2019/06/22 - 2019/06/23
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Tam-Kさん
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この旅行記のスケジュール
2019/06/22
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船での移動
高松港
この旅行記スケジュールを元に
大島
高松港の西にそびえる屋島、その先の瀬戸内の海に浮かぶ島が大島です。この島は、2010年から瀬戸内国際芸術祭の会場となっています。この島は緑の松林に覆われた美しい島です。ただこの島の歴史の中において、非常に特殊な事情が含まれている。ここはそんな島でもあります。
国立療養所大島青松園、大島には、ハンセン病患者の隔離施設がありました。ここには多くの患者が家族や身寄りから隔離され、世間から隔絶された世界での生活を強いられていました。この政策は1996年まで続きました。ハンセン病は、明治時代(明治40年:1907年)にできた法律によって感染者が隔離される政策が長年続けられてきました。ハンセン病は、ライ菌の感染による病気で末端神経が犯される病気です。この病気に感染すると、神経の麻痺によって指が動かなくなったり、失明したり、さらには見た目にわかる体の変化が症状として現れました。こと顔に現れる見た目の変化によって世間から疎まれ、感染防止の観点で徹底した隔離政策が敷かれることとなりました。このため、この病気に感染した人は、当時家族から縁を切り、強制的に隔離施設へ収容され、患者同士での共同生活を強いられることとなりました。
この病気、現在では治療薬もあり、完治することができる病気です。この島に今もいる入所者の方々も病気は完治しており、感染することはありません。ただ、この島の入所者の方々は、長年にわたり有効な治療も受けられなかったことから後遺症が残り、さらには家族と縁を切ったまま長い年月が経過していることもあって、郷里へ帰ることもできないなど、さまざまな事情により、この島に今も留まっておられます。
このような歴史を持つ大島、2010年からこの島での展開を始めた芸術祭を機に、島外からこの島を訪れる人が増えることとなりました。また島の案内を行ったり、島のカフェを運営したりするこえび隊の人たちなど、この島の入所者の人々にとっても外部との交流ができる機会が増えていくこととなりました。
これによって、入所者の方々の笑顔や元気がまたひとつ増えているじゃないでしょうか。
大島のアート作品については、愛知造形大学のOBや学生さんが中心となって2010年の芸術祭に際し、その数年も前から島の入所者の方々との関係性の構築などに尽力されました。こういった島との歴史もあり、今の関係性が成立しているんじゃないでしょうか。
大島の芸術作品、これらは島の歴史や自然、入所者の方に寄り添った作品が展開されています。これは、瀬戸芸の特徴でもあるサイトスペシフィックアートそのものなのです。
- 旅行の満足度
- 4.0
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大島港から島に上陸すると、美しい緑の松林が目の前に広がります。これらの松は、海からの強風に備える防風林としての役目も果たしています。
「墓標の松」
源平合戦、屋島の戦いに敗れ、敗走する平家の武者たちが、甲冑や弓などを捨てて身を軽くして逃げようとしました。ただ、それら愛用の武具を捨て置くには忍びず、丁重に弔って地中に埋め、墓標として松を植えたと伝えられています。
墓標の松の先に大島の情報がホワイトボードに書かれています。
ここでガイドなどいろんな島の情報を確認しましょう。 -
大島会館
島の入所者と来島者との交流や島外からの慰問、交流などの場として活用されています。
社会交流会館
入所者と来島者の交流の拠点として建設され、ハンセン氏病や大島の歴史に関する資料展示や図書館があります。
やさしい美術プロジェクトのカフェ・シヨルもこの中にあります。
また、今回の芸術祭の新作である鴻池さんの作品「月着陸」などもここにあります。「大島の海に首までつかり歌(呼吸)を歌う。その歌が、真夏のセミ達の大合唱にかき消されてもなお、海の中から精いっぱい歌う。その姿を記録した映像作品です。
大島のカフェは、こえび隊によって運営されるカフェで、島の穏やかな雰囲気の中でのティータイムが楽しめます。大島 (高松市) 自然・景勝地
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坂道を上ります。
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近くの島が見えます。
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大島の中を通る道には、中央付近に白い線が引かれています。これは盲導線と呼ばれ、視力が衰えた入所者の方が歩行する際の目印としています。これは、白杖で道の端を確認する路沿いの盲導柵と合わせて活用されています。
また、道の脇からは微かな音楽が聞こえてきます。これは、盲導鈴といい、音楽によって場所が分かるようになっています。
大島では、視力の衰えた島の入所者の方への配慮が、島内のいたる所に設けられています。 -
宗教地区
入所者の方々のため、仏教やキリスト教など宗教に関連した施設がこの宗教地区に建てられています。
