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1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。<br /><br />デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。<br /><br />当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。<br /><br />今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^<br /><br /><br /><br />はじめに<br /><br />これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。 <br /><br /><br /><br />アメリカ横断日記INDEX <br /><br />第一幕<br /><br /><br />第一章 旅立ちの唄<br />           <br />~Narita,Boston~<br />         <br />第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ<br /><br />~Niagara Falls~<br />          <br />第三章 自由の国、憧れの都<br />       <br />~New York~<br />           <br />第四章 合衆国誕生の地<br />         <br />~Philadelphia~<br />          <br />第五章 桜の枝と白亜の殿堂<br />       <br />~Washington D.C~<br />         <br />第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて<br /><br />~Miami,Key west~<br />         <br />第七章 異国の街角でふと酔いしれて<br />   <br />~New Orleans~<br />        <br />第八章 月までも続く道<br />        <br />~Houston~<br />               <br />第九章 歴史を変えた一発の銃弾<br />     <br />~Dallas~<br />                <br />第十章 標高1マイルの街角で<br />      <br />~Denver~<br />                <br />第二幕  <br /><br /><br />第一章 粉雪とオリンピックと教会<br />   <br />   ~Salt Lake City~<br />              <br />第二章 荒野の不夜城<br />         <br />     ~Las Vegas~<br />            <br />第三章 偉大なる大自然の芸術<br />     <br />     ~Ground Canyon~<br />           <br />第四章 映画の都の熱き情熱<br />      <br />     ~Los Angeles,Hollywood~<br />      <br />第五章 麗しき動植物の楽園<br />      <br />     ~Yosemite National Park~<br />       <br />第六章 あの橋の彼方に<br />        <br />     ~San Francisco~

