2019/10/03 - 2019/10/08
58位(同エリア276件中)
ハンクさん
昨年11月にはマルタ島に弾丸ツアーに出かけたが、今年9月には業務の関係でマヨルカ島に出かけることになった。マヨルカがスペイン領であることは知っていたが、スペインの自治州となったのは1983年と最近のことで、州都はパルマ・デ・マヨルカである。マヨルカ島は沖縄島の約3倍、人口は約90万人で、州都は43万人と約半分を擁する。ヨーロッパ、特にイギリス人、ドイツ人の人気にリゾート地であり、スペイン語に加え、英語、ドイツ語がかなり通じる国際的観光地である。ドイツ人の職場の仲間と会社の創立記念日を祝うことになり、3ヶ日間の滞在の中で散策をしたパルマ・デ・マヨルカについてご紹介する。
地中海に浮かぶこの島はスペインのバルセロナから約210㎞、フランスのマルセイユからは約460㎞、アルジェリアのアルジェからは約340㎞の位置にある。紀元前8世紀頃にフェニキア人の植民地として築かれ、紀元前1世紀にローマがマヨルカ島を征服、ローマ帝国支配のもとでキリスト教化された。スペイン領であるから街並みはもちろんバルセロナと似ているが、様々な文化が混在しており、マルタ島のヴァレッタを思い出させる迷路のような曲がりくねった街並みを歩くことも楽しい。
パルマ・デ・マヨルカでまず訪れるべきはパルマ大聖堂であろう。1230年に建築が始まり、1601年に完成した天井高44mとゴシック様式では最大級の大聖堂である。また1903年の改修の際に、内部の天蓋のデザインはガウディが手がけたという。ステンドグラスも美しい。地中海にあるこの島にこれほど立派な聖堂が建設されたのは、イスラム王朝支配下の時代からマヨルカ島は、地中海貿易の中継地点として重要であり、1492年にグラナダを陥落させスペインからイスラム教を駆逐したレコンキスタと無関係ではない。
いかんせん団体旅行であるので自由に街を歩き回ることはできない。特に音楽ファンとしては、ショパンが1838年から1839年の冬にジョルジュ・サンドとともに滞在したバルデモーサを訪れたかったが、これはかなわなかった。このころショパンは結核が悪化しており、乾燥していて太陽光に溢れるマヨルカ島で療養するよう医者に勧められた。療養中とはいえ、彼はこの島で「雨だれのプレリュード」、「バラード第2番」、「2つのポロネーズ」、「スケルツォ第3番」などを作曲したという。私は彼のファンとは言えないが、マヨルカという地が彼にインスピレーションを与えたであろうことは想像に難くない。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
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堂々たるパルマ大聖堂
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パルマ大聖堂のファサード
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パルマ大聖堂の内部
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La Llotya のファサード
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La Llotya のファサード
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La Llotya の内部
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パルマの旧市街
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パルマの旧市街のモニュメント
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パルマの旧市街の小路
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パルマの旧市街の小路
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パルマの旧市街の小路
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パルマの旧市街の建築
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パルマの旧市街の建築
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パティオのある建築
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パルマの旧市街の小路
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パルマ名物の焼き物
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噴水のあるロータリー
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快晴のパルマ
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上からドイツ、オーストリア、スペイン、マヨルカ、、、
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バルセロナ風の建築
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バルセロナ風の建築
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色とりどりのマーケットの食品
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生きたオマールエビ
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新鮮な海産物
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マーケットの入り口
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市内の排水路
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南国風情の街並み
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大聖堂の眺め
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砂浜の海水浴場
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砂浜の海水浴場
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