2020/01/01 - 2020/02/27
1557位(同エリア30363件中)
品行方正さん
台北市民はなにかにつけ、よく陽明山に足を運ぶ・・
自然環境は大切に保護され、その中には登山・遊歩道が縦横に配置されている。
台北から近く交通至便で観光スポットは無数に点在し、温泉が有りカフェやレストラン等も充実している。
陽明山一帯から台北市街を一望に見下す風景は素晴らしく、また山の裏の左右には淡水港と基隆港が位置している。
台湾の統治を始めた日本は真っ先にこのロケーションに注目した。
まずは軍事的要衝として一帯の整備を急ぐ事になる。
整備が進むにつれ様々な施設が増え、当時の日本人にもよく利用されていただろう事が想像される。
北投をはじめ、何しろ温泉が有るからねっ・・
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いきなりで唐突だが、私は人格者である。
比較のためアメリカのトランプ大統領と比べてみた結果、その様な結論に達した。
第三者から指摘された事はまだ一度も無いが、他の人は私の事を良く知らないのだ。
私には人格者に必要な10個もの条件が全て備わっている。
まず第一に“決して後悔はしない!!“
第二に“決して腹を立てない!!“
あとの八個はにわかには思いつかない。
そもそも“10個”もの設定が多過ぎたのではないかと後悔している。
人格者にも関わらず、私は今まで尊敬された事がない。
人格者を尊敬しない世の中になってしまったのである。
尊敬しないまでも、せめて金品の提供くらいは考えてみて欲しいものだ。
次第に腹が立ってきた・・・
まさにその時である。
現地情報員から新規ミッションの提案が着信した。
慎重の上にも慎重に検討を重ね、遂に決行の決断を下したのであった!!!!!
物見遊山のつもりでいても知らなかった歴史上のアレコレがやはり存在し、ついつい色々な事を考えさせられる・・・
そこで今回は今まで訪れたこの一帯をまとめて思い返してみる事にした。 -
まずは陽明山一帯への入り口にもあたる北投温泉。
たまたま何かのお祭りの時に訪れたが、日本の温泉地もゲストで参加していた。 -
日本人から見ても違和感が無いお祭り用の飾り付け・・
以前にも来た事があるが、その時に比べても駅前はかなりの変わりようである。 -
案内センターを設けて各種パンフレット等も用意していてPR活動には余念がない。
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足湯ではなく手湯の設備。
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淡水線が開通した当時の歴史が紹介されている。
基隆港が整備される迄は淡水港がメインだったので、当時の日本は台北⇔淡水間の輸送力増強にまず着手した。 -
基隆港が充実した後は物資輸送用としては用済みになり、温泉に向かう観光路線として存続した。
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何しろ温泉場なので日本時代には「宮ノ下」などという駅もあったらしい。
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我々の年代には充分見覚えがある車両。
台湾の人達にもこれが懐かしいらしい・・ -
世界的にもその美しさと環境に配慮した建物として有名な図書館。
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いつ行っても学生がパソコンや本を開いて勉強しているし、一般の台北市民にとってもただ単に時間を過ごす場所としても高い人気を誇っている。
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観光目線にも充分耐えられる図書館だ。
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アジアの一部の国では「何故台湾へ行くのか?」の理由の一つにも挙げられているらしい。
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・・たしか休憩展望台を兼ねた公衆トイレ。
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そして何と言っても日本人には温泉博物館。
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これが公衆浴場として建てられたとは思えない程の立派な施設。
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当時の人々も今で言うスーパー銭湯に出かけて入浴や食事、そして娯楽を楽しんでいたわけである。
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風呂上がりではないが大広間に来ればどうしてもこの様になりますね。
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当時の日本でも、ここまで立派な公衆浴場が有っただろうか?
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建物自体にも一見の価値が有ります。
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・・しかし日本人が去ったあと、国民党統治時代には捨て置かれて廃墟になってしまったそうである。
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228事件の後遺症もあり、日本的なものには関わり辛い時代が暫らく続く・・
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しかし民主化がなって、台湾の人々は日本時代の物でも価値のあるものは出来るだけ復活させようと思ってくれたのである。
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これだけのものを復活させるのだから、決して少なくはない税金が投入されたはずだ・・
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日本時代の遺物は撤去して、代わりに台湾化した整備にカネを遣えという意見も当然あったでしょう。
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しかし、結局は残してくれました。
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ここだけでは無くそれこそ台湾各地に残され、そして大切に保存されている事実を私たちは知っています。
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日本の文化に対して、ここまで礼を尽くしてくれる国民が他にいるでしょうか?
