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1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。<br /><br />デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。<br /><br />当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。<br /><br />今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^<br /><br /><br /><br />はじめに<br /><br />これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。 <br /><br /><br /><br />アメリカ横断日記INDEX <br /><br />第一幕<br /><br /><br />第一章 旅立ちの唄<br />           <br />~Narita,Boston~<br />         <br />第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ<br /><br />~Niagara Falls~<br />          <br />第三章 自由の国、憧れの都<br />       <br />~New York~<br />           <br />第四章 合衆国誕生の地<br />         <br />~Philadelphia~<br />          <br />第五章 桜の枝と白亜の殿堂<br />       <br />~Washington D.C~<br />         <br />第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて<br /><br />~Miami,Key west~<br />         <br />第七章 異国の街角でふと酔いしれて<br />   <br />~New Orleans~<br />        <br />第八章 月までも続く道<br />        <br />~Houston~<br />               <br />第九章 歴史を変えた一発の銃弾<br />     <br />~Dallas~<br />                <br />第十章 標高1マイルの街角で<br />      <br />~Denver~<br />                <br />第二幕  <br /><br /><br />第一章 粉雪とオリンピックと教会<br />   <br />   ~Salt Lake City~<br />              <br />第二章 荒野の不夜城<br />         <br />     ~Las Vegas~<br />            <br />第三章 偉大なる大自然の芸術<br />     <br />     ~Ground Canyon~<br />           <br />第四章 映画の都の熱き情熱<br />      <br />     ~Los Angeles,Hollywood~<br />      <br />第五章 麗しき動植物の楽園<br />      <br />     ~Yosemite National Park~<br />       <br />第六章 あの橋の彼方に<br />        <br />     ~San Francisco~

【復刻版】アメリカ横断日記 16 あの橋の彼方に~San Francisco~

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1999/08/27 - 1999/08/29

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Miyatan

Miyatanさん

1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。

デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。

当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。

今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^



はじめに

これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。 



アメリカ横断日記INDEX

第一幕


第一章 旅立ちの唄
          
~Narita,Boston~
        
第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ

~Niagara Falls~
         
第三章 自由の国、憧れの都
      
~New York~
          
第四章 合衆国誕生の地
        
~Philadelphia~
         
第五章 桜の枝と白亜の殿堂
      
~Washington D.C~
        
第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて

~Miami,Key west~
        
第七章 異国の街角でふと酔いしれて
  
~New Orleans~
       
第八章 月までも続く道
       
~Houston~
              
第九章 歴史を変えた一発の銃弾
    
~Dallas~
               
第十章 標高1マイルの街角で
     
~Denver~
               
第二幕 


第一章 粉雪とオリンピックと教会
  
   ~Salt Lake City~
             
第二章 荒野の不夜城
        
     ~Las Vegas~
           
第三章 偉大なる大自然の芸術
    
     ~Ground Canyon~
          
第四章 映画の都の熱き情熱
     
     ~Los Angeles,Hollywood~
     
第五章 麗しき動植物の楽園
     
     ~Yosemite National Park~
      
第六章 あの橋の彼方に
       
     ~San Francisco~

  • 8月27日(金)<br /><br />アメリカ最後の一日を、SanFranciscoですごす。とりあえずまず最初にケーブルカー乗り場に向かう。凄い行列だ。たくさん人が並んでいる。溢れ出しそうなほどの人が乗っていた。なんかの拍子に、客がケーブルカーから投げ出されそうだった。みながみなケーブルカーの手すりなりにつかまる。<br />

    8月27日(金)

    アメリカ最後の一日を、SanFranciscoですごす。とりあえずまず最初にケーブルカー乗り場に向かう。凄い行列だ。たくさん人が並んでいる。溢れ出しそうなほどの人が乗っていた。なんかの拍子に、客がケーブルカーから投げ出されそうだった。みながみなケーブルカーの手すりなりにつかまる。

  • 坂からケーブルカーが降りてくると、人夫が数人がかりでケーブルカーを押してターンテーブルを回転させる。なんとこの街のケーブルカーは手動で向きを変えているのだ。100年以上前に作られたケーブルカーはモータリゼーションの発達とともに、その役割を観光用に変えていったようだ。どう見ても地元の人が並んでいる様子はない。30分ほど待ってようやく乗り込む。急坂を上るときには、ミシミシ音がいって辛そうだったし、急坂を下るときにはブレーキが弱いと落ちそうで、スリルがあってまたレトロな雰囲気もとてもよく楽しかった。

