2018/06/06 - 2018/06/06
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frau.himmelさん
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レーゲンスブルク2日目。
今日は夜までにミュンヘンに到着すればいいので、ゆっくりレーゲンスブルク観光をいたします。
今回私たちは、お二人のレーゲンスブルク在住の方とお知り合いになりました。
お一人は、自らをレーゲンスブルク住民と言うだけでなく、「レーゲンスブルク人」と自負してやまない老紳士。言葉のはしばしにレーゲンスブルクへの愛が溢れています。
もうお一人は観光ガイドをしていらっしゃるという女性。カフェで突然、私たちに向かって「イチ、ニー、サン、シー」と日本語で数を数え始めたのには驚きました。とてもユニークな女性でした。
お二人に共通するところは、お二人とも何度か来日したことがあり、日本が大好きだと言ってらっしゃったこと。うれしいですねぇ~。
そう言う方が住んでいらっしゃるというだけで、私たちもレーゲンスブルクが大好きになりました。
そして、今回はさながら三面記事の追っかけをいたしました。
1人目は、ど派手でスキャンダラスな大金持ちの女性の話、もうお一人は神聖ローマ皇帝のイケメン御落胤のお話。
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レーゲンスブルクホテル、ペータース・トアでの朝食。
私たちの貧乏旅行には珍しく朝からシャンパン付きのホテル。
いつもならもっとグラスにたっぷりいただくのに、まだ食欲がない私はほんの少しだけ。
写真がぼけています。 -
朝食を終え、中庭に面した部屋に戻ったら、大勢の観光客がガイドさんの説明を聞いていた。
ここはどうもガイドツアーのコースになっている様子。
なんとなく南欧風で素敵ですものね。
その中を、「すみませ~ん、ここ私の部屋です~」って入っていくのが恥ずかしかった。 -
観光客が去った後。
この004号室が私の部屋、隣の005室はI女史の部屋。 -
観光客が出ていった方向ってどうなっているのだろう?。
何と、私たちのホテル「ペータース・トア」の入り口になっています。 -
ホテルのお隣はレーゲンスブルクの女子職業訓練校のようです。
歴史的な入口をさっきから若い女性が何人も入っていきます。 -
チェックアウトをしてホテルに荷物を預かっていただいて、昨日に引き続きレーゲンスブルク観光を始めます。
昨日行けなかったレーゲンスブルク大聖堂をまず最初に訪れます。 -
帝国自由都市でよく見かける八角形の鷲の噴水。
レーゲンスブルクは13世紀半ばに皇帝より「帝国自由都市」としての権利を与えられています。
帝国自由都市とは、皇帝直属と認められ、地方領主や司教の支配下に置かれることなく、住民たちによって自治が行われた都市。 -
レーゲンスブルク大聖堂(?部分)。
自分の写真のセンスのなさを呪います。どうして最も重要な塔の部分は写さなかったのか!?
1275年に着工したゴシック様式の美しい大聖堂、最後に2つの塔が完成したのは1869年のこと、なんと600年の年月を要しました。
塔の高さはドイツではケルン大聖堂に次ぐ大きさとか。
またこの大聖堂のことをレーゲンスブルクの守護聖人、聖ペトロにちなんで聖ペテロ大聖堂とも呼ばれます。 -
中に入ります。
広い内部。石の列柱にヴォールトの天井。
十字架のキリストに、跪いて祈りを捧げているのは枢機卿フィリップ・ヴィルヘルムの像。 -
内陣に進みましょう。
金色の主祭壇に美しいステンドグラス。 -
黄金に輝く主祭壇は、中央に磔刑のキリスト像、左には聖母マリア、キリストの右にはヨセフ。
マリアの隣(左端)は聖ペテロ。ヨセフの隣は?わかりません。 -
特筆すべきは、このステンドグラス。
レーゲンスブルクは戦災に遭っていないので、ほとんど中世に造られたオリジナルのものが残っているのだそう。いくつかは19世紀に造られたものもあるそうですが。
聖書の物語が書かれています。 -
主祭壇前には木彫り植物模様のテーブルが。
そこに彫られているのはレーゲンスブルクの守護聖人聖ペテロ。
手には鍵と魚を持っています。
ペテロは漁師でした。そしてイエス・キリストから天国の鍵を授けられます。
レーゲンスブルクの紋章もペテロが持っている鍵ですね。 -
ここにも聖ペテロの像。
大事そうに鍵を胸に抱えています。 -
南側には「キリス降誕」の絵が祀られています。
制作者の名前をとって「ザイラー礼拝堂」と呼ばれます。 -
説教壇
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聖母子像の小祭壇
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巨大な吊り下げ型のパイプオルガン。
このオルガンは4本の鋼鉄製のロープで吊り下げられています。
重さは何と37トン、パイプの鍵の数は5871本。
演奏者が15メートルの高さの演奏台に上がるのもエレベーターだそうです。 -
アルベルトゥス・マグヌスの祭壇。
1260-1262年ごろレーゲンスブルクの司教でした。 -
