2020/05/08 - 2020/05/08
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あつ子@セントパンクラスさん
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イギリスで外出禁止令が出てからもう何週目なのか分からなくなってしまった今日この頃。先日のジョンソン首相のTV演説は一体何が言いたかったのかよく分かりませんでした。スコットランド・ウエールズ・北アイルランドはイングランドに反発して独自の路線を歩むそうです(ある程度の自治が認められていますからね)。小学校は6月1日から再開するそうですが、セカンダリースクール(中学校)とシックスフォーム(高等学校)は秋まで閉鎖のまま。レストラン・パブ・ホテル・美容院などは少なくとも7月までお休みで、いずれにしろ私は秋まで仕事はないものと思いますし、今年中に元の忙しさ(=収入)に戻れるとは到底思えません(涙)。
5月最初のバンクホリデー、今年は第一月曜日から金曜日に移動しました。というのはVE Day(ヨーロッパ戦勝記念日)を祝うためで、今年は75周年に当たり女王陛下のスピーチも放映され、午前11時には全国で2分間の黙祷が捧げられました(何だか今年は黙祷が多いですね)。8月のVJ Dayも同様なのでしょうか、肩身が狭い私・・・ちなみに終戦50周年の1995年にはハイドパークでお祭りがありましたが、私はさすがに参加しませんでした。
そのバンクホリデーの金曜日、いいお天気だったゆえカムデンタウン寄りのリージェンツパークまで散歩に行って来ました。
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まずはモーニントンクレセントの広場にある、リチャード・コブデンの像。彼は19世紀の政治家・実業家で、この近くに彼の名前を冠した小学校もあります。この台座を見てみると・・・
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この像の建造費の大部分はナポレオン三世が払った、とあります。ここを通る度に何故ナポレオン三世が、と疑問に思っていました。実は彼はこのリチャード・コブデンと交流があり、1871年にフランスから亡命して来て2年後に亡くなるまでイギリスに住んでおり、ヴィクトリア女王とも親しかったそうです。南イングランドの航空ショーで有名なファーンバラという町のセントマイケル修道院に彼とユージェニー妃、若くして亡くなった息子のルイのお墓があり、何年も前に拝観した際ナポレオン三世の赤大理石の棺(ヴィクトリア女王からの贈り物)をなでなでして来ました。この時もいろいろあり楽しかったのですか、とてもここには書ききれません・・・。
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カムデンタウンからリージェンツパークへ向かう途中にある、ウェールズ出身の詩人ディラン・トーマスが住んでいた家(地下のフラット)。彼自身はここのフラットが嫌いで、1951年から一年余り住んだだけだそう。そりゃそうですよね、私も地下のフラットには住みたくありません(ちなみに我が家は日本でいう三階で、リフトあり)。
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ボブ・ディランは彼にちなんで芸名を付けたというのは有名な話(本名はロバート・ツィンマーマンというユダヤ系)。
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どこかの家の薔薇。
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外壁にびっしり生えた藤、もう花は終わりのようです。
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よい香りです、日本を思い出します・・・。
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こちらはまだ何とか花がついていますね、やけに縦に長い房。
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可憐な菫の花。
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NHS(国民健康サーヴィス)の方々に感謝を示す虹の絵があちこちで見られます。
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想像するに、右側の虹の絵はお姉ちゃんかお兄ちゃんが描き、左のは小さい妹か弟が真似して描こうと努力した跡でしょうか、とても微笑ましいです。
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こちらは虹と小鳥の絵。
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虹の絵が二枚と旗が飾られています、虹の下のくまちゃん(?)が可愛い。
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虹の絵の下にNHSの文字が。
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部屋の中やその向こうの台所、裏庭までよく見えます。こんな家に一度でいいから住んでみたいです。
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ちょっと見えにくい、小さな絵。
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NHSの文字と虹の絵。
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歩道のマンホールカバー、ユーストンロードと書かれていますがうちの近所やん。
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ロンドンの街なかとは思えない、この草原(?)。
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この少女はマティルダという名前だそうで、どちらの方を見ているのでしょうか。この下には噴水がありますが昔から水は出ていず、ホームレスの人が寝ていたこともありました。
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やっと辿り着いたリージェンツパーク、子供たちが小さかった頃は毎週来ていました。この広場で近くの私立学校の生徒が体育の授業をやっているのをよく見ましたっけ。
