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令和GWの10連休明け、別件で出掛けたついでに京都、壬生通り八条にある六孫王神社を初めて訪ねた。ここは鎌倉幕府を打ち立てた源頼朝を生んだ清和源氏発祥の地と云われる神社。清和源氏は第56代清和天皇が孫である経基(つねもと)が皇族離脱(臣籍降下)した時に与えた源姓のことで、多くの天皇が臣籍降下に対して源姓を与えているので、与えた天皇の名を付けて区別されている。清和源氏の他には嵯峨源氏や村上源氏など、全部で21の流派があるが、清和源氏は源経基の9代後の源頼朝が鎌倉幕府を築き、また室町幕府を開いた足利尊氏や江戸幕府の開祖徳川家康もその子孫であり、歴史上で重要な役割を果たした氏族である。<br /><br />清和天皇は文徳天皇の四男だが、平安時代初期の858年に父が31歳で崩御したのに伴って、母方の祖父藤原良房(後に摂政となる)の引き立てで3人の異母兄を退けて9歳で即位。19人の子供を設け、27歳で譲位し第1親王であった当時9歳の陽成天皇に座を譲ったが、第6親王の貞純親王の子供が経基で、天皇の六男の子(=天皇の孫)であることから六孫王と呼ばれた。その六孫王こと源経基を御祭神に祀っているのがこの神社。<br /><br />源経基は15歳で元服、源の姓を与えられ臣籍に加わり、平将門、藤原純友の承平天慶の乱の追討使になったが、大した功績は上げなかった。でも、その後鎮守府将軍にまで上り詰め、晩年この地に八条亭と称する邸宅を築いた。961年に45歳で没したと云われるが、彼の「自分の霊は死んだら龍(神)となってこの池に住み、子孫繁栄を祈り続けるので、この地に葬るように」と云う遺言に従って、963年に息子の源満仲が社殿を建てたのがこの神社の始まり。元々は「六ノ宮権現」あるいは「六の宮」と呼ばれ、芥川龍之介や小泉八雲、与謝野蕪村らの作品にこの地が登場している。<br /><br />鎌倉時代、3代将軍源実朝の妻は、暗殺された夫のために出家し、この六孫王神社と同じ地に遍照心院(現在の大通寺、通称は尼寺)を建立した。7つの塔頭があり、広大な敷地にはとても立派なお庭を構えていた。この神社はその鎮守社となり、その後も源氏の流れを組む室町幕府によって手厚く保護されたが、応仁の乱で社領を失い、経基の墓所だけが残されたと伝えられる。<br /><br />江戸時代に入り5代将軍綱吉の時に、大通寺の要請に応じて7年を費やして社殿の再興が行われた。現在の社殿はその時のもの。完成したのが宝永4年(1707年)であったことから、毎年10月の体育の日に行われる例祭は、宝永祭と呼ばれてる。当日は、神輿が氏子地域を巡行するが、その神輿を都の東西南北を守護する「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」を表す鬼神が先導する。おお、ホルモーだ。<br /><br />その後江戸幕府の滅亡とともに衰微し、神仏分離により大通寺は分離し、九条大宮南へ移転した。明治44年、国鉄の鉄道用地となり買収され移転。昭和39年には新幹線用地で再び買収され狭くなった。近代社格制度では明治6年に村社に列し、明治14年に郷社に昇格した。毎年元旦より行われている「ありきたりの京都観光に飽き足らないあなたに、ほんまもんの都めぐりを」と云われる京都十六社御朱印めぐりの1ヶ所。<br /><br />本殿に源経基(=六孫王大神)、相殿に天照大神、八幡(はちまん)大神を合祀している。源満仲が源氏武士団を形成した地である兵庫県川西市の多田神社、その三男の源頼信が開いた清和源氏の1派で頼朝や足利氏、徳川氏へ繋がる河内源氏の本拠地とした大阪府羽曳野市の壺井八幡宮とともに源氏三神社とされる。余談だが、満仲が多田を居城としたのは祈念した住吉大社のお告げが「矢を放って、落ちた所を居城とせよ」で、満仲が放った矢が落ちたのが多田村。その後、この村の鉱泉を用いて作った炭酸水にこの故事から付けた名前が三ツ矢(満矢)タンサンで、これが三ツ矢サイダーとなった。<br /><br />八条壬生通りの交差点から境内に入ると玉砂利が敷き詰められた広場があり、壬生通りとの北東角に一の鳥居。そこから西に二の鳥居がある。この鳥居を潜ると太鼓橋が池に掛かるが、この池は神龍池と呼ばれる。もちろん、源経基の遺言に由来しているのだが、応仁の乱で荒廃し、鉄道用地で移転させられた今もこの池にいらっしゃるのだろうか? 池には神様のお使いである大きな鯉が泳いでおり、鯉は恋に通ずるとして縁結びのご利益があり、その池に架かる橋は「恋(鯉)のかけ橋」と呼ばれており、恋人同士で渡れば将来結ばれるという言伝えもある。社務所では「恋」が成就するかわいらしいお守りも販売。<br /><br />橋の袂には誕生水弁財天社。満仲誕生の際に、安産を祈願して琵琶湖の竹生島より弁財天を勧請し、産湯に使ったことから祀られるようになった。この井戸水は「満仲の誕生水」とも呼ばれ、特に安産の水、健育の産湯として、京都七名水の一つに数えられている。なお初代の井戸は新幹線の高架橋の下になり枯渇し、現在のものは2代目だが、水源は同じだそうだ。また、壬生通りの北、新幹線高架を潜ったところにある兒水不動明王堂の脇から湧き出している清水は児ノ水(ちごのみず)と呼ばれ、眼病に霊験があると云われる名水。<br /><br />橋を渡ると正面に唐門と左右に回廊。そして門の奥に拝殿、さらにその奥に見えないが本殿がある。これらが江戸時代に建てられたもので市の有形文化財。本殿は類例の少ない切妻造で、拝殿と造合で結ばれた複合社殿。唐門・回廊を含めた一連の社殿は江戸時代中期の中規模神社の形態を知るうえで貴重なもの。これも見えないが、拝殿の後ろに残る石の基壇は、経基の遺骸を納めた神廟であると伝わる。<br /><br />境内の石燈篭には、のちに柳沢吉保として綱吉の寵愛を受け大老格として幕政を主導した松平吉保などの諸大名の寄進者名が見え、江戸時代には清和源氏ゆかりの神社として武家の信仰が厚かったことが偲ばれる。<br /><br />季節は違ったが、桜の名所としても有名。狭い境内にソメイヨシノをはじめ、紅枝垂れ桜、八重桜が咲き誇る。「恋のかけ橋」の上に立つと桜の群れが押し寄せてくるような錯覚がするくらいの桜の海を体験できるそうだ。また、新幹線と桜と石の鳥居と云うスリーショットも有名。遅咲きのおしべが象の鼻のような普賢象桜、うすい黄緑色の八重の花が特徴の御衣黄(ぎょいこう)、黄色の花を咲かせる鬱金(うこん)もあり、比較的長い間桜が楽しめる。桜の後には拝殿のある敷地に牡丹も咲く。御祭神の経基が好きだったことちなんで、近年植えられたそうで、神社紋にも牡丹が使われている。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2824028621000477&amp;type=1&amp;l=8a89379cb0<br /><br /><br />以上

