2019/08/24 - 2019/08/24
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Tomさん
2019年8月20日(千歳発)~9月7日(千歳着)の間、スコットランドとイングランドを旅行したときの記録です。
8月24日はスターリングからダンファームリン、リーヴェン湖、スクーン宮殿、ケアンゴームズ国立公園を縦断してダフタウンへとドライブしました。スターリングからの走行距離は約260km。観光しながらの1日の走行距離は200kmが限界と考えていましたが、今回の旅行に費やす日数が限られているので、一気にダフタウンまで行くことにしていたのでした。
実は約40年前にも似たようなルートでスコットランドを巡ったのですが、これが最後のスコットランド旅行だと思うと欲が出て、いろんなところに行きたくなってしまい、結果的に計画倒れになってしまったことは否めません。自動車での移動であってもこの日のルートは、訪問先の数にもよりますが、2日かけるのが妥当かもしれません。
表紙の写真は、車窓から撮っただけのブレーマー城で、ケアンゴームズ国立公園のほぼ中心に位置する城です。上に述べたように、時間節約のため近くにあるバルモラル城と同じく真ん前まで行きながら今回も内部を見ることなく通り過ぎることになりました。
PCクラッシュ後の復元画像等を使用しているため、肝心の画像が掲載できなかったり、画質が悪いもの、クリックしても大きく表示されないものがあると思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月24日のルート(スターリングを出てダフタウンまで)。
昨日のルート(エジンバラ~スターリング)の2倍以上の走行距離。高速道路はほんの少ししか使わなかったので、道を間違えることはなかった。
ルート上のA,B,C等はルートづくりのためのピンで、訪問先とは一致しないことがあります。 -
最初の訪問先、ダンファームリン寺院。
ゴシック様式よりも古いロマネスク様式の建物。11世紀にマルコム3世の妃、マーガレット王妃が建てたベネディクト派の教会が始まり。
正面の平屋の小さな建物は列聖されたマーガレット王妃の聖廟(St. Margaret Shrine)。ダンファームリン アビー 寺院・教会
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ロバート・ブルースをはじめ歴代のスコットランド王がここ(建物の中)に埋葬されているが、どこが誰の墓かはほとんど不明である。
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内部に入ると古めかしい雰囲気の身廊や回廊がある。
実はこの部分は古い教会と呼ばれる部分で、新しい部分は後で見ることになる。 -
同じく古い教会。
身廊と回廊の幅がほぼ同じになっている。
最奥の扉から向こうが新しい教会と呼ばれる部分で、私たちがここに入った時には開かれていない時間帯だったので、気づかずに外に出てしまった。 -
外に出たところで南西側から撮影。
正式な入り口はやはり西側に面しているが、普段は回廊にところどころ開いている出入口を使っているようだ。
こちらから見ると確かに古い部分と新しい部分がはっきりと分かる。 -
一旦外に出て隣の遺跡(宮殿跡)からダンファームリン寺院を撮影。西側の正式な入り口が見える。この古い教会と呼ばれる部分は1126年にアレキサンダー1世が建設に取り掛かったもので入り口の両側に塔を備えていた。当時描かれた絵から想像するに、元の形を残しているのは尖塔があるほうだと思われる。木に隠れている塔は後に改修されたが、何らかの理由で片方がオリジナルのまま残されたのだろう。
上の写真と色調が違うのはそれぞれ違うカメラで撮ったから。 -
宮殿跡。
完全に廃墟となっている。 -
写真の奥の方にあった寺院に来る人々のゲストハウスに接して王族の宿泊のための建物だったが、列聖されたマーガレット王妃にあやかろうと歴代の王妃たちが出産のためにここで過ごしたことから宮殿として機能するようになった。
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1600年当時の宮殿の様子。
ここは特にジェームズ6世(イングランド王ジェームズ1世)の王妃、アン・オブ・デンマークのお気に入りの宮殿であった。彼女は後のイングランド王チャールズ1世をここで産んだ。
ジェームズ6世の時にイングランドとスコットランドは同君連合国となりチャールズはここで生まれた最後のスコットランド王となった。 -
宮殿の入り口でスコットランド・エクスプローラー・パスを提示するのだが、出がけにそこの人から寺院の新しい部分(新しい教会)を是非見るように勧められた。既に寺院を見てきたと言ったら、古い部分しか見ていないはずだから、もう一度寺院に入ってみるように言われたので入ってみると閉じられていた奥の扉が開いていた。進んで行くとこんな光景が。古い部分とは雰囲気が全然違っており、今でも日常の宗教行為がなされているのが一目瞭然であった。
