2019/09/27 - 2019/09/27
382位(同エリア1707件中)
杏仁豆腐さん
水道橋 Gallery AaMoで開催されている「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN The Last Show」。
「写真力」は、2012年から7年間にわたり累計約99万人を動員している写真展です。会期中に累計動員が100万人を達成しました。7年間、全国33会場で展示され、今回の東京展が「The Last Show」と銘打たれた最終会場となります。
篠山紀信展を見た後、東京都水道歴史館と東京復活大聖堂教会を見学。途中の坂や歴史的な場所にも寄り、老舗2軒でお土産を購入しました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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Gallery AaMo
AaMoの「A」は「Art」「Amusement」の略、そして「aMo」は「and More」の意。東京ドームシティにあります。 -
2019年9月5日(木)~10月27日(日)の期間、『篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN The Last Show』を開催しています。
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建物に入るとジョンとヨーコの大きな写真。これだけ撮影可能です。
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篠山紀信が撮り続けてきた昭和・平成・令和のスターたちの写真より厳選した作品や、令和になってから発表した新作を、「GOD」(鬼籍に入られた人々)、「STAR」(すべての人々に知られる有名人)、「SPECTACLE」(私たちを異次元に連れ出す夢の世界)、「BODY」(裸の肉体―美とエロスと闘い)、「ACCIDENTS」(2011年3月11日―東日本大震災で被災された人々の肖像)の5つのエリアに分けて紹介しています。
長嶋茂雄、樹木希林、広瀬すずといった著名人の写真を、ダイナミックに引き伸ばして巨大な画面で展示し、圧倒的な迫力で写真の持つ力や可能性を体感できます。 -
時代を感じながら、じっくりと写真を見ました。
篠山紀信の奥さんの南沙織の写真もありました。
写真は貴重な記録媒体です。 -
外に出ると東京ドームホテルがそびえ立っています。
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東京ドームからお茶の水方面に神田川に沿って歩きます。
神田上水懸樋(かけひ)(掛樋)跡があります。
江戸時代、神田川に木製の樋(とい)を架け、神田上水 の水を通し、神田、日本橋方面に給水していました。
明治34年(1901)まで、江戸・東京市民に飲み水を供給し続け、日本最古の都市水道として、大きな役割を果たしました。
この樋は、懸樋(掛樋)と呼ばれ、この辺りに架けられていました。
この絵は、江戸時代に描かれたもので、この辺りののどかな風情が感じられます。
平成8年3月 東京都 文京区 -
下を見ると神田川を行く舟。
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お茶の水坂です。
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この神田川の外堀工事は元和年間(1615-1626)に行われた。それ以前に、ここにあった高林寺(現向丘二丁目)の境内に湧き水があり“お茶の水”として将軍に献上したことから、「お茶の水」の地名がおこった。
『御府内備考』によれば「御茶ノ水は聖堂の西にあり、この井名水にして御茶ノ水に召し上げられしと・・・」とある。
この坂は神田川(仙台堀)に沿って、お茶の水の上の坂で「お茶の水坂」という。坂の下の神田川に、かって神田上水の大樋(水道橋)が懸けられていたが、明治34年(1901)取りはずされた。
お茶の水橋低きに見ゆる水のいろ
寒む夜はふけてわれは行くなり
島木赤彦(1876-1926) -
建部坂(たけべざか)に入りました。
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『新撰東京江戸名所図会』に「富士見坂の北(注・西)にある坂建部坂といふ。幕士建部氏の邸地あり因て此名に呼び做せり」とある。嘉永3年(1850)の『江戸切絵図』で近江屋坂を見ると、建部坂の上り口西側一帯(現在の元町公園)に建部氏の屋敷が見える。直参、千四百石で、八百八十坪(約2900㎡)であった。
『御府内備考』に次のような記事がある。建部六右衛門様御屋敷は、河岸通りまであり、河岸の方はがけになっている。がけ下は庭で土地が高く、見晴らしが良い。がけ一帯にやぶが茂り、年々鶯の初音早く、年によっては十二月の内でも鳴くので、自然と初音の森といわれるようになった。明和9年(1772)丸山菊坂より出火の節、やぶが焼けてしまったが、今でも初音の森といっている。初音の森の近くで、一名初音坂ともいわれた。 -
忠弥坂(ちゅうやざか)に来ました。
桜蔭中学校・高等学校の脇の道です。生徒たちが文化祭の準備をしていました。 -
坂の上あたりに丸橋忠弥の槍の道場があって、忠弥が慶安事件で捕えられた場所にも近いということで、この名がつけられた。
道場のあった場所については諸説がある。
“慶安事件”は、忠弥が由井正雪とともに、慶安4年(1651)江戸幕府の転覆を企てて失敗におわった当時の一大事件であった。
忠弥の名は、浄瑠璃や歌舞伎の登場人物としても有名である。 -
宝生能楽堂から讃岐金刀比羅宮東京分社にかけてのあたり一帯はもともと讃岐高松藩松平家の下屋敷のあった所です。
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讃岐金刀比羅宮東京分社です。
香川の金刀比羅宮が総本社で、讃岐金刀比羅宮 東京分社は末社にあたります。 -
讃岐金刀比羅宮東京分社の創建は、文政2年(1819年)板橋市左衛門が屋敷に金比羅大権現を勧請して祀ったことがはじまりとされています。
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ご祭神は、大物主命(おおものぬしのみこと)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)です。
ご利益は、「商売繁盛」、「合格祈願」、「航海安全」、「縁結び」だそうです。 -
手水舎
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狛犬
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境内右手には水道橋稲荷社があります。
