2019/04/04 - 2019/04/05
67位(同エリア497件中)
イッテツさん
熊本県長洲港~長崎県雲仙市多比良港へ有明フェリーで渡り、島原武家屋敷、島原城、そして世界文化遺産に指定された潜伏キリシタン遺産原城址、宿は雲仙に泊まる。
翌日は諫早干拓堤防道路を通り、祐徳稲荷から佐賀城本丸御殿を見て帰路に着く。1泊2日娘と夫婦の3人旅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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長洲港より出航、子供たちがカモメパン(1個百円)を売店で買って、ちぎったパンを投げるとカモメはパニック状態で餌を取りに来る。
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出航と同時にカモメは立ち去ると思っていたが、カモメはずっとついてくる。つまり船とともに移動して餌を取りに来ている。
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雲仙普賢岳も近くになった。
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昼はご当地のチャンポンをいただく
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武家屋敷の駐車場前には狭間が幾つもあり花が顔を出す
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武家屋敷 島原城の周りには武家屋敷があった。その一部が現存している。
清流が道の真ん中を流れる -
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上がって見学できる
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武家屋敷の庭、立派な庭だが奥には学校が建っている。
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島原城天守閣
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内部の資料館には甲冑や刀、槍、鉄砲類が展示してある
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火事場装束
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備前国長船・・・?
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脇差 信国
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槍 政常入道(まさつねにゅうどう)
脇差 備前長船祐定(びぜんおさふねすけさだ) -
島原藩の大砲類
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左から 火縄銃
中 雷管式銃
右 燧石式銃(ひうちいし) -
真中 馬上筒(火縄式短銃)
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維新戦争時の銃
アメリカ・スペンサー銃 -
火縄
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十手
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天守閣最上階からの眺め
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島原名物 寒ざらし
天守閣を出て売店でいただく -
島原城の桜
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原城址 指定された駐車場から無料の循環バスに乗って本丸に到着
偶然一緒になった地元の人が案内してくれた。最終のバスの時間がなく説明も半ばになり、心残りである。 -
島原の乱の遺構
原城本丸大手門跡
ここを掘ったら数百体の骨が出てきた。向こう側の石垣の下、少し盛ってある所を掘ると更に数百体の骨が出てくるだろうという説明だった。これらの骨には首が切られて持ち去られたので頭蓋骨は無い。
ほねかみ地蔵
ここにほねかみ地蔵がある。3万人以上のキリシタン・農民が命を落とし、原城一体で後に多くの遺骨が出土し、散乱していた遺骨を敵・味方の区別なく拾い集めその霊を慰めた。しかし上述のとおり今でも多数の遺骨が出てくる。乱平定の後128年間出入りを禁止された。それはキリシタンが復活するという信仰を恐れたことと再びここに集って一揆を起こさないか恐れたため -
埋門跡(うずみもん)
原城には石垣は無いと思われていたが、掘ってみると石垣があり、敵に落としたと思われる石がごろごろ出てきた。 -
本丸門跡
ここにあった石を何メートルも高さが変わるくらいに石を落として敵の侵入を防いだ。結局3回の総攻撃を防ぎ4回目に落城した。 -
本丸の外に二の丸、三の丸があった。
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雲仙普賢岳も遠くに見える。
二の丸、三の丸後は多くが、今は畑になっている。 -
天草四郎像
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小さな3体の像 十字架を持って天草を向いている。
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天草四郎の墓
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年中花は絶えないとか
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この土手も掘ってみれば石垣だろうという説明だった。石垣はずっと下まで続いているのだろう。発掘はまだまだ続く。世界文化遺産だから慎重に行わなければならない。
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雲仙宮崎旅館に到着
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温泉につかった後は夕ご飯
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メインは海老の白ワイン蒸し。海老は活きている。
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真っ赤に変色したら食べごろ。超美味かった。
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朝食
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旅館の朝食会場から地獄を見下ろす。
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朝食後に散策
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君の名は
真知子岩
碑には「忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」と書かれている。
ここに来てのロケで、氏家真知子役の岸恵子があまりの寒さにショールで耳や頭をくるんだことから、真知子巻きの巻き方が流行った。 -
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旅館の庭園
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旅館の中にも地獄の一部がある
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土石流被災保存公園に隣接した道の駅(みずなし本陣ふかえ)から普賢岳を望む
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土石流被災保存公園
普賢岳は、あんなに遠くに見えるのに、こんな所まで土石流が襲ってくるとは -
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島原半島ジオパーク
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東日本大震災
津波の到達高(女川漁港)18.3m
前の写真の右の建物、展望台の中にある。こんなに高い所まで来るのかと改めて実感する。こんなのが襲ってきたら絶対助からない。必死で高台に逃げるしかない。 -
普賢岳から水無川周辺の模型、ジオパークは海岸の先端にある。
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石がごろごろしているロックガーデン
この石も普賢岳から落ちてきた。 -
ジオパークから見た普賢岳
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ジオパークにはキッズコーナーもある。
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平成23年(11)普賢岳に登山した時の写真
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普賢岳より平成新山を望む
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平成新山の頂上付近
平成31年春でもこの湯煙は出ています。 -
諫早干拓堤防道路を通り諫早へ
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太良、道の駅によって竹崎ガニを見る。
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右のカニが2,500円、3,500円
左のカニは5,000円 -
祐徳稲荷神社前の山の桜
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祐徳稲荷神社
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コスプレしている女性が桜を見ている。
撮影会か何かあっているのか、あちこちにコスプレした女性がいた。 -
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本殿
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前の山の桜が満開
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佐賀城
第十代肥前国佐賀藩主
鍋島直正公
(幕末期の藩主) -
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鯱の門(国の重要文化財)
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本丸御殿入口
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火縄銃改造管打式銃
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ゲベール銃
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エンフィールド銃
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スペンサー銃
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45m続く長い廊下
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廊下から見た天守台前の桜
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本丸御殿の模型
今建っている本丸御殿が一部分であるのが分かる。
右上の四角形が天守台 -
320畳の大広間
欄間は資料がないためにあえて簡単な作りにしてある。 -
大広間の上座左から4番目に藩主が座った。
藩主の次の位の家臣、つまり分家筆頭でも座るのは次の部屋。藩主と家臣の差ははっきりしていた。 -
廊下を渡って次の間へ
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藩主の居間
御座間
鍋島直正公が鎮座され、横に座って写真を撮る事が出来る。 -
古い木材も利用して建て替えてある。
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常設歴史館
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長崎出島
佐賀藩は福岡藩と交互に長崎奉行の警護にあたっていた。 -
長崎出島
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鯱の門の石垣にはハートの形
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