    坂からケーブルカーが降りてくると、人夫が数人がかりでケーブルカーを押してターンテーブルを回転させる。なんとこの街のケーブルカーは手動で向きを変えているのだ。100年以上前に作られたケーブルカーはモータリゼーションの発達とともに、その役割を観光用に変えていったようだ。どう見ても地元の人が並んでいる様子はない。30分ほど待ってようやく乗り込む。急坂を上るときには、ミシミシ音がいって辛そうだったし、急坂を下るときにはブレーキが弱いと落ちそうで、スリルがあってまたレトロな雰囲気もとてもよく楽しかった。

  • Fishermen’s Warfに到着。この街No.1の観光地だそうだ。でも漁業の盛んな国日本で生まれ育った僕には、それ程特別なものにはうつらなかった。茹でたての蟹の匂いが食欲をそそる。実においしそうだ。でもやはりかなり高級である。でもどこかの国の人は、蟹は身分が低い人が食べるものであると見向きもしない。アメリカ人は違うようだ。ここは、Sour Dough Breadのクラムチャウダーで我慢。<br /><br />SanFrancisco名物の酸っぱいパンの中身に穴をあけて、クラムチャウダーをその中に入れる。そして中身を飲み干した後には、チャウダーの味の染み込んだパンを食べる。なかなかおいしくてボリュームがある。何年か前にどこかのファーストフード店でこんなの見たことあるような気がした。<br />

    Fishermen’s Warfに到着。この街No.1の観光地だそうだ。でも漁業の盛んな国日本で生まれ育った僕には、それ程特別なものにはうつらなかった。茹でたての蟹の匂いが食欲をそそる。実においしそうだ。でもやはりかなり高級である。でもどこかの国の人は、蟹は身分が低い人が食べるものであると見向きもしない。アメリカ人は違うようだ。ここは、Sour Dough Breadのクラムチャウダーで我慢。

    SanFrancisco名物の酸っぱいパンの中身に穴をあけて、クラムチャウダーをその中に入れる。そして中身を飲み干した後には、チャウダーの味の染み込んだパンを食べる。なかなかおいしくてボリュームがある。何年か前にどこかのファーストフード店でこんなの見たことあるような気がした。

