2019/05/30 - 2019/06/05
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montarouさん
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これは2019年5月7日から6月18日まで、ギリシャのアテネを起点にトルコ、ジョージアを周遊した内で、ここでは5月31日にジョージアのクタイシを出発し、チアトゥラ、ゴリを経てティビリシを6月5日まで旅した記録である。
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月30日夕方、(Ⅴ)の経緯から高級ホテルで泊まり、31日の朝にフロントにマクドナルド行きの市内バスを教えてもらい、別名マック・ターミナルの前で降りた。バスターミナルのマーケットで昼食用の果物を買い込んだ。ただჭიათურაの字が認識できないため、チアトゥラと声を出すと、そのミニバスを教えてくれた。
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写真の道路脇の黄色い鉄管はソ連時代に設置されたガス管、地中ではないので邪魔だが、山奥の田舎まで設置されていた。大阪の市内でもプロパンガスがあることから、ガスについてのインフラは、日本よりはるかに良い。
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最初の目的は、カツキのピラー、場所はチアトゥラのバスターミナルの手前約1.5㎞で、川を越えて、少し登った所に入口があった。運転手に、あらかじめカツキピラーと言っておくと、降ろしてくれる。
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ここで降りたのはフランス人の女性が一人、彼女は逞しいだけでなく、クタイシからの往復で荷物がなく、ドンドン先に歩いてゆく。荷物のある私はゆっくりで下界は熱い。
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この岩柱の下には教会があるが、何の理由で岩柱の上に建物をつくったのか? 岩柱にはロープ以外に梯子もついていたが、最初にどのようにして登ったのかね? ボルト無しでは登れそうもない。
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公道からの入口まで戻って、ミニバスが通るのを待って、それに乗ってチアトゥラのバスターミナルに着いた。これは翌日の朝のバスターミナルの写真だが、この町は鉱山町で黒い粉塵が町中の路上に溜まっているので、洗い流す散水車が通る。
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チアトゥラに着いて、タクシーに乗って3ラリでケーブル下に行く。このケーブルは無料で、古くて極めて危ない。命の危険を感じるからこそ、観光客に人気があるのだろう。上と下に係員がいて、乗客がいるとケーブルを動かす。
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写真はケーブルの終点の二人の観光客。
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ケーブルの上から見たチアトゥラの町。町は高度差百米ほどの断崖に囲まれた谷の底にあり、狭い平地に鉄道が引いてあった。このケーブルは旧ソ連時代の遺物で、観光用ではなく、今も住民も使っている。撤去すると下の町に降りるのに多大な時間が掛かるし、補修や新設する金はない。
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旧ソ連時代、チアトゥラは世界最大級のマンガン鉱山で、鉱石と作業員を運ぶロープウェイが多数あったという。しかしソ連が崩壊すると鉱山も破綻し、今は細々と活動している。現在市民が乗れるケーブルは1台、鉱石を運ぶケーブルがこの写真の一台だけかな? 鉱石が道路等に落ちないように網を張った上を動いている。
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この鉱石運搬用ケーブルが見えるホテルを宿にした。ここは人用ケーブルとMgvimevi修道院の中間にあるが、宿泊者が希である。ただ設備も良く、安くてきれいで、主人は親切であった。
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宿に荷物を置き、Mgvimevi修道院まで歩いて行った。入口はバス停の前の、小さな商店の横。商店の裏には荷物を上げるケーブルが動いている。その横の階段を上がると、鍾乳洞の中にキリスト教会がある。
