2019/10/28 - 2019/10/29
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hidemi.yさん
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10月下旬、友達夫婦らと一泊二日で中伊豆方面を観光してきました。
名古屋から新東名を利用し、長泉沼津インターから伊豆縦貫自動車道を経て三島塚原インターを下りて、最初の観光地は、全長400mの日本一の大吊橋「三島スカイウォーク」を体感。
続いて定番観光地の産業革命世界遺産の一つ「韮山反射炉」を観光した後、伊豆長岡温泉街の「ホテルサンバレー伊豆長岡」にて宿泊しました。
翌日は雨天、ホテルを後にして修善寺温泉街に向かいました。
温泉街では、修善寺温泉発祥の湯「独鈷の湯」を横目に伊豆の嵐山と言われる「竹林の小径」を散策し、修善寺のシンボル「修禅寺」を拝観した後は、駿河湾フェリーに乗船するため西伊豆土肥港に向かいました。
静岡清水港で下船後は、「久能山東照宮」を参拝して来ました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 2.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
午前10時過ぎ名古屋出発後に昼食に立ち寄った新東名の静岡サービスエリア
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清水パーキング近くからの富士山
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三島スカイウォークの玄関口。駐車場の北側にギフトプやレストランが立ち並んでいます。
ギフトショップ奥の設費2億円のトイレは必見です。 -
駐車場からは南ゲートに進み、ここから入場して渡橋します。
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南ゲートのチケット売り場です。
大人往復1,100円です。
雨天の場合は無料でカッパを配布してくれるそうです。 -
スカイウォークの入口です。
ここは「日本一高い富士山と日本一深い駿河湾を日本最長の大吊橋から眺める」という観光地。
当日は晴天でしたが、富士山山頂付近には雲がかかり、勇壮な姿を見せてくれませんでした。 -
吊橋終点の北エリアです。
北エリアには、飲食店や展望デッキ、フォレストアドベンチャー、それに復路を宙吊で滑り抜ける「ロングジップスライド」の出発点等がありました。 -
続いては、ここから南下して定番観光地の産業革命世界遺産の一つ「韮山反射炉」を見学。
韮山反射炉は、17世紀頃、ヨーロッパで発達した内部のドーム状になった天井の炉体部と、煉瓦積みの高煙突からなる、熱や炎を炉内の天井で反射し、一点に集中させることにより、高温で鋳物鉄を溶かすシステムの反射炉で、大砲などを鋳造していたそうです。
竣工後、数回の補修が行われ、稼働を終えた後、150年以上に亘り現在まで保存されているとのこと。 -
ガイダンスセンターでは、反射炉築造の経緯や稼働時の様子、保存の取り組みなどが映像等で紹介されていました。
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今回の旅行の宿泊地は、韮山反射炉からほど近い伊豆長岡温泉街のホテルサンバレー長岡。
日本庭園とお風呂が立派で、また館内は、日本画や美術品が展示されミニ美術館のイメージです。
長岡温泉のルーツは、源頼朝の正室、政子の生家北条氏の所領地にあった湯治場で、泉質はアルカリ性単純温泉とのこと。 -
利用した部屋は和洋室で、夕食は、一部対面調理式の品数豊富なバイキングでした。
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翌朝は予報どおり雨天。
グレーな気分でしたが、豪勢な朝食バイキングで元気はつらつ。 -
二日目の観光は、修善寺温泉街の散策。
まずは温泉街の中心を流れる桂川の河畔に湧く「独鈷(とっこ)の湯」。
修善寺温泉発祥の湯とされるが、入浴不可で見学のみでした。
この温泉は、昔々、空海(弘法大師)が修善寺を訪れた際に、桂川で病気の父親の身体を洗う少年に出会い、その少年の孝行な心に胸を打たれて、持っていた仏具(独鈷)で川の石を突いて温泉を湧き出させ、その温泉に浸かった父親の病気は回復していったという空海にまつわる伝説が残された「伊豆の七不思議」の1つとされています。 -
続いては伊豆の嵐山と呼ばれる「竹林の小径(ちくりんのこみち)」の散策。
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そして近くのアトリエ見学。
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最後は修善寺のシンボルと言われる「修禅寺」拝観です。
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平安初期に空海(弘法大師)によって創建され、修善寺温泉の名前の由来になったと言われており、鎌倉時代には、2代将軍頼家が幽閉、殺害された場所とのこと。
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手水場では、龍の口から温泉が出ており、この湯で手を温めてからお参りをするのが習わしの様です。