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昌清寺
昌清寺は、元和元年(1615)に徳川忠長(家光の弟)の母お江が、自害した忠長の菩提を弔うため、忠長の乳母お清の方(昌清院電心譽妙安大姉)を開基として、天蓮社龍譽上人冷吟和尚(寛永14年寂)を開山に迎えて創建したといいます。 -
徳川忠長 と昌清寺(しょうせいじ)
本郷一丁目8-3
当寺は浄土宗嶺松山弘願院(れいしょうざんぐがんいん)昌清寺と称され、元和元年(1615)の創建である。
開基は朝倉きよ(お清(きよ)の方)、駿河大納言忠長(家光の弟)の乳母である。父二代将軍秀忠と母お江(こう)は忠長を寵愛し、忠長に次期将軍職を譲ろうと考えた。しかし、兄家光の乳母春日局(かすがのつぼね)が家康に直訴するに及んで、将軍は家光に決まった。忠長は駿府城主となったが、なお大坂城主を要請したため家光の怒りにふれ、領地は没収され、高崎城に幽閉され自害した。寛永10年(1633)忠長28歳であった。
忠長死後、忠長夫人お昌(まさ)の方(信長の曾孫)は剃髪し松孝院と号した。乳母のお清も剃髪し、お昌の一字をもらい、昌清尼と称した。松孝院は忠長の菩提を弔うにあたり公儀に配慮し、自分に代わって乳母のお清に昌清寺で忠長の供養をさせた。
ー郷土愛をはぐくむ文化財ー
文京区教育委員会
平成17年3月 -
本郷給水所公苑に来ました。
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東京都水道局が管理する本郷給水所の上部の人工地盤上に造成された公苑です。
苑内は2つの区画に分かれ、ここは和風庭園です。 -
鳩
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神田上水(白堀部分)復原展示物
平成23年12月、文京区小日向にある区立第五中学校跡地で発見された神田上水の白堀部分(蓋をしていない水路のこと)の一部を水道局で保管してきたものです。
白堀については、これまで文献に記述はあったものの発見されたのは初めてで、江戸の上水道の歴史を理解する上で非常に貴重なものです。 -
洋風庭園です。
フランス式の幾何学的模様でデザインされています。 -
地球儀
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薔薇が咲き始めていました。
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芝生地を石で囲って一段高くなった4ヶ所の花壇と、その中心にある円形の花壇とがあり、53品種、約300株の色とりどりのバラが植えられています。
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神田上水石樋
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神田上水石樋の石碑
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神田上水石樋の由来
神田上水は天正18年すなわち西暦1590年、徳川家康が関東入国に際し良質な飲料水を得るため、家臣大久保藤五郎忠行に命じて開削させたのが始まりと伝えられています。この上水は井の頭池を水源とする神田川の流れを、現在の文京区目白台下に堰を設けて取水し、後楽園のあたりからは地下の石樋によって導き、途中掛樋で神田川を渡して神田・日本橋方面へ給水していました。日本における最初の上水道といわれ、その後明治34年近代水道が整備されるのにともない廃止されるまで、ながく江戸・東京の人々の暮らしに大きな役割を果たしてきたのです。ここに見られる石樋は昭和62年文京区本郷1丁目先の外堀通りで、神田川分水路の工事中発掘された神田上水遺跡の一部です。四百年近く土中に埋もれていたにもかかわらず原型を損なわず、往時の技術の優秀さ水準の高さを示しており、東京の水道発祥の記念として永く後世に伝えるため移設復原されたものであります。平成2年10月 杉本苑子誌(碑文) -
東京都水道歴史館です。江戸~東京400年の大切な水道の歴史と、安全でおいしい水をお届けするための水道の技術・設備に関わる展示を、無料で公開している東京都水道局PR館の一つです。
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神田上水や玉川上水などの江戸上水から、近代水道の創設、現在の水道に至るまで、規模・水質ともに世界有数のレベルに達した東京水道の歴史や技術を実物資料や再現模型、映像資料などで展示してあります。
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上水水門から引いた水は、地下に埋め込んだ石樋(せきひ)や木樋(もくひ)の水道を使って江戸の町に分配されました。
木樋の実物です。 -
玉川上水ものがたり
玉川兄弟の多大な努力と苦心の壮絶なドラマを、アニメーションと人形劇で紹介しています。 -
上水井戸の模型
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長屋
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長屋
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江戸の上水井戸端
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馬水槽
牛馬用、犬猫用、人間用と、3つの水飲み場が設けられた画期的な水道栓のレプリカです。実物は新宿駅東口にあります。 -
鋳鉄管
近代水道の幕開けと共に使われるようになった鋳鉄管の変遷や、日本最大級の水道管を見ることができます。 -
昼食は、水道歴史館から歩いてすぐの栄児 家庭料理 本郷店でいただきます。
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汁なし担々?跟
辛さは選べます。普通にしました。
味は普通です。 -
餃子は食べ放題です。
テーブルに水餃子が置いてあり、自由に取って食べます。
この水餃子は美味しかったです。 -
今日は予想以上に気温が上がり、暑くなったので、汁なし担々?跟を食べている人が多かったようです。
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東京復活大聖堂に来ました。
通称、ニコライ堂。 -
「ニコライ堂」は、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライに由来します。
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「東京復活大聖堂」( Holy Resurrection Cathedral in Tokyo)は、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂です。