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彫刻のある石の建屋もある。
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イスラム教国のトルコでも地下や断崖にキリスト教会がつくられ、その理由は、キリスト教徒がイスラム教徒の迫害から逃れて隠れるためと言われているが、ここはキリスト教国である。またキリスト教国のメテオラでは岩山の頂上に修道院がつくられている。写真は修道院から見た、チアトゥラのマンガン鉱山。
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翌日にチェックアウトしたいと言うと、バス停まで送ってくれると言う。非常に有難かった。次の目的地はゴリ、ここの観光地はゴリ城塞、スターリンの生誕地の博物館、ウプリスツィヘ洞窟住居跡であるが、スターリンに興味はないので、残りの二か所に訪れる予定だった。
ティビリシ行きのバスに乗ったが、これはゴリ市内に入らず、自動車道の上で降ろされた。降りた所に乗用車が止まっていて、男がゴリ市内まで10ラリで乗せると言う。この自動車の斜面から下に降りる踏み跡があったので、男を無視し、下に降りていった。下の道にも車が止まっていて、別の男が、また10ラリで市内に送るという。これは若者に仕事がない証拠であると同時に、この先に近くに公共バス停があることを意味する。実際に300mほど先に公共バス停があり、市内までの料金は0.5ラリ、20円であった。
ゴリ城塞の下にあるバスターミナルに降りた途端に、英語でどこに行くか話しかけてきた怪しい人間がいた。彼は、ウプリスツィなら1時間見物とタクシー往復で30ラリ(約1200円)と言う。このような人間を相手にしないことにしていたので、食事すると断った。5分ほどすると、また追ってきて、25ラリにするというが、断った。買い物をしていると、また来て、20ラリにするという。要らないと言うと、今度は15ラリにすると言う。クドクド、しつっこいので、紙を出し、15ラリと書き、本当かと再確認させた。これが日本人である私の大失敗だった。最後まで無視すべきだった。
ウプリスツィに着いて、荷物をトランク入れたまま、遺跡に向かうと、残りの15ラリを払えと言う。往復で15ラリと認めたと反論すると、片道分だと言う。詐欺だが、問答無用、荷物を車から出した。ジョージアにはこの手の人間が多いので注意が必要だ。ウプリスツィは紀元前1世紀から4世紀ごろまで多神教の人々が住んでいた洞窟都市である。 -
後にキリスト教徒が移り住んだが、13世紀にモンゴル帝国に襲われ廃墟となった、ローカルな遺跡である。敵に周囲を囲まれたときに、ここを通って水をくみ上げたという穴があったが、昔の川跡の自然洞窟水路のように見えた。
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ここは地元のローカルな遺跡で、多くはジョージア人や学生の団体である。彼らは観光バスで来るので、公共バスの乗り場まで遠く、しかも乗り場の表示もない。本数も少なく、歩くのに疲れた。歩いている人間を見た住民が車を出してきて、タクシーだと呼びかける。不愉快で、死んでもボッタクリには乗らない。疲れはてて公共バスに乗り、ゴリのバスターミナルに戻り、ティビリシに向かった。ゴリは本当に、コリゴリである!
バスはディドベ(Didube)のバスステーションに着く、そこから地下鉄に駅に行く。 -
駅でICカードを5ラリで購入、カードが2ラリ、3ラリがチャージ、地下鉄だけでなく市内バスや空港バスも含め、一回0.5ラリであある。複数人でもゲートの前後で受け渡しすることで利用できる。ティビリシは高低差の大きな町で、地上の駅もあるが、地下の深い駅も多い。そのような駅の場合、驚くほど長いエスカレーターがある。
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宿に近いLiberty Squareで降りた。この辺りがティビリシ観光に最も便利な所で、写真は駅の出口。
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駅前広場の聖ゲオルギオスの輝く黄金像。なぜか小さな竜を槍で突き刺している。
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高級ホテル街を通り過ぎた所にある宿の近くの酒場。
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翌日2日はムツヘタに行った。ディドベ(Didube)のバスステーションに行き、写真のチケット売り場で料金は1ラリを払う。
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チケット売り場の料金表、ジョージア語で、な~ん、も分からん!