日曜日にはここでドーム・シュパッツェン(大聖堂のすずめたち)と呼ばれる少年合唱団のコーラスを聴くことができます。
何でもウィーン少年合唱団に勝るとも劣らない美しい歌声だとか。
一度聴きたいと思っていますが、なかなか曜日を合わせるのが難しいですね。 -
大聖堂を後にしていったんホテルに戻り、チェックアウトをします。
そして荷物を駅のコインロッカーに入れて再び街歩きです。
今日は夜までにミュンヘンに着けばいいので、けっこうゆっくりできます。
私はレーゲンスブルクで行きたいところがありました。
トゥルン・ウント・タクシス宮殿です。 -
2011年に一人でドイツ旅をした時のこと。
フランクフルトを訪れて「何とかPalais」っていう立派な宮殿を見つけました。
『フランクフルトに宮殿があるなんて聞いたことがない・・・』と旅行記で呟いたところ、会員の近鉄バッファローズさんからコメントをいただきました。
『Thurn und Taxisと言えば、郵便で有名な貴族ですが、Palais Thurn und Taxisは、Anselm Franz von Thurn und Taxis侯爵が1731年から1739年にかけて建てた建物だそうです。
神聖ローマ帝国の中央郵便局になったり、貴族の居城になったり、ドイツ同盟の議会議事堂にもなったそうです。
今は、Palaisがある一角の再開発に伴って、かつての姿を再建し、イベントが行われるところになっているようでした。』と。
そのトゥルン・ウント・タクシス家がフランクフルトからレーゲンスブルクに移って、立派な宮殿を建てて住んでいるそう。機会があったら行ってみたいと思っていました。
ところで近鉄バッファロースさん、最近4トラでお見かけしませんけど、お元気でしょうか。
(写真:2011年。フランクフルトのトゥルン・ウント・タクシス宮殿) -
せっかく昨日レーゲンスブルクの観光案内所で24時間フリーパスチケットをゲットしたのだから、駅前から宮殿までバスで行こう!と調べたけど、ちょうどいいのはありませんでした。
3人で地図を見ながらあれこれ相談していると、そこに通りかかった初老の紳士が私たちを宮殿まで案内してくださるという。
とても親切な紳士でご自分のことを「レーゲンスブルガー」って名乗られた。
単にレーゲンスブルク住民というだけではなく、もっと強い意味の「レーゲンスブルク人」と言いたいようでした。 -
その紳士はK氏と意気投合して道々楽しくおしゃべりしながら案内してくださる。
後でK氏に聞くと、彼は1943年生まれで、1974年に東京、大阪、京都にいらっしゃったそう。日本の新幹線によく乗られたとのこと。そしてスキーインストラクターとして苗場スキー場にいたこともあると、言ってらしたそうです。
だから日本人の私たちに親切にしてくださるのですね。
その〈レーゲンスブルガー氏〉、「この教会は見ないのですか?素晴らしいですよ」と勧めてくださった。
恥ずかしいことにリサーチ不足でこの「聖エメラム教会」のことは知りませんでした。 -
古い歴史がありそうな教会です。
入り口のあの壁絵(モザイク?)はいつごろのものだろう。
ここは739年にベネディクト派修道院として建造されました。
1812年にはトゥルン・ウント・タクシス家に買収され、広大な宮殿に改装されました。
教会は宮殿の一部なのです。 -
中に入って驚きました。
なんて煌びやかな豪華な内陣だことか。
レーゲンスブルガー氏より、この内装はアザム兄弟作だと聞き、深~~く納得。
やっぱりね~~。 -
天井のフレスコ画もなんと美しいことか。
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説教壇の見事なこと。
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何人の天使がかくれんぼしているの?
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中央祭壇。
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聖エメラム教会の司教(修道院長)たち。
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パイプオルガン。
下:(2020/11/09追加)
パイプオルガンの右横、窓辺に立っている修道士は、しばしば務めを抜けだした罰としてこの場所に立たされているのだそう。
修道士の顔は兄アザム。弟アザムが遊び心で兄アザムの像をここに加えたものだそうです。
トラベラーのシジュウカラさんの旅行記で教えていただきました。
シジュウカラさんの旅行記はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11658285 -
キリスト昇天(?)
今気が付いたのですが、これは中央祭壇? -
受胎告知
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いつの間にか小学生の子供たちが。
歴史の勉強でしょうか。 -
レーゲンスブルガー氏は私を手招きして、「これを撮りなさい」って。
そこには豪華な台とその上には、まさかのミイラ!?
