2019/07/04 - 2019/07/04
22位(同エリア337件中)
ローマ人さん
仕事の関係で、また東京地方裁判所まで行ってきました。
今回は、国会議事堂と憲政記念館まで足を延ばしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
小田急線から直通の東京メトロ千代田線を使って霞ヶ関駅に到着。
ちょうど地下鉄直通の小田急特急ロマンスカー(MSE60000形:青いロマンスカーと呼ばれています)、メトロはこね21号が停車していました。
東京メトロ北千住駅から箱根登山鉄道箱根湯本駅までを約2時間で結んでいます。 -
裁判所までは少し距離がありますが、A9出口から出て霞が関官庁街を歩いてみます。
前から思っていましたが、地名は「霞が関」なのに駅名は「霞ヶ関」なのは何故でしょうか。 -
A9出口から地上に出ました。
少し雨が降っています。
出口の後ろは虎の門方面で、文部科学省の高いビルが見えます。 -
文部科学省のアップです。
その前の低層の建物が財務省です。 -
「霞が関中央官庁案内」。
ここから左方向に歩いていきます。 -
見にくいですが、案内図に付けた赤丸が現在位置で、桜田通りを赤矢印の方向に進んでいきます。
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案内板前の石柵につけられた「はまゆう」の絵です。
各都道府県の「県の花」が描かれているようです。 -
桜田通りの向こう側に外務省があります。
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進行方向左側のビルには中央合同庁舎2号館があり、警察庁と国家公安委員会が入っています。
裁判所と通りを挟んでちょうど反対側です。 -
進行方向右側にあるのが中央合同庁舎1号館で、農林水産省が入っています。
建物の左側に回り込むと食堂の入口があります。
食堂は定食類と麺類専門の2か所あり、外部の人も利用できます。
私は4年前位に数回利用したことがありますが、農林水産省だけにこだわりの食材が使われていて、とてもおいしかったと記憶しています。 -
東京メトロ霞ヶ関駅A10出口付近。右手が裁判所で、左側が警察庁、その奥が警視庁です。
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外務省と警察庁の間にある「霞が関坂」です。
坂を上がったところが国会前庭(国会議事堂前の道路両脇にある庭園)です。 -
農林水産省と裁判所の間の通りです。
右の建物の奥に農林水産省の食堂入口があります。 -
進んで来た道を振り返って、虎の門方向を見ます。
外務省と文部科学省が見えます。 -
裁判所合同庁舎です。
下層階が東京地方裁判所で、上層階が東京高等裁判所です。 -
5月に来たときにあった裁判官を中傷する立看板は、今日はありませんでした。
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裁判所入口です。
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裁判所前を通過。
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皇居の桜田濠に向かって進みます。
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旧法務省の赤れんが棟の前を通ります。
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赤れんが棟の通りを挟んで向かい側に警視庁があります。
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赤れんが棟です。
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赤れんが棟の正面入り口付近です。
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このアーチがいいですね。
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赤れんが棟の入口の門の前を通ります。
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5月に来たときは、赤れんが棟の生垣のツツジがとてもきれいでした。
それだけに、無いと少しさみしい気分です。 -
内堀通りまでやってきました。
桜田通りを横断します。 -
右手に桜田門が見えます。
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桜田通りを横断中。
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左手に警視庁。屋上の大きな電波塔が目立ちます。
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警視庁前の歩道に「今日の交通事故」の表示がありました。
死亡者「ゼロ」とのこと。 -
桜田門のアップ。
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警視庁の正面。
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桜田通りを横断してから見る、赤れんが棟方向の風景。
赤れんが棟の後ろの建物が中央合同庁舎6号館A棟で、法務省が入っています。
その隣の茶色の建物が中央合同庁舎6号館B・C棟で、公正取引委員会や検察庁が入っています。
公正取引委員会には、数年前に仕事の関係で行ったことがあります。 -
警視庁の玄関です。
さすがに警備が厳重です。 -
濠に沿って警視庁の前を進みます。
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道路の向こうは桜田濠です。
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都バスの「警視庁前」バス停。
奥に国会議事堂が見えてきました。 -
警視庁横の門を通過。