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有難い話しです・・
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日本統治時代、国民党独裁時代、そして民主化された現在。
その全てを歴史として俯瞰できる心のゆとりを感じます。 -
もともとドイツ人が硫黄を求めて発見した北投温泉だが、温泉といえば日本の独壇場。
日露戦争時にはすでに傷病兵の湯治場として利用していた。
日本統治も相まって、ここはことさら日本風な地域として発展する。 -
日本旅館や一般の住宅も、当時のまま残されているものが少なからずある。
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何れも多くの観光客を集めている。
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程よい休憩地点にあるショップ及び食事どころ・・
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ここは少師禅園。
北投温泉から少し山に登った地点にある。
元々は日本旅館だったが終戦真際には特攻隊の出撃前の接待所としても使われていた。
国民党政権時代は張学良の幽閉場所となった屋敷である。
関東軍に殺された張作霖の息子だ。 -
張学良といえば、蒋介石を拉致した西安事件である。
当時蒋介石は日本との衝突はなるべく避け、共産党の殲滅に全力を注いでいた。
ほぼ目的を達成し、最後の仕上げに赴いた西安でこの事件が起こったのである。
信長の“本能寺の変”みたいなものか・・?
この事件が無ければ共産党は勢力を失って、現在の中華人民共和国は多分無かった。 -
共産党から事実上工作を受けた張学良は蒋介石を拉致した上で、共産党への攻撃の中止と共産党との協力による日本軍との戦いを要求する。
命を質に取られた蒋介石は解放を条件にこの要求を受け入れた。
ここで命拾いした共産党が後に蒋介石を大陸から追い出す事になるが、張学良もその責任の一端は感じていたようである。
またこの事によってまさに日中戦争が本格的になり、日本軍は大陸の奥へ奥へと引きずり込まれる。
従って大陸では張学良は英雄として称えられ、映画まで製作されている。
共産党は英雄として大陸で生涯を終えるよう申し出たが、張学良自身が応じなかったらしい・・ -
しかし中国統一を代表するほどの人物は結局蒋介石以外には居ない事を、この事件により改めて確認される結果にもなった。
従ってその生命を脅かした張学良は批判され、その罪を問われてこれ以降幽閉されることになる。
台湾に逃れてからはこの屋敷があてがわれ、ここで生活する。
立派な日本家屋で景色も素晴らしく、しかも温泉付きである。
随分優遇されたものだ・・ -
今では温泉施設を備えた洒落たカフェレストランになっている。
外からだが張学良の生活スペースも見学できる。 -
入場料を払えば足湯の利用ができる。
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これが無料の足湯。
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周囲の飾りが何か可愛すぎる。
若者にも来て欲しいという事か‥? -
この日は小学生くらいの子供を連れたママが読書をしながらマッタリしていた。
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カフェエリアの内装はなかなか凝っている。
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日本風なのか中華風なのか、それとも洋風なのか?
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せっかくの飾りつけを見て、店内を一廻りしてみたくなる。
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カップルの利用にも充分耐えられることは間違いない・・
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夕方になると北投温泉の方向に太陽が沈む。
最近はガスがかかる事が多くてチョット台無し・・ -
日本とは少し様子が違うが台湾の花見もスゴイ!!
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桜が咲くと皆一斉に花見に出かけ、人気スポットに行くためにはバス停で大行列に並ぶことになる。
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日本人の感覚からは少し赤みが強すぎる気もするが、こちらの方が自然なのか?