ここに入所した際に、島で亡くなった時のためにそれぞれ宗教に入ることとなっていました。 -
丘の上まで来ました。
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納骨堂
納骨堂には、島で亡くなった方のうち、ここには昭和11年(1936年)から現在までの1,443名のお骨が収められています。
この島に来た時に、多くの方が家族と縁を切り、名前を変えての生活を強いられました。このような状況の中、亡くなった後も多くの方が身寄りに引き取られることなく、ここに収められました。
今の納骨堂は、2003年に建替えられたものです。
現在大島青松園に暮らす入所者は、2019年4月現在で53人、平均年齢は94歳を超えています。
この島には、かつて700人を超える多くの方がハンセン氏病患者としてここで生活をされていました。 -
リングワンデラングとの分かれ道
リング・ワンデルング 鴻池朋子
登山している時に道に迷い、山中を迷走している間に同じところをグルグルまわる、この現象を登山用語でリング・ワンデルングといいます。
大島の北の岬へ向かう道を開き、ぐるっと一周することで新しい風景を見ることができます。 -
イチオシ
丘の下は作品エリアとなっています。
ここに並ぶ長屋のような建物、ここに入所されていた方々が生活されていました。
多い時には700人の方がこの島で生活をされていました。1棟24畳の大部屋で12名が集団生活を送られていました。
なお、現在の入所者の方々は、プライベートが確保された建物での生活を送られています。 -
イチオシ
大島
青空水族館 田島征三
この島の北側の地区にある元入所者の寮だった建物、この建物の中に展開された「陸の上に広がる海底の世界」
大粒の涙を流し続ける人魚、難破船や海の中の魚たちの世界、
ここは、漂流物や廃材、木の実などを使って室内に海底の世界が創り上げられた、回遊型インスタレーションです。
人魚の切ない表情が何とも印象的な作品です。
「Nさんの人生・大島七十年」 -木製の便器の部屋- (夏)
2012年の秋に行われた大島のイベントで、田島征三さんがライブペインティングで絵巻物を制作されました。これは、田島さんと同郷の入所者の方から聞いた島での暮らしを基にして制作されたものです。
今回はこの作品をベースに、「Nさんの人生・大島七十年」をテーマに空間アートとして、新たな作品がつくられました。
稀有の触手 放たれた体温(12寮) やさしい美術プロジェクト
テーマ「大島で暮らした人の熱を伝える場所を」
大島の歌人斉木創の作品
この島での生活の中で使用していた様々な道具、カメラと体を繋ぐ自助具(稀有の触手)などを展示、島で生活していた人々の暮らしに触れる。 -
解剖台
海岸の海中に捨て置かれた解剖台、
島の歴史を物語る、、、 -
イチオシ
「つながりの家」GALLERY15「海のこだま」 やさしい美術プロジェクト
テーマ「入所者の生きた証と記憶」
かつて、入所者が暮らしていた15寮に、島で唯一残っていた木造船を展示。
島の入所者の人たちのささやかな娯楽のひとつだった海釣り、その小舟がここに展示してあります。12寮と共にここは島の生活に心を馳せ、いろんなことを感じとることができる。そんな場所ではないでしょうか。
大島の記録と入所者の生きた証に触れられるのがこの場所です。 -
歩みきたりて 山川冬樹
海峡の歌/Strait Songs 山川冬樹
愛媛生まれ、モンゴルに抑留され、戦後大島に行きた歌人、正石蒙、その足跡を芸術家でありホーミィ歌手である山川さんが辿り、その記録としての写真や映像と遺品を展示している。
入ったところにある作品の火葬場からの煙の写真の前に小石が置かれた作品は、写真の煙の下に見える浜で小石を拾って夜なべして制作したそうで、小石の数は大島で亡くなった方の数に対応しているそうです -
いい感じですね、
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歩みきたりて 山川冬樹
海峡の歌/Strait Songs 山川冬樹 -
つつじがきれいですね。
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社会交流会館
「つながりの家」カフェ・シヨル やさしい美術プロジェクト
大島のカフェ、こえび隊によって運営されるカフェで、島の穏やかな雰囲気の中でのティータイムが楽しめます。
月着陸 鴻池朋子
「大島の海に首までつかり歌(呼吸)を歌う。その歌が、真夏のセミ達の大合唱にかき消されてもなお、海の中から精いっぱい歌う。その姿を記録した映像作品です。 -
大島のジオラマ@大島会館
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ジオラマ展示
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旧面会所の建物
ここは、入所者の家族が来島した際の面会や、宿泊を行った建物でした。
社会交流会館ができる前には、この建物のがカフェ・シヨルとして使用されていました。
国立療養所大島青松園、ここには、普通の我々の生活の中では気づくことのなかったかつての国の制度により、多くの人々が家族から離れ、この島での生活を強いられていたという歴史がありました。 -
大島、療養所としての歴史、そして今、瀬戸芸が現在を生きる人々、特に若い世代に対し、過去にあった出来事について考える機会を与えてくれたのではないでしょうか。
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