漫画チックな顔をしたミイラ?
どなたの遺骸なのでしょうか。 -
そして彼は、これもどう?って指さします。
このお方はレーゲンスブルクの司教だった聖ヴォルフガング。 -
レーゲンスブルガー氏は私たちを地下に連れてきてくれました。
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ここは聖ヴォルフガングクリプタ。
ヴォルフガングの祭壇があります。
中央は聖ヴォルフガング、右横は持ち物からして皇帝ですね。
右はわかりません。 -
祭壇の下は聖ヴォルフガングの棺でしょうか。
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こちらは聖母子像。
戦争で亡くなった方の慰霊碑のようです。 -
レーゲンスブルガー氏は、私たちが教会を見終わるまで待っていてくれました。
そして道々楽しい話を続けます。
トゥルン・ウント・タクシス家は大変なお金持ちなんだよ。
夏には宮殿の庭園でコンサートなども開くんだよと。なんでもあの有名なシャルル・アズナブールも呼んだことがあるとか。 -
きれいに手入れされた宮殿のお庭には今が見ごろのバラの花と、勢いよく上に伸びているラベンダー。
氏の話は続きます。
英語とドイツ語と、私たちの間では日本語で。
断片的に聞き取った話だと、今もこの宮殿には一族が住んでいらっしゃるとのこと。
そして当主は女性らしい。その女性がとても活発な女性で、時々マスコミで噂になるくらいだとか。
その女性の話をするとき、頭の上に手を乗せてモジャモジャと言う形にしていました(笑)。どんだけ元気な女性なのだか・・・。 -
レーゲンスブルガー氏は私たちに、宮殿の中をツアーで回るの?と聞きましたので、ええ、モチロンです、って答えました。
そしたら率先してインフォメーションに入っていき、顔なじみの係の女性と笑顔で挨拶をしていました。 -
そしてこの写真をみると、「そうそうこの女性がFrau.グロリア」、ここの当主です、って教えてくれました。
確かに意志は強そうな女性ですけど、フツーのセレブ女性って感じ。
もっとど派手な女性を想像していましたので、ちょっと拍子抜け。 -
レゲンスブルガー氏、顔見知りの受付の女性に、この人達、お城のガイドツアーに参加したいんだってと、紹介してくれました。
ところがツアーの時間は12時半からで、まだ1時間以上ありますし、それに90分ものドイツ語のツアーなんですって。英語のオーディオガイドは貸してくれるそうですが・・・。
3人で、どうするどうする?って頭を突っつき合わせて相談をしました。
結局、1時間も待って90分も判らない言葉でツアーに付いて回るのはさすがに辛い、残念だけどあきらめよう。という結果になりました。 -
3人でそんな相談をしている間にレーゲンスブルガー氏はいなくなりました。私たちにゆっくり付き合っていたお蔭で、きっと時間がなくなってしまったのでしょうね。
いろいろ親切にしていただいたのにお礼も言えなかった。心残りです。
ところで、トゥルン・ウント・タクシス家は、16世紀ごろよりヨーロッパの郵便事業を一手に請け負い、巨額の財を成したドイツの名家です。
当時は人や馬車で何日も何カ月もかけて手紙や品物を届けていましたが、トゥルン・ウント・タクシス家は、駅を造り馬車と馬車でリレーするというシステムで、速く届けることができるようになりました。 -
17世紀末になると、郵便馬車に郵便物と一緒に人も乗せるようになり、人々は遠くまで旅行できるようになりました。
あの時代にモーツアルトやゲーテが国を越えて旅ができたのも、郵便馬車のおかげでした。
そして駅には宿泊所もできました。
今でも街の中心に「ツア・ポスト」や「ポスト・ホテル」などがあるのもこの名残でしょう。(写真は葉書から) -
トゥルン・ウント・タクシス家は、郵便事業の成功で侯爵家の地位まで手に入れるのです。
その上、何代目かの当主、マキシミリアム・フォン・トゥルン・ウント・タクシスは、ハプスブルク家のヨーゼフ1世に嫁いだ皇妃シシーの姉、ヘレーネと結婚し、皇帝家とも親戚関係になるのです。
写真はシシー(左)と姉ヘレーネ。(絵葉書より)
皆様、覚えていますか、この姉ヘレーネこそが本来ならヨーゼフ1世と結婚するはずだったのですよね。
ヨーゼフ1世と姉ヘレーネのお見合いの席に同席したシシーに、ヨーゼフ1世は一目ぼれし、ヨーゼフとシシーは結婚しましたね。 -
その後、郵便事業は国営化されることになり、トゥルン・ウント・タクシス家は権利を次々と売却します。
1867年にプロイセン帝国に売り渡したのを最後に郵便事業から手を引きます。その代償として巨額の資金を手にしました。
またトゥルン・ウント・タクシス家は、1784年から1806年まで、神聖ローマ帝国議会の永続的帝国議会の皇帝代理という名誉も手にします。
そこでそれまで拠点としていたフランクフルトから移住して、レーゲンスブルクに広大な聖エメラム修道院を買収し、豪華な宮殿を築きました。この宮殿は聖エメラム城とも呼ばれます。