尚、この先西伊豆土肥港からフェリーに乗船する為、時間に余裕がなくて観光できませんでしたが、修善寺温泉を流れる「桂川」には5つの橋が架かっており、その渡月橋(みそめ橋)、虎渓椅(あこがれ橋)、桂橋(むすばれ橋)、楓橋(よりそい橋)、滝下橋(安らぎ橋)全てで願いをかけながら渡ると恋が実るという言い伝えもある「恋の橋」めぐりがありますよ。 -
「金山」の看板に目を引かれ、フェリー乗船までの時間調整で立ち寄ってみました。
ここは徳川幕府の慶長大判小判の地金を産出した、佐渡金山に次ぐ生産量を誇った伊豆最大の金山の坑道の一部を観光用に整備し、砂金採りも体験できる金のテーマパーク。
観光坑道と黄金館の見学をするに時間的余裕がなかったことで、売店内の散策のみとなりましたが、黄金館には世界一の巨大金塊が一般公開されているとのこと。 -
西伊豆土肥港から駿河湾フェリーに乗船しました。
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駿河湾フェリーは、静岡清水港まで約70分で結び、晴天ならば船上から雄大な富士山を海岸線から頂上まで一望できるとPRされていました。
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また、フェリーの航路は、全国でも珍しい県道223号に認定されているとのことで、船内には県道の表示がされています。
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淡灰色の清水コンテナターミナル方向の景色
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乗船したフェリー「富士」号
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フェリー下船後は「日本平」に向かいました
ここ日本平からは富士山を正面に、眼下に三保松原や駿河湾の絶景が眺められる筈ですが、雨天のため周囲は淡灰色で何も見えませんでした。 -
世界文化遺産に登録された徳川家康ゆかりの歴史的建造物、久能山東照宮を参拝するため、日本平ロープウェイの日本平駅でチケットを購入。
このロープウェイは、久能山麓から徒歩で1,159段の階段を昇るところ、久能山駅まで片道を約5分て結んでいます。 -
日本平駅に到着したロープウェイ。
この折り返しの便に乗車しました。 -
久能山駅で降車し、久能山東照宮の社務所を左に折れると楼門が見えます。
久能山東照宮は、徳川家康をお祀りする静岡の聖地。
そもそも久能山は、7世紀頃、観音菩薩の霊場として開かれた「補陀落山久能寺」だったところ、15世紀半ばに武田信玄が要害であることを知り、寺を移転させて山上に城砦を設け久能城を築城したが、その後、武田が亡びて駿河国一帯が徳川の領地となり、自然と久能山か徳川の手中となった。
そして徳川家康の薨後、遺命により遺骸を久能山に埋葬、久能城を廃止し東照宮が創建されたそうです。 -
石階段を上り詰めると楼門に至ります。
2階建ての楼門は、軒下中央に第108代天皇宸筆の「東照大権現」の扁額が掲げられ、中央の蟇股(かえるまた)と呼ばれる部分には、に獏(ばく)の彫刻があります。 -
楼門の扁額と彫刻。
獏(ばく)の彫刻の左右の金剛柵内に狛犬が据えられています。
角のない方が獅子、角の有る方が狛犬だそうです。 -
楼門に展示の家康の手形。
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唐門に居たる石階段と石鳥居。
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本殿
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葵の紋
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廟所参道に通じる廟門
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廟門から神廟までの間をつなぐ廟所参道
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廟所参道に据えられた家康公に仕えた武将たちが奉納した石灯籠
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ここは御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し奉った神廟(しんびょう)
前面には、軒の四隅に唐銅の風鐸が掛けられた唐戸があり、その奥の宝塔は、高さ5.5mあるそうです。
なお神廟は、家康の御遺命により西向きに建てられ、その方角には、両親が子授け祈願の参籠をされたという言い伝えを持つ鳳来寺があり、さらには岡崎の松平家の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があり、その延長に京の都へと続いているからだとか。 -
参拝後は、久能山駅からロープウェイで日本平に戻り、帰途に就きました。
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