2019/05/01 - 2019/05/01
176位(同エリア255件中)
ジバゴさん
あと
- 旅行の満足度
- 5.0
-
1 彫魚文茶碗 人間国宝 金城次郎作 大正元年~平成16年 93歳歿
沖縄県那覇市生まれ。昭和21年1946 壺屋に築窯。濱田庄司河井寛次郎等の指導により壺屋焼を関西復興させました。昭和47年読谷村に移住。 昭和60年重要無形 文化財保持者認定 -
2 色絵吹重ね草花文茶碗 人間国宝 13代今泉今右衛門 大正15年~平成13年 76歿
生前今右衛門さんは吹墨や薄墨を吹いた上に赤絵をつけることから下地に負けない強い赤い花を表現せねばならないと自分の作品を語っていました。 -
3 唐津青霞茶碗 田中佐次郎作 昭和12年~
北九州市生まれ。 昭和46年作陶を開始。昭和50年唐津半田で登り窯を作る。昭和 55年加藤唐九郎に学び昭和62年山瀬に登り窯を移築し今日に至る。 その間、井戸茶碗を目指し朝鮮半島へも度々訪れその後でも作品を作っています。 -
4上野黒釉茶碗 16代熊谷保興作 昭和15年~
福岡県の上野焼の陶芸家。 父は熊谷紅陽。 金沢美術工芸大学彫刻科卒業後、辻 清明の弟子となり、後帰郷し日本伝統工芸展で活躍。昭和50年上野焼谷本窯16代目を襲名しました。 -
5 白萩茶碗 人間国宝 11代三輪休雪作 明治43年~平成24年 103歳歿
休雪白と呼ばれる白釉に覆われた11代休雪らしい茶碗です。休雪白は長石の粉と土灰・藁灰により生み出される釉色です。 -
6 萩茶碗 波多野善蔵作 昭和17年~
一部に釉薬をかけずに焼き上げその部分を赤橙色に発色させる「緋色」という技法を創出させ、従来の萩焼にはない独自の作品を数多く手がけるとともに伝統的な茶陶にも力量を飽きさせています。 -
7 萩茶碗 十三代坂田泥華作 大正四年~平成22年 96歳歿
父は萩焼の窯元坂田窯12代泥華。父に陶技を学びました。1950年父の隠居によ
り13代を襲名しました。ひたすらろくろを引く作陶姿勢の作家であり特に井戸茶
碗の製作に精魂を傾けています。この茶碗もすっきりとして、井戸型、手取りの
良い大きさ、高台付近のかいらぎの出方といい約束通りの茶碗です。 -
8 備前焼茶碗 森陶岳 昭和12年~
陶片や資料を基に大窯による焼成研究を重ね、岡山県牛窓町の寒風陶芸の里に
53m の直煙式登窯の大窯を築き、室町期に最高水準に達した大釜による備前焼の
解明に取り組む。これは寒風陶人渾身の力作。50m の大窯で焼き上げられた特大茶碗です。 -
9 備前茶碗 人間国宝 藤原啓作 明治32年~昭和58年 85歳歿
岡山県備前市出身。 少年期より俳句や小説に才を見せる。大正8年上京し文学
を志すが後断念し帰郷。昭和13年三村梅景に師事し40歳で陶芸の道へ入る。金重
陶陽や北大路魯山人らからも指導受け、古備前復興に尽力した。 昭和45年重要
無形文化財「備前焼」保持者に認定されました。 -
8と9の大きさの比較
-
10 備前茶碗 人間国宝 藤原雄 昭和7年~平成13年 70歳歿
備前の人間国宝藤原啓の長男として生まれました.。明治大学卒業後、雑誌編
集の仕事に携わりましたが、父や小山富士夫らの勧めにより帰郷、作陶を始め ました。壷の雄と言われるようにふっくらとおおらかさが作品に表れています。
この茶碗は1992年藤原雄氏本人より当美術館に寄せられた作品であり、備前焼 のふっくらとした感じのよく出た茶碗です。 -
11 備前黒釉茶碗 隠崎隆一作 昭和25年~
長崎県福江市(現 五島市)生まれ。大阪芸術大学卒。大学ではデザインを学
ぶ後、人間国宝伊勢崎淳らに師事し、昭和60年岡山県長船町(現 瀬戸内市)
に登窯を築窯し独立しました。 今までにないユニークな備前焼の造形が注目を
浴び現在備前作家の注目株です。 -
12 黄伊羅保平茶碗 5代 清水六兵衛作 明治8年~昭和34年 85歳歿
京都府生まれ。 4代六兵衛の次男。12歳の時、幸野楳嶺に日本画を学び、後、父
について陶芸を学びました。作品は中国と白をベースとしたものや琳派風の華やか
な作品を多く残し、昭和20年隠居して六和と名乗りました。 -
13 赤絵茶碗 人間国宝 石黒宗麿作 明治26年~昭和43年 76歳歿
富山県滑川市生まれ。漢詩や書画と 共に陶芸を研究した。東京の渋谷に最初