  • そして、今回の旅の目的地であるGoldenGateBridgeに向かう。いつの間にやら目的地になっていた。それだけにこの橋を目の当たりにしたときの感動に期待を抱いていたのであろう。そういえばSPEEDのデビュー曲である“BODY&amp;SOUL”のプロモーションビデオに映ってた気がした。SPEEDにしろZARDにしろ、日本のアーティストのビデオのロケは、アメリカが多いなって思った。今回こっちに来てみて、その珍しい光景を目の当たりにできたのは、いい経験だったと思えた。橋の雄姿を期待しながらバスは目的地に向かう。遥か彼方に赤い橋が見えかけてきた。心臓の鼓動が高まる。橋のたもとに到着。霧が少しかかっていて、風が冷たい。それでも橋の上を歩く。遥か下には大型船が汽笛を鳴らして浮かんでいる。風が強い。髪型がぐちゃぐちゃになってきたし、もしも帽子をかぶっていたら飛ばされそうだ。60年前にこれだけの橋を作った当時の技師が偉大に思えた。<br /><br />とにかくこの街は寒い。夏の平均最高気温が20℃を切っていて、他の都市を旅して回った身にはつらかった。Denverに始まって、気候のあまりに違う場所を旅して、不適応で少し苦しんでいた身にとってなおさらつらかった。でも気温の年較差が少なく、この町に住みつづける分には快適だろう。こじんまりとているが、美しくて活気があるきれいな街である。旅の最終目的地、アメリカ横断の目的地にはふさわしいだけの魅力がある街である。<br /><br />Golden Gate Bridge、それはひとつの終わりであり、また新たなる旅立ちの始まりでもあった…。<br /><br /> <br /><br /> <br /><br />8月28日(土)<br /><br />昨晩夜遅くに、ドイツの青年と1時間くらい語りあった。日本とドイツの教育制度の違い、寿司などの話題について話した。どうも日本人以外の人には、寿司は苦手なようである。それにドイツの教育は思考力強化中心で、日本の教育は暗記力中心らしい。自分の国のことをよく知り、それを他の国の人に説明できることは大切だと思えた。次回までに、日本文化をもっと説明できるようにしなきゃ。それにしてもドイツ人って英語うまいなあ。<br /><br />ペンシルバニア出身の青年とも語りあった。なんとも彼は、故郷からNewOrleansまで自転車で旅していたらしい。だがそこで自転車を盗まれて、仕方なくバスでここまできたそうだ。職を求めてこの地に来たそうだ。Y.Hっていろんな人がいるなって思えた。彼が無事に職を手に入れることを祈っている。<br /><br />空港行きのシャトルバスが迎えに来た。運転手は多分中国系だと思う。Los Angelesは随分と日本人が多い街だったけど、San Franciscoは中国人の多い街のようだ。何よりも、公共交通機関の張り紙が、英語、スペイン語、中国語の3ヶ国語だったからだ。どちらにしろ西海岸は、歴史的要因からメキシコ系、地理的要因からアジア系の人が多い気がした。<br /><br />バスはあっという間にSan Franciscoの市街地を駆け抜け、あっという間に空港に到着した。さすがに空港職員は他の空港よりも日本人が多くて、少々安堵感があった。買い物をする。なぜか空港内のカウンターで、寄付を迫られる。しかも日本語の訳を読んで。どことなく怪しかったので、まいた。<br /><br />飛行機に乗る。成田経由上海行き。機内には3ヶ国語のアナウンスが響く。<br /><br /> <br /><br />そして離陸。さらばアメリカ、そしてありがとう。いつの日か、きっともっとビッグになって、もっと英語を上達させて、きっと戻ってきてやる。だんだん陸地が小さくなっていく。美しい海岸線を見下ろしながら、やがて雲の上へとはいっていく。日本に帰るんだ。少しの安堵感と少しの寂しさがこみ上げる。でも、まださよならじゃない。これが新たなる旅立ちなのだ。胸に大志を秘めて、思い出を噛み締めつつ、今まで会った人たち、見てきた光景、一つ一つが鮮明によみがえってくる。そして一つ一つの想い出の宝箱に鍵を閉めて、新しい旅の扉をノックする…。<br /><br /> <br /><br /> <br /><br />8月29日(日)<br /><br />どれくらいの時間がたったのだろう。時間の感覚がまるでない。ただ目の前のディスプレイには日本時間と日本地図と現在位置が出ている。仙台、いわき、成田、東京、横浜、おなじみの地名が並ぶ。そして次第に飛行機は高度を下げ、眼下には九十九里浜が広がる。そしておなじみの水田や畑、まったく整然さのない田舎道、霞ヶ浦、もうすぐに帰れるんだ。<br /><br />飛行機が着陸態勢に入る。凄いスピードで高度を下げていって、着陸。そして帰国審査。入国時に苦労したのがうそのように、あってないようなものだった。6週間ぶりの日本。でもあまり久しぶりの気がしなかった。おそらく自分の中で、アメリカでの時間と日本での時間が別のところで流れている気がした。たぶん今度アメリカに行っても、久しぶりという感覚はあまりないのかもしれない。<br /><br />気分を変えて、行きとは違う京成線に乗る。とりあえず、中野に荷物を置いてから横浜に戻ろう。水田、電柱、雑木林、原っぱ、おせっかいなくらい多い車内放送、茶髪の女性、漢字の駅名、日本語でのおしゃべり、当たり前のものが新鮮に感じられた。日がくれるのも早かった。勝田台の駅を過ぎる。こっから一本で帰れるんだよな、そう思った。でもこのときにこの駅で乗り換えていれば、あとから苦労せずにすんだことなど気づくはずもない。<br /><br />電車は日暮里に到着。山手線で池袋から回って、新宿で乗り換えることにしたが、これが間違いのもとだった。外は大雨。電車が巣鴨まで行ったときに、池袋と大塚の間で電車が故障し、内回りがストップした。反対側の電車は動いているのに、15分以上待っても動く気配なし。仕方なく赤羽経由で帰ることに。徐行運転で、王子までは歩いた方が早いようなスピードで電車は動いた。ようやく新宿に到着。同時に内回りの運転も再開した。予定より1時間半以上も遅れて中野に到着。<br /><br />荷物を置いて横浜に戻る。わざわざ寿司を準備してくれていた親に、このときばかりは心から感謝した。<br /><br /> <br /><br />今回の旅で得たものは一体なんだったのだろうか。確かに語学力はついたと思う。ほんの一瞬とはいえ、多くの人にめぐり合い、さまざまな生き方を学び、友達も多くできた。文化差も実感できたし、何よりも世界の中のアジア人としての日本人を自覚できた。<br /><br />でもそれ以上に一番得たものは自身だと思う。以前から海外に一人で行ってみたいと思っていたが、ついつい二の足を踏んでいた。日本での生活が長いと、ついつい保守的になってしまい、なかなか変化を受け入れられなくなるのかもしれない。でも今回思い切っていってみて、吹っ切れた気がする。それに自分の将来の夢のかけらが、チラッと見えた気がした。ここで得た宝物は、決して鍵をかけてしまっておくのではなくて、新しい土台にすべきであろう。<br /><br />今までの人生の中で、一番の大冒険だった。でもそれは、また新たなる冒険の始まりでもある。僕の夢はまだ始まったばかり、次なる冒険でもさらにつかむべく、次の扉を今ノックする…。<br /><br />&lt;This is the start of my dream&gt;<br />