この写真を撮っていると、門を警備している警察官から「何を撮っているんですか?」とソフトに尋ねられました。
正面から撮らないように注意していたのですが、職務に忠実な警察官の方だったようです。 -
国会議事堂が大きく見えるようになりました。
国会議事堂は高台に建てられているのが良くわかります。 -
国会議事堂の右手には時計の塔が見えます。
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国会議事堂までもう少しです。
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半蔵門方面です。
首都高速三宅坂ジャンクションの表示が見えます。 -
国会議事堂の前を通る「六本木通り」を渡ります。
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正面から見た国会議事堂。
前面の道路は片道3車線で広いです。 -
国会議事堂のアップ。
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振り返って警視庁方面を見ます。
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国会議事堂に向かって右側にある歩道を通って進みます。
右手は国会前庭です。 -
途中に国会前庭の入口があります。
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入口から少し入っていくと・・・。
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井戸があります。
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東京都指定旧跡、江戸の名水「桜の井」との表示がありました。
この場所は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、加藤清正の屋敷があった場所で、この井戸も加藤清正が掘った(掘らせた?)と伝えられているそうです。
その後、この場所は彦根藩井伊家の上屋敷となり、1860(安政7年)年3月3日「桜田門外の変」で暗殺された江戸幕府大老の井伊直弼は、登城するためにこの場所から桜田門に向かっていた途中に襲われたのだそうです。
ここから桜田門までは、いわゆる「目と鼻の先」の距離なので、井伊直弼は上屋敷からそれほど離れていない場所で襲われたことになりますね。 -
国会議事堂前の道路には、警備の警視庁機動隊の車両が止まっていました。
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国会議事堂のアップ。
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国会議事堂前のT字交差点。
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国会議事堂正面入口のアップ。
正面の門の前で警察官が警備をしています。 -
国会議事堂正面入口の門扉です。
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右側には「参議院」の表示。
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左側には「衆議院」の表示。
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国会議事堂中央棟のアップ。
建物は地上3階地下1階建、中央棟は4階建てで塔屋最上部は9階だそうです。
国会議事堂は、16年物歳月をかけて1936年(昭和11年)に建設され、現在に至っています。 -
建物は、鉄骨鉄筋コンクリート造りで壁は花崗岩張りだそうです。
良く見ると細かい装飾がされています。 -
上部の列柱の間にもデザインされたステンドグラスがあります。
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国会議事堂から警視庁方面を見た風景。
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国会議事堂前から左側を見た風景。
写真中央の木々の向こうに、「憲政記念館」があります。 -
「憲政記念館」の案内図です。
赤丸が国会議事堂で、黄丸が「憲政記念館」です。 -
国会議事堂前面の歩道を警視庁方面へ少し戻ります。
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「憲政記念館」の看板があります。
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国会前庭の入口から入ります。
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少し前に進んで右に曲がると・・・。
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上に上る階段があります。
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階段を上ると、左手に「時計塔」があります。
尾崎記念会館(現・憲政記念館)建設時に、その施設の一環として、塔前面の噴水池・花壇とともに設計され、1960年7月に完成した。三面塔星型は、立法・行政・司法の三権分立を象徴したものである。
塔の高さは「百尺竿頭一歩を進む」と言うことわざの努力の上にさらに努力して向上するの意味から、百尺(30.3m)よりも高くした31.5mに設定された。
*Wikipediaより -
「時計塔」のアップ。
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階段を上がった右手には「日本水準原点」があります。
日本水準原点は、日本の水準測量の基準点である。東京都千代田区永田町1丁目にある日本水準原点標庫という建物の中にある。 日本水準原点の東京湾平均海面からの標高は 2011年10月21日以降は、24.3900 mである。
*Wikipediaより -
「日本水準原点標庫」です。
