2020/08/12 - 2020/08/12
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ハンクさん
コロナ非常事態宣言が解除された週末、久しぶりに伊豆半島を散策した。川端康成ファンとしては遅きに失したとも言えるが、時折強い雨が降る中、青春18切符を活用して彼の歩いた道を辿ることにした。三島から修善寺を経由、まずは伊豆を代表する観光名所である浄蓮の滝を訪れた。「伊豆の踊子」には登場しないが、深い樹木が生い茂る中にある玄武岩の崖にできた高さ25m、幅7mの見事な滝である。この日は梅雨のさなか、雨水を集めて普段の3倍ほどの水量が流れ落ちていた(茶店の店主より)。滝壺の下流には天城国際鱒釣場があり、渓流沿いには天城名物のわさび田が続いている。日本の滝100選のひとつ。かつて滝の付近に「浄蓮寺」という寺院があったことから「浄蓮の滝」という名称がついたという。滝への階段の近くに踊子らの像が立つ。
雨の中、続いて道の駅「天城越え」に立ち寄った。自然公園「昭和の森」の中に天城の植物や動物といった自然をパネル・ビデオで紹介する「森の情報館」、「伊豆半島ジオパーク天城ビジターセンター」とともに「伊豆近代文学博物館」が併設されている。入場料は300円、井上靖と川端康成の他、伊豆を舞台にした百人を超える文学者が紹介されている。建物の外には移築された井上靖旧邸を見ることができる。しかし、何といっても主役は「伊豆の踊子」を著した川端康成だ。書作や自筆の原稿、映画「伊豆の踊子」の写真などが展示されている。
数日後の快晴の日、先回に引き続き湯ヶ野から河津を経て下田に出掛けることにした。まず伊豆急鉄道で河津まで行きバスで湯ヶ野で下車、以前から訪れたかった福田屋、川端康成がしばしば滞在した温泉宿を訪れた。河津温泉郷湯ヶ野温泉の福田家は明治12年(1879年)創業の老舗、昔ながらの風情のままに営業を続けている。川端康成は一高の学生だった19歳の時にはじめてここを訪れ、その体験をもとに「伊豆の踊子」を執筆し、日本初のノーベル文学賞を受賞するきっかけとなった。通常であれば宿泊しなくても日帰りで入浴することが可能だが、コロナ禍の中それはかなわなかった。しかしこの宿には川端康成の書作や自筆の原稿、また映画化された時の記念写真などさながら博物館のようになっている。また彼が滞在した部屋も当時のまま使われている。
物語の終着点は下田、伊豆急下田駅から下田港まで約30分、街並みを眺めながらのんびり歩いた。日差しの強い暑い日だったが、海風のおかげで耐えられないほどではなかった。下田港には1854年に来航したペリーの記念碑が立つが、川端康成の文学とは無縁だ。ここで作者は踊子一行と別れを告げ、汽船に乗って東京に戻る。その後はどうなったのであろうか?読者がどのように想像しようと自由である。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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浄蓮の滝の入り口
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踊子の顔は幼い
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浄蓮の滝に降りる階段
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水量を増した浄蓮の滝
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浄蓮の滝の全景
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滝の下流に沿うわさび畑
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鮎の塩焼き、1本450円
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イノシシの剥製
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川端康成が歩いた旧道
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アジサイが満開
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伊豆近代文学博物館の展示
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伊豆の踊子を演じた吉永小百合と内藤洋子
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踊子を演じた鰐淵晴子と山口百恵
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館内の展示
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井上靖の旧宅
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井上靖の旧宅
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井上靖の旧宅
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川端康成の記念碑
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川端康成が歩いた旧道
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河津駅前の踊子像
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福田屋に続く橋
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福田屋の入り口
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福田屋の踊子像
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福田屋のフロント
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川端康成が滞在した部屋
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福田屋の内部
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福田屋の内部
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福田屋の展示
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川端康成の書作
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下田港の風景
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下田富士
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下田港に入る漁船
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ペリー艦隊来航記念碑
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開港時の下田港
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