    そして、今回の旅の目的地であるGoldenGateBridgeに向かう。いつの間にやら目的地になっていた。それだけにこの橋を目の当たりにしたときの感動に期待を抱いていたのであろう。そういえばSPEEDのデビュー曲である“BODY&SOUL”のプロモーションビデオに映ってた気がした。SPEEDにしろZARDにしろ、日本のアーティストのビデオのロケは、アメリカが多いなって思った。今回こっちに来てみて、その珍しい光景を目の当たりにできたのは、いい経験だったと思えた。橋の雄姿を期待しながらバスは目的地に向かう。遥か彼方に赤い橋が見えかけてきた。心臓の鼓動が高まる。橋のたもとに到着。霧が少しかかっていて、風が冷たい。それでも橋の上を歩く。遥か下には大型船が汽笛を鳴らして浮かんでいる。風が強い。髪型がぐちゃぐちゃになってきたし、もしも帽子をかぶっていたら飛ばされそうだ。60年前にこれだけの橋を作った当時の技師が偉大に思えた。

    とにかくこの街は寒い。夏の平均最高気温が20℃を切っていて、他の都市を旅して回った身にはつらかった。Denverに始まって、気候のあまりに違う場所を旅して、不適応で少し苦しんでいた身にとってなおさらつらかった。でも気温の年較差が少なく、この町に住みつづける分には快適だろう。こじんまりとているが、美しくて活気があるきれいな街である。旅の最終目的地、アメリカ横断の目的地にはふさわしいだけの魅力がある街である。

    Golden Gate Bridge、それはひとつの終わりであり、また新たなる旅立ちの始まりでもあった…。





    8月28日(土)

    昨晩夜遅くに、ドイツの青年と1時間くらい語りあった。日本とドイツの教育制度の違い、寿司などの話題について話した。どうも日本人以外の人には、寿司は苦手なようである。それにドイツの教育は思考力強化中心で、日本の教育は暗記力中心らしい。自分の国のことをよく知り、それを他の国の人に説明できることは大切だと思えた。次回までに、日本文化をもっと説明できるようにしなきゃ。それにしてもドイツ人って英語うまいなあ。

    ペンシルバニア出身の青年とも語りあった。なんとも彼は、故郷からNewOrleansまで自転車で旅していたらしい。だがそこで自転車を盗まれて、仕方なくバスでここまできたそうだ。職を求めてこの地に来たそうだ。Y.Hっていろんな人がいるなって思えた。彼が無事に職を手に入れることを祈っている。

    空港行きのシャトルバスが迎えに来た。運転手は多分中国系だと思う。Los Angelesは随分と日本人が多い街だったけど、San Franciscoは中国人の多い街のようだ。何よりも、公共交通機関の張り紙が、英語、スペイン語、中国語の3ヶ国語だったからだ。どちらにしろ西海岸は、歴史的要因からメキシコ系、地理的要因からアジア系の人が多い気がした。

    バスはあっという間にSan Franciscoの市街地を駆け抜け、あっという間に空港に到着した。さすがに空港職員は他の空港よりも日本人が多くて、少々安堵感があった。買い物をする。なぜか空港内のカウンターで、寄付を迫られる。しかも日本語の訳を読んで。どことなく怪しかったので、まいた。

