1975/08/13 - 1975/08/19
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大学時代の友人が東京の大手レコード会社に就職していた。
詳しい経緯は忘れたが、彼の会社の同僚数人と、
彼や僕が関西で映画サークルに属していた頃の
友人夫妻とツアーに参加、ちなみに奥さんは身重だった。
写真が3枚しか見つからずネガも紛失したようだが、
昔 8ミリフィルムを編集して
→ ビデオテープ → DVD にしたものだけが見つかった。
ただ何度もコピーしているので非常に画質が悪い。
見るに堪えないほど汚いが (自分のためだけに?) 残しておく…
写真は、もちろん馴染み深い Hollywood のサインではなく
ユニヴァーサル・スタジオの大看板
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
前年のドルが残っていたのか7月28日に
東京銀行船場支店で 50ドル分のみ両替している。
(当時はパスポート持参でないと外貨は買えず
パスポート No. が記載されている)
レートが 301円なので 15,050 円。
まだクレジット・カードも一般的な時代ではないし、
多分 僕など申請しても却下されただろう。
[日本のクレジット・カードは 60年代から存在したようだが
最初は国内専用だったらしい] -
出発は羽田 (成田開港は 1978年5月20日)。
見えないが TOKYO INTERNATIONAL AIRPORT とある -
乗った飛行機は日本航空、ではないが写真だけ…
(下に Official Airline とある) -
ついでに全日空の飛行機も
-
乗ったのは格安ツアー御用達 (?) だった大韓航空。
(もちろん写真は到着時)
ということはソウル経由のはずだが記憶は全然ない…
[上に黒い線が見えるが、もちろんゴミで、
よく映写機に引っ付くのです。 言うまでもないが
フィルムをデジタルに変換するテレシネ装置などなく、
映写したスクリーンをビデオカメラで撮影、
ゴミも敢えて消さずに残している] -
これは買った畳1畳分ぐらいある大きなポスターで
ハリウッド・スターのコラージュ。
一番大きく目立つのは W・C・フィールズ (知ってるかな?)
8ミリカメラに録音機能はなく、音はカセットテープで録ったものを
ビデオテープにするとき使用、そして BGM は
まずはジェット機音の 「Back In The USSR」 で始まり、
ハリウッドは 「Honey Pie」、そして 「ディープ・スロート」 (!?) -
ホテルはウィルシャー大通り 3400 にあった Ambassador Hotel 。
玄関にアメリカ国旗とカリフォルニア州旗が出ている。
1968年5月、ロバート・ケネディが
このホテルの調理場で暗殺された。
ちなみに映画のロケ地としても有名なホテルで
確認はしていないが IMDB を見ると
164本のタイトルが出ている -
ホテル向かいにあったセレブ御用達、
1926年オープンのブラウン・ダービー。
ダービーハットの形をしている (1980年閉店)。
1929年に2号店がハリウッド Vine Street にオープン (1985年閉店)、
ここでクラーク・ゲイブルがキャロル・ロンバードにプロポーズしたとか… -
テレビで T-REX のコンサート放送中
-
何だか皆さん足下ばかり見ている…
理由は下にスターの手形があるから。
70年代を象徴する (?) 裾が広いベルボトム -
もちろん写真は
グローマンズ・チャイニーズ・シアター (の屋根)。
ホテルに向かうまでの簡単な市内観光で寄ったが、
それとは別に改めてやってきた… -
落とし物を拾ってるのじゃない
何をしてるか分かるよね? -
誰もが手を合わせたくなる (お寺か?)
