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今回、ノモンハンと満州里に行くツアーに参加しましたが、私はこのハイラル(海拉爾)が、メインの目的地でした。<br /><br />旧満州には、関東軍が14個の国境要塞を設けました。<br />この海拉爾要塞は、東部国境の東寧要塞とともに、最大の規模でした。<br />この要塞の守備部隊は、第8国境守備隊といい、多い時は1万名弱の兵員を要していました。<br />終戦時は、独立混成第80旅団に改組されて、極めて少ない兵力でソ連軍相手に戦いました。<br />海拉爾要塞は、市内を囲むように五つの丘に、五つの地区陣地を設けています。今回は、最大の第2地区陣地と、第3地区陣地を訪問できました。<br />さらに、市内の第8国境守備隊(独立混成第80旅団)司令部、海拉爾神社跡、そして破壊された伊敏橋を見ることができました。<br /><br />表紙写真は、1945年の8/8に日本軍により爆破されたままの伊敏橋越し(左に現在の新しい橋があります)に、東方を眺める日本婦人です。右手に子供、左手にトランクが置かれています。今でも涙を禁じ得ません。<br />当時は、根こそぎ動員で、現地の日本人男性の多くが徴兵されました。<br />残った女性と子供達は、ソ連軍の攻撃の中で、日本軍にも見捨てられて、徒歩で東を目指して逃避したと、多くの手記にあります。現在まで残る残留婦人、残留孤児の問題です。<br /><br />もちろん、被害者は日本人だけでなく、この要塞を作るために、多くの中国人が山東半島などから連れてこられました。そして、第1地区と第2地区陣地の間の沙山という地に、その中国人労工が、苛烈な労働により死亡や病気となった場合の人捨て場(万人坑と言います)がありました。<br />今回は、その慰霊碑は見つかりませんでしたが、跡地につくられた慰霊施設を見ることができました。<br /><br /><br /><br /><br /><br />

海拉爾要塞と、ハイラル市内探訪

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2019/07/09 - 2019/07/11

68位(同エリア207件中)

jun

junさん

今回、ノモンハンと満州里に行くツアーに参加しましたが、私はこのハイラル(海拉爾)が、メインの目的地でした。

旧満州には、関東軍が14個の国境要塞を設けました。
この海拉爾要塞は、東部国境の東寧要塞とともに、最大の規模でした。
この要塞の守備部隊は、第8国境守備隊といい、多い時は1万名弱の兵員を要していました。
終戦時は、独立混成第80旅団に改組されて、極めて少ない兵力でソ連軍相手に戦いました。
海拉爾要塞は、市内を囲むように五つの丘に、五つの地区陣地を設けています。今回は、最大の第2地区陣地と、第3地区陣地を訪問できました。
さらに、市内の第8国境守備隊(独立混成第80旅団)司令部、海拉爾神社跡、そして破壊された伊敏橋を見ることができました。

表紙写真は、1945年の8/8に日本軍により爆破されたままの伊敏橋越し(左に現在の新しい橋があります)に、東方を眺める日本婦人です。右手に子供、左手にトランクが置かれています。今でも涙を禁じ得ません。
当時は、根こそぎ動員で、現地の日本人男性の多くが徴兵されました。
残った女性と子供達は、ソ連軍の攻撃の中で、日本軍にも見捨てられて、徒歩で東を目指して逃避したと、多くの手記にあります。現在まで残る残留婦人、残留孤児の問題です。

もちろん、被害者は日本人だけでなく、この要塞を作るために、多くの中国人が山東半島などから連れてこられました。そして、第1地区と第2地区陣地の間の沙山という地に、その中国人労工が、苛烈な労働により死亡や病気となった場合の人捨て場(万人坑と言います)がありました。
今回は、その慰霊碑は見つかりませんでしたが、跡地につくられた慰霊施設を見ることができました。





旅行の満足度
4.5
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.5
同行者
その他
一人あたり費用
25万円 - 30万円
交通手段
観光バス タクシー 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
ユーラシア旅行社
  • 寝台列車でハイラルに到着した朝の自由時間に、早速市内を周りました。<br />宿泊の貝爾大酒店から北に、5分ほどのソ連赤軍烈士記念碑です。<br />中国東北部は、日本から解放したソ連軍に愛着があるようです。<br />

    寝台列車でハイラルに到着した朝の自由時間に、早速市内を周りました。
    宿泊の貝爾大酒店から北に、5分ほどのソ連赤軍烈士記念碑です。
    中国東北部は、日本から解放したソ連軍に愛着があるようです。