京都 六孫王神社(Rokusonno Shrine, Kyoto, Japan)

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2019/05/09 - 2019/05/09

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ちふゆ

ちふゆさん

令和GWの10連休明け、別件で出掛けたついでに京都、壬生通り八条にある六孫王神社を初めて訪ねた。ここは鎌倉幕府を打ち立てた源頼朝を生んだ清和源氏発祥の地と云われる神社。清和源氏は第56代清和天皇が孫である経基(つねもと)が皇族離脱(臣籍降下)した時に与えた源姓のことで、多くの天皇が臣籍降下に対して源姓を与えているので、与えた天皇の名を付けて区別されている。清和源氏の他には嵯峨源氏や村上源氏など、全部で21の流派があるが、清和源氏は源経基の9代後の源頼朝が鎌倉幕府を築き、また室町幕府を開いた足利尊氏や江戸幕府の開祖徳川家康もその子孫であり、歴史上で重要な役割を果たした氏族である。

清和天皇は文徳天皇の四男だが、平安時代初期の858年に父が31歳で崩御したのに伴って、母方の祖父藤原良房(後に摂政となる)の引き立てで3人の異母兄を退けて9歳で即位。19人の子供を設け、27歳で譲位し第1親王であった当時9歳の陽成天皇に座を譲ったが、第6親王の貞純親王の子供が経基で、天皇の六男の子(=天皇の孫)であることから六孫王と呼ばれた。その六孫王こと源経基を御祭神に祀っているのがこの神社。

源経基は15歳で元服、源の姓を与えられ臣籍に加わり、平将門、藤原純友の承平天慶の乱の追討使になったが、大した功績は上げなかった。でも、その後鎮守府将軍にまで上り詰め、晩年この地に八条亭と称する邸宅を築いた。961年に45歳で没したと云われるが、彼の「自分の霊は死んだら龍(神)となってこの池に住み、子孫繁栄を祈り続けるので、この地に葬るように」と云う遺言に従って、963年に息子の源満仲が社殿を建てたのがこの神社の始まり。元々は「六ノ宮権現」あるいは「六の宮」と呼ばれ、芥川龍之介や小泉八雲、与謝野蕪村らの作品にこの地が登場している。