【復刻版】アメリカ横断日記 5 桜の枝と白亜の殿堂~Washington D.C~

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1999/08/10 - 1999/08/11

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Miyatan

Miyatanさん

1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。

デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。

当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。

今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^



はじめに

これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。 



アメリカ横断日記INDEX

第一幕


第一章 旅立ちの唄
          
~Narita,Boston~
        
第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ

~Niagara Falls~
         
第三章 自由の国、憧れの都
      
~New York~
          
第四章 合衆国誕生の地
        
~Philadelphia~
         
第五章 桜の枝と白亜の殿堂
      
~Washington D.C~
        
第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて

~Miami,Key west~
        
第七章 異国の街角でふと酔いしれて
  
~New Orleans~
       
第八章 月までも続く道
       
~Houston~
              
第九章 歴史を変えた一発の銃弾
    
~Dallas~
               
第十章 標高1マイルの街角で
     
~Denver~
               
第二幕 


第一章 粉雪とオリンピックと教会
  
   ~Salt Lake City~
             
第二章 荒野の不夜城
        
     ~Las Vegas~
           
第三章 偉大なる大自然の芸術
    
     ~Ground Canyon~
          
第四章 映画の都の熱き情熱
     
     ~Los Angeles,Hollywood~
     
第五章 麗しき動植物の楽園
     
     ~Yosemite National Park~
      
第六章 あの橋の彼方に
       
     ~San Francisco~

  • 8月10日(火)<br /><br />D.C一日目。昨日の晩YHにたどり着くのに苦労して疲れていたので、ホワイトハウスは諦め、FBIに向かう。だがしかしツアーはやっていなかった。もしくは整理券の配布が終わっていたのか。仕方なくCapitolに向かう。すごい人の列である。チップマンクがいたらしく、子供が騒いで餌を与えていた。ここアメリカはチップマンク(北米のシマリスの一種)が多いのだろうか。キャンプのときにもちょっとした事件があったし、そういえば国連本部にもいた。一時間ほど待った後、中に入る。合衆国建国時代の建物なので、どことなくヨーロッパの雰囲気が漂う。天井が高く、描かれている絵も飾られている彫刻もどことなくヨーロッパ風である。<br /><br />午後からは国立宇宙博物館へと足を運ぶ。この近辺の博物館群は、スミソニアン協会に加盟しており、無料で見学することができる。10以上の博物館がこの近辺にあり、規模も大きい。時間に余裕があれば博物館めぐりをお勧めしたい。宇宙航空館に関しては、人工衛星や初期の飛行機のレプリカが展示されていて、また人がいかに宇宙への憧れと夢を描いてきたかが展示されていた。また戦闘機も展示されており、数年前、日本に原爆を投下した飛行機のレプリカを展示しようとして、日本の猛反対にあったことを思い出した。<br /><br />夜にはワシントン記念塔に行った。ここに限らずアメリカの施設は荷物検査が厳しいところが多く、魔法瓶を見て「爆弾か?開けてみろ!」なんていわれた。よほど魔法瓶がアメリカ人には珍しかったのか、もっとも本当に爆弾だったら爆発して木端微塵だっただろうになどと思う。なんともこの塔を目立たせるために、D.C内にはこれ以上の高さの建物の建設を禁止する法律があるとか。ライトアップされていて美しかった。だがもともと象徴として建てられた建物がゆえに、中から市内を一望するには適していなかった…<br /><br />8月11日(水)<br /><br />D.C二日目。朝早起きしてホワイトハウスの整理券を求めるべくしてインフォメーションセンターの行列に並ぶ。すごい人出だ。レンジャーの人に「このあたりの人はもうチケットは手に入らないので、明日の5:30~6:00の間にきてくれ」といわれた。それでもこのまま引き下がるのは悔しくて並びつづけた。<br /><br />周りは殆ど退散してしまい、残っているのは単にしぶとい国民性なのかそれとも英語が通じていないのか、日本人ばかりだった。休暇中のサラリーマンのような前の3人組が、いかにして前に並んでいる日本人と交渉して、チケットを取ってもらうかを相談して、交渉していた。要するに横はいりである。同じ日本人として肩身が狭くなった。結局彼らは交渉には成功して前の日本人カップルに自分たちの分を取ってもらうことにしていたが(ちなみに整理券は一人あたり4枚まで入手できる)、その二人組も三人組も僕も結局整理券を手に入れることはできなかった。悔しかった。学部が学部だけに、自身のためにもアメリカの政治機関はぜひとも見ておきたかった。でも、よくよく考えてみればアメリカでのキャンプが定員オーバーで行けなかった人や、航空券が手に入らずに困っていた人、果てはすりにあったり物をなくした人までいたことを考えてみると、自分はまだ幸運なほうではないだろうか。そう考えて開き直る。今度D.Cに来る事があれば、絶対に今日以上に早起きしてみてやる、そう強く決意してホワイトハウスを後にする。<br /><br />ホロコースト博物館へ行ってみる。写真が古くて見づらかったが、目を覆いたくなるようなものばかりである。11歳以下は入らない方がいいとまで書かれていた。確かにそうかもしれない。衝撃的だった。広島の原発記念館と並ぶ衝撃度である。ナチスドイツが他国をいかに征服し、ホロコーストを進めていったかが書かれていた。今では国連の分担金を3番目に多く出し、環境政策の優秀さが取り沙汰される世界有数の先進国にこんな過去があったとは信じがたいくらいだ。<br /><br />午後からは“Newseum”に向かう。NewsとMuseumをかけた面白い名前である。オーディオツアーに参加するためにオーディオを借りてみる。日本人なので日本語版を貸してくれたが、自身の英語の勉強のために英語版に取り替えてくれるように頼んだ。まだまだ全部は聞き取れない。実際のニュース放送体験や、週間ニュースの表紙の撮影など、面白いアトラクションが多かった。ニュース放送体験では、ビデオカメラにテロップが流れるが、そのスピードが速くついていくのが大変だった。<br /><br />自炊するために、少しYHの北側のスーパーに行く。そこは非常に雰囲気が悪い。そういえばマイクが、ワシントンYHから北に1,2ブロックいくと雰囲気が悪いって言ってたのを今思い出した。どことなく怪しい連中がたむろしている。意外と知られていないが、ここD.Cの犯罪発生率は全米トップクラスなのである。ただその大半が市の東部など一部に集中しており、観光スポットや政府機関周辺は比較的安全がために、意外と気づかない人が多い。<br /><br />Y.Hでは、日本人一人と台湾人一人と仲良くなった。日本人のほうは、社会人を辞めて今アメリカに来ているそうである。なんともアメリカの滞在期間が過ぎたらヨーロッパに行く予定らしく、世界一周して来年の冬には日本に戻るつもりらしい。すごいパワーである。うらやましい。台湾人のほうはなぜか少しだけ日本語が話せて、今までどんなところに行ってきたかなどについて話し合った。日本名をなぜか持っていて「まこと」というらしい。やはり同じアジア人、どことなく親しみを感じる。先日このYHで香港人に会った時も、やはり親しみを感じた。アメリカという異国の地にいると、なぜかアジア人日本を感じる。現代日本は、トルコ同様東西の文化の交差点なのだろうか。僕が台湾にいつの日か行きたいというと、彼はアドレスを教えてくれた。明日ここを去るので、さよならを告げる。<br /><br />明日はいよいよMiami。アメリカ北東部にさよならを告げる。また新たな旅の始まりでもある…。<br /><br />

    8月10日(火)

    D.C一日目。昨日の晩YHにたどり着くのに苦労して疲れていたので、ホワイトハウスは諦め、FBIに向かう。だがしかしツアーはやっていなかった。もしくは整理券の配布が終わっていたのか。仕方なくCapitolに向かう。すごい人の列である。チップマンクがいたらしく、子供が騒いで餌を与えていた。ここアメリカはチップマンク(北米のシマリスの一種)が多いのだろうか。キャンプのときにもちょっとした事件があったし、そういえば国連本部にもいた。一時間ほど待った後、中に入る。合衆国建国時代の建物なので、どことなくヨーロッパの雰囲気が漂う。天井が高く、描かれている絵も飾られている彫刻もどことなくヨーロッパ風である。

