏の図 提婆達多品
彫刻 山本一芳 -
あまりにも細かい細工がなされた作品の数々。ただただ感心するのみです。
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8 病即消滅の図 薬王菩薩本事品
彫刻 今関光次 -
9 常不軽菩薩受難の図 及び 法華経功徳の図
彫刻 小林直光 -
10 法師守護の図
彫刻 加藤寅之助 -
欅材の木彫は美術の頂点を極めていました。
彫刻ギャラリーからの景色もきれいです。 -
帝釈堂の木彫について
帝釈堂の内外には、数多くの木彫がほどこされているが、特に帝釈堂内陣の外にある十枚の胴羽目彫刻は、仏教経典の中でも最も有名な「法華経」の説話を選び出して彫刻したものである。この法華経説話彫刻は、当山題十六世観明院日済上人の発願になるもので、篤信者鈴木源次郎の丹識協力を得て、大正末期より昭和九年に至る十数年の歳月費やして完成したものである。因みに大正十一年、まず加藤虎之助師が「法師守護の国」を完成したが、師の発案によって残りの九枚を東京在住の名人彫刻師に以来することが決まり、大きな欅の彫刻材が各師のもとに運びこまれた。しかるに大正十二年、折からの関東大震災に遭って彫刻材を焼失したのである。そこで改めて欅の原材を全国に求め、昭和初年ようやく巨大な欅材を得て、本格的な木彫工事が始められたのである。。従って、得難い彫刻材と言い、木彫技術についても希有のもので文化的価値の極めて高いものである。
法華経説話彫刻を中心に胴の最上段には「十二支の国」その下に「天人国」「説話彫刻図」「千羽鶴図」階下には「花鳥図」最下段には「亀図」が彫刻されている。作者は複数の彫刻師によって刻まれたが、ことに、「千羽鶴図」「花鳥図」「亀図」等は、千葉県鴨川出身の名人高石仙蔵師の彫りに成るものである。
従来、木彫は、風雨塵埃にされされ、金網等があり鑑賞しにくかったので、この度、堂周りに、新たに廻廊をめぐらし、総ガラス張りの「彫刻ギャラリー」を完成したのである。願わくは参詣各位において充分に鑑賞されることを望むものである。
帝釈天題経寺大十八世 望 月 日 翔 -
彫刻ギャラリー1階に下りました。
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数々の彫刻、お見事です。
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