  • ハイラル駅の南側に、第8国境守備隊(独立混成第80旅団)司令部の建物がまだ、ありました。<br />ホロンバイル市第4人民医院の構内に、病理科の棟として現役利用されています。<br />ちなみにハイラルは、正式にはホロンバイル市ハイラル区です。<br />地元の中国人に場所を聞いて行きつきました。<br />親切に教えてくれて、さらに迷ったら、後から追いかけてきてフォローしてくれました。史跡探訪には、現地の人々の協力がかかせません。

    ハイラル駅の南側に、第8国境守備隊(独立混成第80旅団)司令部の建物がまだ、ありました。
    ホロンバイル市第4人民医院の構内に、病理科の棟として現役利用されています。
    ちなみにハイラルは、正式にはホロンバイル市ハイラル区です。
    地元の中国人に場所を聞いて行きつきました。
    親切に教えてくれて、さらに迷ったら、後から追いかけてきてフォローしてくれました。史跡探訪には、現地の人々の協力がかかせません。

  • 市内のエベンキ族博物館、なかなか展示施設が多い施設でした。

    市内のエベンキ族博物館、なかなか展示施設が多い施設でした。

  • 私からガイドさんに強くお願いして、ツアーに追加してもらいました。<br />今回、最大の収穫でした。<br />和平公園です。

    私からガイドさんに強くお願いして、ツアーに追加してもらいました。
    今回、最大の収穫でした。
    和平公園です。

  • この公園は伊敏橋の左岸にあります。<br />この日本婦人と子供の像(望郷と言う名前です)を作成したのは誰か?、中国人の友人に聞いて調べても見ましたが、わかりませんでした。<br />ただ、ハイラル市が公園を整備して、維持してくれているので、感謝です。<br />ちなみに、爆破された橋は修復できなかったので、そのままで、隣に新しい橋を作ったとのことでした。

    この公園は伊敏橋の左岸にあります。
    この日本婦人と子供の像(望郷と言う名前です)を作成したのは誰か?、中国人の友人に聞いて調べても見ましたが、わかりませんでした。
    ただ、ハイラル市が公園を整備して、維持してくれているので、感謝です。
    ちなみに、爆破された橋は修復できなかったので、そのままで、隣に新しい橋を作ったとのことでした。

  • 公園には、2基の高射機関砲がありました。<br />

    公園には、2基の高射機関砲がありました。

  • ソ連戦車の砲を引っ張るラクダ。<br />ちょっと意味がわかりません。<br />公園での滞在時間が短かったので、説明板を確認できませんでした。

    ソ連戦車の砲を引っ張るラクダ。
    ちょっと意味がわかりません。
    公園での滞在時間が短かったので、説明板を確認できませんでした。

  • 沙山万人坑のあたりです。<br />残念ながら、慰霊碑はみつけることはできませんでしたが、大きな慰霊施設がありました。現地日本語ガイドが言うには、慰霊碑は撤去したとのことですが、どうでしょうか?<br />ちなみに、地元ハイラル市民は、このあたりは怖いので来たがらないとのことです。<br />タクシーも2回断られて、チップをはずんで3回目にやっと来れました。

    沙山万人坑のあたりです。
    残念ながら、慰霊碑はみつけることはできませんでしたが、大きな慰霊施設がありました。現地日本語ガイドが言うには、慰霊碑は撤去したとのことですが、どうでしょうか?
    ちなみに、地元ハイラル市民は、このあたりは怖いので来たがらないとのことです。
    タクシーも2回断られて、チップをはずんで3回目にやっと来れました。

  • 海拉爾要塞第2地区、現在は、世界反ファシスト戦争ハイラル記念園と言います。<br />

    海拉爾要塞第2地区、現在は、世界反ファシスト戦争ハイラル記念園と言います。

  • 地上には、ソ連戦車部隊の攻撃が、ジオラマ化して展示されています。<br />多くの戦車、人形が展示されています。

    地上には、ソ連戦車部隊の攻撃が、ジオラマ化して展示されています。
    多くの戦車、人形が展示されています。

  • 博物館が、地下要塞の上に設置されています。

    博物館が、地下要塞の上に設置されています。

  • 忘れるなかれ。1931(満州事変)~1945(ソ連軍による解放)の偽満州国時代。

    忘れるなかれ。1931(満州事変)~1945(ソ連軍による解放)の偽満州国時代。

  • 後で行く、海拉爾神社と海拉爾忠霊塔の古い写真がありました。

    後で行く、海拉爾神社と海拉爾忠霊塔の古い写真がありました。

  • 海拉爾万人坑の労工の白骨です。

    海拉爾万人坑の労工の白骨です。

  • 労工の生存者の張さんです。

    労工の生存者の張さんです。

  • 海拉爾にも、731部隊の支隊があったようです。

    海拉爾にも、731部隊の支隊があったようです。

  • これには驚きました。日本にも、ないなかなか無い名簿です。<br />終戦時の蜂起軍により殺された日本人の将校の名簿、28名です。<br />満州国軍には日本人の将校が参加していました。<br />日系軍官と言い、上尉(大尉)、少校(少佐)などが、その階級です。<br />終戦時、満州国軍が、ソ連に寝返る時に、満蒙系将兵が日系将校を殺害したわけです。