    午後からは国立宇宙博物館へと足を運ぶ。この近辺の博物館群は、スミソニアン協会に加盟しており、無料で見学することができる。10以上の博物館がこの近辺にあり、規模も大きい。時間に余裕があれば博物館めぐりをお勧めしたい。宇宙航空館に関しては、人工衛星や初期の飛行機のレプリカが展示されていて、また人がいかに宇宙への憧れと夢を描いてきたかが展示されていた。また戦闘機も展示されており、数年前、日本に原爆を投下した飛行機のレプリカを展示しようとして、日本の猛反対にあったことを思い出した。

    夜にはワシントン記念塔に行った。ここに限らずアメリカの施設は荷物検査が厳しいところが多く、魔法瓶を見て「爆弾か?開けてみろ!」なんていわれた。よほど魔法瓶がアメリカ人には珍しかったのか、もっとも本当に爆弾だったら爆発して木端微塵だっただろうになどと思う。なんともこの塔を目立たせるために、D.C内にはこれ以上の高さの建物の建設を禁止する法律があるとか。ライトアップされていて美しかった。だがもともと象徴として建てられた建物がゆえに、中から市内を一望するには適していなかった…

    8月11日(水)

    D.C二日目。朝早起きしてホワイトハウスの整理券を求めるべくしてインフォメーションセンターの行列に並ぶ。すごい人出だ。レンジャーの人に「このあたりの人はもうチケットは手に入らないので、明日の5:30~6:00の間にきてくれ」といわれた。それでもこのまま引き下がるのは悔しくて並びつづけた。

    周りは殆ど退散してしまい、残っているのは単にしぶとい国民性なのかそれとも英語が通じていないのか、日本人ばかりだった。休暇中のサラリーマンのような前の3人組が、いかにして前に並んでいる日本人と交渉して、チケットを取ってもらうかを相談して、交渉していた。要するに横はいりである。同じ日本人として肩身が狭くなった。結局彼らは交渉には成功して前の日本人カップルに自分たちの分を取ってもらうことにしていたが(ちなみに整理券は一人あたり4枚まで入手できる)、その二人組も三人組も僕も結局整理券を手に入れることはできなかった。悔しかった。学部が学部だけに、自身のためにもアメリカの政治機関はぜひとも見ておきたかった。でも、よくよく考えてみればアメリカでのキャンプが定員オーバーで行けなかった人や、航空券が手に入らずに困っていた人、果てはすりにあったり物をなくした人までいたことを考えてみると、自分はまだ幸運なほうではないだろうか。そう考えて開き直る。今度D.Cに来る事があれば、絶対に今日以上に早起きしてみてやる、そう強く決意してホワイトハウスを後にする。

    ホロコースト博物館へ行ってみる。写真が古くて見づらかったが、目を覆いたくなるようなものばかりである。11歳以下は入らない方がいいとまで書かれていた。確かにそうかもしれない。衝撃的だった。広島の原発記念館と並ぶ衝撃度である。ナチスドイツが他国をいかに征服し、ホロコーストを進めていったかが書かれていた。今では国連の分担金を3番目に多く出し、環境政策の優秀さが取り沙汰される世界有数の先進国にこんな過去があったとは信じがたいくらいだ。

    午後からは“Newseum”に向かう。NewsとMuseumをかけた面白い名前である。オーディオツアーに参加するためにオーディオを借りてみる。日本人なので日本語版を貸してくれたが、自身の英語の勉強のために英語版に取り替えてくれるように頼んだ。まだまだ全部は聞き取れない。実際のニュース放送体験や、週間ニュースの表紙の撮影など、面白いアトラクションが多かった。ニュース放送体験では、ビデオカメラにテロップが流れるが、そのスピードが速くついていくのが大変だった。

    自炊するために、少しYHの北側のスーパーに行く。そこは非常に雰囲気が悪い。そういえばマイクが、ワシントンYHから北に1,2ブロックいくと雰囲気が悪いって言ってたのを今思い出した。どことなく怪しい連中がたむろしている。意外と知られていないが、ここD.Cの犯罪発生率は全米トップクラスなのである。ただその大半が市の東部など一部に集中しており、観光スポットや政府機関周辺は比較的安全がために、意外と気づかない人が多い。

    Y.Hでは、日本人一人と台湾人一人と仲良くなった。日本人のほうは、社会人を辞めて今アメリカに来ているそうである。なんともアメリカの滞在期間が過ぎたらヨーロッパに行く予定らしく、世界一周して来年の冬には日本に戻るつもりらしい。すごいパワーである。うらやましい。台湾人のほうはなぜか少しだけ日本語が話せて、今までどんなところに行ってきたかなどについて話し合った。日本名をなぜか持っていて「まこと」というらしい。やはり同じアジア人、どことなく親しみを感じる。先日このYHで香港人に会った時も、やはり親しみを感じた。アメリカという異国の地にいると、なぜかアジア人日本を感じる。現代日本は、トルコ同様東西の文化の交差点なのだろうか。僕が台湾にいつの日か行きたいというと、彼はアドレスを教えてくれた。明日ここを去るので、さよならを告げる。

    明日はいよいよMiami。アメリカ北東部にさよならを告げる。また新たな旅の始まりでもある…。

  • (チップモンク)

    (チップモンク)

  • (記念の一枚)

    (記念の一枚)

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