2020/03/17 - 2020/03/17
451位(同エリア1856件中)
ペコちゃんさん
- ペコちゃんさんTOP
- 旅行記445冊
- クチコミ111件
- Q&A回答1件
- 728,483アクセス
- フォロワー24人
一度回ってみたかった「秩父札所めぐり」。
「秩父の札所」とは、秩父にある34カ所の観音霊場のことで、貴族の信仰を集めた西国三十三所、武士の信仰を集めた坂東三十三箇所と共に「日本百観音」に数えられる庶民の信仰の場で、その起こりは室町時代に遡ると言われています。
日本百観音の結願寺は秩父札所三十四番の水潜寺で、結願したら長野の善光寺にお詣りするのが慣例となっています。
秩父の大自然と素朴さを体感できる札所めぐりは徒歩巡拝が最適ですが、全部を一巡すると総距離約100キロにもなり、高齢の身には大変・・・ということで、車を使って何回かに分けて回ることにしました。
写真は、大草鞋が飾られた第四番・金昌寺の「仁王門」。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
<第一番>誦経山 四萬部寺(曹洞宗)
秩父札所観音霊場三四箇所は、行基が開基した四萬部寺から始まります。
平安時代中期(1007年)に播州・山性空上人が弟子の幻通に「武蔵国秩父は観世音菩薩有縁の地なり、彼の地に行きて教化せよ」と命じ、幻通はこの地で里人を教化して朝夕妙典四万部を読誦し、供養を行って経塚を築いて秩父第一番の霊場とした、という縁起があり、四萬部寺(しまぶじ)の名は、この事に由来しています。 -
仁王門は明治23年に、門前の旅籠(はたご)の火災で類焼し、現在の門は昭和5年に地元の旧家の門を移築したものです。
-
山門をくぐって境内に入ると、正面奥に朱塗り銅葺きの本堂(観音堂)が見えます。
-
本堂の右側にある納経所の屋根を見ると鬼が・・・鬼の下には「一番」と書かれています。
-
左側には手水舎と坐禅石。
-
その隣りにある「納経蔵」・・・ここには寺の縁起に因んで、一般から募った昭和の写経四萬部が奉安されています。
-
納経蔵の手前にある「功徳石」・・・回すことにより功徳が得られると言われています。
-
「お里がえりのお釈迦様」・・・江戸中期(1733年)に奉納された9体の金銅仏は、戦時中、国に供出されましたが、その中の1体が銀座の美術店で発見され、70年ぶりに再び経塚の上に安置されました。
この像は盗難に遭ったお陰で命拾いしたとか・・・こんな偶然があるのですね。 -
「干支守り本尊」・・・生まれ年にそれぞれの守り本尊様があり、自分の干支の本尊様にお詣りすると、厄除開運・心身健康・合格・良縁等の諸願成就の御利益があるそうです。
-
本堂は元禄10年(1697年) に建立され、埼玉県の有形文化財になっています。
-
本堂正面の欄間の左右には、地獄・極楽を描いた見事な彫刻があります。
-
「地獄之図」・・・前世の悪行の報いとして地獄に堕ちた者が、左の閻魔大王から責苦を受けています。
「極楽之図」・・・生前に善行を積んだ人が導かれる、極楽浄土の世界を表しています。 -
本堂の天井には、狩野常信の弟子・抱素斎休世常耀益之(ほうそさいきゅうせいじょうようますゆき)の描いた龍画があります。
-
本堂に飾られた四萬部寺の札所絵巻・・・「幻通比丘」
” 寛弘四年三月十三日 性空上人の弟子幻通が霊鳥のお告げで四万部の経典を読誦し供養し寺号は四万部寺といへり ”
