2019/07/14 - 2019/07/14
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softail さん
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悪天候で仕事が休みとなったため、目が覚めた時間に出かけることにした。
朝4時、外は霧雨。
有珠に古いお寺があるらしい。
とりあえず行ってみた。
生まれてから北海道に住んでいる。北海道ができて150年、開拓前は先住民族しか居ないと思っていた。
平安時代に比叡山の僧侶が堂宇を建てていたなんて、どうやってここまで来たのか。
江戸時代には、北海道唯一の藩として隆盛を誇った松前藩があったことも忘れている。
北海道を知らない北海道民の朝観光。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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道央道で伊達ICまで。
樽前SAで休憩。 -
展望台は樽前山のビューポイントらしいが、雲でなにも見えない。
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有珠山SAで二度目の休憩。
このあたりから雨が止んできた。 -
昭和新山。
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有珠山、山頂は雲で覆われている。
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伊達市街と噴火湾。
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伊達ICを降りて国道37号を右折し、有珠へ。
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室蘭本線、有珠駅。
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ローカル線の旅もしてみたい。
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ふたたび国道37号へ出て、国定史跡 善光寺へ。
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門前は有珠湾。
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浄土宗 善光寺。
創建年 (伝)天長3年(826年)、 開基 (伝)円仁(慈覚大師)。
円仁は平安初期に唐に渡り、密教経典を伝えた八人の僧の一人。 -
門の左に鐘楼。
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参道を進むと巨石が、有珠山の噴石なのか?
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岩から生えてるような大木。
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参道の巨石。
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何か彫っている。
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織部燈籠の由来。
寛永年間(1624年~1645年)、内地から迫害を受けて逃れてきたキリシタンが建立したもの。 -
曲がった参道の先に本堂が見えて来た。
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常香炉と本堂。
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茅葺き屋根の本堂。
寛文6年(1666年)、修験僧円空が木造の仏像を奉納する。
宝永元年(1704年)、修行僧正光空念が大乗妙典法華経一部を奉納。 -
庫裡(客殿)。
7時から本堂と客殿に入れる。 -
庫裡(客殿)。
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庫裡、本堂。
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蝦夷三官寺善光寺の歴史。
文化元年(1804年)、徳川家斉が善光寺を含む蝦夷地内の3か寺を官寺に定める。 -
本堂の茅葺。
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吊り灯籠。
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庫裡の玄関。
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まだ誰も居ない庫裏。
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庭園の地蔵。
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庫裏。
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庫裏。
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庫裏。
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庫裏。
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庫裏。
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平成大改修の痕跡。
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善光寺から地蔵堂へ。
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織部灯篭。
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地蔵堂。
松前藩が江戸時代に再興した善光寺があった場所。
慶長18年(1613年)、松前藩の藩主松前慶広が有珠に如来堂を再興し、阿弥陀如来像を安置して「善光寺」と称した。 -
地蔵堂から大臼山神社へ。
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大臼山神社。
創立年代不詳。寛政年間(1789~1801年)の「有珠会所絵図」、松浦武四郎「東蝦夷日誌」に既に記されている弁財天蛭子宮という小祠が起源。 -
有珠から伊達へ。
旧三戸部家住宅(重要文化財)。 -
明治10年後半に当時の仙台地方の建築様式を取り入れて建てられた、北海道内に現存する最古級の開拓農家。
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何かのマーク。
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迎賓館。
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伊達邦成が伊達の開拓にあたった功績で明治政府から男爵の位を受けた祝いに、家臣らによって明治25年に建てられた邸宅。
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洋室と和室を取り合わせた構造で全体的に数寄屋(茶室)風の書院造の建物で、開拓状況視察のために来道した明治政府高官や開拓使などを接待するために利用された。
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帰りの有珠山。
紅葉の時期にまた来てみよう。
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