
2019/06/01 - 2019/06/02
19位(同エリア135件中)
多摩川コナンさん
- 多摩川コナンさんTOP
- 旅行記174冊
- クチコミ3件
- Q&A回答8件
- 194,962アクセス
- フォロワー31人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
5月に休日出勤が重なり会社から1週間休むように言われ、遠くに行こうと吉林省の長春に行ってきた。
中国東北地方は遼寧省(大連、瀋陽、丹東)、黒竜江省(ハルピン)に行ったことがあったが、吉林省は初めて。
予てから満州国の歴史や遺跡に興味があったので、歴史巡りを中心に街を巡ってきた。
また、半年前に長春に赴任した友人にも会いに行き、せっかくだからと北朝鮮国営レストランに行ってきた。
喜び組を見ながら食べる北朝鮮の冷麺は美味しかった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12時頃に南方航空で長春に到着。
まさかの沖止めだった。長春龍嘉国際空港 (CGQ) 空港
-
当初はバスで市内まで行こうと思っていたが、空港の制限エリアから外に出た時「鉄道」という文字を見つけた。
「列車通っているのか!?」と思い矢印に従って進んで歩いていくこと700m。外に出ていくと鉄道駅にたどり着いた。空港出口からだいぶ離れている。 -
切符売り場でチケットを購入しようとすると、窓口のおばちゃんに「5分後に来るよ!急いで中はいりな!」と言われる。急いで人口改札を抜け、セキュリティーチェックを済ませて駅のホームへ。ちょうど列車が入ってきた。
車両は東北地方を中心に運用されているCRH5だった。空港から終点の長春駅まで15分程度。 -
時速200キロで東北平原を走り抜ける。
-
15分ほどで長春駅に到着。暑くなくとても過ごしやすい気温だ。
-
こちらが長春駅の入口。なかなか立派だ。
長春駅前広場地下街 その他の店舗
-
駅を出て左に進み、今日泊まるホテルへ。
-
今回は長春駅そばの全季酒店に泊まった。
1泊300元~400元という安さ。部屋もシンプルではあったがなかなか良かった。 -
ホテルでゆっくりした後、夕方、長春に引っ越した友人に会うべく北朝鮮国営レストランに向かった。駅で交通カードを購入。
-
北朝鮮レストランがある衛星広場に到着。もう日が沈みかけている。
手前の大きい建物は吉林大学。 -
こちらが長春の北朝鮮国営レストラン。入口にはしっかりと北朝鮮の国旗が掲げられていた。
-
入店してしばらくすると、喜び組による歌とダンスが始まった。
これを見るのは丹東の北朝鮮レストラン以来8年ぶりか。 -
フォーメーションを変えていく。朝鮮語なので何言っているかはわからないけど、歌はなかなか上手。
-
長春に住む友人の話では、彼女たちは芸術学院に留学している北朝鮮の留学生で、ここでアルバイトをしながら歌を披露しているんだとか。
-
キムチが来た。酸味が強いがなかなかおいしい。
-
やはり北朝鮮の冷麺は最高に美味しい。
ダシが効いていて、味もさっぱりしており、本当に日本人好みの味だ。
冷麺を楽しんでいた結果、地下鉄の終電を逃してしまい、バスでホテルに戻ることに。この日はこれで終了。 -
翌朝。
この日は夜の寝台列車で北京に向かう。それまでの間ひたすら長春の歴史遺跡を巡っていく。
これはホテルのそばにあった住宅街。ここだけ香港みたい。 -
南広場付近の旧日本人街エリア。
やっぱりそれらしい建物がたくさん残っている。 -
これは旧横浜正金銀行。まだ建物が残っていて、しかも現役なのがすごい。
-
南広場付近にはこうした旧満州国時代に日本人が建てた建築物が多数残っている。
-
勝利大街から見た南広場のロータリー。
-
続いて南広場の南側にある旧日本人住宅街へ。それらしい建物が売店として残っていたが、その他は多くが取り壊されていた。ここも時間の問題なのだろうか。
-
南広場から徒歩で偽満皇宮博物院へ。
-
入口から延びる坂道を上ると、メインの建物に到着。
順路に沿って中を見学していく。偽満皇宮博物院 博物館・美術館・ギャラリー
-
エントランスの様子。やはり皇帝が住む場所のため豪華絢爛だ。
-
溥儀が座っていたイス。
-
こちらは溥儀と后のためのイスかな。
-
愛新覚羅溥儀の写真が飾られていた。
確かこの部屋は休憩室だったかな。 -
階段を上って2階に進む。
手すりのところも大理石で美しい。 -
長春という街は、かつては「新京」と呼ばれていた。
計画的に都市設計がなされ出来上がった街。
全然から地下鉄を作る計画もあったのだとか。 -
溥儀の執務室。
ただ、溥儀は日本軍の盗聴を恐れて、あまりここにいなかったのだとか。
清朝最後の皇帝として日本軍に祭り上げられ、満州国建国でいいように利用されてしまった悲劇の人でもある。 -
敷地内には防空壕もある。
-
防空壕の入口。重厚な扉が設けられている。
-
入ってみてびっくり!