部屋数は500以上、イギリスのバッキンガム宮殿より大きいと言われています。
(絵葉書より) -
さてさて、現在の当主(今は息子のアルベルト侯爵が継いでいるそうですが)、グロリア侯爵夫人の話に戻りましょうか。
私は根っからのミーハーですから(笑)。
グロリア夫人の夫、前代の当主ヨハネス・フォン・トゥルン・ウント・タクシス侯爵(1926-1990)は、1980年、34歳も年下の貧窮貴族出身でウェイトレスだったグロリアと結婚します。侯爵53歳、グロリア20歳の時でした。 -
そのことによってトゥルン・ウント・タクシス家は格好のマスコミの餌食にされます。
結婚前のグロリアはど派手なメークに髪の毛は爆発寸前のパンクファッション。
結婚してからも若い侯爵夫人のハチャメチャ行動や、相変わらずの奇抜なファッションセンスは世の好奇心の的でした。
そのころの侯爵夫人の写真をネットより探し出しましたのでアップします。
写真は結婚した後のものですから、まだ幾分大人し目ですが、結婚前はどれだけ~~って感じですよね。残念ながら結婚前のグロリアの写真は見つけられませんでした。
この写真で、レーゲンスブルガー氏の言葉に納得しました。 -
侯爵とは34歳も齢の差があることから、もちろん「財産狙いに違いない」とマスコミには叩かれました。
そして結婚から10年後、侯爵は亡くなり、30歳でグロリアは未亡人となるのです。
ところが!、財産狙いといわれたグロリアでしたが、侯爵より受け継いだ1400億円の資産を数年後には2200億円にまで増やしたのです。
室内にはグロリア侯爵夫人の交友関係を物語る写真が飾られていました。
在りし日のダイアナ妃とチャールズ皇太子、その隣はシャルル・アズナブール?(確かではありません)。
一ウェイトレスだった夫人も今ではヨーロッパ社交界の花形、法王ベネディクトやヒラリー・クリントンともお友達だそう。
ドイツで最も裕福な女性の一人です。 -
そのグロリア侯爵夫人もまだ60歳、まだまだ資産は増え続けています。
どこまで資産を増やすのでしょうね。これからもお元気で活躍してください。
売店にはいろいろなお土産などがありましたが、絵葉書を数枚買って出ます。
レーゲンスブルガー氏は外にもいませんでした。 -
宮殿の外側の見学をします。
見事な薔薇です。 -
こちらの入り口には、ヨーロッパ式「阿吽の狛犬」。
ドイツと言えばこういうところにはライオンの像が多いのですが、2匹の犬なんて珍しいですね。 -
聖エメラム宮殿と言えばこの写真。
しかし工事中のところがあり、残念です。 -
噴水と入り口。
この中庭でクリスマスマーケットや野外コンサートなどが催されるのでしょうか。 -
王冠の紋章が飾られた石の門。
ちょっとあっちにも行ってみよう。 -
ここにも王冠を戴いた紋章が。
この中は森になっているようです。 -
いやー、ほんとに立派な聖エメラム宮殿でした。
外観だけでもこうですから、ガイドツアーでは豪華な内部の数々を見ることができたのでしょうね。
そしてトゥルン・ウント・タクシス家の歴史をもっと知ることができたのでしょうね。 -
まだレーゲンスブルクで行きたいところがありますので、次へ向かいます。
聖エメラム教会の時計塔が木立の向こうに頭を出しています。 -
聖エメラム教会の前を通って・・・。
レーゲンスブルガー氏がここにも入りましょう、と言ってくださらなかったら、通過した教会でした。
行って良かった。 -
4トラのレーゲンスブルグの旅行記でも、楽しいと評判の路地裏を通ります。
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ドン・ファンの像が立っている広場。
-
さらに進むと、見えてきまし、「ホテル・ゴールデネス・クロイツ」。
カフェも併設していますので、お昼はここで摂りたいと思っていました。
建物の壁には歴史人物のレリーフが。
このホテルは13世紀ごろより帝国議会に出席した王侯貴族が利用していた由緒あるホテルなのです。 -
神聖ローマ皇帝カール5世もここに宿泊し、1547年にこのホテルで働いていた町娘、バルバラを見初めて、男児が生まれました。その男児こそがドン・ファン・アウストリアなのです。
このレリーフはドン・ファンの像。
イケメンですね。 -
このレリーフはバイエルン王ルートヴィヒ1世。
レーゲンスブルク大聖堂の尖塔の部分を増設したり、バルハラ宮殿を造ったりと、レーゲンスブルクの価値を高めるために多大な貢献をした人です。
ミュンヘンでは美人画コレクションなど、女たらしの王様で知られていますけど(笑)。 -
お昼はそんな曰く付きのこの「カフェ・ゴールデネス・クロイツ」でいただこうと予定していました。
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内部はいたってフツーのカフェです。
ここはケーキが美味しいと評判です。 -
私は数日前から食欲があまりないので、アイスクリームを注文したら、こんな大きなのが出てきました。