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“ムツヘタの歴史的建造物群”と言う世界遺産の一つのサンタブロ修道院の前でバスを降りた。
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町を散策したが、町の家並みは新しい。川の方に下りると大きなスヴェティツホヴェリ大聖堂がある。周囲には土産物屋も多数、珍しく普通のインフォメーションもある。レストランもあるが、ビールの値段は日本並み。多数の観光バスが並び、ハングルや簡体漢字の紙を貼ったバスも複数数みられた。トルコやジョージアでの韓国人旅行者数は日本人の十倍以上、多分、日本人が1~2人なら韓国人は観光バス1台分の人数の感じ。
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ジワリ聖堂へのタクシー代は高く、無信心者が3か所も教会をめぐるのは無意味なので、行かず、ディドベへのバスが約40円、地下鉄が約20円でLiberty Squareまで戻った。
時間があったので、ワインのコンサルティング店に寄った。ジョージアは葡萄を入れた甕を土中に埋めて、ワインを醸造した世界最初の地と言われている。だからジョージアのワインにはそれなりの価値がある。実は前日に爺さんのコンサルティング店で、中の上のワインを買って、それが結構美味かった。それで今日は、日本の誰かが最高の店と言っている、試飲料金が15ラリとか書いてある“Old~” 何とか、と言う、半地下の店に行った。
客は私だけ、試飲料金20ラリ取られて、評判倒れのボッタクリと思い、不愉快な思いで、何も買わずに出た。ただワインが買いたかったので、次の通りにある試飲料金が無料の同じ半地下にある、写真の店に入った。若い女性の店であったが、頑張っているようで、1本買って帰った。 -
翌3日は、7時に出発し、カズベク山(Kazbek)に向かった。ディドベのバスステーションのチケット売り場に行くと、直接運転手に10ラリを払えとの事だった。8時発のバス。Gudauriスキー場近くから見た雪山。メスティアに比べると雪は少ない。
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スキー場の上の峠(約2400m)から下る途中で面白い(Mineral Springs)石灰棚が見えた。ただし範囲は狭く、鉄イオンを含むため赤さび色をしていた。
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カズベク山(Kazbek)の麓の町のステパンツミンダに11時半に着いた。カズベクの反対側の4千m級の山も良い。
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カズベク山は、高さ5033mの火山で、南面と西面が崩壊しているようだが、輪郭は東と北の斜面で形造るので、少し傾いた富士山型に見える。氷河もあるが、積雪は少ないようだ。
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ステパンツミンダの町から4輪駆動車が出ているが、値段の高いことは有名である。それで歩いて登った。自動車が突き当たる三差路を左に折れて、ツミンダ・サメバ教会を挟んだ自動車道と反対の南側の、写真の谷の歩道を登った。
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約2時間で、キリストが唯一絶対の神とするツミンダ・サメバ教会に着いた。緩やかな輪郭のカズベク山は高さの割に雪が少なく、周囲にも高山が並ぶため、迫力に乏しい。山の容姿は個人的な嗜好であるが、カズベクはメスティアから見たウシュバの双耳峰や、優美なTetnuldiには、遥かに及ばない。
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教会下の駐車場には韓国人の観光バスが2台、停まっていた。韓国人にはキリスト教徒が多いからかな? 韓国の急速な経済発展から、世界の方々で店や宿を開いているが、日本人に活力がないのはバブル崩壊以降、収入が増えないからかな?それとも別の原因? 帰りも同じ道を歩き、40分ぐらいステパンツミンダの町に着いた。ティビリシに帰るバスの本数も多いので、公共バスを使っても不自由はなかった。
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スキー場からはハングライダーが飛んでいた。これは谷の下までの長い距離を飛べるようだ。
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途中の土産物売り場。奇妙なお菓子、チュルチェヘラを、どこでも売っている。これは果物の果汁でナッツ類を煮詰め、それを一列に繋ぎ、果汁と小麦粉を煮たものを塗って、天日乾燥したものである。果汁と小麦粉を煮て、ナッツを入れず、生八ッ橋の板状にしたお菓子もある。