    飛行機に乗る。成田経由上海行き。機内には3ヶ国語のアナウンスが響く。



    そして離陸。さらばアメリカ、そしてありがとう。いつの日か、きっともっとビッグになって、もっと英語を上達させて、きっと戻ってきてやる。だんだん陸地が小さくなっていく。美しい海岸線を見下ろしながら、やがて雲の上へとはいっていく。日本に帰るんだ。少しの安堵感と少しの寂しさがこみ上げる。でも、まださよならじゃない。これが新たなる旅立ちなのだ。胸に大志を秘めて、思い出を噛み締めつつ、今まで会った人たち、見てきた光景、一つ一つが鮮明によみがえってくる。そして一つ一つの想い出の宝箱に鍵を閉めて、新しい旅の扉をノックする…。





    8月29日(日)

    どれくらいの時間がたったのだろう。時間の感覚がまるでない。ただ目の前のディスプレイには日本時間と日本地図と現在位置が出ている。仙台、いわき、成田、東京、横浜、おなじみの地名が並ぶ。そして次第に飛行機は高度を下げ、眼下には九十九里浜が広がる。そしておなじみの水田や畑、まったく整然さのない田舎道、霞ヶ浦、もうすぐに帰れるんだ。

    飛行機が着陸態勢に入る。凄いスピードで高度を下げていって、着陸。そして帰国審査。入国時に苦労したのがうそのように、あってないようなものだった。6週間ぶりの日本。でもあまり久しぶりの気がしなかった。おそらく自分の中で、アメリカでの時間と日本での時間が別のところで流れている気がした。たぶん今度アメリカに行っても、久しぶりという感覚はあまりないのかもしれない。

    気分を変えて、行きとは違う京成線に乗る。とりあえず、中野に荷物を置いてから横浜に戻ろう。水田、電柱、雑木林、原っぱ、おせっかいなくらい多い車内放送、茶髪の女性、漢字の駅名、日本語でのおしゃべり、当たり前のものが新鮮に感じられた。日がくれるのも早かった。勝田台の駅を過ぎる。こっから一本で帰れるんだよな、そう思った。でもこのときにこの駅で乗り換えていれば、あとから苦労せずにすんだことなど気づくはずもない。

    電車は日暮里に到着。山手線で池袋から回って、新宿で乗り換えることにしたが、これが間違いのもとだった。外は大雨。電車が巣鴨まで行ったときに、池袋と大塚の間で電車が故障し、内回りがストップした。反対側の電車は動いているのに、15分以上待っても動く気配なし。仕方なく赤羽経由で帰ることに。徐行運転で、王子までは歩いた方が早いようなスピードで電車は動いた。ようやく新宿に到着。同時に内回りの運転も再開した。予定より1時間半以上も遅れて中野に到着。

    荷物を置いて横浜に戻る。わざわざ寿司を準備してくれていた親に、このときばかりは心から感謝した。



    今回の旅で得たものは一体なんだったのだろうか。確かに語学力はついたと思う。ほんの一瞬とはいえ、多くの人にめぐり合い、さまざまな生き方を学び、友達も多くできた。文化差も実感できたし、何よりも世界の中のアジア人としての日本人を自覚できた。

    でもそれ以上に一番得たものは自身だと思う。以前から海外に一人で行ってみたいと思っていたが、ついつい二の足を踏んでいた。日本での生活が長いと、ついつい保守的になってしまい、なかなか変化を受け入れられなくなるのかもしれない。でも今回思い切っていってみて、吹っ切れた気がする。それに自分の将来の夢のかけらが、チラッと見えた気がした。ここで得た宝物は、決して鍵をかけてしまっておくのではなくて、新しい土台にすべきであろう。

    今までの人生の中で、一番の大冒険だった。でもそれは、また新たなる冒険の始まりでもある。僕の夢はまだ始まったばかり、次なる冒険でもさらにつかむべく、次の扉を今ノックする…。

    <This is the start of my dream>

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この旅行記へのコメント (4)

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  • Siniさん 2023/10/19 02:58:30
    冒険旅行!若い!
    Miyatan さん、こんばんは

    めくるめく旅行記をついに全部読み終わりました。だんだん若くなるMiyatan さん、冒険も過激になっていって、、途中からめまい!

    で、最後のアメリカ旅行でやっと一息つきました。

    若い頃の旅行記から読み始めればさほどのギャップを感じなかったかもしれないんですけれど。

    時代と共に社会常識、国際情勢は変わるし、技術の発展で今では旅行が非常に楽になったし、何より旅行者の数が圧倒的に増え、旅行は以前のような冒険ではなくなったと思います。

    それにしても今だにハードな旅行を続けていらっしゃいますねぇ、脱帽です。ガンバレ!!

