2019/09/08 - 2019/09/08
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かっちんさん
今回の旅行記は、昭和48年(1973)にNHKテレビ番組「新日本紀行」で放送された「幸福への旅」から始まります。
昭和48年(1973)2月、上野駅出札窓口でのシーン
お客「すみません。幸福1(枚)」
駅員A「はっ?」
お客「こうふく」
駅員A「こうふく?? どんな字、書きますか?」
お客「あの、幸せです」
駅員A「やまちゃーん、補充(券)願います。幸福だって、幸福。」
駅員B「どこ?」
駅員A「幸福、幸福、しあわせです。」
駅員B「しあわせなんて、あったっけ?」
しばらくして・・・
駅員A「お待ちどおさまでした」
当時、大学生だったかっちんもテレビを見ていました。
この番組をきっかけに、国鉄広尾線の愛国駅から幸福駅行きのきっぷが「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズとともに一大ブームになりました。
当時、国鉄の「DISCOVER JAPAN」キャンペーンとも重なり、北海道へ旅する若者、女性たちが増えていったのです。(かっちんも・・・)
しかし、広尾線は赤字路線を解消できず昭和62年(1987)に廃止。その後、愛国・幸福駅は観光スポットとして整備され、今でも訪れる人が絶えません。
そして、十勝の開拓に欠かせないのが農耕馬として働いた「ばん馬」。脚が短く胴が太い体形は力持ち。
今は帯広競馬場の「ばんえい競馬」でその姿を見ることかできます。
今日の午後は十勝バスの車窓から南十勝の農場風景を見ながら、幸福駅、愛国駅、十勝鉄道の保存車両を見学し、最後に帯広競馬場で「ばんえい競馬」を観戦します。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・NHKアーカイブス「新日本紀行」1963~1982年
・帯広市・幸福駅公式HP「幸福駅情報」「愛国駅情報」
・HBCあぐり王国北海道の放送「輪作は畑にも地域にも重要な仕組みだ」2013年4月27日
・JAきたみらい「じゃがいもが届くまで」
・帯広市「カラーマンホール」「名勝ピリカノカ(美しい形・山)」
・帯広競馬場「ばんえい十勝」
・Pacalla馬のはなし「ばん馬とどさんこ(北海道和種)のちがい」
・ウイキペディア「広尾線」「ディスカバー・ジャパン」「国鉄キハ20系気動車」「幸福駅」「大正駅」「特定地方交通線」「閉塞」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
デザインマンホール「愛国から幸福ゆき」
帯広市内にあるカラーマンホールの一つ。
十勝平野から見た日高山脈を背景に、観光地として人気の高い「幸福駅舎」、「愛国駅舎」に展示されている機関車をデザインしています。
国鉄広尾線「愛国駅~幸福駅」のきっぷが「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズとともに一大ブームとなり、現在も続いています。 -
NHK名作選 みのがしなつかし「幸福への旅」
昭和48年(1973)に放送されたNHKテレビ番組の新日本紀行「幸福への旅」は、今でもNHKアーカイブスの動画で見ることができます。
http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010176_00000
きっぷは当時上野駅の乗車券印刷発行機で発行された補充券「東京都区内から幸福ゆき」。
「幸福」は印判が無く、手書き。
経由は「仙台、青函、苗穂、東滝川」で、懐かしい青函連絡船を利用します。 -
国鉄広尾線の地図
帯広駅と広尾駅(地図では鉄道記念公園)を結ぶ国鉄広尾線は、昭和4~7年(1929~1932)に開業し、南十勝の発展に貢献し、広尾から襟裳岬へ通じる観光路線となりました。
しかし赤字路線は解消できず、国鉄再建法の第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化直前の昭和62年(1987)に廃止。
広尾線途中にあった愛国、幸福駅は、観光スポットとして保存されています。他の一部の駅でも駅舎が残されています。
広尾線だった区間は、現在十勝バスが運行されています。 -
帯広行きの十勝バス(中札内)
「六花の森」がある中札内から、帯広行きの十勝バスに乗り、幸福へ向かいます。 -