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翌4日はStation Squareで降りて、市場を見物。サクランボが最盛期でうまい。1Kg当たり160円(4ラリ)から250円と格安だ。日本は果物だけでなく、食料品のすべてが高すぎる。食料輸入を増やし、食料物価を下げれば、複雑で高経費で食品軽減税率など無要になる。また二十年ほど前に米不足に陥ったとき、農家が米を親戚等に限って分けたため、市民はパンとうどんとスパゲティーを強いられた年があった。互いに分け合う食料安保など、戦後の買い出しと同じで、非現実である。
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ここの市場には魚屋もあるが、内陸のアンカラの魚屋に比べると静かであった。
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米はトルコより少し安い。麦作より、米作に適した広大な水はけの悪い未開発地があるが、国民はバンを好むようだ。米は10㎏で千円前後。
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この店で最も高価なパンは1ラリ(約40円)。
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この後、Liberty Squareに戻り、クラ川の畔のシオニ大聖堂など見て、その西通りあるレストラン街で食事、ここは観光客の多い所で、安くない。ウラ川の船(写真)は二つのフロートの上に台を付けた手作りカタマランボート。客引きは英語のできる大学生の女の子のアルバイトだった。中高年はロシア語ができるが、若者はロシア語ができない。
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5日の深夜に飛行機でイスタンブールに移動の予定。宿に荷物を預け、ティビリシの市内観光。宿から歩いて、ソロラキの丘に登る。ここの「母の像」は剣と酒カップを持つ。私の偏見では、剣と酒杯の「母の像」は想像できない。また温泉の湧くティビリシ(Sulfur baths?)に町をつくったメテキ教会前のワフタング・ゴルガサリ王は長剣と鎧をおびている。平和な王に武器は不要では?
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さらに、Liberty Squareの広場の聖ゲオルギオスの黄金像が小さな竜を槍で突き刺していた。ゲオルギオス(聖ジョージ)は4世紀、ローマ帝国からキリスト教からの改宗命令を拒否して殺された殉教者だ。竜の成敗など虚構である。この広場は旧ソ連時代、レーニン広場と呼ばれ、ジョージア出身のレーニン像が建っていたという。すると竜はロシアかな?
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宿の主人に「ジョージアの人はレーニンが好きか?」と聞くと、「ロシア人ほどは好きではない。」と言う。政治家だね。旧グルジアを英語読みにして国名を替えたが、旧ソ連時代の古い建物や設備がまだ多く残っている。その再建・整備は進まず、チアトゥラのMn鉱山、メスティアの土砂崩れなど、インフラの再建や整備に、今後多大な費用が必要であろう。しかし貿易収支は大赤字。ただ観光収入だけは急増し、年間約30億ドルで、総輸出金額と同等である。ただし、観光客にはロシア人が多く、貿易もロシアが重要な相手である。日本はロシアと北方領土問題を残しているが、なぜか日本は、EUのドイツと同程度の援助金をジョージアに出している。
「母の像」からナリカラ要塞跡はすぐ近くである。 -
ナリカラ要塞から歩いて降りるとアバノトゥバニと呼ばれる公共浴場に着く。
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公共浴場Sulfur baths沿いの谷を登ると小さな滝があるが、途中の橋には鍵が鈴なりであった。
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早朝、若い男性の首に鎖を巻き付け、その鎖を女性が引いて駅に入り、エスカレーターに座りこみ、抱きかかえていた。それがこの写真。この種の若者も見たが、まったく別種の若者も空港で見た。元々善悪など存在しないが、多様性が出てきたのであろう。
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夕方、宿に戻って荷物を受け取り、Liberty Square広場から出るバスで空港に向かった。料金は0.5ラリ。安飛行機の出発時間は“草木も眠る丑三つ時”仮眠していると歌声が聞こえてきた。若者が集まってきて、民族民謡を歌っていた。楽器を持っていた若者が伴奏を初め、ついに一人の若者が踊り始めた。観客が増えて、皆で手拍子を打った。見ていても楽しかったが、やがて空港職員が来て、中止させた。
ジョージアの若者はロシア語ができず、中高年は堪能である。ジョージアはロシアが嫌いだと言われているが、どの世代が、どれほど嫌いか分からなかった。若者も、中高年の内でも新旧の文化が入り混じり、混沌の時代のようだ。
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