2014/03/05 - 2014/03/14
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PETERtnさん
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ヨーロッパとアジアの接点トルコ、一度は訪れてみたい国だった。それは単にヨーロッパとアジアという異文化の接点の国ということだけではなく、トルコは初代キリスト教時代の伝道者パウロの生地でもある。当時ローマ帝国の領地であったトルコのタルススで生まれたパウロは、領地で特権階級とされたローマ市民権を持ち、キリスト教徒の迫害に手を貸していた。
あるとき「サウロよサウロ、なぜ私を迫害するのか」と語る十字架上の死を遂げて復活したキリストの声を聞いてふと我に返り、それまでのローマ式の名前「サウロ」をユダヤ式の「パウロ」と改めてキリスト教伝道者として活躍するようになった。立ち返ったパウロは伝道旅行でトルコに赴き、足跡を残していた。
3700年前に鉄器を生み出したヒッタイト文化を起源とするトルコは、度重なる為政者の交代で破壊と再建を繰り返し、今から2000年前の新約聖書時代の遺跡は原型をとどめていないものも多く、パウロの足跡も事績として見ることはできない。ただ新約聖書にはエフェソやラウデキア、イコニア(コンヤ)などトルコの地名もたびたび登場し、エペソに住むキリスト教徒にあてて書かれたエペソ書(エペソの信徒への手紙)という書簡も新約聖書の一巻におさめられている。
ただし、かつてはパウロ書簡と思われていたエペソ書は「テモテへの手紙Ⅰ」、「テモテへの手紙Ⅱ」、「テトスへの手紙」などいわゆる牧会書簡と呼ばれる新約聖書を構成する各巻とともにパウロの書簡を模して、パウロの死後に別人が書いた書簡だという最近の研究結果が支持されている。
パウロの生年は定かでないがキリストとほぼ同時代に生まれ、紀元60年代にローマで殉教の死を遂げている。
今までのシリーズは下記のULRで目的地別に目録としてご覧になれます。本編とともにご愛読ください。⇒
https://4travel.jp/travelogue/11630688/
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大聖堂、聖堂と礼拝堂の違い
教会堂はその用途によって大聖堂・聖堂・礼拝堂などと区別されている。
その区別を英語で表すと大聖堂はCathedral、聖堂は(建造物としての)Church、礼拝堂はChapelと書くと多少区別がはっきりする。
1、大聖堂(Cathedral)は教区司教の常在する教会で教会の行政単位・教区にただ1ヵ所だけ存在する。
2、聖堂は一般名称としては礼拝をおこなうすべての施設を表すが、狭義には教区教会(Parish Church)と言って教区司教が掌握する教区内の教会堂をいう。大聖堂と聖堂にはそこに信徒の戸籍に当たる教籍を置く信徒が存在する。
3、礼拝堂は教区教会とは関係なく学校や教会立の病院に付属の礼拝施設である。
したがって大聖堂よりも大きな教会堂や(大きな学校の)礼拝堂も存在する。
つまり大聖堂の大は「大きい建物」というわけではない。LargeとかBigという意味ではなくGrand(威厳のある、偉い、崇高な)という意味に解釈するとわかりやすい。 -
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