地下深くまで掘られており、しかも涼しい。いや、肌寒い。 -
さらに深い扉が設けられており、溥儀やその家族も頻繁にこの場所に避難していたらしい。
-
ある写真を見つけた。
一番左は華族の出身で溥儀の弟、溥傑に嫁いだ日本人の嵯峨浩さん。
その半生をまとめた書籍「流転の王妃」はドラマにもなり話題を呼んだ。
僕も満州国の歴史に興味を持つようになったのもこの人の本を読んだからだ。
終戦後は中国各地を転々とし、子供と共に命かながら日本に帰る。
その後、溥傑が釈放されたことを受けて再び北京に戻り、晩年を過ごされた方だ。 -
接見の待合室らしい。
-
再びレトロな階段を上がる。
-
接見を行う部屋。
-
こちらは晩餐会などを開催するための部屋。
-
博物院を後にし、軌道交通と地下鉄を乗り継いで旧満州国国務院を目指す。
博物院から最寄りの駅「偽皇宮駅」に向かったが、なんかすごい名前だな・・・ -
ご参考までに、長春の軌道交通路線図。
この他にも地下鉄が走っている。 -
こちらが長春軌道の車両。
意表を突く紫色ボディだ。 -
長春駅で軌道交通から地下鉄に乗り換え、人民広場へ。
このエリアにも満州国時代の遺跡が多数残っている。
これは旧満州国国電信電話株式会社。 -
こちらは旧満州国中央銀行。現在は中国人民銀行のオフィスだ。
旧満州国中央銀行跡 史跡・遺跡
-
人民広場から徒歩で文化広場へ。
ここは地質宮という皇居。現在は吉林大学になっている。 -
文化広場に差し込む夕日。今は市民の憩いの場になっているようだ。
-
文化広場ではみんな凧を挙げていた。
-
本当にタコを挙げている人もいた。
長春文化広場 広場・公園
-
文化広場からほど近いところに旧満州国務院がある。国会にあたる場所で、日本の国会議事堂にもちょっと似ている。
偽満洲国国務院跡 建造物
-
その向かいにあるのが旧満州国軍事部。現在は病院になっている。この中国の地で日本の瓦屋根を見ると、ちょっと不自然な感じがする。
旧満州国軍事部跡 史跡・遺跡
-
徒歩で朝陽公園まで向かう。これは長春のテレビ塔だが、現在は登れない。
-
新民大街を南に進む。
こちらは旧満州国司法部。旧満州国司法部 史跡・遺跡
-
その向かいにあるのが旧満州国経済部。現在は病院だ。
-
突然のスコールが始まったが、バスと地下鉄を乗り継いで、昨日も行った衛星広場へ。再び友人と落ち合い、昨日の北朝鮮レストランの隣にある餃子屋さんに入る。
-
東北の焼餃子や水餃子を注文。
しかし店員のおばちゃんの東北訛りが強すぎて全然聞き取れなかったが、なんとか注文できた。
特に、手前の焼き餃子と左の糸豆腐と野菜の和え物がおいしかった。 -
食事を終えた後、夜8時ごろに友人と別れ地下鉄で長春駅に向かう。
長春駅に到着し、駅の外に出ようとしたら何やら人だかりができている。
「なんだろう」と思い外を見てみると、凄まじい豪雨で、駅前が完全に川になっていた。とりあえず10時までに駅に入らなければいけないため、足首くらいまで水に浸かりながらホテルに向かう。荷物を取って駅に向かうも一向に雨が収まる気配はなく、激しい雷が鳴り響く。。。びしょ濡れになりながらも、なんとか駅前に戻ってこれた。 -
豪雨の中、長春駅の周りにある建物を撮った。本当はもっとゆっくりと巡りたかったが、雨が激しかったためすぐに切り上げる。
-
こちらは夜の長春駅の様子。
-
足がびしょ濡れになりながらもなんとか駅の中に入れた。現時点で夜9時半。
これから夜10時半発の寝台列車、Z64に乗って北京に向かう。
北京編へ続く・・・
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
長春(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
60