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建築面積は約800平方メートル。
緑青を纏った高さ35メートルのドーム屋根が特徴です。日本で初めてにして最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築といわれています。 -
1891年に竣工し、駿河台の高台に位置したため御茶ノ水界隈の景観に重要な位置を占めています。
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関東大震災で大きな被害を受けた後、一部構成の変更と修復を経て現在に至ります。1962年6月21日、国の重要文化財に指定されました。
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聖ニコライの依頼を受けたロシア工科大学教授で建築家のミハイル・シチュールポフが原設計を行いました。お雇い外国人として来日し民間の建築設計事務所を開いていたジョサイア・コンドルが実施設計を担当しています。
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ニコライ堂入口の門の紋章
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聖堂のとなりには、聖ニコライ記念聖堂があります。
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本郷通りからのニコライ堂。
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隣のビルに映っています。
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東京復活大聖堂のパンフレット
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東京復活大聖堂のパンフレット
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教会へのご招待
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教会へのご招待
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復活大聖堂の脇には、紅梅坂(こうばいざか)。
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この坂を紅梅坂といいます。このあたりは紅梅町とよんでいたのでこの名がつきました。淡路町に下る幽霊坂とつながっていましたが、大正一三年(一九二四)の区画整理の際、本郷通りができたため二つに分かれた坂になりました。「東京名所図会」、「東紅梅町の中間より淡路町二丁目に下る坂あり、もと埃坂と唱えしに、維新以後、淡路町の幽霊坂と併せて紅梅坂と改称せり」とかかれています。
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東京復活大聖堂から本郷通りを小川町に向かって少し歩くと、笹巻けぬきすし総本店。
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まわりはビルが立ち並ぶ風景ですが、この店だけは変わりません。
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江戸握り寿司の元祖といわれる毛抜鮨を今に伝える店です。創業は1702年です。元禄時代!!
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笹巻けぬきすし総本店の創業は、越後出身の初代が人形町に初めて店を出したことがそのスタートです。その後神田を含めていくつか店舗を拡大しますが、現在残っているのはこちらのみです。
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笹巻すしの酢飯はかなり酢が効いています。まだ冷蔵庫など冷凍技術がなかった時代の、保存性確保の製法です。現在は、酸味やしょっぱさはかなりおさえられているそうです。
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赤穂浪士の討ち入りの年に歩みを始めた、東京最古のすし店です。
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持ち帰り用の折詰め10個入りを購入しました。
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昔ながらの折り詰めです。
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寿司は7種類あります。鯛、光モノ、白身の魚は季節で変わります。そして玉子、海老、おぼろ、のり巻き(かんぴょう)です。
歴史を感じながら、いただきました。 -
店名の“笹巻”は、熊笹で巻かれていることを表しています。笹には殺菌作用があり、戦国時代の兵糧を包むことをヒントに初代が考案したそうです。
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“けぬき”は、すしダネで使用する鯛の小骨を毛抜きで丁寧に取り除くことからその名前が付いています。
こちらに来たのは、2014年以来です。
九段坂☆初めての靖国神社☆ランチョンでビール☆御菓子処 さゝま☆笹巻けぬきすし総本店☆2014/02/23
https://4travel.jp/travelogue/10861757 -
次は、神保町のさゝまに来ました。
昭和4年に初代笹間さんがパン屋を創業したところからお店の歴史は始まります。その後昭和6年に和菓子店として現在のお店をかまえたそうで、開業90年の歴史を持つ老舗です。 -
老舗の風格を感じます。
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神保町界隈も変化し、新しい店も増えましたが、ここは変わりません。
店に入ると歴史を感じさせるガラスのケース。
季節の和菓子が並んでいます。 -
稔りの秋を購入。
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松葉最中が並んでいます。
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松葉最中
美味しい最中です。 -
稔りの秋(練切)みのりのあき
周りが練切で中の餡は小豆の漉し餡。
刈り取られた稲束を表現しています。
上品な味わいで、漉し餡が美味しいです。
秋になっても暑い日でした。
老舗の味は格別でした。
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