2018/08/13 - 2018/08/13
2位(同エリア15件中)
エンリケさん
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2018年夏休みのギリシャ旅行5日目後半。
前半に引き続き、ペロポネソス半島の古代遺跡を巡るツアーを続行。
午前中に紀元前15~紀元前12世紀に栄えた古代都市ミケーネの遺跡を見学した後は、風光明媚な港町ナフプリオンへ。
灼熱の日射しの下、少しばかりの街歩きを楽しみ、次に向かったのは、この日のツアーにおける第二の目玉、エピダヴロス。
その昔、世界史の教科書で半円形の美しい劇場の姿に魅せられた古代遺跡エピダヴロスは、音楽堂や競技場、浴場、医療施設など様々な施設から成る、古代の人々にとっての一大ヒーリング施設でした。
<旅程表>
2018年
8月 9日(木) 成田→ソウル
8月10日(金) ソウル→アブダビ→アテネ
8月11日(土) アテネ
8月12日(日) アテネ(エーゲ海ミニクルーズ)
〇8月13日(月) アテネ→ミケーネ→ナフプリオン
→エピダヴロス→アテネ
8月14日(火) アテネ→デルフィ→アテネ
8月15日(水) アテネ→アブダビ→
8月16日(木) →成田
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空 アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月13日(月)
13時、“アトレウスの宝庫”を含むミケーネの古代都市遺跡の見学を終え、ツアーバスの待つ駐車場へ。
次の目的地はガイドブックに“風光明媚な港町”と紹介されているナフプリオンですが・・・。アトレウスの宝庫 史跡・遺跡
-
その前にミケーネ近郊の食堂でランチ(食事代は飲み物を除きツアー代金に込み)。
食堂はいかにも“団体観光客向け”といった感じの店で、われわれツアー客のほかには客はなし(ツアーで“食事なし”を選択した人も、同じ食堂で自費で昼食をとることになります。)。
メニューは決まっていて、最初にでてきたのはグラタンに似たギリシャ料理の“ムサカ”。
まあまあの味かな・・・。 -
メインの肉料理は前々日もアテネのタヴェルナで食べたギリシャ風串焼きの“スブラキ”。
ブルーのパッケージがギリシャらしい“ERMIS BEER”(3ユーロ=約400円)も手伝って、適度に気分が良くなります(笑)。
ちなみに、このとき御一緒したのが米国からやってきたというご夫婦。
大学の研究者で、日本の慶応大学を訪れたこともあるとのことで、京都や富士山など、日本の観光の話で盛り上がりました。 -
1時間ほどで食事を終え、次の目的地ナフプリオンへ。
30分も走った頃の14時30分、背後に要塞のようなものを従えた、明るい色の街並みが見えてきました。 -
バスは港町の手前にある駐車場で停車。
ここが“風光明媚な港町”ナフプリオン。
ツアー客には30分ほどの散策時間が与えられます。Grande Bretagne ホテル
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海に面して並ぶリゾートチックな建物の背後に厳めしくそびえ立っているのは“パラミディ城塞”。
1685年、当時オスマン帝国と東地中海の覇権を争っていたヴェネツィア共和国がこの街を奪取した際に築いたもので、同共和国が海外領土に築いたものとしては最も巨大な建造物とのこと。
“パラミディ”という名前は、海神ポセイドンの息子でこの街を創ったとされる“ナウプリオス”の子孫にあたる“パラメデス”から。
その後この街は1715年にオスマン帝国に奪い返されますが、1821年から始まるギリシャ独立戦争では激戦地となり、1年以上にわたる包囲戦の末、食糧の尽きたオスマン帝国軍は降伏。
その強固な要塞ぶりからこの街はギリシャ独立戦争の拠点となり、1829年に独立が承認されると、ナフプリオンは“近代ギリシャ最初の首都”として歴史にその名を刻むことになります。パラミディの城跡 城・宮殿
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そのパラミディ城塞のすぐ隣に位置するのが“アクロナフプリア要塞”。
パラミディ城塞とあわせて、海岸沿いのリゾートホテルを背後から覆うようにそびえ立っています。
登ってみるとさぞ眺めが良さそうですが、たった30分間の散策時間ではそこまでできそうにありませんね・・・。アクロナフプリア要塞跡 史跡・遺跡
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リゾートホテルの前の海上には、こんな軍艦のような形をした島も。
この島の名は“ブルジ島”といって、パラミディ城塞やアクロナフプリア要塞と同様、ヴェネツィア人がこの街の防衛のため造ったものとのこと。
小アジアを中心に、ハンガリーからメソポタミア、エジプト、マグリブを手中に収めるオスマン帝国に対し、17世紀当時のヴェネツィアは人口も領土もかなり小さかったはずですが、よくもまあ、相手の懐の中にこんな要塞を造って抵抗したものです。
頑張りすぎてアテネのパルテノン神殿にも砲弾を撃ち込んで壊してしまいましたが・・・。 -
そんなヴェネツィアの奮闘の跡も今は昔。
平和なリゾートのゆったりとした時間が流れるこの街をもっと時間をかけて散策したかったところですが、時間が来たようですのでバスに戻って次の目的地を目指すことにします。 -
15時、バスはこのツアーにおける最後の目的地、エピダヴロスへ向かって出発。
ペロポネソス半島の田舎の風景の中を進んでいきます。 -
15時30分、ペロポネソス半島における山中の地、エピダヴロス遺跡に到着。
ガイドに従い、駐車場から続く緩やかな坂を昇っていくと・・・。エピダヴロス遺跡 史跡・遺跡
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目の前に現れたのは、とても古代遺跡とは思えない、きれいに整備された半円形のステージと観客席!