-
しかし、なぜか僕は
モップを持って道路掃除の手伝い? -
マルクス・ブラザースのグルーチョ
-
こっちはチコ
-
Giant 1956、
もちろんジェームス・ディーン、ではなく…
(1955年に死亡)
[いま気づいたが 原題は単数なのに邦題は複数。
恐らく野球のジャイアンツが一般的なので
ジャイアントでは違和感があったのだろう…] -
当然エリザベス・テイラーが主役です
-
ハリウッド・スターなどの名前が書かれた
元祖 Walk Of Fame -
有名とは言えない Chill Wills 。
西部劇中心の脇役だが、なぜ撮ったか不明… -
市内観光で寄った
ロサンジェルス発祥の地、最古のオルベラ通り -
メキシコ文化会館
-
通りを隔てた向かいの
Nuestra Señora Reina de Los Ángels 。
当然 周辺には歴史的建造物が多いが、
これは 1781年にできた教会で、
写真では分からないが左上の窓のような場所には
メキシコが舞台の西部劇でよく見る3つの鐘がある
(現在のSVでは後ろの大きな建物は消えている) -
ちょうどハリウッド・ボウルではリハーサル中
[無観客演奏会??] -
BEV.HILLS は、もちろん
ビヴァリー・ヒルズ行きのバス -
ビヴァリー・ヒルズと言えばスターの家が多いところ、
こんな映画ファン向けのツーリスト・ガイドを買った。
スター 481人の家 (住所) を一部写真付きで紹介。
表紙の 6人は左上からアート・カーニー、エレン・バースティン
バーブラ・ストライザンド、ポール・ニューマン、アル・パチーノ
そしてジーナ・ローランズ、なかなか渋い選択ですね。
これは 75-76年版なので 74年に活躍したスターが選ばれている。
最初の2人は『ハリーとトント』『アリスの恋』…
買いはしたけど、もちろん家探しには行ってない。
広大なので少なくとも徒歩で回るのは難しい… -
あの家が誰の…と指さしするのは
ガイドではなく路線バスの女性運転手 -
誰かスターの家
-
全然 色が出ていないが
ピンク色の Beverly Hills Hotel -
有名なキャピトル・タワー
-
アメリカらしい屋根の上のビルボード
-
Sunset Boulvard
「サンセット 77」 というTV番組が大人気でしたね。
ウィキによると日本では 1960年10月に始まり
1968年3月の放送終了まで 5シーズン 186話の放映 -
Dino's つまり探偵事務所の隣りにある
ディーン・マーティンの本物の (?) 店で
ドラマでクーキー (エド・バーンズ) は
この店の駐車場係だったが人気が出て
後に主要メンバーに出世
[全くの余談だが主演のロジャー・スミスが来日し、
たまたま街頭の薬局の前に登場したとき側を通りかかった。
群衆を前に台の上に立っているのを見て
ふと銃で撃ったら簡単に殺せるな… なんて思ったら、
翌日ジョン・F が暗殺された (今も号外を持っている)] -
ケン・ラッセルの『肉体の悪魔』
『恋人たちの曲/悲愴』上映中の映画館。
Gary と読めるが検索しても映画館は見つからない… -
こちらは『ピンクパンサー』
-
かの有名なサンタモニカの映画館 Pussycat 。
もちろんラヴレイスの『ディープ・スロート』を
3人で鑑賞。 すでにブームは去り客は 10人程度しか
入っていなかったが悪名高い映画も僕には意外と面白かった。
ちなみに 「The Devil In Miss Jones」 との 2本立てだが
日本公開時は (当然ボカシ程度では済まないので)
2本を編集して1本 (2部) にして上映 -
これも全くの偶然だが、ホテルのロビーで
友人の仕事関係の人に出会った。
これから彼は数年留学するらしい。
彼の車でチャイナ・タウンに行き夕食を一緒に -
これぞアメリカ、という感じのハイウェイ
-
ダン隊長のハイウェイ・パトロール?