    Sini

    Miyatan

    Miyatanさん からの返信 2023/10/24 00:00:03
    RE: 冒険旅行!若い!
    Siniさん、こんばんは。

    暫く留守にしていたので、お返事遅くなりまして申し訳ございません。

    まあ確かに、最近に旅行記から古い旅行記へと読んでいたら、だんだん若返っていると思います。(笑) 昔の方が海外旅行って大冒険だったと思います。20年ちょっと前ってインターネットはあったのですが、SNSとかあまりなかったですし、情報が少なかったです。デジカメもなかったですし、スマホなんてなくてiモードが出始めたくらいでした。

    三つ子の魂百までというか、いまだに無茶な旅を続けています。なかなか大人になれないというか。(笑)

    ありがとうございます。これからも旅行記更新できるように頑張ります。

    Miyatan


  • らびたんさん 2019/06/17 17:26:59
    青春(^^)
    Miyatanさん、こんにちは(^^)

    日本人と間違われて激怒ですか。
    欧米人からみたら日本人も韓国人も中国人もみんな同じで、言語もきっと似ててわかるのだろうから通訳してやりなさいなどと言われることありますよね。
    各地でチャイナ、チナ、ニイハオなどと声かけられますが、さすがにもう「雨が降ってきた」くらいにしか思わなくなってます。
     
    それにしても台湾人の彼女すごくかわいいですね(^o^)
    今もコンタクト取られていますか?
    彼女に限らず、この旅で出会った人と、現在もつなががっている人っていらっしゃるのでしょうか。
    ネットもないような時代ですし、なかなか難しいですよね。
    私は初めての海外がLAで、あのときの女の子今頃どうしてるのかなーなんて思うことがあります。
    現代だったらWhat’s upとか交換しただろうにと。。
     
    大谷君が活躍してるので、メジャーリーグ見に行くのもいいかなーなんて考えたりします。ビザの都合があるので近くて遠いアメリカではありますが。
     
    日本人てシャイだからなんて言われますけど、そもそも自国について知らなさすぎ、当然自分の考えを持っていない、たとえ考えがあってもアウトプットしない文化、だから未熟な国民だなあと思ってしまいます。
    こういう機会のある個人旅行ってほんと有意義で楽しいですよね。
    過去録おもしろかったです^^
     
    らびたん

    Miyatan

    Miyatanさん からの返信 2019/06/22 10:56:09
    RE: 青春(^^)
    らびたんさん、おはようございます。^^

    返信遅くなってしまい申し訳ないです。GW明けから仕事が忙しくなってきて、6月に入るとまともな時間に帰宅できていなくて、、、です。来週末沖縄とか、実感ありません。。。

    「ニイハオ」は慣れました。というか、アフリカに行った時は更にすごかったです。もうとりあえず、「ニイハオ」と返します。まあ日本人から見たら、ヨーロッパの人も見た目だけでは一発ではどこの国の人かわかりません。

    台湾人の彼女、、、実は一度も連絡取っていません。。。少しオーバーに書いたので、色々な人から突っ込まれました。(^^; まあこの件もあって、自分の中では台湾女性のイメージは非常にいいです。その後台湾一人旅した際も、たまたま相席した台湾女性がその後で喫茶店で奢ってくれたり、たまたま隣の席に座っていた台湾女性から話しかけられて盛り上がったりとかありました。

    この旅で知り合った人、、、何回かメールした人はいましたが、今は殆どないですね。キャンプで一緒だったスペイン人と、数年後にバルセロナで会ったりはしましたし、実はFBで繋がってたりはします。茨城の看護師さんとは何度かメールはしましたね。水戸の隣の那珂町(現:那珂市)のご出身だったと思います。水郡線の後台駅ってあると思うんですけど、その辺りの方だったと思います。です。私よりも少しお姉さんだったのですが、今考えると当時かなりクソガキだったので、おちょくって失礼な事をかなり言ってしまったなーと思っています。何しているのかな、と思います。

    確かにおっしゃる通り、私も偉そうなことは言えませんが、日本人って自国の文化をアウトプットするのが苦手ですね。当時も感じていましたが、20年経っても、未だにうまくアウトプットできる自信がありません。

    アメリカ、、、日本人的にはアメリカとイランの関係悪化が心配です。

    この時の経験があったら、海外に目が向くようになって、どこでも一人で行ける自信がついた事は間違いないと思っています。当時の自分が描いていた未来像に今の自分がなっているかはかなり疑問です。。。それを真面目に考えたら落ち込む一方なので、あまり考えないようにはしています。

    Miyatan

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