ここが教科書にも掲載されていたエピダヴロスの古代劇場・・・。 -
ステージ中央には、これから上演される演劇に使われると見られる、巨大な人間の上半身の像が。
そう、このエピダヴロスの古代劇場は、現代でも演劇に使われる、今も現役の劇場。
もともとは古代ギリシャ時代の紀元前4世紀に建設されたものですが、相当な補修を経て、このような美しい姿が維持されているものと推察されます。 -
座席へと上がる階段には、列番号が。
車椅子のマークもあり、現役の劇場であることがはっきり伝わってきます。
ちなみに収容人数は約12,000人。
毎年6月下旬から8月にかけて“エピダヴロス・フェスティバル”と銘打ち、古代ギリシャ劇が上演されるとのこと。 -
いちばん上の座席までいって、古代劇場全体をパチリ。
遠くにはアルゴリス地方ののどかな山並みが見え、古代の雰囲気たっぷりの劇場ですね。古代劇場 (エピダヴロス) 劇場・ホール・ショー
-
角度を変えてパチリ。
まさにこの景色を見るためにこのツアーに参加したと言っても過言ではない景色。
他のツアー客が先を急ぐ中、一人ここに残ってしばらく佇んでいました・・・。 -
さて、このエピダヴロスには、劇場のほかにもいくつかの古代施設があります。
ツアー一行からだいぶ置いてけぼりになってしまいましたが、これから追い付かなくては。 -
古代劇場から下ってきて最初にあったのがこちらの小さな博物館。
この地から出土したものと思われる紀元前4~紀元前1世紀頃の彫刻が納められています。
先にアテネの国立考古学博物館を見ていれば、似たようなものばかりなので、ここでは特に見るべきものはないかな・・・。 -
博物館の次は開けたところに出て、まずは“オデオン”(Odeon、音楽堂)の跡地。
かなり広大な敷地ですが、ここには大宴会場が併設されていて、エピダヴロスの祭神である“アスクレピオス”の祭りが開催されていたとのこと。 -
オデオンの隣に位置しているのはこちらのスタジアム。
現代の陸上競技場とほぼ同じような造りで、グラウンドの両側が階段状の観客席になっています。
これを見ると、古代ギリシャの陸上競技場が現代の陸上競技場の起源となったことが一目で分かりますね。
このように劇場、音楽堂、スタジアムなどがこの場所に集中しているのは、ここが“ギリシャ神話の医神”アスクレピオスの聖地であり、医療施設だけでなく、様々な娯楽施設を併設して、まさに病を“気”から治そうとしたからとのこと。 -
スタジアムの先にはアスクレピオスの“トロス”(Tholos、霊廟)跡。
紀元前4世紀に建てられたというオリジナルのものは消失しているため、現在再建作業を行っているようです。 -
参考までにこちらはトロスの説明パネル。
右下にあるような円形をしていて、まさに“ストーンサークル”といった感じですね。
世界各地の文明の共通性を感じます。 -
エピダヴロス遺跡のいちばん端にあるこちらは、“アバトン”(Abaton)と呼ばれる“聖なる仮眠所”の跡。
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現在は外壁と柱の一部しか残っていませんが、説明パネルによると、ここには“聖なる仮眠所”があり、患者がここで眠っていると、夢の中にアスクレピオス神が現れて“お告げ”をし、これにしたがって治療が施されたという・・・。
以上でエピダヴロス遺跡の見学は終了。
時刻は16時30分、ちょうど1時間の見学時間でした。 -
この日のツアーは、あとはアテネに帰るだけ。
前日クルーズを行ったサロニコス湾沿いの道を北上しながらアテネを目指します。 -
途中、大型のタンカーらしき船が泊っている港も。
かつて古代の海を制したギリシャは、現代も海運の盛んな海洋国家であることをうかがわせます。 -
エピダヴロスを出発してから2時間ほどが経過した18時30分、バスは賑やかな大通りに入り、標識の向こうにアクロポリスの丘とパルテノン神殿が見えてきました。
アテネ中心部までもう少しです。 -
こうして走っている車の中からアクロポリスの丘を眺められるのは、なかなか贅沢な気分ですね。
-
19時、アテネ中心部のシンタグマ広場で乗客たちは降ろされ、ミケーネとナフプリオン、エピダヴロス遺跡を巡る一日ツアーは終了。
おつかれさまでした!
