2014/02/22 - 2014/02/22
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杏仁豆腐さん
九段坂は、九段下交差点から靖国神社の南側に上る坂です。
九段の由来については、江戸城吹上庭園の役人の官舎が坂の途中に9棟並んでいたからとも、江戸時代、急坂で九つの石段上の坂であったからもいわれています。飯田町の坂であるところから、古くは「飯田町坂」、「飯田坂」などとも呼ばれていました。
江戸古地図で見ると、九段坂は9段の段々になっています。何気なく通過していた九段坂をじっくりと見てみたくなりました。
ついでに、今まで一度も訪れたことのない靖国神社にも寄ってみました。靖国神社は私にとっては、ちょっと驚きでした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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九段下で降り、地上に上がると昭和館があります。
まずは、昭和を振り返ります。
入場料300円を払い、エレベーターで7階に行きます。
7階と6階が常設展示室となっています。
常設展示室では「母と子の戦中・戦後」をメイン・テーマとして、昭和10年頃から昭和30年頃までの国民生活向上の労苦を伝える実物資料を展示しています。昭和館には現在約4万3500点の実物資料が収蔵されており、常設展示室にはそのうちの約700点が展示されています。 -
貴重な資料が展示されていました。
昭和館を出ると、九段坂が目の前です。 -
交通量は激しいです。
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九段坂を登ります。左に武道館、右に靖国神社。
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『 新撰東京名所図会』には「九段阪は、富士見町の通りより、飯田町に下る長阪をいふ。むかし御用屋敷の長屋九段に立し故、之を九段長屋といひしより此阪をば九段阪といひしなり。今は斜めに平かなる阪となれるも、もとは石を以て横に階を成すこと九層にして、且つ急嶮なりし故に、車馬は通すことなかりし(後略)」とかかれています。
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九段坂上の常燈灯台。
1871(明治4)年建築。
東京湾、品川沖の船舶、軍艦などの航行の目印として建てられました。 -
大山巌の銅像です。
大山巌は天保13年(1842)の生まれで薩摩藩出身。元帥陸軍大将日露戦争では陸軍司令官、初代の陸軍大臣となりました。
その後参謀総長、内務大臣を勤め元老となりました。
大正8年(1919)11月3日の建設。原型作者は北の丸公園の北白川宮能久親王騎馬銅像を制作した新海竹太郎。 -
品川弥治郎の銅像です。
品川弥二郎は長門の国、松木船津の長州藩足軽、品川弥市右衛門の長男として生まれました。15歳で松下村塾に入門。その後、長州藩士として尊皇攘夷運動で活躍。京都で倒幕運動に奔走しました。
上野の西郷隆盛像や皇居前の楠木正成像の制作で知られる高村光雲の監督。原型作者は木山白雲、鋳造者は平塚駒次郎、建設者は西郷従道他2845名とされています。建設年月日は不明です。 -
歩道橋から見た九段坂。坂上方面。
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坂下方面。
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九段坂から靖国神社に入ります。
第一鳥居(大鳥居)です。
大正10年(1921)、日本一の大鳥居として誕生した第一鳥居は、「空をつくよな大鳥居」と歌われて親しまれていましたが、長年の風雨で損傷がはげしくなり、昭和18年(1943)に撤去されました。現在の第一鳥居は戦友たちの奉納により昭和49年(1974)に再建されたもので、高さは25mあります。 -
靖国神社に来たのは初めてです。
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慰霊の泉
戦没者の多くは 故国の母を想い 清い水を求めながら息を引き取りました。
この彫刻は 清らかな水を捧げる慈愛に溢れる母を抽象的に表現したものです。 -
大村益次郎銅像
近代日本陸軍の創設者で靖国神社の創建に尽力した大村益次郎の銅像で、明治26年(1893)、日本最初の西洋式銅像として建てられました。 -
第二鳥居
明治20年(1887)に建てられた第二鳥居は、青銅製の鳥居としては日本一の大きさを誇ります。
「下乗」とは、乗り物から降りることです。神社の境内など、清浄な場所に馬車に乗ったまま入ることを禁じる立て札などに用いられます。 -
大手水舎
昭和15年(1940)にアメリカに在住する日本人の方々から奉納されました。この手水盤は花崗岩で作られており、重さは18トン以上あります。 -
神門
神門は昭和9年(1934)に建てられたもので、中央の二つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています。 -
拝殿
拝殿は明治34年(1901)に建てられたものです。 -
拝殿の奥に本殿があります。
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戦歿馬慰霊像は、実物大の軍馬の銅像で、戦場で斃れた馬の霊をなぐさめるため昭和33年(1958)に奉納されました。
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母の像
この像は、苦難と孤独に耐えながら子供を育て上げた戦争未亡人への敬意と感謝を込めて、昭和49年(1974)に建てられました。 -
遊就館
明治15年(1882)に開館した遊就館は、遺品などを収蔵、展示する施設で、平成14年(2002)に改修、増築工事が施されました。 -
遊就館は、靖国神社境内に併設された同社の祭神ゆかりの資料を集めた宝物館(博物館法の適用外)です。幕末維新期の動乱から大東亜戦争(太平洋戦争)に至る戦没者、国事殉難者を祭神とする靖国神社の施設として、戦没者や軍事関係の資料を収蔵・展示しています。