窯を作り後、各地を転々として楽焼を行った。昭和2年京都市今熊野の転じ、小
山富士夫と出会い終生の親交を結んだ。中国陶磁・朝鮮陶磁の再現も行い、昭和
30年新しく発足した国の重要無形文化財(人間国宝)に認定されました。 -
同上
-
14 油滴天目茶碗 木村盛和作 大正10年~平成27年 94歳歿
京都府生まれ。国立陶磁試験所で鉄釉と素地の研究を行い戦後鉄釉一筋に取り組 んだ。昭和51年福井市越前町に移住し、曜変天目を追求しました。 -
同上
-
15 志野茶碗 人間国宝 加藤孝造作 昭和10年~
唐九郎・豊蔵の次代を担う存在として鈴木蔵、若尾利貞らと美濃陶芸を引っ張っています。作風は豊蔵志野に近い、ふわっとした初雪を思わせる茶碗です。平成22年重要無形文化財保持者に認定されました。 -
16 絵志野茶碗 銘岩清水 岡部嶺男 大正8年~平成2年 72歳歿
加藤唐九郎の長男ですが、父と意見が合わず加藤の姓を捨てました。白青子にその星をその際を表しこの茶碗は松永耳庵が岩清水の命をつけていますちなみに唐九郎が自己最高の出来と評したしろ志野茶碗にも耳庵は岩清水と目をつけています。岡部の代表的な志野茶碗と云えます。 -
同上
-
17 織部志野茶碗 加藤唐九郎作 明治30年~昭和60年 89歳歿
唐九郎が四十歳代の頃、古志野の再現を目指し作陶を行っていた頃の作品です。 唐九郎晩年の志野とは趣が違いますが、古志野の風格を持った茶碗です。 -
同上
-
18 鼠志野茶碗(瀬戸) 2代 加藤春二 明治25年~昭和54年 88歳歿
美濃の胎土はもぐさ土と呼ばれ粒子が粗く、ろくろをひいても粒子間に隙間が あり熱が伝わりにくく軽い態度であるが、瀬戸の胎土はそれと比べると粒子が細 かい急いで幾分重さがある胎土でありその分、器の厚みが美濃は志野と比べて薄 くなっています。 -
19 種子島茶碗 小山富士夫作 明治33年~昭和50年 76歳歿
小山富士夫は日本各地の窯場を訪ねその場その場で作品を作りました。種子島で は中里隆の窯で南蛮焼を手掛けました。この茶碗は岐阜県土岐市の花の木窯で作ら れた物です。 -
同上
-
20 信楽自然釉茶碗 神山清子作 昭和11年~
器体の表面に乗っている釉は自然釉と呼ばれます。燃料である松や雑木の灰が 長時間焼成することにより、信楽の土の中の長石と木灰の珪酸が溶け合い付着し たものです。最長となると14日間1150°から1200°の間を保ち続けることによ り生ずる自然釉の力強さです。
長崎県生まれ18歳で陶器会社に就職し27歳から作陶を始めました平成2年に長男健一が白血病に倒れたことから、骨髄バンクの必要性 を痛感し設立に向けて活動する。翌年の骨髄移植推進財団設立に寄与しました。
現在NHKで放送中の朝のドラマ「スカーレット」主人公のモデルです。 -
21 千字文茶碗 北出不二雄作 大正8年~
兵庫県生まれ。9歳の時石川県で当行を行っていた叔父北出塔次郎の養子とな り陶芸の世界へ入る。京都の国立陶磁器試験所で技術を深め金沢美術工芸専門 学校に入学。その後同校の教授から学長を務めました。青て来たに青手古九谷を 現代風に再現したり、ペルシャ風な彩陶に独自の作風を見せました。 -
22 色絵茶碗 3代 徳田八十吉作 昭和8年~平成21年 77歳歿
石川県生まれ。2代八十吉の長男。昭和27年金沢美術工芸短期大学に入学する が29年に中退し、初代祖父、2代父八十吉に陶芸を学びました彩色グラデーシ ョンに注目し華やかな色彩表現行い、平成9年9月の重要無形文化財保持者人 間国宝に認定されました。 -
23 縄文象嵌赤絵文碗 人間国宝 島崎島岡達三作 大正8年~平成19年 89歳歿
父は組紐師下岡米吉、師は濱田庄司。父の業の紐で象嵌し、浜田の赤絵を取り入
れ、平成8年重要無形文化財人間国宝に益子民芸陶器陶 器技法で認定されまし た。 -
24 鉄丸文茶碗 人間国宝 田村耕一作 大正7年~昭和62年 70歳歿
佐野市富岡町に田村林次の次男として生まれました。生家は代々雛人形、鯉 幟、羽子板の製造を家業としていました。昭和11年東京美術学校工芸科で図案 を学んでいます。学生時代に濱田庄司を訪ね、その時飯碗を4個もらい陶芸に強 く惹かれるようになりました。一時教師になりましたが、戦後富本憲吉からの声 かけから輸出陶器のデザインを行い、ろくろ成形も学びました。後益子に移り濱 田庄司の指導を受けています。昭和61年4月鉄絵への技術により重要無形文化財 人間国宝に認定される。この茶碗は若い頃の作品で30年代後半から40年代初期 の作品とい思えます。 -