    これには驚きました。日本にも、ないなかなか無い名簿です。
    終戦時の蜂起軍により殺された日本人の将校の名簿、28名です。
    満州国軍には日本人の将校が参加していました。
    日系軍官と言い、上尉(大尉)、少校(少佐)などが、その階級です。
    終戦時、満州国軍が、ソ連に寝返る時に、満蒙系将兵が日系将校を殺害したわけです。

  • ノモンハン戦のものです。<br />ノモンハン博物館が休館中のために、こちらにきているようです。

    ノモンハン戦のものです。
    ノモンハン博物館が休館中のために、こちらにきているようです。

  • 日本軍により爆破された伊敏橋です。<br />今もそのままで、河岸に「望郷」の日本婦人の銅像があるわけです。

    日本軍により爆破された伊敏橋です。
    今もそのままで、河岸に「望郷」の日本婦人の銅像があるわけです。

  • 海拉爾要塞の地下部分に入ります。<br />相当深く、夏でも中は、寒いです。<br /><br />包帯所、医務室です。

    海拉爾要塞の地下部分に入ります。
    相当深く、夏でも中は、寒いです。

    包帯所、医務室です。

  • 貯水槽

    貯水槽

  • 兵員室

    兵員室

  • 右に銃眼があります。<br />地下に侵入してきた敵を攻撃するものでしょう。

    右に銃眼があります。
    地下に侵入してきた敵を攻撃するものでしょう。

  • 五つの要塞陣地が、海拉爾市を囲んでいます。

    五つの要塞陣地が、海拉爾市を囲んでいます。

  • 第二地区の地下壕の図面です。

    第二地区の地下壕の図面です。

  • 地下壕の主要部分の図面です。

    地下壕の主要部分の図面です。

  • 戦車壕のようです。

    戦車壕のようです。

  • ソ連製の砲が置かれています。

    ソ連製の砲が置かれています。

  • キャタピラ型のベンチ。<br />正面の小高い丘が第1地区の要塞陣地です。<br />その左が、沙山万人坑のあるあたりです。

    キャタピラ型のベンチ。
    正面の小高い丘が第1地区の要塞陣地です。
    その左が、沙山万人坑のあるあたりです。

  • 満州里の帰りに、ハイラルの西山国家森林公園によるというので、どこだろうと思っていたら、なんと海拉爾要塞の第3地区でした。<br />

    満州里の帰りに、ハイラルの西山国家森林公園によるというので、どこだろうと思っていたら、なんと海拉爾要塞の第3地区でした。

  • 緑の標識で、トーチカの説明をしています。<br />沙松山陣地(第3地区)と言い、1945年にソ連軍、対日宣戦して、この陣地を爆破したとあります。<br /><br />

    緑の標識で、トーチカの説明をしています。
    沙松山陣地(第3地区)と言い、1945年にソ連軍、対日宣戦して、この陣地を爆破したとあります。

  • 左の樹に弾が当たっています。<br />1945年にソ連が攻めてきた時のものです。

    左の樹に弾が当たっています。
    1945年にソ連が攻めてきた時のものです。

  • 西山森林公園(要塞第3地区)の東の市街の西山広場に、海拉爾神社の手水舎がありました。中国将棋などを地元の人が指していました。<br />神社本殿や忠霊塔は無いですが、手水舎は使いかってが良いので、残されたのでしょう。<br />日本時代の駅や役所の建物などは、今も利用されていますが、宗教色の濃い神社は、参拝強制されたこともあり、真っ先に壊されます。

    西山森林公園(要塞第3地区)の東の市街の西山広場に、海拉爾神社の手水舎がありました。中国将棋などを地元の人が指していました。
    神社本殿や忠霊塔は無いですが、手水舎は使いかってが良いので、残されたのでしょう。
    日本時代の駅や役所の建物などは、今も利用されていますが、宗教色の濃い神社は、参拝強制されたこともあり、真っ先に壊されます。

  • 文化街小学校です。<br />旧日本人小学校で、比較的最近まで、校舎は残っていたとのことです。<br />ハイラルはこれで終わり、満州里へ行きます。

    文化街小学校です。
    旧日本人小学校で、比較的最近まで、校舎は残っていたとのことです。
    ハイラルはこれで終わり、満州里へ行きます。

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