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説教壇の下にロバート・ブルース(ロバート1世)の墓がある。
1818年に別な場所で発見されたものを翌年この位置(新しい教会)に新しい棺に入れて埋葬したもの。
ダンファームリン寺院及び王宮などには2時間は費やすべきだと先立たぬ後悔。 -
次に向かったのはレーヴェン湖(Loch Leven)。
図の中の2番目に大きな島には Lochleven Castle がある。 -
Kinross Ferry Landing から見た Lochleven Castle 。
こちら側の桟橋から城に向かうにはボートの予約が必要。 https://www.historicenvironment.scot/visit-a-place/places/lochleven-castle/
入場はエクスプローラー・パスが有効。
残念ながら、前日に予約しようとしたが、オペレーションの時間帯を外してしまったため。ボート券は直接窓口に行っても入手できなかった。でも、行ったとしても最低1時間は必要だったと思われる。かえって時間に余裕ができたと、その時は思ったが・・・・
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お土産屋の人にもう少し近くで城を見る場所があると教えられた場所にあった建物。どういった建物であるかは失念。
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上の場所から城の方角を見た光景。
中央の建物(タワー・ハウス)は1300年代に建てられたもので、ロバート・ブルースが訪れたこともあった。
城の所有者として有名なのはウィリアム・ダグラス。彼は1561年にスコットランド女王メアリーを客としてこの城に迎えたが、1567年から1年弱の間彼女を囚人として幽閉した。 -
Official Souvenir Guide (© Copyright Historic Environment Scotland 2019)より。
現在の様子を描いたもの。
一部石の壁と一体となっているのが、中心となる建物、タワー・ハウス(4番)。
木の陰になっている塔が グラシン・タワー(6番) -
Official Souvenir Guide (© Copyright Historic Environment Scotland 2019)より。
スコットランド女王メアリーが滞在したことがある1560年代の様子。
右手前が、女王メアリーが最初に幽閉されたグラシン・タワー。後にタワー・ハウスへと幽閉場所が移された。 -
Official Souvenir Guide (© Copyright Historic Environment Scotland 2019)より。
女王メアリーが1567年6月17日から幽閉された最初の場所、グラシン・タワーの様子。1階は貯水室、2階は居間、3階は寝室、4階は城壁からのみ出入りできる書斎又は書庫だった。メアリーは2・3階を使っていたと考えられる。彼女はここに幽閉後間もなく双子(ボズウェル伯との子?)を流産した。そこで彼女はタワー・ハウスのの4階へと移され、そこに幽閉された。 -
Official Souvenir Guide (© Copyright Historic Environment Scotland 2019)より。
現在のタワー・ハウス。
3階まで登る階段の先に入り口がある。メアリーは4階に幽閉されていたが、侍女2人とコックがおり、医者の侍従も許されていた。メアリーは縫物や刺しゅうをしたり、庭を歩くこともあった。 -
Official Souvenir Guide (© Copyright Historic Environment Scotland 2019)より。
メアリー女王が幽閉されていた頃のタワー・ハウスの内部。
多分1567年7月24日に王位を退き別れたままになっている息子のジェームズ6世に譲位する書類にサインをさせられたのはこの場所だったと思われる。
メアリーは翌年5月2日に島を脱出し、再びスコットランドの土を踏むことはなかった。 -
次の訪問先はスクーン宮殿。
マンスフィールド伯爵代々の館で、マクベスやロバート・ブルースをはじめとするスコットランド歴代の王やイギリスの王もこの宮殿と密接な因縁がある。
個人の所有なので、スコットランド・エクスプローラー・パスは使えない。
https://scone-palace.co.uk/
駐車場の端にある入場券販売所からの眺望。スクーン宮殿 城・宮殿
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宮殿の敷地図。
入場券を買うと貰える小冊子(ガイドブック)に掲載されているもの。
内部は撮影禁止になっている。展示されているものは数多く見ごたえがあり、余裕を持って見たいなら2時間は必要。 -
中央の開口部が入り口になっている。
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ムート・ヒルの礼拝堂。