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玄関ホールには、零式艦上戦闘機五二型(復元機)。
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大戦中に泰緬鉄道において鉄道連隊将兵の手によって運用されていたC56 31号蒸気機関車。
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800円の拝観料を払って、見学します。
膨大な量の展示物があります。戦争に関するものなので、考えさせられてしまいます。
私が特に興味を持ったのは、回天(かいてん)でした。、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であり、最初の特攻兵器です。
回天で死ぬ前の青年の音声が残されていて、聞いていたら胸が熱くなりました。 -
靖国神社を後にして、九段下方面に歩きます。
硯友社跡です。
この地に明治時代の文学結社、硯友社の社屋がありました。
硯友社は、明治18年(1885)2月、尾崎紅葉・山田美妙・石橋思案らで結成され、回覧雑誌「我楽多文庫」を発刊、明治21年(1888)市販されるにおよび明治20年代の文壇に多くの影響を与えました。
同人には、川上眉山、巌谷小波・広津柳浪らも参加しています。
明治30年代以後衰退し、紅葉の死によって消滅しました。 -
冬青木坂(もちのきざか)です。
檎(もち)の木坂とも書きます。和洋女子学園前からホテルグランドパレスの南側を「目白通り」に下る坂です。 -
『新編江戸志』に「此所を冬青木坂といふこといにしへ古びたるもちの樹有しより、所の名と呼しといへども、左にあらず、この坂の傍に古今名の知れざる唐めきて年ふりたる常盤木ありとぞ。目にはもちの木と見まちがへり。……」とあります。別名「万年坂」ともいわれています。
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ひっそりとした裏道の坂です。
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中坂です。冬青木坂と九段坂の中間にあります。名前の由来も、坂の位置から付けられたものと思われます。『江戸名所図会』などの絵を見ると、江戸時代は中坂が九段坂より大きく描かれています。町屋に並んでいる賑やかな中坂に比べて、九段坂は崖っぷちの細い坂道だったようです。
北の丸スクエアには築土神社があります。 -
お昼は、神保町のランチョンで。
http://www.gourmet.ne.jp/Luncheon/ -
階段を登ります。
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明治42年開業です。
ランチョンの店名は英語で Luncheon(ちょっと気取ったlunchなどという意味)です。初代・治彦が駿河台下の一角で西洋料理店を開業した明治42年頃には 近所に同業者がいないので、名前が無くても”洋食屋”で通っていた訳です。
ところが、ご常連でそのころ最もハイカラだった音楽学校(現 芸大)の方たちから 『名前が無いのは不便だ!ランチョンと呼ぶのはどうだ』と横文字で名付けられて、治彦は何語かも知らぬ侭、ありがたく頂戴したのだそうです。お蔭様で今日まで 90年近く大切に使わせていただいております、ということです。 -
ランチビールがあります。まずは、喉を潤しましょう。
神保町の昼下がり、生ビール。いいでもんです。 -
オムライスをいただきました。
昔懐かしのオムライスです。 -
卵がふわとろのオムライスはいけません。
デミグラなどのソースも御法度です。ケチャップです。
中のライスはやや柔らかめ。
これぞ洋食屋のオムライス。 -
ビールとオムライスでまったりしました。
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神保町「さゝま」で和菓子を購入します。
昭和4年創業。 -
うぐいすと松葉最中を購入しました。
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神田小川町の笹巻けぬきすし総本店に来ました。
創業1702年(元禄15年)の老舗。現存する鮨屋としては東京で最も古いお店。戦国時代に飯を笹に包んで兵糧としたものをヒントにしたそうです。にぎり鮨が屋台の軽食として登場したのが文化・文政年間(1804年〜1830年)ということで、それよりも古く、飯と魚の組み合わせの形をとった食品です。いわばお鮨の原型ともいえます。当初は笹巻き鮨と呼ばれ、酢を強めに効かせて笹で巻き、押したものだったそうです。それが、にぎり鮨が登場してから、にぎり鮨を笹で包んだ今日のスタイルになったそうです。 -
けぬきとは魚の小骨を一本一本毛抜きで取ることから命名されました。 つくり方は、魚を塩漬けにした後、酸味にの強い一番酢に一日漬けます。酸味の弱い2番酢に使う直前まで漬け込みます。熊笹を巻いてから、3〜6時間頃が食べ頃となります。
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20個入りを購入しました。夕食に家族でいただきます。
新御茶ノ水駅から帰宅しました。 -
「創業元禄15年」とは、すごいです。
本物の熊笹です。最近は、あまり見ませんね、熊笹。
迫力があります。 -
すしダネは七種類(鯛、光もの、白身の魚は季節で変わる。ほかに海老、おぼろ、たまご、海苔巻)です。
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酢が効いています。
歴史を感じながら、いただきました。 -
さゝまのうぐいす。
漉し餡を求肥で包み青黄粉を掛けています。
形がうぐいすに似ているところから命名されています。
上品なあじわいです。 -
松葉最中。
皮と餡とは一体感があり、まったりとしています。
おいしい神保町界隈でした。
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