この建物を良く見ると、柱廊上部の帯状部分に菊の紋章に挟まれた右書きの「大日本帝国」の文字が見えます。 -
「日本水準原点標庫」のアップ。
ここにも菊の紋章が入っています。 -
国土地理院による「日本水準原点」の説明文。
これに拠れば、「日本水準原点」は1891年(明治24年)5月に設置され、日本水準原点の位置は「日本水準原点標庫」の中にある台石に取り付けられた水晶版の目盛の零線の中心となっている。
その標高は、明治6年から明治12年までの東京湾の潮位観測による平均海面から測定したもので、当時24.500mと定められましたが、1923年(大正12年)の関東大震災による地殻変動に伴い24.4140mに改正、更に2011年(平成23年)の東日本大震災による地殻変動に伴い現在の標高に再改正されたとのことです。 -
東京都教育委員会による「日本水準原点標庫」の説明文。
これに拠れば、「日本水準原点標庫」は「日本水準原点」を保護するための建物で、建物正面の造りは柱廊とその上部のエンタープラチュア(帯状部)とペディメント(三角妻壁)のレリーフで特徴づけられる。
建物自体は石造りの小規模なものですが、ローマ風神殿建築に倣い、トスカーナ式オーダー(配列形式)を持つ本格的な模範建築で、明治期の数少ない近代洋風建築として建築史上貴重なのだそうです。 -
写真中央の木と右側の木の間が、先ほど上がってきた階段の場所です。
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「時計塔」、噴水池、花壇の全景。
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横から「日本水準原点」方向を見た風景。
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確かに「時計塔」は三面になっています。
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「時計塔」から皇居方向を見た風景。
わずかに警視庁の電波塔が見えています。 -
「時計塔」の基礎部分。
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「時計塔」の説明文。
Wikipediaでは、この説明文を引用しているようです。 -
「時計塔」を支える3本の柱です。
その2本にそれぞれ銘板がありました。 -
これは「尾崎記念時計塔建設記」として、塔高、建設会社、建設に協力した個人・法人名などが記されています。
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こちらの銘板には、尾崎記念館の時計がスイスから贈呈されたことが英文で記されています。
建設当初の時計は、時間を厳守した尾崎行夫を称えてスイスから贈られたものだったそうですが、現在は国産のものに改修されているそうです。
*前出の「時計塔」の説明文より -
「時計塔」の横には「尾崎行夫略歴」の石碑が建っています。
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「尾崎行夫略歴」の石碑の全景。
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尾崎 行雄は、1858年(安政6年)11月20日に神奈川県津久井町又野(現在は神奈川県相模原市緑区又野)で生まれ、1954年(昭和29年)10月6日に亡くなった政治家です。
日本の議会政治の黎明期から戦後に至るまで衆議院議員を務め、当選回数・議員勤続年数・最高齢議員記録と複数の日本記録を有することから「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる。
*Wikipediaより -
「憲政記念館」です。
1960年に建てられた尾崎行雄(衆議院名誉議員)を記念する「尾崎記念会館」を母体に1970年の日本における議会政治80周年を記念して設立され、2年後の1972年に開館した。
資料展示をするほか、特別展・講演会などが催されている
*Wikipediaより -
「憲政記念館」の玄関です。
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左手の階段を上がったところが入口になっています。
入口の奥が中庭になっていて池があります。 -
奥の池には尾崎行夫の銅像が建っています。
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銅像のアップです。
小柄だったのかな? -
「憲政記念館」駐車場から国会議事堂方向を見た風景。
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「憲政記念館」の裏手に回ると石灯篭が建っていました。
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「時計台」に戻り、噴水池の先端部から霞が関方向を眺めます。
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ここからの眺めが一番いいですね。
このシーンを、テレビ番組の警察物ドラマで良く目にします。
警視庁と一緒に、桜田濠、桜田門、その奥の丸の内ビル群を一望できるので、絵になるのでしょうね。 -
坂を下って霞が関に戻ります。
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坂の途中にある階段の下から「時計台」を見た風景。
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すぐ下を首都高速の「霞ヶ関トンネル」が通っています。
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内堀通りまで下ってきました。
道路の向こう側は桜田濠です。 -
桜田濠です。
半蔵門方向を見た風景。 -
最後に桜田門とその後ろの丸の内ビル群を眺めて終了です。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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