-
K氏、I女史はサラダの盛り合わせ、これにパン付き。
テーブルの上にビールがありませんね。こんなことは初めて。
きっとお二人は、食欲がなくてビールも飲む気がしなかった私に合わせて、飲みたいのを我慢してくださったのですね。ごめんなさい。 -
早速カール5世の御落胤の証拠探し(笑)に店内を見渡します。
めぼしいものはこの壁掛けのみ。
これが町娘バルバラでしょうか。ちょっと違うような・・・。 -
店内も空いていてゆっくりできました。
ところであの帽子の女性が私たちに話しかけてきたのです。「こんにちは~~!」って。
あれ、日本語判るのですか?と聞くと、突然「イチ・ニー・サン・シー」と数を数え始めました。 -
そしてお店を出たら、再び彼女と会いました。
その時の彼女の喜びようと言ったら・・・。
お話を伺うと、日本が大好きで、2度ほど来日したこともあるとか。
そしてレーゲンスブルクに日本人の友達がいて、よく日本の話を聞くのだと・・・。
あ、そうそうと言いながら彼女が突然電話をかけ始めました。その後私と電話を代わりました。
電話の中の女性は、長年レーゲンスブルクでガイドの仕事をしていらっしゃる中村さんという方。ネットでもお名前をお見かけしましたのでご存じの方もいらっしゃるかも。
中村さんがおっしゃるのには、モ○カさん(その女性のこと、同じガイド仲間)はいつも日本人に話しかける時には数を数えるのだそうです(笑)。 -
モニカさんはとても陽気でユニークな女性でした。
I女史は「柿の種」を出して彼女に、日本のお土産と言って渡していました。
別れ際には、モニカさんは私たちにハグをして(3人とも、ハグは初めて)別れました。そしてモニカさんは私たちの姿が見えなくなるまで、手を振っていました。
先ほどのレーゲンスブルガー氏といい、このモ○カさんといい、異国で偶然出合ったこういう面白い出来事、私たちシニアにほんわかと温かいものを残してくれました。 -
モニカさんとお別れした後、もう一度世界遺産の石の橋まで歩きました。
やっぱり昼間のドナウ川の方が、青く美しく輝いて見えます。 -
橋の上ではシニアのミュージシャンたち。
私たちと同じように(笑)頑張っている彼らに、写真撮影料として少しだけ楽器ケースにいれました。 -
今日は橋の袂の歴史的ソーセージ屋さんは大勢の人々。
ああ~、今回もここで焼きソーセージを食べなかったな~。 -
旧市街の広場には、レーゲンスブルクに多大な貢献をしたバイエルン王ルートヴィッヒ1世の騎馬像が。
背後の建物は郵便局。
この近くからバスに乗ってレーゲンスブルク中央駅に向かいました。 -
レーゲンスブルク駅のコインロッカーから荷物を取り出して、ミュンヘンに向かいます。同じバイエルン州同志ですからチケットはバイエルンチケットで。
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ミュンヘン行のREは席もガラガラ。
列車はほとんど振動もなく静かに走る。
車窓の長閑な景色を眺めていると眠たくなった。
3人別々に二人席を占領して眠って行った。
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この旅行記へのコメント (13)
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- PuellaApuliaeさん 2020/07/24 02:00:49
- レーゲンスブルクと言えば・・
- himmelさま、お久しぶりです。私は旅行記アップができないままです。8月にイタリアに戻る予定にしていましたが、行けなくなりました。
私はレーゲンスブルクが大好きなのです。しかしまず頭に浮かぶのは、池田理代子の漫画「オルフェウスの窓」というレベルです。トゥルン・ウント・タクシス家の名もこの漫画で知りました。宮殿にはもちろん行きましたが、御当主様のことは存じませんでした。
それに、ドン・フアン・デ・アウストリアゆかりの地だったことも知らず、また行かねばと思った次第です。
ドイツはまだ日本人を入国させてくれませんね。イタリアは一応入国できるものの、2週間隔離されます。一体いつまで辛抱すれば良いのでしょう。我慢するのにそろそろ疲れてしまいました・・。
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/24 12:02:16
- RE: レーゲンスブルクと言えば・・
- Januaさん(あれ?)、お久しぶりです。
またHN変わりましたね。
あれからどうしていらっしゃるかなと案じておりました。
ほんとに長引いていますね。
私の場合のドイツはお遊びですから仕方がありませんが、Januaさんにとってはお仕事の場所、お気持ち的にもあちらが本拠地みたいなものですから今の状態は気がもめることでしょうね。
日本でPCR検査を受けて陰性だったらイタリアに入国できるけど、それから2週間の隔離・・・!
