2019/12/03 - 2019/12/03
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minaMicazeさん
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熊谷市の「星渓園」に行ってきました。
「星渓園」は、江戸末期から明治にかけて、竹井澹如(たけいたんじょ)翁がつくった回遊式庭園です。園内には、星溪寮、松風庵、積翠閣の3つの建物があり、お茶会などの日本的文化教養の場として使われています。
竹井澹如は、群馬県甘楽郡南牧村出身、熊谷宿の本陣竹井 家を継ぎ、竹井家の14 代当主となりました。初代の県議会議長となり、 産業・土木面でも大きな功績を残したそうです。
旅行記作成に際しては、「星渓園」のパンフレット、「くまがやねっと」「熊谷デジタルミュージアム」などのネット情報を参考にしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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「星渓園」は、埼玉県熊谷市の市街地にあります。国道17号線・本石二丁目交差点(北東角に八木橋デパートがあります)から、国道407号線を南へ進み、跨線橋へ上がらずに左に入ります。写真の奥が跨線橋、左のビルの端に「星渓園」の看板が見えます。
跨線橋の真下には、秩父鉄道の上熊谷駅があります。 -
跨線橋左の側道から、左に曲がると「星渓園」があります。写真は「正門」、右に5台分くらいの駐車スペースがあります。
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「星渓園」は、熊谷市の指定文化財です。
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「星渓園」は、江戸末期から明治にかけて、竹井澹如(たけいたんじょ)翁がつくった回遊式庭園です。
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庭園内には、「星渓寮」「松風庵」「積翠閣」と名付けられた3棟の建物があります。
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正門から入って右にある建物が「星渓寮」です。
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「星渓寮」の周りでは、紅葉が進んでいます。写真は北東側、正門との間の紅葉です。
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イチオシ
その西側の紅葉です。
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さらに、その西側です。
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「星渓寮」の横の門から、中に入ります。
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中には、池があります。
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池には中の島があり、島には四阿があります。
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左へ歩いて行きます。
一周した後で分かったのですが、左ではなく右へ行くのが順路だったようです。 -
振り返ってみます。
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左側に「松風庵」があります。
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「松風庵」は約13坪で、2つの部屋があります。
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「松風庵」の右(北)に、「積翠閣」があります。この建物は、昭和5年(1930)に、竹井耕一郎(竹井澹如の長男)が建てました。高床式で、和室と洋室があります。
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黄葉に陽が当たって輝いています。
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イチオシ
手前の葉は、まだ緑です。これから紅くなるのでしょうか。
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背景が青空なので、より綺麗に見えます。
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葉の形は”モミジ”でも、黄色くなる葉と紅くなる葉があります。
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池の北東側は、ほとんど緑です。
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まだ緑ですが、このまま枯れてしまうのでしょうか。
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池には、もう一つ中の島があります。写真は、北西側の橋です。
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東側の水面には、枯れ葉が吹き寄せられています。
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池の南側の遊歩道には、たくさんの枯れ葉が落ちています。
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枯れ葉を踏みながら、池の南側を、西へ歩きます。
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池の南側の紅葉です。
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こちらはイチョウの黄葉です。
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遊歩道は枯れ葉で埋まっています。
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池の南西側の紅葉です。
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この紅葉は、切れ込みが深い葉です。
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「星渓園」の南西エリアも、枯れ葉が積もっています。
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その一角に石碑があります。
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「鹿児島寿蔵の歌碑」です。
鹿児島寿蔵は、アララギ派の歌人で人形作家、人間国宝です。戦争で東京の自宅が焼失し、熊谷に疎開していました。碑に刻まれた歌は、1980年に、「星渓園」などの熊谷草生息地を訪れた際、熊谷草保存活動に想いを寄せて作った歌です。 -
イチオシ
石碑の周りも、遊歩道も、隙間なく、枯れ葉に覆われています。
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池の西側の黄葉です。枯れ始め、一部散り始めています。
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黄色いモミジです。
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イチオシ
でも、中には、紅い葉もあります。黄色が紅くなるのでしょうか。黄色は黄色のままかれるような気がしますが、右下の方に、紅くなりかけたような葉があるので、もしかすると、全部が紅くなるのでしょうか。
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池の南側の、落ち葉に埋もれた遊歩道を、池の東まで戻ってきました。
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西側の中の島に渡る橋です。
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水に映った紅葉と、枯れ葉と共に浮いているカモです。
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このモミジは、まだ緑です。後ろは、左が「松風庵」、右が「積翠閣」です。
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池の西側を、南へ向かいます。
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池の仁川に、門があります。
説明板によると「珪化木の門」です。珪化木(けいかぼく)とは、植物の化石の一形態です。土砂に埋もれた樹木の、細胞内や細胞壁に珪酸成分がしみ込み、原型をとどめたまま化石化したモノです。 -
門の横木の部分が珪化木のようです。
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その上方には、紅葉と黄葉があります。
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イチオシ
池の方を見ると、サザンカが咲いています。
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「星渓寮」の前に「袖振り石」があります。
説明板によると、加藤清正が朝鮮半島から持ち帰って秀吉に献上し、大阪城へ。
徳川家康が、忍城の城主・家康の四男の松平忠吉に譲り渡して、忍城へ。
その後、巡り巡って竹井家が保管していたとされます。
これは、一対あったうちの右側で、左側は不明だそうです。 -
園内を一回りしたので、正門へ戻ります。
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再び、正門から見た「星渓寮」です。
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量は多くありませんが、綺麗な紅葉と黄葉を見ることができました。
( おしまい )
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