「幸福」バス停に到着
国道沿いのバス停から幸福駅まで500m離れています。
ここは帯広市幸福町です。 -
イチオシ
西日を浴びる幸福駅(国道付近から)
ディーゼルカーが2両停車しています。 -
「幸福駅」の案内板
幸福駅に到着します。 -
ハートのアーチ(幸福駅)
幸せ(ハート)の先に幸福駅が見えます。
車で訪れている人が大勢います。
バスで訪れたのはかっちん夫婦だけ・・・ -
今にも動き出しそうなディーゼルカー(幸福駅)
屋外に設置されているにもかかわらず、綺麗な外観。
整備が行き届き、保存が維持されています。 -
駅名標(幸福駅)
隣の駅は大正と中札内。 -
幸福の鐘(幸福駅)
プラットホームから駅舎へ抜ける途中に設置されている鐘。
模擬ウェディング用に新設した鐘ですが、いつの間にか幸せが舞い込むと噂され、来訪者の人気スポットになりました。 -
木造の駅舎(幸福駅)
当時は無人駅だったので、待合室として利用されていました。
来訪記念に、大型記念きっぷや名刺を貼り付けています。 -
幸福駅に保存されているキハ22(幸福駅)
北海道の耐寒仕様車として昭和33年(1958)から製造されたキハ22。
1両だけでも走れるので、昭和40~60年代に北海道旅行したときローカル線でよく乗った懐かしい車両です。
平成7年(1995)までに全車廃車され、現在はキハ40に置き換えられています。 -
耐寒仕様の車内(キハ22)
クロスシート(車端部はロングシート)に二重窓、床は雪が融けて濡れた時に滑りにくいように木張りです。 -
車両前後にある運転台(キハ22)
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車両後面(キハ22)
キハ22 221は富士重工業製です。
運転席の側面にある折り畳まれた状態のアーム(棒)は「タブレットキャッチャー」です。
アームを横に引き出しておくと、閉塞区間の入口で列車を走らせたまま、輪っかのタブレットキャリア(通票)を引っ掛けて受け取ることができます。 -
ビート畑(幸福駅)
駅周辺は砂糖の原料になるビート(てん菜)畑を栽培しています。 -
真っ赤なサルビアとツーショット(幸福駅)
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イチオシ
黄金色に輝く「キンエンコロ」(幸福町)
「幸福」バス停に戻る途中、「キンエンコロ」が太陽の光を受け、黄金色に輝いています。 -
絵画のような十勝(バス車窓)
ビート畑、豆畑、白樺並木。
帯広行きのバスに乗り、十勝の景色を眺めています。 -
牧草ロールとサイロ(バス車窓)
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穀物の収穫風景(バス車窓)
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パッチワークのような畑(バス車窓)
十勝の畑作は栄養分のバランスが崩れないように、毎年畑に植えるものを変えていく輪作です。
輪作の基本は、小麦・豆類・ビート・馬鈴薯の4種類。
十勝の畑はパッチワークのような素晴らしい彩りになります。 -
広尾線大正駅(バス車窓)
広尾線廃止後、木造駅舎、ホームが一時保存されていましたが、平成9年(1997)に解体され、現在は「大正ふれあい広場」として新規に造られたホームと旧木造駅舎に似せた公衆トイレが設置されています。 -
古い木造建物(大正付近の車窓)
何に使われていたのでしょうか? -
トウモロコシ畑(バス車窓)
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イチオシ
馬鈴薯の収穫作業(バス車窓)
茎葉処理後の畑に、ポテトハーベスターという機械を使って馬鈴薯を収穫しています。 -
「愛国」バス停で降ります
広尾駅までは徒歩2分。 -
広尾線愛国駅の駅舎
駅舎は改築され、現在は交通記念館として開館しています。 -
黒光りするSL-9600形(愛国駅)
大正7年に川崎造船所で製造され、全道各地で運転されました。 -
元駅舎内部(交通記念館)
記念館内部には、国鉄時代の懐かしい品々が展示されています。 -
第一次、第二次廃止線(交通記念館)
国鉄赤字ローカル路線は昭和58年(1983)から順次廃止されていきました。
帯広と広尾を結ぶ広尾線は、第ニ次廃止線の対象となり、昭和62年(1987)廃止になりました。 -
