2018/11/26 - 2018/11/26
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minaMicazeさん
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群馬県太田市世良田町に「歴史公園」があります。かつては全国に約700社が造られ、約130社が現存するとされる東照宮の一つ「世良田東照宮」を中心に整備された公園です。公園内には、東照宮の北側に「長楽寺」、南側に「新田荘歴史資料館」、東側には蓮池や渡月橋、勅使門などを備えた庭園があります。
紅葉の名所というところではありませんが、「新田荘歴史資料館」の東側の林では、色付き始めた木々を見られました。
旅行記作成に際しては、現地の説明板、新田荘歴史資料館や太田市のホームページ、関連するネット情報を参考にしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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「世良田東照宮」にやってきました。
東照宮と言えば、全国の東照宮の総本宮である「日光東照宮」が知られています。徳川家康が日光に改葬され、3代家光がその社殿を全面改築して現在の「日光東照宮」を完成させました。 -
日光輪王寺と、ここ世良田の「長楽寺」の住職を兼務していた天海が、日光の社殿の一部を「長楽寺」の境内に移築し、東照宮を勧請しました。当地が徳川氏発祥の地であり、「長楽寺」は徳川義季が開基した寺であること、に依るとされています。
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徳川幕府は、「長楽寺」を「世良田東照宮」の別当寺として二百石の社領を与え、管理や祭祀にあたらせました。また、社殿の修理や祭祀の費用は幕府が賄いました。
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明治時代の神仏分離令によって「長楽寺」から移築されました。
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「世良田東照宮」の拝殿は、日光奥社の拝殿を移したものです。
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左を見ると、黄葉が輝いています。
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南門の方へ歩いていきます。
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「世良田東照宮」の南門、「南御門」です。
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「南御門」の前の石畳に「東毛歴史資料館」の行先表示が埋め込まれています。「新田荘歴史資料館」の、昭和60年(1985)の開館時の名称です。平成21年(2009)に太田市立となり現在の名称になりました。
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林の中には色付いた木が見えます。
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四阿の向こうでは紅葉が進んでいます。
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イチオシ
「新田荘歴史資料館」の前には真赤な紅葉がありました。
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イチオシ
中央の奥、資料館の前に建っている像は、新田義貞公が、鎌倉攻めに際して、潮が引くのを念じて海に剣を投じる姿です。
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イチオシ
振り返ると、林の中で紅葉が進んでいます。
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林の向こう、東側は世良田小学校です。
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北方向に、先ほどの四阿が見えます。
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イチオシ
四阿の上でも紅葉進行中です。
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イチオシ
進行中の紅葉も綺麗です。
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東照宮に戻ってきました。「南御門」のそばに「真言院井戸」があります。「真言院」は、「長楽寺」の別院として境内に建立され、専ら密教をつかさどり灌頂(かんじょう)を行いました。
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灌頂(かんじょう)とは、僧侶としての資格を得るための、真言密教の儀式です。この井戸は、儀式で頭の頂に灌ぐ浄水を汲むために設けられました。
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「南御門」から東照宮へ歩きます。
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左側に「開運稲荷社」があります。古くから祀られている稲荷社を合祀して東照宮に祀った神様で、現在の社殿は平成8年(1996)に建てられました。
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稲荷社の狐の上でも、紅葉が進んでいます。
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東照宮から北へ歩くと、左に「日枝社」があります。御祭神は「大山咋命(おおやまくいのみこと)」です。寛永21年(1644)、世良田東照宮建立の時に、日光山から奉遷されました。
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さらに北へ歩きます。
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長楽寺の「太鼓門」です。江戸時代初期の建立と推定されています。
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楼上には太鼓がかけられていて、時報や行事などの合図に使われていました。
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「太鼓門」から入ると、長楽寺境内には大きな樹が茂っています。
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境内の林の奥には「新田公並一族従臣忠霊供養塔」があります。
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さらに奥へ歩くと「開山堂」があります。長楽寺の開山栄朝をお祀りしています。
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「開山堂」のそばに「牛石」があります。開山栄朝禅師が全国行脚してここまで来たときに、連れていた牛が倒れてしまったので、ここに寺を建てました。倒れた牛はそのまま石になったそうです。この石に座って願い事をすると願いがかなうと言われているそうです。
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忠霊塔の上の黄葉は落ち始めています。
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「太鼓門」の東側の道路を横断して、庭園の方へ歩きます。
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「三仏堂」の前の黄葉です。緑が若干残っています。
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「三仏堂」の前の鐘楼です。
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東側から見た「三仏堂」です。慶安4年(1651)に、3代将軍家光の命で再造され、数回の修復を経て現在に至っています。当初は茅葺でしたが、明治期に瓦葺、昭和59年(1984)の解体修理で銅版平葺に改められました。堂内には、過去・現在・未来を護持する三世仏が安置されています。
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「三仏堂」の北側には「長楽寺」の参道があります。写真は、内側から見た山門です。
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山門側から見た参道です。
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外から見た山門です。
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山門の横では落葉が進んでいます。
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山門と黄葉です。
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南側に「境内名勝原図」という図が掲げられていました。この「歴史公園」一帯のかつての姿が描かれているようです。
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さらに、その南側に「長楽寺の勅使門」があります。群馬県指定重要文化財です。
この門は東照宮の正門ともいわれ、勅使または幕府の上使が参拝するときのみ使用されました。
明治期の神仏分離政策で、長楽寺と東照宮が分かれた時に、長楽寺の所属になりました。 -
「勅使門」の内側に「歴史公園案内図」があります。「勅使門」は右下です。
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「勅使門」の内側には蓮池があり、渡月橋と呼ばれる橋が架かっています。蓮池には水がありません。
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「勅使門」から西を見ると渡月橋があり、その向こう、西方向に直進すると「三仏堂」があります。
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渡月橋から振り返って見た「勅使門」です。
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蓮池(別名:心字池)の、渡月橋の北側の池の底は竜宮に通じている、という伝説があるそうです。今は水がないので出入り口が見つかるかもしれません。
かつては、必要なものを書いた紙を池に投げ込むと、水面が渦巻いてその紙を吸い込み、やがてその品物が忽然と浮いてくると言われていました。ところが、千畳張りの蚊帳を借りた寺僧がそれを返さなかったため、以来、何も出なくなりました。 -
こちらは渡月橋の南側です。かつては、北の池には白い蓮、南の池には紅の蓮があり、盛夏の頃には池一面に紅白の花が咲いたそうです。
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詳細は説明板をご覧ください。
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さて、渡月橋を渡り、参道(?)を西へ歩くと、正面に「三仏堂」があります。
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「三仏堂」の横を通って「東照宮」に戻ります。
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東照宮境内案内図です。
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東照宮には冬桜が咲いていました。
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冬桜としては、比較的きれいな花だと思いました。
( おしまい )
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