前のように自由に海外へ、というのはまだ先の先のことですね。
迂闊でした。
池田理代子の「オルフェウスの窓」、名前は知っておりましたし、事前に下調べしていればせめてあの窓だけでも撮ってきたのに・・・。かすってもいませんでした。
ドン・フアン・デ・アウストリア、私も最初、あの女たらしのドンファンか!と思っていましたが、違っていました。彼の場合は認知されたからいいけど、陰に埋もれている皇帝様の御落胤の話っていろいろあるのでしょうね。
来週あたりから梅雨明けのようですが、マスクをつけてのあの暑さのことを考えるとうんざりします。
お身体ご自愛ください。
himmel
-
- kaoluさん 2020/07/06 17:54:53
- タクシス家
- himmelさん
タクシス家のお家に行かれたのですね。
私はなぜか縁あって、数回訪問したことがあります。で、在住の友にやはり連れていかれました(笑)↓
https://blog.goo.ne.jp/kaoluvla/preview20?eid=940dfca2f1f459a1d4da416d23f8f712&t=1594024298424
彼らのちょっとした自慢の場所なのかなと思ってます。
私はガイドツアーは友達がしてくれたのですが、歴代の郵便馬車の展示しか覚えていまん。
で、やはり気になりますよねー。グロリア女史のこと。
最近?は、息子の方が気になるのですが。。ちょっと前まではレーサーとか言ってましたけど、現在はどうしてるんでしょうね。
コロナで閉塞している世界が、日本はさらに追い打ちをかけるような大雨。
以前乗った、くまがわ鉄道が運航不能・・とか聞くと心が痛みます。
まだまだ、影響が出そうな雨・・どうぞこれ以上大きな被害がないように祈るばかりです。
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/07 22:32:46
- RE: タクシス家
- kaoluさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
凄い!
何度もタクシス城には行かれているのですね。
私たちは旅行記に書いた理由で(単に時間がなかっただけ)内部見学はしていないのですが、それを何度もやってらっしゃる。さすがにドイツ通のkaoluさん!
どういうところだったのか、貼り付けてくださったブログ、見せていただこうと思いましたがどうしてか、見ることができませんでした。もしかして会員登録をするのでしょうか?
>彼らのちょっとした自慢の場所なのかなと思ってます。
なるほど〜〜。
私たちを案内してくれたレーゲンスブルガー氏も、お城や女史のことを説明してくださる言葉の端々になんだか誇りのようなものが見え隠れしていましたから。郷土愛ですね。
グロリア侯爵夫人、私今まで全然知りませんでした。
調べていくほどにその波乱に満ちたサクセスストーリー、ワクワクしました。
息子の方はレーサーだったのですね。あの母親にしてこの子あり、やはり人とは違った人生ですね。
今はタクシス家をついで、経営に邁進し、資産を着々と増やし続けているのでしょうか。
コロナに追い打ちをかけるような、この度の九州の大雨被害、私に深く縁がある地なので、深く心が痛みます。
私が知っているあの場所この場所がズタズタにされている姿・・・、テレビで見て、胸が潰れる思いです。
それにしてもkaoluさん、くま川鉄道にお乗りになったことがある!?