広場周辺は夕暮れの賑わい時で西日がまぶしいこと・・・。シンタグマ広場 広場・公園
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19時30分、まだ明るいので、前々日に時間切れで入れなかったオリンペイオン(ゼウス神殿)へ。
外から見るのとそれほど変わらない・・・かな?
【永遠ブルーの空 ギリシャ(3)柵の外から見たオリンペイオン】
https://4travel.jp/travelogue/11444170#photo_link_58070219ゼウス神殿 建造物
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このオリンペイオン、ゼウスに捧げられた初期の祠があったこの地に、紀元前550年頃建設が始められますが、政権交代や古代ローマの侵略などにより工事は幾度も中断。
最終的に完成したのは、ローマ帝国の五賢帝、ハドリアヌス帝時代の132年で、神殿にはゼウス像のほか、ハドリアヌスの像も置かれたとのこと。
その後キリスト教を国教とした東ローマ帝国時代にゼウス神殿は否定され、5世紀から6世紀にかけて神殿は破壊。石材は聖堂などキリスト教建築の材料となります。
当時のキリスト教徒のやったことは、ISなど現代のイスラム原理主義者と同じなのですね・・・。 -
このオリンペイオンからは西の方角にあるアクロポリスの丘がよく見えます。
オリンペイオン自体は柵の外からでも眺められるし、このアクロポリスの眺望のために入場料をとっているのかな? -
19時40分、ゼウス神殿とアクロポリスの間にこの日の陽が落ちていきます。
貴重な時間帯にここに来られてよかったですね。
・・・これにてオリンペイオンの見学は終了。 -
20時、これから何をしようかと“地球の歩き方”を見ていたら、屋上からアクロポリスを眺められるホテルがあるというので、アクロポリスのすぐ南側にあるというそのホテル、“ヘロディオン・ホテル”へ。
ロビーに入り、エレベーターに乗って5階の屋上に行くと、目の前に現れたのはまさにアクロポリスの丘!ヘロディオン ホテル ホテル
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このヘロディオン・ホテル、屋上はレストラン&バーになっていて、宿泊客以外にも開放されています。
早速、アクロポリスが眺められる席に座り、Mythos Beer(5ユーロ=約650円)を注文。
うーん、一日の終わりにいい景色を眺めながら飲むビールは最高! -
20時も30分を回り、辺りは次第に暗くなっていきます。
そんな時の流れを感じながら、アクロポリスをぼーっと眺め続けます・・・。 -
20時50分、辺りは暗さを増し、レストランはかなり賑やかになってきました。
-
パルテノン神殿をはじめ、アクロポリスの丘を照らすライトアップが目立つようになってきましたね。
-
そして21時を回り、屋上レストランはすっかり夜の雰囲気に。
こんな時空を超えた景色が、ビール1杯の値段でも気軽に見られるのがアテネ観光の素晴らしいところです。
さて、ミケーネやエピダヴロスなど、ペロポネソス半島の古代遺跡巡りで長い距離を走ったこの日はこれで終わり。
翌日は古代ギリシャ世界における神託の地デルフィへと、最後まで遺跡巡りの旅は続きます!
(ギリシャ旅行6日目~デルフィ観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2019/05/19 23:05:17
- アクロポリスの丘を眺めながら
- エンリケさん、おばんでした☆
オスマン帝国と小さなベネチアのお話、実際にブルジ島をご覧になると、ますます歴史の面白さが、増すのでしょうね!あぁ、私はもっと世界史を楽しめば良かったと後悔します。
エピダヴロスの古代劇場は、表紙を拝見したとたん「わぁ~、きれい(*^▽^*)」と思いました。 ただ、こちらも世界史苦手だった私は、恥ずかしながら記憶にないのです…。紀元前4年とは、お見事!前方に見える田園風景とマッチして、一枚の絵のようです。
お一人でたたずんだエンリケさん、ツアーバスにおいて行かれず、安心しました(笑)
陸上競技場の起源になった場所も、大変興味深いですね。観客席まであるなんて、驚きです。
夕刻からのアクロポリスの丘を眺めながらのビール、なんとも贅沢なひと時でしたね~!(^^)!そんな素敵な時間が過ごせる、良い旅ですね。
町子
- エンリケさん からの返信 2019/05/20 22:41:39
- 海の都の物語
- 川岸 町子さん
こんばんは。こちらの旅行記にもご訪問ありがとうございます。
ヴェネツィア共和国の奮闘の話、塩野七生氏の歴史小説、“海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年”を読んだ後なので、つい力が入って書いてしまいました(笑)。
この小説を読むと、ヴェネツィア共和国の足跡を追って、クレタ島やコルフ島など、かつてヴェネツィアが支配したギリシャの島々を訪れてみたくなりますね。
エピダヴロスの古代劇場を見ることは前回のミケーネ遺跡と同じく、中学・高校時代からの長年の夢だったので、思わずその場で感慨にふけってしまいました・・・。
自分にとってギリシャの旅は、忘れていた少年時代の夢を思い起こさせるもので、近年の旅の中では特別なものになりましたね・・・。
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