「三千女」の銘が入った絵巻は、秩父の提灯屋のおかみさん・浅賀三千子さんが1988年から25年かけて描いたもので、三十四箇所すべてに奉納されています。
この絵のもとになっているのは、1858年から順次発行された「観音霊験記」・・・西国・坂東・秩父の各札所に因む霊験話が浮世絵と共に纏められ、巡礼ガイドブックとして人気を博したそうです。 -
鐘楼に吊るされた「平和の鐘」・・・昭和26年に鋳造されたこの鐘には、秩父郡市出身の一千霊の名前が刻まれています。
-
絵馬の数々。
-
本堂の右手にある「施食殿」・・・中央にはに八角形の回転輪蔵形式の厨子があります。
毎年8月24日に行われる大施餓鬼会は、古くから関東の三大施食の一つとして有名で、往時は三十俵の米を炊いて、信者はもとより乞食にも等しく施したそうです。 -
四萬部寺のすぐ横にある「旅籠一番」・・・江戸時代の創業で、四萬部寺の門前宿として栄えてきました。
-
<第二番>大棚山 真福寺(曹洞宗)
高篠山(標高:665m)の中腹(約300m)の高所に建つ真福寺は、大棚禅師の開基と伝えられます。
江戸初期には、本堂・仁王門・羅漢堂などを備えた大伽藍でしたが、1860年の火災で大半を焼失し、本堂は明治37年に再建されました。
現在は無住ですが、御朱印は山を下った所にある光明寺で頂けます。 -
欄間の龍の彫刻は、迫力に富んだ見事な逸品。
江戸時代に、札所の番号変更が行われた際、西国札所と坂東札所と合せて100カ所とするため、33番に1番加えて秩父札所は34番になりましたが、その時にプラスされたのが真福寺だと言われています。 -
札所絵巻「大棚禅師」。
” 禅師が岩屋にこもって読誦していると老婆が現れ 過去を懺悔して去った あわれんだ禅師は その供養のために堂宇を建立した ” -
本堂への登り口右側にある「大棚救世観音」。
-
真福寺の納経所となっている「光明寺(曹洞宗)」・・・807年に創建された秩父谷随一の格式を持った寺で、末寺に真福寺(札所二番)、常泉寺(札所三番)、金昌寺(札所四番)、福蔵寺、秀林寺の5寺があったそうです。
山門はありませんが、代わりに平成8年に寄進された金剛力士像が睨みをきかせています。 -
六地蔵尊・・・六地蔵とは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のそれぞれにあって、衆生の苦悩を救済する地蔵菩薩のこと。
-
鐘楼。
-
<第三番>岩本山 常泉寺(曹洞宗)
駐車場から田畑の間の道を進むと、鎌倉時代中期(1234年)に覚了和尚が開山したと寺伝に残る常泉寺の本堂が正面に、左側に観音堂がが見えます。
当初は西北の岩窟に観音像が安置されたのが始まりで、その後、光明寺の援助を得て現在地に観音様を遷座致しました。 -
往時は札堂・観音堂・弥陀堂・庫裏・本堂からなる立派な伽藍だったようですが、1847年に全焼した後、1858年に本堂が再建されました。
入り口には光明寺と同じく、対の金剛力士像が平成26年に造立されました。 -
本堂内部。
-
本堂の縁側にある「子持石」・・・母親が子供を抱いているような珍しい形の石で、子授けの御利益があると言われています。
-
本堂の左手には蓮池があり、岩山の下に石仏が祀られています。
その先の石段を登ると観音堂があります。 -
観音堂は、秩父神社境内にあった蔵福寺が神仏別離で廃され、その薬師堂を明治3年に移築した江戸後期の建物です。
-