野外に、歴代のスコットランド王が戴冠式を行う際に座るスクーンの石が置かれている。今あるのはレプリカで、本物はエジンバラ城に保管されている。 -
礼拝堂の前に置かれているスクーンの石(運命の石)
ウィキメディアより
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7804743
1296年にイングランド王エドワード2世がウェストミンスターに戦利品として持ち帰り、それ以後代々のイングランド王が戴冠式で座る王座にはめ込まれていた。1950年にスコットランドの民族主義者がウェストミンスターから盗み出したが、その際に2つに割れてしまった。結局発見されて1953年のエリザベス2世の戴冠式にも用いられた。その後1996年ブレア政権の時にスコットランドに返還された。 -
ガイドブックより転写。
ダイニング・ルーム。数々の象牙細工など70点もの展示品がある。 -
ガイドブックより転写。
ドローイング・ルーム(応接室)。
リヨン・シルクの壁が豪華。暖炉の両側にジョージ3世(在位 1760-1820)とシャーロット王妃の大きな肖像画が見える。 -
ガイドブックより転写。
ライブラリー。といっても書物よりも陶磁器のコレクションが素晴らしい。
初代及び第2代伯爵一家が実際に使ったもの。 -
ガイドブックより転写。
アンバサダーズ・ルーム。第2代伯爵が大使としてフランスの宮廷に派遣されていた時にジョージ3世から贈られたベッドがある。 -
ガイドブックより転写。
ロイヤル・ギャラリー。スコットランドの館では珍しく43mほどの長さがある。かつては壁画が描かれていたが、18世紀には改修された。また、スクーンの石に座って戴冠するために王や王族がこの館に滞在することもあり、宮殿と王室は因縁が深い。 -
スクーン宮殿からケアンゴームズ国立公園を縦断して次の目的地へ。
ここはA93号線グレンシー・スキー・センターを過ぎた辺り。 -
同じくA93号線。
天気が良ければこの辺りは素晴らしい景色。 -
ブレーマー城。
個人の持ち物なのでパスは使用できない。
1628年にマー伯爵の居所として建設されたが、ジャコバイトの反乱の際に破壊された。その後18世紀に再建された。 -
本当はここと、近くにあるビクトリア女王が所有権を取得しその後王室所有の城となっているバルモラル城を訪れる予定だったのが、時間的に厳しくなってきたので、写真撮影だけにした。
バルモラル城も写真だけはと思い、駐車場まで行ったが、撮影に適当な場所が見つからず断念。 -
A93号線からA993号線に入り田舎道を進む。一面にヒースの花が見られる。
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コーガーフ城。
車窓からの撮影のみ。元々は貴族の住居であったが、ジャコバイト狩りの兵舎として使われたり、ウィスキー密輸業者の基地として使われた。Corgarff Castle 城・宮殿
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この辺りはそれほどでもないが、稜線に道があるような所をどちらに踏み外しても転げ落ちそうな怖さを感じながら運転した。初めての道なのでとても緊張する。
位置情報は大体の位置。 -
ようやく人の営みが見えてきた。
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スキー場。見えていた建物はスキー場の施設の一部だった。
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この近辺にはシングルモルトウィスキーの発祥地グレンリベット蒸留所があり、訪問地の一つにしていたが断念。
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いよいよダフタウン中部へ。
中央奥に小さく時計塔が見える。時計塔を通り越して少し進むとコンビニ(Coop)がある。 -
時計塔の前を右折するとすぐに Whisky Shop と Commercial Hotel が見える。
今夜の宿はこれらの通りを隔てた斜め向かい Gowanbrae B&B に日本から予約を入れておいた。 http://www.gowanbraebandb.co.uk/
夕食は宿のオーナーが連絡を取ってくれた2・3軒のうちの Commercial Hotel のレストランで。少し驚いたが、こんな田舎でも席がなかなか取れなかった。 -
ファミリー・ルームに宿泊。
個人経営の日本でいえば民宿みたいなもの。 -
それなりにアメニティーがある。
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バスルーム。
バスタブなし。
いくつか予定していた訪問先を割愛せざるを得なかったが、ある程度想定していたことだった。一番悔やまれるのは Lochleven Castle に行けなかったことかな。
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