2019/01/24 - 2019/01/24
2014位(同エリア3230件中)
km45さん
2019年1月24日(木)、伊豆山神社(静岡県熱海市伊豆山上野地708番地1)を参詣しました。本神社は正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、拷幡千千姫尊、瓊瓊杵尊を祭神とし、伊豆大権現・走湯大権現・走湯山・伊豆山等とも称されていました。平安時代後期には山岳修験霊場として名を馳せました。そして、関八州総鎮護とされています。JR熱海駅からは東海バス (伊豆山神社・七尾行)で伊豆山神社前下車で、鳥居前です。
本神社は鎌倉幕府初代将軍源頼朝と深い縁を有していました。平家六波羅政権に対する反乱蹶起に当たって、走湯山住侶覚淵を頼朝は招き、千部法華経読誦が日付(蹶起日)までに満たないが、大丈夫かと問うと、覚淵は八百部で大丈夫とし、蹶起は成功すると請負います。かくて、頼朝は自信を付けます(『吾妻鏡』治承4年7月5日条)。次いで、山木夜討ちに成功した翌8月18日、毎日の勤行が戦場に赴くのでこれが出来ないとして、伊豆山尼法音(北条政子帰依)に身代わりの勤行を頼朝は依頼します(『吾妻鏡』同日条)。相模国に向かう頼朝軍とは別に政子は伊豆山に隠れ、次いで秋戸郷に移ります(『吾妻鏡』9月2日条)。石橋山合戦敗戦から、房総に再起した頼朝は10月6日に鎌倉に入りますが、11日に走湯山住侶良暹(鶴岡八幡宮暫定別当)が先日の約束に従い頼朝に会います。良暹は頼朝の年来の師檀でした(『吾妻鏡』同日条)。このように伊豆流人時から頼朝は伊豆山神社に帰依しており、その全体ではないでしょうが反乱蹶起にも大いなる支援を与えられていたのです。これに応えて、治承・寿永の内乱に勝利すると、頼朝は文治4年(1188)から伊豆・箱根・三島社の「二所参詣」を行ないます。将軍の二所参詣はこれ以後恒例行事となります。以上、頼朝と伊豆山神社は深い縁があり、本神社は鎌倉幕府の厚い庇護を受けることになります。
表紙写真は、境内(標高170m)に入ったところで、本殿を遠望したものです。手前左が手水社です。見えませんがこの奥に雷電社があります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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伊豆山神社は海岸、すなわち中継ポンプ場横階段踊り場を起点として本殿前まで参道の階段が887段続きます。9時55分頃に海岸より参道を上り始めました。写真は、その国道135号から市道上の鳥居前(437段)へと見上げたものです。もちろんここでは鳥居は見えません。。
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国道135号から市道上の鳥居前までの途上で、振り返って下を見たものです。ちょうど階段の修復中でした。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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国道135号から市道上の鳥居前までの途上のものです。まだまだ鳥居は見えません。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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市道に到達して鳥居を撮ったものです。10時10分過ぎでした。市道から境内までは189段の参道を上ります。
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境内への途上で下を振り返って、鳥居を撮ったものです。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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途上の境内社の一つ、足立権現社に祀られている役の行者木造像です。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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足立権現社です。他に、境内社の祖霊社・結明神社があります。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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本殿拝殿です。10時23分でした。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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境内にある参道階段を実測した案内板です。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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本殿右横全景です。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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本殿左横の駐車場内にある、「頼朝政子腰掛け石」です。ここで二人は恋を語ったと伝えられています。頼朝政子夫妻は本神社に深い由緒があり、かかる伝承を生んだのでしょう。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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本殿右奥から本宮社への山道があります。10時32分、本宮社に向けて上り始めます。これはそこにある本宮への参拝路案内板です。
伊豆山神社 寺・神社・教会
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最初の白山社(祭神菊理媛命)です。もちろん北陸の白山神社の分社です。10時54分でした。ここまではかなり厳しい山道です。
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後方から白山社を見たもので、下に鳥居が見えますが、ここが本社への最後の登りとなります。
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さらに上ると、「子恋の森公園」に出ます。ここで道は舗装道となり楽になります。公園を過ぎるとまた山道となり少し行くと、結明神本社(祭神結明神―日精・月精)に到着します。11時14分でした。
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裏側から結明神本社を見たものです。ここからさらに山道と進みます。
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ようやく本宮社の鳥居が見えました。この奥の平地が本宮社です。
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最後の本宮社(祭神正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊 標高380m)です。本来は日金山に祀られて、後に社はこの地に移され、さらに承和3年(836年)に現在の伊豆山神社の地に社を建造して移ったので、残った二番目の社が現在の本宮社のいわれです。江戸時代には社殿等の複数の建物がありましたが、野火により焼失して、現在に至っています。11時27分でした。
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裏側からの本宮社です。社殿の前がかなり広い平地であることがお分かりでしょう。
帰路は「子恋の森公園」のところで、右手の神社に直結する山見に道を取り戻りました。
なお、伊豆山神社サイトはhttp://izusanjinjya.jp/です。
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旅行記グループ 源頼朝・北条氏
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