全盛期の広尾線(交通記念館)
広尾線は昭和4年から7年にかけて徐々に開通し、南十勝の発展に貢献してきました。
幸福駅は地元の要望により、昭和31年(1956)に開業しています。 -
イベント列車(交通記念館)
広尾線廃止決定に伴い、別れを惜しむ「リゾートエクスプレス愛国・幸福号」が昭和61年(1986)12月に幸福駅にやって来ました。 -
乗車券や鉄道備品(交通記念館)
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通票閉そく機(交通記念館)
閉そく区間両端の停車場の駅長同士が連絡をとりあい、この装置から当該区間の円盤状の金属「通票」を1個だけ取り出し、走行する機関士に携帯させます。 -
タブレットキャリア(交通記念館)
タブレットキャリアには、通票(タブレット)を入れる皮革製の袋と、携帯用の輪っかが付いています。 -
駅のスタンプ(交通記念館)
昔、全国の駅スタンプを集めていたので懐かしいです。 -
夏の陽射しを浴びる車掌車(愛国駅前)
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イチオシ
ひまわり3兄弟が歌ってます(愛国駅近く)
愛国駅近くにひまわり畑があります。 -
背の高いヤチダモ(愛国駅前)
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愛国の親子バス停
十勝バスと拓殖バスのバス停。
小さなバス停の拓殖バスは、もしかするとミニバスが来るのかも・・・ -
イチオシ
黄色く染まる十勝の夕暮れ(バス車窓)
再び帯広行きの十勝バスに乗っています。 -
農業機械のミーティング(バス車窓)
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「イオン帯広店前」バス停で降ります
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「思い出の小径」
ここは西6条南20丁目(イオン帯広店近く)。
昔、十勝鉄道が走っていた線路跡が「とてっぽ通、思い出の小径」と呼ばれています。
「とてっぽ」とは、地元の人が親しみを込めて呼んだ「十勝鉄道」の呼び名です。 -
十勝鉄道の保存車両(思い出の小径)
蒸気機関車4号は、大正9年(1920)日本車輛で製作。
客車コハ23号は、大正14年(1925)楠木製作所で製作。
昭和34年(1959)に旅客輸送が停止し、両車両が廃止されました。 -
夕暮れに浮かぶ日高の山(帯広市内)
左の高い山が芽室岳、右隣が芽室岳西峰(パンケヌーシ岳)。
帯広競馬場まで歩く途中で見つけました。 -
夕焼け空を巣に帰る鳥たち(帯広市内)
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デザインマンホール「森で遊ぶ馬くん」(帯広市内)
帯広市内にあるカラーマンホールの一つ。
「ばんえい十勝」マスコットキャラクターを中心に帯広市の「花」、「木」、「鳥」をデザインしています。 -
ばん馬のお出迎え
帯広競馬場に到着。
現在の時刻は18時過ぎ。ナイターレースを観戦します。
開催日は土曜~月曜。入場料は100円。 -
エキサイティングゾーン(競馬場)
レース中のばん馬をレースコースの近くで観戦ができる「エキサイティングゾーン」。
普通の競馬ではありえません。 -
第7レース発走(競馬場)
スタートして最初のヤマ場「第1障害」の坂(高さ1m)はどの馬もクリアー。 -
第2障害の坂(競馬場)
ここは高さが1.6mとやや高く、ばんえい最大のヤマ場。 -
第2障害の坂を越え、猛ダッシュ(競馬場)
ばん馬の尻をムチでピシピシと音を立てて叩き、痛そう・・・ -
イチオシ
次の集団の第2障害越え(競馬場)
ばん馬は頭を下げ、全力で最大1トンの鉄ソリを曳っぱります。 -
あら、どうしたの「1番くん」(競馬場)
さっきからずっと頂上の手前で止まっている。
人間の世界なら職場放棄かも、馬の世界では自由気まま。 -
ゴール(競馬場)
9頭の出走馬はすでにゴール。
1番くんはまだだけど・・・ -
「帯広競馬場前」バス停
2レースほど見て、バスで帯広駅に帰ります。
ばんえい競馬は、馬の体力と気力で勝ち負けが決まるので、予想が難しそうです。
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