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目立った枝ぶりがあると車の通りがかりでもわざわざ停車して、写真を撮ったりなんかしている。
いずこも同じだ・・ -
花見スポットにも食事処は有るが、文化大学付近まで移動した。
この一帯はアメリカ軍が駐留していたころの住宅用地だったが、今は再開発されてちょつとしたレストラン街を形成している。 -
その中のパンやパスタを売りにしている一軒に入ってみた。
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台湾食もいいけどたまにはね・・
と言うより若い人にとってはむしろこちらの方が主流かも。 -
ここは陽明山一帯の中心にあるバスターミナル。
ここを通過したり、あるいはここを起点に各所に向けてのバスが発着している。
散策路の起点の一つでもある。 -
立派な消防署。
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取り敢えず人が集まるのでゴハン屋さんも店開き。
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その中にピザ屋さんが一軒有った。
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ピザとパンを売りにしている。
意外と本格的? -
陽明山バスターミナルから、あちこちの散策路を巡る循環バスがある。
目的の散策路入り口のバス停で下車して奥に向かう。 -
どのコースを歩いても自然一杯で気持ちがいい。
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ここは二子坪。
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この日は曇りがちで展望は今イチでした・・
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点在するスポットをバスが繋いでいる。
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バスを乗り継いで何か所かを廻ることも可能だ。
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なかなかの風情が各所にある。
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バスターミナルから少し降りた所にあるチョットした展示館。
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ここで台湾の風土によく適した蓬莱米という美味しいコメが開発された。
これによりコメの生産が飛躍的に伸び、しかも非常に美味だったので台湾の人々にも感謝されている。 -
その功績を紹介する展示館だが、台湾大学農学部にも同じような展示があり自由に見学できる。
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日本の二人の研究者が中心になって開発された。
その功績は大きく称えられている。 -
当時の作業の様子などを係の人が丁寧に解説してくれる。
たまたま日本語が少しできる人がいたが、普段の見学者は主に台湾の方達のようだ。 -
その他、近所に散策路もある。
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自然が豊か過ぎて、さりげなくヘビがいた。
小さな流れの向こう岸だったので余裕で写真を撮ったり他の人に教えてあげたりしたが、都会人である台北っ子も流石にビックリしていた。 -
視界の大部分は広々とした大自然だが・・
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その中に時々不思議なほど立派な家があったりする。
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この辺りは紫陽花の花畑が広がっていて、季節には多くの人々が訪れる。
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観光花園も有り、入場料を払えば中に入って近くから観賞する事もできる。
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ふと遠くに視線を向けると雄大な山並み・・
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近くを見れば長閑なこと、この上ない。
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ここは竹子湖バス停。
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小さなバス停なのに隣接して立派な公衆トイレがある。
バスを降りた人にも、これからバスに乗る人にも有難い配慮だ。 -
この辺り一帯の見どころ案内。
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これがメインストリート。
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こんな所の街灯が何故かこんなふう・・
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観光客相手の食事処。
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何故か日本の団子屋さんが有ったりしたけど・・
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ここもお花畑を見にくる場所だ。
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広々とした花畑が拡がる。
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だから道端に花屋がいっぱい・・
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花屋さんの街だ・・
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ここも遠くには山並み・・
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まぁ、いわゆる農村風景。
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その中に観光花園兼食事処が有ったので、見学を兼ねて一休みする事にした。
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見通しも風通しも良く、快適なスペースだった。
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肉と野菜を炒めたもの・・
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これはシダの仲間だそうだが、シダが食用になるのを初めて知った。
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野菜や果物の販売もしている。
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花園も一巡りしてみる。
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要所に休憩スペースも用意されていて、そんなに広くは無いがゆっくりしようと思えばかなりの長居が出来そう・・
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そしてやはり、周りはここも山並み。
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さて最後に蒋介石が別荘として使用し、ちょっとした迎賓館としても利用されていた草山行館。