向拝と本陣を結ぶ虹梁にある龍のカゴ彫り(すかし彫り)と正面梁の鳳凰は、熊谷の名工・飯田和泉の作・・・その見事さには目を見張るばかりで、江戸時代の彫刻の技に驚かされます。
-
観音堂内部。
-
札所絵巻「本尊」・・・ ” 聖観音像は行基の作と伝えられ 長命水、子持石、不睡石の伝説が残っている ”
-
<第四番>高谷山 金昌寺(曹洞宗)
秩父札所の中でも屈指の仁王門をもち、『石仏の寺』としてもよく知られています。
大草鞋が飾られた二階建ての「仁王門」、その左には六地蔵。 -
仁王門の仁王像は、身の丈7尺・・・口を大きく開いた呵形の金剛、ぐっと口を結んだ吽形の力士が、力強い形相で人々を射竦めています。
-
左右の柱には2mほどの大草鞋・・・仁王さんは「健脚の神」として崇拝されることから草鞋が奉納されています。
-
仁王門の階上には縁をまわして石仏の五百羅漢を安置しています。
裏側には「西国三十三所観世音」の扁額が。 -
仁王門をくぐって石段を登ると、ずらりと石仏が並んでいます。
天明三年(1783)の浅間山大噴火による飢饉から立ち直った寛政元年(1789)、当時住職だった古仙登嶽(こせんとうがく)が、千体石仏の安置を発願し、七年後に成就しましたが、それ以降も信者の寄進が続きました。
寄進者は江戸、武蔵国一帯の商人や豪農が多かったのですが、中には紀州家や越前家などの奥女中の名を刻んだ石仏もあります。
江戸時代の案内書には三千八百体もあったと書かれていますが、明治時代の廃仏毀釈により大部分が破壊され、現在は千三百体余りが残っています。 -
「十一面観音堂」・・・その手前には六地蔵尊が祀られています。
-
堂内にある本尊の「十一面観世音菩薩立像」は像高107㎝、室町時代の行基菩薩の作と言われます。
-
右手に徳利をもち、左手で大盃を逆さにしている「酒呑み地蔵」・・・この地の名主が酒の上で失敗したので、 ” もう酒は呑みません ” と代官の前で誓ったのに由来するとか。
-
これらの石仏は、寄進者が近くの石屋さんに頼み、寄進したものですが、同じ姿や顔が殆どないということにも驚かされます。
-
境内の一番高い所にある「観音堂」は、江戸中期(1709年)の建築。
-
観音堂の内部。
-
堂の前に祀られた「慈母観音(子育て観音)」・・・江戸の豪商・吉野屋半左衛門が、金昌寺のご本尊の霊験で子どもを授かったものの、その後、子どもと妻を相次いで失ったため、生前の母子の姿を浮世絵師に下絵を描かせて建立・供養した仏像で、優しい眼差しと笑みに包まれた母親と無心な子供の姿は、見る者の心を和ませます。
-
札所絵巻「荒木丹下」・・・ ” 悪人荒木丹下を 観世音が娘に姿を変えて改心させ 大善人とならしめた不思議な霊験なり ”
-
観音堂のそばにある「亀之子地蔵尊」・・・台座には亀が彫られています。
-
<第五番>小川山 語歌堂(臨済宗)
長興寺の壇徒であった本間孫八が、慈覚大師の作と伝えられる准胝(じゅんてい)観世音菩薩を安置するために建立した観音堂です。
納経所になっている長興寺は、250mほど離れた山側にあります。 -
語歌堂の「仁王門」。
詩歌の道を極めようと精進していた本間孫八は、ある日、観音堂を参拝に訪れた旅僧と夜を徹して和歌の奥義について論じ合ったことから、孫八は堂の名を語歌堂にしたと伝えられています。 -
仁王門の金剛力士像。
-
仁王門の裏側に飾られた風神・雷神・・・ちょっとユーモラスな表情ですね。
-
観音堂の上には、木の板に人物が描かれています・・・拝んでいるようにも見えますが、孫八が和歌の奥義でも考えているのでしょうか?