驚きました。かなりマイナーな鉄道ですから。
あそこの鉄橋も流されたとか・・・。復旧に何年かかるのでしょうね。
今も雨は降り続いているそうですが、これ以上の被害が出ないことを祈るばかりです。
himmel
- kaoluさん からの返信 2020/07/08 09:44:44
- RE: RE: タクシス家
- himmelさん
ちょっと誤解を招く書き方をしてすみません。
何度も訪れたのは、レーゲンスブルグで、タクシス家ではありません。1回行けば十分です。
某マンガでブームになる前で、ソーセージ屋にひかれて行ったのでした。
リンクの張りかたが間違ってましたね。4トラ慣れてないので訂正が良くわからないので新たに貼っておきます。化石のようなブログですけれど。ちなみに、内部のことにはこのブログでは触れてません。それよりここで問題にしていた教皇の発言そのものを忘れてしまっています。(笑)
https://blog.goo.ne.jp/kaoluvla/e/940dfca2f1f459a1d4da416d23f8f712
ムスコの方は、典型的な・・〇×ボンボンっていう画像がフォーブスに載っていました。
それだけに、現在はどうしてるのか・・3面記事的に興味のあるところです。
九州は大雨の降るたびどこかで大きな被害が出ている気がしますね。
もう、これ以上は勘弁してください!という心境です。
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/08 10:41:08
- RE: RE: RE: エーーーッ!!!!
- あの私の尊敬するkさまだったのですか〜〜〜〜!!!
kさまのブログは実際のドイツ旅行でも、また旅行記でもたびたび利用(まさに利用)させていただいていました。
kaoluさんがその方と同一人物だったとは、これからは足を向けて寝ることはできません。
あの〜、私何度かコメントのやり取りをさせていただいたことがありましたよね?
別サイト、地球の○○のほうかな?
ああー驚いた。
今後もよろしくお願いいたします。kさまのブログのほうも今後もよろしくです。
himmel
- kaoluさん からの返信 2020/07/08 12:45:27
- RE: RE: RE: RE: エーーーッ!!!!
- himmelさん
あら、ハズカシイ・・お読みいただいてたんですね。あんなちゃらんぽらんなブログ。
根が不真面目なのと・・・だんだん記事溜め込み過ぎ・・というか時期がズレズレになってきたので・・放置プレーになってしまってます。ごめんなさい。
4トラの存在は知ってはいたのですが、画像や文書の権利関係がどっちに所属??とか思っていてなかなか手が出ませんでした。
使い勝手は良いのですけれどね。
そうは言ってられなくなって4トラに手を出した次第です。(笑)
> あの〜、私何度かコメントのやり取りをさせていただいたことがありましたよね?
> 別サイト、地球の○○のほうかな?
はい、そうです。
いつも「地球・・」の方の、●子さんへの、himmelさん気持ちの良い返しですっきりさせていただいてました。(笑)
あれを放置していること自体であの会社のお里が知れるというものだと思ってます。
> ああー驚いた。
> 今後もよろしくお願いいたします。kさまのブログのほうも今後もよろしくです。
てっきりご存知だと思ってました。
こちらこそです。
あ、ブログの方はあまり期待しないでくださいね。(笑)
料金だけは払っていて・・画像の処理がめんどくさくなってきているのです。
-
- maggieさん 2020/07/03 11:23:07
- 懐かしい…
- himmelさん、こんにちは♪
レーゲンスブルクの旅行記、楽しく、懐かしく、また、私の行かなかった、行けなかった場所の写真も興味深く拝見させていただきました。
路地裏の写真には、私の泊まったホテルがバッチリ写っていたり、「ここでソーセージ食べた食べた!」と懐かしんだり…笑
それにしても、親切なレーゲンスベルガーさんやモ○カさんのような、こういう現地の方とのふれあいってホントに素敵です。
やはりこういうのは旅の醍醐味ですね(^^♪
だから旅はやめられません!
あ~~、早く旅に出たいです。
ここ数日、東京はまた大変になって来ていますが、なんとかなんとか早く終息することを祈るばかりです。
いつになるかわかりませんが、himmelさんも次の旅に向けてお体ご自愛くださいませ♪
maggie
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/03 14:34:23
- RE: 懐かしい…
- maggieさん、こんにちは。
いつか話題に上がった「ドナウの旅人」のレーゲンスブルクです。旅行記はやっとここまでたどり着きました。
さきほどコメントを拝見して、ホテルはどこだったのだろう?と改めて旅行記を訪れました。
わかりました!
あのミュンヘン小僧の看板がある「ミュンヘナー・ホーフ」だったのですね。あの看板よく覚えています。あの前は何度か通ったと思います。
また、あの歴史的ソーセージ屋さんでソーセージとビール2杯!(笑)
私も他の方の旅行記を見て、見覚えがある場所を見つけると、自分の写真を見返しては、
「ああ、あそこ知っている!知ってる!」と懐かしくなります。なんの変哲もない路地裏など、特に。
そして、同じ場所を共有したんだなーと親近感を覚えます。
ほんと、これも旅の醍醐味ですね。
コロナ、ますます増えてきましたね。
ちょっと前の発表では、今日の感染者、東京は124名ですって!
