2019/05/12 - 2019/05/12
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Wind99さん
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太宰府天満宮とその周辺に行ってきた。
コース
水城跡-筑前国分寺跡-榎社ー坂本八幡宮-大宰府政庁跡-観世音寺-戒壇院-太宰府天満宮-天開稲荷社ー光明禅寺-九州国立博物館-岩屋城跡-大野城跡・百間石垣
早朝より車で廻ったので、半日コースとなった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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水城跡
水城とは、663年白村江の戦いの翌年に防衛目的で造られました。
その戦いで、唐・新羅の連合軍に大敗した倭(日本)は、朝鮮半島からの侵略を警戒し、この堤防を築いた。 -
通りかかった、少し離れた場所でも、その盛り土のカット状況(写真)を展示している水城跡の場所があった。
水城跡は何箇所も残っている。 -
筑前国分寺跡
聖武天皇の発願で全国に造られた国分寺。見事な礎石が残っていた。
何故か全国の国分寺を見るのが好きだ。
これこそ元気が出るので、国分寺跡は自分のパワースポットだ。 -
榎社
菅原道真が、901年に大宰府に左遷されてから903年に逝去するまで謫居した跡。 -
坂本八幡宮(大伴旅人邸跡)
新元号「令和」ゆかりの地として注目を集め、参拝者が殺到したという。
8:00と朝早いせいか、数人の参拝者しかおらず、落ち着いていた。 -
この神社は新元号の出典となった万葉集にある「梅花の歌」の序文で舞台となった歌人大伴旅人邸の所在地として一躍脚光を浴びていたのだそうだ。
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大宰府政庁跡に来た。
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南門跡
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大きな礎石が並ぶ。
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7世紀後半、大和朝廷は奈良・平安時代を通して、九州を治め、我が国の西の守り(防衛)、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)としたという。
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大宰府展示館
9:00開始であり、扉は閉まっていたが、中に数人が入っており、見学することができた。 -
先ほど見てきた筑前国分寺の模型。
大宰府展示館 美術館・博物館
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この大宰府の模型。
規模は平城京、平安京に次ぐ大きなものであったそうだ。大宰府展示館 美術館・博物館
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観世音寺に向かう。
斉明天皇の供養のため、子の天智天皇が発願した寺院。 -
観世音寺
その完成には80年あまりの掛かり、746年だという。 -
境内にあった日本最古の梵鐘。
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国宝 梵鐘
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梵鐘の周囲には大きな礎石が転がっていた。
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隣接する戒壇院に来た。
奈良時代、出家者が正式の僧尼となるために必要な戒律を授けるために設置されたという。 -
九州国立博物館のPに車を止めて、動く歩道とエスカレータで、太宰府天満宮に来た。
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このルートで来ると、太宰府天満宮宝物殿と手水舎の横を通り、天満宮まで最短で来ることになる。
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久しぶりに来ました。
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右側に有名な「飛梅」
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天然記念物 大樟
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天満宮の裏側へ回る。
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裏山にある天開稲荷社に進む。
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ここは、鎌倉時代末期に、京都の伏見稲荷大社から御分霊を勧請されたパワースポットだ。
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今度は、参道を逆に進む。
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心字池に掛かる太鼓橋が美しい。
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太宰府駅から続く宰府天満宮表参道を歩いてみる。
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光明禅寺に来た。
時間が早く開いていない。前庭・仏光石庭だけは見学できたが、写真撮影NOであった。 -
九州国立博物館に入る。
京都 大報恩寺「快慶・定慶のみほとけ」と常設展を見学。 -
撮影可能であった観音菩薩。
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撮影可能であった観音菩薩2。
5体のみ撮影可能であった。 -
先ほど見た大宰府政庁の模型。
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山側へ移動し、戦国末期の城、岩屋城跡に来た。
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岩屋城跡天守跡。
先ほどの九州博物館の大屋根や、広大な大宰府跡が見渡せた。 -
大野城跡 百間石垣。
県立 四王寺県民の森を抜けた先にあった。
今度はそこにも行ってみたい。
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