-
堂内に祀られた「准胝観世音菩薩」・・・6本の腕を持ち、蓮台に座り、その下に蓮茎を手で支える極彩色の2人の龍王がいます。
この観音様は長寿や心の迷いを救う功徳があるとされています。 -
札所絵巻「語歌堂」・・・ ” 旅人に化身した聖徳太子が御堂をたずね 孫八と和歌の奥義を諭したことから 語歌堂と名がつけられた ”
-
長興寺(臨済宗南禅寺派)は札所五番・語歌堂と札所九番・明智寺の納経所。
石段を登ると黒塗りの山門があります。 -
1462年に創建された長興寺・・・左が本堂で右が庫裡。
-
境内の六地蔵と子安地蔵尊。
-
<第六番>向陽山 卜雲寺(曹洞宗)
創建は江戸時代初期(1638年)。
卜雲寺(ぼくうんじ)とは変った寺名ですが、寺の開基とされる嶋田与左衛門の法号が卜雲源心庵主であったことに由来します。 -
別名・荻野堂とも呼ばれる卜雲寺・・・行基作と伝えられる本尊の聖観音菩薩は、武甲山頂の蔵王権現社に永く鎮座していた後に、荻野堂に移されますが、荻野堂は火災に逢って1760年に別当寺の卜雲寺に移されました。
1876年に本堂や境内の荻野堂・庫裏などが全焼した卜雲寺は、堂宇が再建された1907年以降、本堂に荻野堂の本尊を合わせ祀ったことから、現在は「札所六番卜雲寺」となりました。 -
本堂内部。
-
札所絵巻「禅客」・・・ ” 一人の膳客来たりて6年の間和歌の工夫せしが ある日誰とも知らぬ一首の和歌を詠じ 禅客この一首を聞き忽ち無常迅速の理を悟り その声の処を尋ね見れば一株の荻の下に詠歌の短冊あり 誠に観音の霊感なりと多くの人々霊験を蒙り 今の荻ノ堂を建立 繁昌の地となれり ”
-
境内の「願い地蔵」・・・徳川吉宗の時代に当地に疫病が流行したため、病気平癒祈願のために1737年に創立されたお地蔵さんです。
それから今日まで、子育・身体健全・延命の願い地蔵尊として多くの方々の信仰を集めています。 -
本堂の左手にある薬師如来を祀った「薬師堂」・・・眼病を治す御利益があると言われます。
-
高台に位置するト雲寺からは、武甲山がよく見渡せます。
「秩父セメント」で知られたセメントの原材料を採掘する武甲山・・・今も石灰岩の採掘は続いているので、100年後はどんな姿に変わっているのでしょうか。 -
<第七番>青苔山 法長寺(曹洞宗)
霊場七番の観音像は、かつて牛伏(うしぶし)堂に奉安されていましたが、1782年に堂が焼失し別当寺の法長寺本堂に遷されたため、現在は7番が法長寺になっています。
山門の左の石碑には「不許葷酒入山門」・・・葷酒(くんしゅ)とは、ニラなどの強い臭気がある野菜と酒の事で、人の心を乱し、修行の妨げになるため、寺に持ち込んではならない、という意味です。 -
間口24.4m、奥行18mの堂々たる法長寺の本堂・・・江戸の科学者・平賀源内の設計によるものと伝えられ、秩父札所の中で一番大きい建物です。
-
本堂前の右側に恵比寿様と大黒天、左側には牛の像。
-
「牛伏堂由来の石像」・・・平将門の家来がここに落ちのびて亡くなり、妻がその供養のため訪れると、その夜の夢に夫が現れて「将門にくみした報いでこの村の某家の牛の子に生まれ変わって苦しんでいる。」と言ったので、妻は出家して夫の霊を慰めたといいます。
また、牧童が草刈りをしていると一頭の牛が現れ、その牛は地に伏して動かなくなりましたが、一夜が明けると牛の姿がなく十一面観音象があり、牛は観世音の化身であろうと考え、牛伏堂と名付けたという伝えもあります。 -
本堂前の佛足跡・・・大きな岩石にお釈迦様の指の一本一本がしっかりと彫り込まれています。
-
境内に建てられた家内安全の観音様、背後には武甲山。
-
<第八番>青泰山 西善寺(臨済宗南禅寺派)
開創は1234年、観音霊場でありながら阿弥陀三尊の信仰を説き、多くの信者を集めてきました。 -
江戸時代後期には二度の火災に遭いながら、1845年に現本堂を再建し、2003年には本堂の大改修を行って創建当初の麦藁葺屋根風の銅板造りとなりました。
-
本堂内部・・・本尊の十一面観音のほかに阿弥陀三尊がまつられ、ボケ封じ・延命長寿・安楽往生の寺として信仰されています。
-
本堂前の「なで佛」・・・身体に悪いところがある人は、佛様の同じ所をなでると治ると言われます。
-
本堂前の「コミネモミジ」の巨木・・・天正年間に植えられた樹齢500年という老木ですが樹勢は今も良く、幹の周囲:3m、高さ:10mで、枝張りは南北18m、東西20m。
