2019/06/10 - 2019/06/10
2076位(同エリア4183件中)
芦花さん
沖縄最終日は、琉球村かユンタンザミュージアムか迷いましたが、ユンタンザミュージアムが昨年2018年に新装オープンしたというので座喜味城とセットで行ってきました。
やはり沖縄の歴史は深いし心を震わせます。是非沖縄の歴史を知ってほしいです。
私もこれを機に「本音で語る沖縄史(仲本清司著)」を再読したり、「沖縄論(小林よしのり著)」などを旅行後に読んでしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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恩納村瀬良垣を出発し、「道の駅」ならぬ「おんな(恩納)の駅」に寄る。。
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ここは結構繁盛している。地元のお客さんも多いし、バスターミナルにもなっているようだ。
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お土産も品揃え豊富でした。
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自分のお土産として沖縄の地質についての新書購入。
というのも、珊瑚由来の石灰岩だけの島かと思っていたら、結構石灰岩以外の岩石(緑色の火山岩らしきもの)も砂浜で見受けられたので、そもそもどんな地質なんだろうと思わず手にとってしまいました。
ユンタンザミュージアムでも、その地層がよくわかる展示がありましたので地質に興味がある方は立ち寄り必須です。 -
そしてユンタンザミュージアムは読谷の座喜味城と同じ丘の上にある。
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大人1名500円(村民の方は200円)で、まずは座喜味城の模型で全体像を把握。
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沖縄三山時代の解説です。かつて沖縄は石器時代を経て文明化以降、本島は3つのエリアに分かれて国家形成され、それぞれ明への朝貢国として使者を送ったりしていました。
最終的には中山が三山統一し、中山が琉球王朝として明治時代の琉球処分まで継続します。 -
実は、当日特別展示で沖縄草玩具館の館長がいらっしゃっていて、過去の沖縄庶民の生活について教えていただきました。
展示は「草編み」と言って、かつて文字が読めなかった(文字などの教育は一切禁止)ので、役人と農民の意思疎通のツールとして草で編んだ編み物の形によって、コミュニケーションしていたらしい。
そして、この写真が象徴的なんですが、かつての琉球王国から明治時代ぐらいまでは細かい行政区分に分けられ、人口の85%を占める農民は教育も受けられず、移動もできず、全て狭い行政区分の中で一生、結婚まで含めて完結させなければならないなどの一生牢屋に入っているような生活を強いられたという。
したがって言葉(口語)も隣の集落に行くともう通じなくなってしまう、そんな社会だったそうです。 -
薩摩藩侵攻以降は、年貢も王国分、地元の役人分に加え、薩摩藩分も追加されてしまい、その激烈な重税苦に喘いでいたのが、明治時代までの沖縄庶民。
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でもこの当時の庶民の家の展示は結構立派なので上流の方の家か?
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そして沖縄決戦で多くの人が犠牲になり、
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この読谷にも米軍が上陸し、読谷にあった日本軍の北飛行場や今の嘉手納基地をあっという間に攻略。
集団自決で有名なチビチリガマの様子もしっかり展示で再現されていて、その時の悲惨さを来館者に疑似体験できるようにもなっています。 -
当時の召集令状「アカガミ(複製品)」も展示されていて、印象的なのは「この召集令状が再び誰の手にも渡らぬように」との文言もセットで掲示。
とにかく平和への想いの強さが伝わる展示でした。 -
さて、丘の上にある座喜味城へ
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ここも世界遺産ですが、今帰仁城と違ってボランティアガイドさんはいませんでした。
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と言っても観光客も平日とはいえ10人に満たない状況なのでちょっと寂しい感じ。世界遺産なのに。。。
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やはりここも珊瑚の岩による石垣が特徴的。こちら2の郭の城郭は当時のままだそうです。
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こうやって拡大してみるとまさに珊瑚礁の名残
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こちらは1の郭のものなので復元した部分。
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1の廓の城壁の上にも一部分だけ上がることができます。丘の頂上なので読谷村が一望できます。
遠方に読谷村の集落 -
1の廓の緑と城壁の組み合わせは、本当に美しい
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こちらは米軍基地(キャンプハンセン)の山の方
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ここに至るまで、国道58号から広大な野原の中を走ってきますが、不思議だなと思ったら、楚辺通信所や読谷補助飛行場など、返還された基地の跡だったんですね。
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城壁の上は一部だけ開放です
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かつてグスク(城)は、それぞれの土地の信仰場所だったらしいので御嶽の要素もあったらしい(沖縄論より)。
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こちらはl草刈りをしていた業者の方が「ここが一番オススメ」と言う場所。城壁の高さを一番実感できる場所だそうです。ちょうど城に侵入してきた敵が迷って袋小路になっているエリアです。
確かに高い!! -
座喜味城もやはり感慨深かった。
本州の城とは違った歴史的背景と造りと。。。 -
ところで「さんぴん茶」ってジャスミンティーの沖縄用語だったんですね。
普通に自販で売ってます。 -
そして前回も伺った嘉手納の道の駅の交差点を過ぎ、
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うるま市の海中道路。
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橋というより、そのまま地つづきで埋め立てして作ったんですね
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伊計島までは遠過ぎで飛行機の時間に間に合わなくなってしまうので、浜比嘉島まで行ってみました。
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そして「普天間」交差点を過ぎ
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那覇空港に帰着
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ここでも沖縄そば食べましたが、意外に麺がうまかった。
うどんのようなモチモチ感でした。
一方で三枚肉はイマイチ -
リニューアル後のJALサクララウンジは初めて
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前より広くて綺麗になった印象
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JAL機材は、行きも帰りもJAL機材中最大席数の777-300でした。国際線よりもダントツ多い席数です。
以上今回の沖縄旅行は3回目ですが、やはり沖縄は観光だけでなく、シビアな問題を考えさせられずにはいられない。
小林よしのり氏曰く「沖縄の人も本州の人も同じ民族」だというので、遺伝的にはどうなんだろうと遺伝学者の斎藤成也さんの論文も読んでみたが、日本列島・朝鮮半島・南西諸島に昔から住んでいる人たちは皆遺伝的に近いのだそうです。アイヌも本州の人も韓国(朝鮮)の方も沖縄の方も皆遺伝的には近いとのこと。
遺伝子が近いからと行って民族も同じかと言ったらもちろん同じではないですが。。。
言語学的には、日本語と琉球語は特に同じ系統らしい。これもどこまでが別言語で方言かは難しい。鹿児島弁も日本語と全く通じないので暗号に使われていたと言うし。
中国も5つの言語があって全く通じないし(文語は秦の始皇帝が統一)、そもそも、前述の通りかつての沖縄でも村落が違うと言葉は全く通じなかったそうです。
自然、歴史、文化、全てにおいて深い沖縄。また必ず伺いたいです。
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