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このプレイグラウンドもすっかり変わりましたね、現在は閉鎖中。
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ずっと以前、日曜日に日本人男子が集まってサッカーの練習をしていたこともありました。
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立派な水飲み場ですが、昔から水が出ているのを見たことがありません。
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ヴィクトリア時代にインドの方から寄付された噴水だそうです。そういえばヴィクトリア女王はインド女帝も兼ねていましたっけ、植民地主義全盛の頃。
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何の木か分かりませんが並木道。
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赤い花が緑に映えて綺麗です。
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柵の向こうはロンドン動物園。昔はこの辺りから駝鳥のような巨大な鳥が見え、子供たちといつもタダ見していました(笑)。
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まだ頑張っている柊の赤い実、ここだけクリスマスn雰囲気。
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向こうに見えるのはクラウンエステートの高級住宅街。
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何だか分からない白い花の木(無知ですみません)。
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来た道は戻らず、昔子供たちとよく通った道に入ります。素敵なお家、どんな人が住んでいるのでしょうか。
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裏庭(というか雑木林?)に続くこういう隙間を覗くのが好きで、どこの国へ行ってもこんな写真ばかりです(笑)。
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一件毎に名前が付いています。
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1830年頃のこの辺り、パークヴィレッジイースト。すぐそばがリージェンツ運河だったのですね、馬にボートを引かせています。
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ボリス・ジョンソン首相のお父上、スタンリー・ジョンソンさん(元ヨーロッパ議会議員)がこの通りにお住まいでしたが、道路を挟んだ向かい側がHS2(高速鉄道その2)の工事現場と化したため地方に引っ越されました。ちなみにジョンソン首相はアメリカで生まれたため二重国籍でしたが、ロンドン市長に立候補する際アメリカ国籍を放棄したそうです。
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クリスマスリースを片付ける暇もなく大慌てで引っ越していったお宅?
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黄色い薔薇。
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工事現場側の塀にある1936年のユーストン駅周辺、どうやって撮影されたのでしょうか? 駅の入り口にはアーチがありましたが(写真中央)、改築の際に分解されどこかの川に捨てられたそうです、残してほしかったと思います。
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ユーストン駅の内部、現在と随分違います。車両のドアは窓から外に手を出してノブを回して開ける方式で、内側からは開閉出来ませんでした。うちの息子(1996年生まれ)が赤ちゃんだった頃はまだこのような車両だったのを覚えています。雨の時など悲惨でしたねぇ。
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子供たちが小さい頃いつも通っていた、懐かしい道。遠くにBTタワーが見えます。
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意外な所にアイリッシュパブがありました。全く、世界中どこへ行ってもアイリッシュパブを見掛けるので驚きます(ホノルルにすらありました)。そこでは大抵イギリス人観光客が昼間から酒を飲んでおり、自国にいる時と同じことをやって何が楽しいねん!と突っ込みたくなります。そもそもイギリス人はアイルランド人を馬鹿にしているくせに、海外へ行くと兄弟か何かに会ったみたいに矢鱈親近感を抱いてしまうのでしょうね。
そういえば1994年のサッカーワールドカップ(だったか?)では、イギリス勢が早々に敗退してしまったため、イギリス国民は身代わりとして準決勝まで勝ち残ったアイルランドチームを応援しました、何だか素晴らしかったです。 -
この独特の字体はよくアイルランド関係のものに使われます。
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窓にはNHSを応援する絵とメッセージがたくさん。セントパトリックデー(3月17日)の旗がまだ掛かったままなのがちょっと哀しい。早く再開できますように。
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うちの近所(公営住宅地)で開かれていたVE Dayのストリートパーティー。8月のVJ Dayにもやるのかなぁ・・・。
昨日の新聞によるとフランスは6月15日からEU域外の観光客を受け入れるそうで、イギリス・フランス間では互いの国を訪問後、14日間の自主隔離が免除されるそうです。ということは、一旦フランスに入国してしまえば、シェンゲン協定国間であればイタリアの長靴の先でもどこでも自由に移動出来るということですね。
これで私の8月末のパリ行きは大丈夫そうですが、フランスで再び感染の拡がりが起きて元の木阿弥にならないことを祈ります。
次回のバンクホリデーは25日(月)ですが、新聞には"pointless Bank Holiday"(無意味なバンクホリデー)と書かれていました、さもありなむ。
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