1981/04/30 - 1981/05/05
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ふーてんナッツさん
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1981年のゴールデンウィークに1人で韓国へ個人旅行した時の昔話。
'80~'81の年末年始にO氏と一緒に韓国へ行ったのですが、その時はO氏に頼りっぱなしでした。その後、自分一人でどのくらい旅行できるか試したくなったのです。チケットも観光ビザ(当時は必要)も自分で手配しました。
足は行きのみ関釜フェリーで、復路は航空便のキャンセル待ちでなんとか帰って来れました。今から思えば韓国語もほとんど解らないまま行き当たりばったりで、よくまあ危なっかしい旅行をしていたものだと呆れますねえ、普通の会社勤めのサラリーマンなのに。
<旅程>
4/30:東京-(高速バスドリーム号 車内泊)→
5/1:名古屋着-(新幹線)→博多-(列車)→下関-(関釜フェリー泊)→
5/2:釜山着(愛隣YH泊)
5/3:釜山-(飛行機)→ソウル(半島YH2泊)
5/5:ソウル-(飛行機)→成田着
写真は釜山タワーのアジュモニ達。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
'81/4/30(木)、仕事を終えて東京発名古屋行きの深夜バス、ドリーム号に乗車。
ドリーム号に乗ったのはこの時が初めてで、”料金は5,500円”、と当時のメモ帳に。 -
5/1朝、名古屋に到着。
当時の名古屋の地下鉄(藤が丘行き)、だと思います。 -
名古屋から新幹線で博多へ向かいます。
”初めて乗った新幹線、13,700円。” と当時のメモ帳にありました。
今では懐かしい、0形新幹線ですね。 -
博多駅に到着。
メモ帳に”初めて九州の地を踏む”、と大袈裟に書いてある。 -
その後、列車で博多から下関へ少し戻ります。
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下関の関釜フェリー乗り場に到着しました。
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”関釜フェリー 2等、8.800円。” と当時のメモ帳にありました。
待合室の様子。 -
フェリーのデッキにて。
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下関を出港。
”夜、カラオケで煩かった”と当時のメモ帳に。 -
翌5/3朝、朝鮮半島の地がはっきりと見えてきました。
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釜山に上陸してブラ歩き。
三輪車は珍しかった。 -
これだけ見ると日本とあまり変わらないなあ。
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でもこういうのを見ると、異国情緒があります。
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チャガルチかな?
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肉の解体ショー。
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釜山は結構坂道が多い町。
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坂を登ったところにある、愛燐ユースの部屋から。1泊2,200ウォンでした。
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その後また釜山の街へ。
龍頭山公園付近だと思います。 -
釜山タワーと李舜臣将軍銅像をバックにパチリ。
誰に撮ってもらったのだろう。 -
タワーの展望台へ。
”690ウォン”と当時のメモ帳に。 -
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当時の釜山の景色。
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龍頭山公園と李舜臣将軍銅像。
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ここも公園の一角か。
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靴磨きかな。
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賭け将棋的なもの、だったと思います。
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その後、釜山駅前に来ました。
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列車でソウルへ向かおうと思ったものの、長い行列が出来ていて諦めた、のだと思います。
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夜の釜山をブラブラ。
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翌5/2の朝。
愛燐ユースのチェックアウトして、横断歩道の無いところで道路を渡ったら警察の呼び止められて、ひどく怒られたことを思い出しました。 -
こんな姿が新鮮でした。
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りんご売り。
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釜山港へ戻ってまいりました。
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ここで帰りのフェリーの切符を買おうとして買えなかった、のだったと思います。
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それでバスで金海空港に来ました。
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釜山金海空港。
ここで帰国便のチケットを買おうかどうか迷って、結局ソウル行きを買ってソウルへ行きました。21,900ウォンでした。
本当に計画性のない行き当たりばったりの旅。。。 -
ソウル金浦空港に来ました。当時の車といえば、ヒュンダイのポニーでした。
その後、半島ユースにチェックイン。2泊で4,900ウォン。 -
これは南大門、かな。変色が激しいので白黒で。
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南大門市場だと思います。
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市内バスで移動。
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5/4、ここは何処だろう、若者が多いのでテハンノあたりかなあ?
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ソウルタワー前。
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南山かなあ。
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地下鉄にも乗ってみます。
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何かやっている。
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宗廟。
”入場料350ウォン” 当時のメモ帳より。 -
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パゴダ公園へも行ってみました。
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東大門、だと思います。
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夜になってホテルロッテの最上階へ。
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ここにディスコがあったんです。
お酒を飲んで調子に乗って踊って、気がついたら夜の12時を周っていました。
半島ユースに戻ろうとして外に出たら、人っ子1人、車も1台もなく真っ暗闇。
戻るに戻れなくて、広い道路をウロウロしてたら警察に捕まって警察署まで連れて行かれて取り調べを受けてしまいました。(当時韓国では戒厳令で夜12時以降は外出禁止だったのです)
幸運にもパスポートを携帯していたので、スパイでないことがわかりパトカーで半島ユースまで送ってもらいました。忘れることのできない失敗談。危なかった。 -
翌5/5、半島ユースをチェックアウトして金浦空港へ。
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成田空港行きのJAL機の機上の人となりました。
当時のメモ帳より。
”今日中に日本に帰れないと思っていたが、奇跡的にJALの航空券をキャンセル待ちで買うことが出来た。兎に角とても楽しかった、満足!”
ハハハ、なんというノー天気だったのだろう、翌日は会社に出勤して仕事だというのに。 -
当時のチケットが残っていました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- Tsumuさん 2020/05/03 15:06:40
- すごい
- 約40年前ですよね。航空券って手書きだったんですね!
その時思ったことをかきとめておくのってあとから見ると面白いですね。
私も残しておこうと思いました。
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