25 青磁茶碗 人間国宝 三浦小平二作 昭和8年~平成18年 74歳歿
佐渡市相川で小平窯4代三浦小平の長男として生まれる。東京芸大彫刻科卒。 家から持ってきていた無名異の土に灰釉をかけ焼いた茶碗を小山富士夫に南宋官 窯青磁に近いと言われ青磁を極める。平成9年青磁の技術により重要無形文化財 に認定されました。 -
26 刷毛目茶碗 北大路魯山人作 明治16年~昭和34年77歳歿
京都府生まれ。元は書家として才能を現し、後漆芸、日本画、料理にその才を 発揮する。昭和8年京橋で美術骨董店を開き二階で美食倶楽部を開業し、食を芸 術に向かせた。作陶は山代温泉の須田菁華窯で試作を行い後、北鎌倉に行って星 岡窯を開業し、染付、志野、織部、黄瀬戸、色絵金銀彩等々色々な焼き物を作り出しました。 -
同上
-
同上
-
同上
-
27 笹絵茶碗 河井寛次郎 明治23年~昭和41年 77歳歿
河井寛次郎は島根県安来市の生れ。バーナードリーチや濱田庄司らと親交を持 ち、柳宗悦の民芸運動に参加しました。独特な形とインパクトの強さは寛次郎の独 壇場です。 -
28 染付松竹梅文茶碗 人間国宝 近藤悠三作 明治35年~昭和60年 84歳歿
京都市清水寺出身。京都市立陶磁器試験場にて河井寛次郎や濱田庄司らに学び
ました。大正10年富本憲吉の助手として師事する。大正13年京都に戻り築窯。
昭和35年用の頃より呉須染付を基として赤絵や金彩を取り入れた。昭和52年染
付の技術で重要無形文化財保持者となりました。 -
29 飴釉茶碗 浜田庄司作 明治27年~昭和53年 85歳歿
川崎市生まれ。大正2年東京高等工業学校に入学。最上級生に生涯の良き友で
あった可愛い寛次郎と出会う。恩師板谷波山宅にて益子の山水土瓶の美に触れ民
芸を認識する。京都市立陶磁器試験場で勉強をしながらバーナードリーチ、柳宗
悦、志賀直哉らと交流。大正13年益子に移り作陶開始。昭和43年文化勲章受章 。 -
木村重義翁 寒香庵
木村茶道美術館は木村重義翁 寒香庵の篤志により開館された。 -
同上
-
同上
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- salsaladyさん 2020/01/25 10:07:43
- 佐賀~陶工柿右衛門が今も続いて。。。
- ☆お久し振りです。備前焼~楚々としたシンプルさ~
☆我が家の法事で今年は豊後へ里帰り(墓のみですが豊後高田に~)
☆焼き物を愛でる~心の余裕があればこその趣味ですね。
☆春の♨別府で地獄焼きを堪能したいと存じます。~合掌~
- ジバゴさん からの返信 2020/01/25 21:04:00
- RE: 佐賀~陶工柿右衛門が今も続いて。。。
- > ☆お久し振りです。備前焼?楚々としたシンプルさ?
>
> ☆我が家の法事で今年は豊後へ里帰り(墓のみですが豊後高田に?)
>
> ☆焼き物を愛でる?心の余裕があればこその趣味ですね。
>
> ☆春の♨別府で地獄焼きを堪能したいと存じます。?合掌?
お久しぶりです。
お名前を失念して遡って鎌倉腰越の旅行記にコメント頂いたことを
ようやく探り出しました。その節はありがとうございました。
あれから御霊神社の紫陽花を見に何回か行ったのですが一昨年ですか
枯死してしまったと分かりましてもう行くのをやめてしまいました。
ですがそれ以前に枝を勝手に失敬して持ち帰って挿木にしていたものが何本かありますので今年あたり花が咲くかと期待しております。
豊後高田ですか?
行ったことはないですが中津と別府の中間ですね。
別府には昔行ったことあります。
別府から阿蘇〜椎葉村〜小林〜鹿児島〜枕崎〜長崎〜佐賀有田〜唐津とバイクツーリングしました。
懐かしいです。
墓参りの旅楽しんできてください。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
柏崎・鯨波海岸(新潟) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
41