(全然 関係ない『リトル・ロマンス』を思い出す) -
昼食に入った店には虎の縫いぐるみを着た店員が、
後に大きな問題になる 「ちびくろサンボ」 の店です -
店には絵本の一部分が
-
翌 76年にオープンした
斬新なデザインのボナベンチャー・ホテルは建設中。
(78年には空中に突き出したようなカフェに入った…)
『トゥルー・ライズ』や『ザ・シークレット・サービス』など
多くの映画に登場している -
あらかじめ友人夫妻が調べていた日系人のクリニックに
身重の奥さんを連れていったが、サカエ・シゲカワとある。
英語版 WIKI に項目があるほど有名な医者のようで
2013年に 100歳で亡くなっている。
送っただけで夫妻とは、ここで別れた
場所はサンタモニカで路線バスで行った… -
ハリウッドのどこかのピザ屋さん。
(TW)O GUYS FROM ITAL(Y) とある。
写真の Two Guys From Japan は
レコードなど大量に買ったようです
(右の友人夫妻をクリニックに連れていった) -
Record-Radio Shop とあるが、レコードではなく
ミック・ジャガーのポスターを買ったレシート。
Farmers Market 内ですね。
2.12ドル、600円少し… 多分安いから買った -
当時は映画館の中も制服警官がパトロールするほどで
夜遅くなったときはタクシーを使ったが、それ以外は路線バス。
バスは車を持たない比較的低所得の人が利用するので
危険という忠告もあったが、耳が悪いので…
表向きには、すでに差別はないが現実には
バスでも黒人は一般的に後ろに固まって座っていた。
チケットの文字 (情報) が多すぎて、よく分からないが
上は8月16日(土) PM1時40分 (以後) に乗った
44番の OUT で Wilshire の Zone2の1。
下は同日 PM 17時20分 84番の IN で
Hollywood の Zone2。 S.C.R.T.D. は
Southern California Rapid Transit District の略 -
少なくとも当時は観光客がバスに乗るのは
かなり難易度が高かった。
なぜならバス停の表示が Bus Stop という
赤い三角のパネルしかなく路線番号も時刻表もない。
待っている人に聞いても自分の乗る路線のことしか
分からない。 しかしスーパーなどに行けば
写真のような路線番号ごとの時刻表が手に入った。
これは Vernon Av、Vermont Av.経由で
Griffith Park に行く路線。
『理由なき反抗』のグリフィス・パークに
行きたかったが行けず… -
字が小さすぎて読めないが、路線図に
交差する通りの名前があり停留所が分かる。
日本と違い外国では住所は一般に通り名なので
バス停の名前も交差する2つの通りの名前を
合わせたものが多い (四条烏丸という感じね)。
京都 (旧市街の通称) などは別として日本は
ブロック単位に何丁目何番地と回るので
住所が分かっていても簡単には見つけられない… -
映画ファンとしては
当然ユニヴァーサル・スタジオには是非とも行きたかった。
ディズニーランド行きも同じバス・ターミナルから…
[ディズニーランドは子供連れの
79年にやはり路線バスで行った] -
ユニヴァーサル・スタジオのパンフレット。
(買ったのは 79年のとき)
ほとんどのアトラクションは これと同じだが
現在の大規模なテーマパークとはかなり違う -
園内のアトラクションの地図。
No.1 (入口) からNo.22 (園外のホテルや駅) まで。
現在と比べるのは可哀相 (?) なぐらい地味。
それでも、(一応) 本物のハリウッドの
映画スタジオに来れただけで満足 -
このようなトラム (?) に乗ってスタジオ・ツアーをする。
ガイドの英語が早口で聞き取れない -
案内図 No.8 の Prop Plaza
これはスクリーン・プロセス、つまり馬車は
揺れるだけで動かず、背景のロール状の絵が動き
進んでいるように見せる -
橋が崩れ落ちる No.9 の Collapsing Bridge に突入
-
崩れ落ち (そうにな) る 橋を渡る
-
洪水が押し寄せてくる No.12 Flash Flood
-
あわや蒸気機関車と衝突する No.16 Runaway Train
-
これは看板だけだがジョーズが襲ってくる No.19
映画は 72年公開。
(下の娘がジョーズ好きで 79年に来たときは大喜び) -
写真では何だか分からないが
家が燃えている -
もちろん家は表だけのハリボテで裏には何もない
-
韓国に入国した記憶は全然ないのだが
景福宮ではないかと思える映像が入っているから
入国したようだがパスポートに
入出国のスタンプはないので不思議
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