鎌倉時代、3代将軍源実朝の妻は、暗殺された夫のために出家し、この六孫王神社と同じ地に遍照心院(現在の大通寺、通称は尼寺)を建立した。7つの塔頭があり、広大な敷地にはとても立派なお庭を構えていた。この神社はその鎮守社となり、その後も源氏の流れを組む室町幕府によって手厚く保護されたが、応仁の乱で社領を失い、経基の墓所だけが残されたと伝えられる。

江戸時代に入り5代将軍綱吉の時に、大通寺の要請に応じて7年を費やして社殿の再興が行われた。現在の社殿はその時のもの。完成したのが宝永4年(1707年)であったことから、毎年10月の体育の日に行われる例祭は、宝永祭と呼ばれてる。当日は、神輿が氏子地域を巡行するが、その神輿を都の東西南北を守護する「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」を表す鬼神が先導する。おお、ホルモーだ。

その後江戸幕府の滅亡とともに衰微し、神仏分離により大通寺は分離し、九条大宮南へ移転した。明治44年、国鉄の鉄道用地となり買収され移転。昭和39年には新幹線用地で再び買収され狭くなった。近代社格制度では明治6年に村社に列し、明治14年に郷社に昇格した。毎年元旦より行われている「ありきたりの京都観光に飽き足らないあなたに、ほんまもんの都めぐりを」と云われる京都十六社御朱印めぐりの1ヶ所。

本殿に源経基(=六孫王大神)、相殿に天照大神、八幡(はちまん)大神を合祀している。源満仲が源氏武士団を形成した地である兵庫県川西市の多田神社、その三男の源頼信が開いた清和源氏の1派で頼朝や足利氏、徳川氏へ繋がる河内源氏の本拠地とした大阪府羽曳野市の壺井八幡宮とともに源氏三神社とされる。余談だが、満仲が多田を居城としたのは祈念した住吉大社のお告げが「矢を放って、落ちた所を居城とせよ」で、満仲が放った矢が落ちたのが多田村。その後、この村の鉱泉を用いて作った炭酸水にこの故事から付けた名前が三ツ矢(満矢)タンサンで、これが三ツ矢サイダーとなった。

八条壬生通りの交差点から境内に入ると玉砂利が敷き詰められた広場があり、壬生通りとの北東角に一の鳥居。そこから西に二の鳥居がある。この鳥居を潜ると太鼓橋が池に掛かるが、この池は神龍池と呼ばれる。もちろん、源経基の遺言に由来しているのだが、応仁の乱で荒廃し、鉄道用地で移転させられた今もこの池にいらっしゃるのだろうか? 池には神様のお使いである大きな鯉が泳いでおり、鯉は恋に通ずるとして縁結びのご利益があり、その池に架かる橋は「恋(鯉)のかけ橋」と呼ばれており、恋人同士で渡れば将来結ばれるという言伝えもある。社務所では「恋」が成就するかわいらしいお守りも販売。

橋の袂には誕生水弁財天社。満仲誕生の際に、安産を祈願して琵琶湖の竹生島より弁財天を勧請し、産湯に使ったことから祀られるようになった。この井戸水は「満仲の誕生水」とも呼ばれ、特に安産の水、健育の産湯として、京都七名水の一つに数えられている。なお初代の井戸は新幹線の高架橋の下になり枯渇し、現在のものは2代目だが、水源は同じだそうだ。また、壬生通りの北、新幹線高架を潜ったところにある兒水不動明王堂の脇から湧き出している清水は児ノ水(ちごのみず)と呼ばれ、眼病に霊験があると云われる名水。

橋を渡ると正面に唐門と左右に回廊。そして門の奥に拝殿、さらにその奥に見えないが本殿がある。これらが江戸時代に建てられたもので市の有形文化財。本殿は類例の少ない切妻造で、拝殿と造合で結ばれた複合社殿。唐門・回廊を含めた一連の社殿は江戸時代中期の中規模神社の形態を知るうえで貴重なもの。これも見えないが、拝殿の後ろに残る石の基壇は、経基の遺骸を納めた神廟であると伝わる。

境内の石燈篭には、のちに柳沢吉保として綱吉の寵愛を受け大老格として幕政を主導した松平吉保などの諸大名の寄進者名が見え、江戸時代には清和源氏ゆかりの神社として武家の信仰が厚かったことが偲ばれる。

季節は違ったが、桜の名所としても有名。狭い境内にソメイヨシノをはじめ、紅枝垂れ桜、八重桜が咲き誇る。「恋のかけ橋」の上に立つと桜の群れが押し寄せてくるような錯覚がするくらいの桜の海を体験できるそうだ。また、新幹線と桜と石の鳥居と云うスリーショットも有名。遅咲きのおしべが象の鼻のような普賢象桜、うすい黄緑色の八重の花が特徴の御衣黄(ぎょいこう)、黄色の花を咲かせる鬱金(うこん)もあり、比較的長い間桜が楽しめる。桜の後には拝殿のある敷地に牡丹も咲く。御祭神の経基が好きだったことちなんで、近年植えられたそうで、神社紋にも牡丹が使われている。
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