梅雨になれば・・・、夏になれば・・・、少しは収まるんじゃないかと、はかない期待を抱いていたのがバカみたいです。
早く収束してほしいですね。
お互いに健康には気を付けましょう。
コメントありがとうございました。
himmel
-
- ぶどう畑さん 2020/07/02 21:02:54
- Thurn und Taxis
- himmelさん
ぶどう畑です。
レーゲンスブルクの旅行記、興味深く拝見しました。
昔、クリスマス市目的でレーゲンスブルクに行った時、ガイドブックに「お城の広場でマーケットが開かれる」と書かれていたのです。
駅からそう遠くないし、行ってみるのもいいかもなんて思っていたけれど、寒いし、ダンプフヌーデルンを食べたことに満足して、ミュンヘンに帰ってしまいました。
himmelさんのおかげで、宮殿の様子がわかって満足!
侯爵夫人、世の中にはサクセスストーリーを歩む人が本当にいるんですね~!
親切な方との出会い、心に残りますね。
パフェを注文するって、himmelさんにしてはとっても珍しい。
でも、食欲がない時は、口に合うものを食べるのが一番。
食欲なくて…なんて思っていたのに、甘いパンで食が進んだという経験、私もあります。
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/03 11:26:43
- RE: Thurn und Taxis
- ぶどう畑さん、こんにちは。
クリスマスの時期にレーゲンスブルクにも行かれたのですか!?
本当に、フランス・スイス、それにドイツも、隅々まで行ってらっしゃいますね。
あの宮殿でクリスマスマルクトもやっているんですってね。あの「レーゲンスブルク・愛」の紳士が言っていました。
ダンプフヌーデルンって私も一度食べた記憶があるのですが、ザルツブルクのあの「ノッケルン」と混同して、なんか同じようなものだったような気が・・。
侯爵夫人のサクセスストーリー、ほんと驚きです。
あの爆発寸前のパンクファッションの女性(小娘?)が、まあ運が良かったとは言え、世界でも指折りの資産家ですものね。現代のマイフェアレディー。
私に関係ないせいか、人の人生とは言え、一種の爽快感があります。
レーゲンスブルガー氏も彼女の説明をするときは楽しそうでしたし、愛に溢れていました。
それから皇帝御落胤のレストランでいただいたもの、あれはパフェではなく、正真正銘のアイスだったのです。
チョコとバニラのアイスにたっぷりのザーネ、あの巨大なものが出てきてビックリ。
ドイツは何でも大きいですね。
ぶどう畑さんのクリスマスマーケットシリーズ、また停滞中?。
待ってますよ。
himmel
-
- ペコリーノさん 2020/07/02 18:25:11
- 素敵な出会いがありましたね
- frau.himmelさん こんにちは
この時期に旅行記を作ってくださり、ありがとうございます。
それもとっても素敵な旅行記ですね。
レーゲンスブルク、素敵なところですよね。それも親切な「レーゲンスブルク人」の方に出逢って、とても素敵な教会を見ることができたなんて。
私も宮殿の庭のあたりは散歩していましたが、そこにこんな素敵な教会があったなんて知りませんでした。またまたレーゲンスブルクに行きたくなりました。
次はどこへ行こうかと、思いは募るばかりですが、なかなかコロナの状況はよくなりませんね。私もまだまだ在宅勤務が続いています。
みんなで我慢して頑張っていれば、そのうち、今まで以上にいい社会になるのだと、希望を持って毎日を過ごすことにします。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2020/07/03 10:54:51
- RE: 素敵な出会いがありましたね
- ペコリーノさん、おはようございます。
>この時期に旅行記を作ってくださり、ありがとうございます。
いえ、お恥ずかしい。単に溜めに溜めこんだ材料がいくらでもあるというジレンマ・。
ペコリーノさんもレーゲンスブルクには行ってらっしゃいますものね。
私も宮殿は知っていましたが、教会は知識不足でした。あの「レーゲンスブルク愛」の紳士に勧められなかったらたぶん入っていませんでしたね。
アザム兄弟の素晴らしい教会でした。
>次はどこへ行こうかと、思いは募るばかりですが・・・
ホント、行けないとなると、思いはさらに募ります。
毎年ドイツに行っていたのに、もう行けないのではないかと(私の場合)考えると、たまらなく寂しくなります。
東京都のコロナ発生者はますます増えるばかりだし・・・。
ペコリーノさんは在宅勤務で頑張っていらっしゃるとのこと、大変ですね。
私の都心通いは6月からは週1で、7月からは週2にしたばかり(自分で決めるのですが)、東京駅のど真ん中を通りますので、やはり怖いです。
様子を見て考え直さなければと思っています。
ペコリーノさんの前向きなお考え、素晴らしいです。
やはりそういう人にはコロナも近づかないのでしょうね。
でも、こういう時節柄、お互いに健康には気を付けましょう。
himmel
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