紅葉の時期に来てみたいですね。 -
<第九番>明星山 明智寺(臨済宗)
明智禅師が1191年に開創したと伝えられる明智寺の観音堂は、札所五番・語歌堂と同時代に同形式で建立され、明治16年に落雷で焼失した後は仮堂のままでしたが、平成2年に再建されました。 -
新しく建立された新観音堂は、二間六面の六角堂形式の美麗なもので、ここに御本尊が祀られています。
-
堂内に祀られた恵心僧都作と伝わる「如意輪観音菩薩」・・・安産と子育ての観音さまとして信仰が厚く、毎年1月16日の縁日には、女性参拝客で賑わいます。
-
その左にある「般若心経回輪塔」・・・これを回すことで般若心経をあげたのと同じ功徳があります。
-
札所絵巻「横瀬の兵衛」・・・ ” 孝行息子が盲目の母を連れて お堂にて経を唱えると 明星飛び出し 母の目が開いた ”
-
境内の左手にある「文塚(ふみづか)」・・・昔、一条天皇の皇后が難産で苦しんだ時、恵心僧都が勅命により九寸一分の香木に如意輪観音を刻み、安産を祈願したことで無事出産します。
以後、女人が願いを書いて納めたのが文塚の始まりと言われ、現在は写経の供養や、学業成就、家庭繁栄の御利益があるとして信仰されています。
その右には「子育観世音」・・・子供の無病息災、無事成長をお願いする観音様です。 -
<第十番>萬松山 大慈寺(曹洞宗)
こじんまりとした、いかにも山里の寺らしい雰囲気があり、九番・明智寺とともに子育観音としての信仰を集めています。 -
参道入り口・左側に祀られた、赤い頭巾の「延命地蔵」が巡礼者たちを迎えてくれます。
大慈寺は1490年の開創で、1493年に東雄禅師が再建して開山しました。 -
石段を上ると楼門形式の「仁王門」があり、左右の火灯窓からは、木彫乾漆の仁王像を見ることが出来ます。
-
像高4尺(1.2m)ほどの形のいい仁王像です。
-
2間半の向拝がある観音堂・・・堂を入った所は土間になっているので、参詣者は履物のまま入って拝むことが出来ます。
龍の彫り物も、なかなか見事。 -
向拝の柱の所にある「摩尼車」・・・一回まわせば、お経を一巻読んだのと同じ功徳が得られると言われます。
-
本堂内陣の宮殿厨子には恵心僧都作と言われる本尊の聖観音菩薩が安置され、その右脇には子どもを抱いた子安観音が安置されており「子育ての観音さま」として信仰されています。
-
堂内正面脇には、なで仏として諸病を治すと言われる「おびんずる様」が安置されています。
-
札所絵巻「攝州の儒士」・・・ ” 攝津から来た儒者が仏道を罵しるのを この寺の本尊 老僧に化身して一言にて諭す ”
-
アニメの絵馬・・・2015年に公開されたアニメ映画『心が叫びたがってるんだ』(ここさけ)に大慈寺をモデルにしたシーン(仁王門前の石段や本堂横など)が登場したことで、キャラクターが描かれている絵馬を奉納する人が増えています。
-
<第十一番>南石山 常楽寺(曹洞宗)
交通量の多い国道299号脇にあり、大正9年に秩父を訪れた若山牧水が、『秩父町 出はづれ来れば 機をりの 歌声つづく 古りし家並に』と詠んだのは、常楽寺前の坂道です。
因みにこの歌の歌碑は、芝桜で有名な羊山公園の入口にあります。 -
石段を上ると、こじんまりとした境内に本堂と納経所があります。
-
寺伝では、門海上人によって元文年間(1736~1741)に開かれた、と言われております。
当初は観音堂・仁王門・庫裏を備えた立派な寺でしたが、明治11年の秩父大火で類焼した後、明治13年に観音堂と庫裡が再建され、昭和47年に屋根などが修復されました。 -
本尊は十一面観世音で、病気平癒と長寿祈願の守護仏として信仰する人々の参詣は続いているそうです。
-
札所絵巻「住持門海」・・・ ” 門海当山に仁王門を建立 普請なかばにして邪気に犯され 薬服もかなわず本尊に祈念したれば 金剛神いでて門海の手を取り 忽ち平癒し本尊の霊験を蒙り 長寿を得たり ”
-
秩父市の石屋さんが寄進した新しい六地蔵。
第一番・四萬部寺から第十一番・常楽寺まで巡りました。
近いうちに第十二番・野坂寺から回りたいと思います。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
秩父(埼玉) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
98