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陽明山バスターミナルの近くだがここもバスで行くことが出来る。
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このアプローチの先には素晴らしい建物とロケーションがある。
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この建物は当時の台湾を代表する製糖会社である台糖の接待所として建てられた。
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台糖と言えばその設立には総督が関わり、当時の宮内庁も出資者として名を連ねる名門企業であった。
その縁でか皇太子時代の昭和天皇もここを訪れている。 -
砂糖は当時の日本にとって単なる甘味料ではなく、貴重な物資の一つだったのである。
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前面は洋風だが、奥は上品な日本建築になっている。
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現在はご多聞にもれずレストランになっていて、レストラン利用者は内部の見学ができる。
ショップが有り、古い備品などの展示もしている。 -
お昼を過ぎるとティータイムになるので、時間まで待機することにした。
この部分は見ての通りすでに日本建築の部分である。 -
落ち着いた、上品な空間でした。
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コーヒーを飲みながら一休みしたあと、早速内部を見学してみた。
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ここである事を感じた・・
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蒋介石はここを別荘とし(士林官邸以前の官邸)外国からの要人もここに招いた訳だが、なぜ日本建築のままで使用したのか不思議に感じたのである。
日本を敵として戦い、そして戦争に勝ったのだ・・ -
中華風に、絢爛豪華に建て替えても良さそうなものだ。
このままでは日本の佇まいで寛ぎ、何より日本の空間に外国のゲストを迎えた事になる。
自分こそ中国を代表する人間であると自負していたはずではないか・・
台湾神宮の跡地に海外要人の接待用に建設された圓山ホテルなど、まさにその極みだ。 -
台北にある総統府や賓館、博物館等の日本が建築した洋館を利用するのとは意味が違うような気がする。
婦人のアトリエスペースも再現されている。 -
中庭も日本風。
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何より草山行館という名称だ・・
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現在は陽明山と呼ばれているこの一帯だが、この名称は国民党政府になってから新たに名付けられたものである。
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それ以前は日本が名付けた草山がここ一帯の名称であった。
草山を廃止して陽明山にしたのなら、ここも陽明山行館で良いではないか・・? -
何故このまま残っているのか、とても不思議な気がしたのである・・
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この建物を建てた台糖だが、戦後国民党政府に他の明治製糖等と共に接収された。
日本の製糖会社はまとめて統合され、現在では中華民国の台糖として存続している。
西門町には立派なビルが建っている。 -
これは防空壕だそうだ。
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建物の鑑賞としても一見の価値がある。
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これを今見れるのも感謝・・ですね。
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流石にロケーションは抜群だ・・
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前方にはお城のような文化大学。
この大学自体、台北の夜景を見下ろす絶好のスポットだそうだ。
・・でもヤッパリ少しガスがかかっている。 -
すぐ下には日帰り温泉施設。
ここにもバス便があるが特別な温泉マニア・・いや、オタクのレベルまで達している方ならば面白いかも。 -
帰りは下り坂なので陽明山バスターミナルまで歩いて向かう。
と言うより、もともとこの辺りも散策コースの一部だ。 -
歩きながら遠くに目をやると、例によってやっぱり山並み。
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もうバスターミナル目前です。
あとはまたバスに乗って台北方面に帰るだけです。
・・という訳でここら辺一帯のアレやコレやを強引に一纏めしてみました。
普段何かとご当地の方々に良くしてもらっているので、幾分贔屓目線かも知れませんがなに分ご容赦を・・
これにて今回も
・オ・シ・マ・イ・
です。
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この旅行記へのコメント (4)
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- atouさん 2020/03/20 15:31:29
- 感謝申し上げます。台湾
- 台湾政府は。。貴重なる税金を使い日本時代の神社。仏閣。など修復してくれています。。
朝鮮人は日本時代の建物すべて破壊したり。日本植民地時代時代に植えた貴重なる古木も伐採しています。どうしてこんなにも違うんでしょうね当時の日本政府は同じ様に植民地政策していたと思います、、。
- 品行方正さん からの返信 2020/03/20 21:31:16
- Re: 感謝申し上げます。台湾
- コメント有難うございます。
旅行記にも書きましたが、結局は心の余裕だと思います。
少なくとも悪意を持って為された事と、そうではない事をゴチャゴチャにはしません。
これを機会に宜しくお願いします。
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- あけちさん 2020/03/19 16:28:38
- 贔屓目線でいいと思います^ ^
- 品行方正さん こんにちは
とうとう日本からも入境禁止で、出張も観光も実質的に不可能な状態になりましたね
台湾政府が早々に中国から入境規制に取り組み、対策もしっかりしていたので"日本にいるよりも安心だから"と訪台した人、"キャンセル料が勿体ないから"と訪台した人もいたと思いますが、"大好きな台湾に迷惑をかけたくない"と諦めた人の方が4トラには多かったような気がします^ ^
そんな台湾迷は"妄想旅行"で我慢している人も多いのでは…
淡水在住の品行方正さんならではの目線で、台湾の素晴らしい景色を旅行記で見ることができて嬉しく思いますし、歴史や文化を学ぶことができて勉強になりました
北投温泉や陽明山一帯の遊歩道など魅力的な所を沢山紹介してくれてありがとうございます
早く事態が収束して、安心して台湾へ遊びに行ける日がくることを願っています
ビザ更新の為の帰国はこれからでしょうか?お体に気をつけてお過ごし下さい
- 品行方正さん からの返信 2020/03/19 18:05:40
- Re: 贔屓目線でいいと思います^ ^
- こんにちは
有難うございます・・
ビザ更新は規制が厳しくなる前に無事済ませましたが、問題は次回です。
ノービザ90日が適用されなくなった状態なので、今後は毎回ビザの申請が必要となってしまいます。
要はいつまで続くか・・という事ですが、念のため詳細が知りたいので交流協会に行ってみます。
次回は6月ですが、どうなっていることやら・・
さて品行方正の運命や如何に!!??
それではご機嫌よう
さようなら・・・
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